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『ホワイトデーのお返しものに 』
綾和泉・汐耶1449)&セレスティ・カーニンガム(1883)

 今日もまた、静かな夜が訪れる。
 外はまだ肌寒さが多少残る季節。日が落ちてからは――更に、その事がしみじみと感じられてくる。
 ふたりが入っていたのは、あまり目立たない酒場。
 暖かみのある仄赤い明かりに照らされ、アンティーク調で纏められている店内。
 バー、『暁闇』。
 …実は、結構馴染みの場所でもある。
 夜の帳が降りた中、店内は程好く暖かい。



 その日のその時間、店内に彼らふたり以外の客は居なかった。それはこの店は普段から客の入りが多い訳でも無く、落ち着いて飲みたい時にはちょうど良い店でもある。カウンターだけの店でも無いのに、何処か、隠れ家的な印象がある場所だ。
 …有態に言って客が少ない店なのだが、何処ぞの興信所のように貧乏な印象は、一切無い。

 カウンター席に着いていたふたりの人物は、綾和泉汐耶とセレスティ・カーニンガム。
 ふたりとも、このバーの常連と言える客になる。
 グラスを傾けつつ、話しているのは――ほんの、ちょっとした事。
 とは言え、それが目的で汐耶はセレスティを飲みに誘った訳でもあるのだが。
「…私の欲しい物、ですか」
「はい。…やっぱり御本人様が望むものを差し上げた方が良いと思いまして」
 頂いた書庫の鍵のお返しには。
 そう、過日――バレンタインに便乗してか、汐耶はセレスティから書庫の鍵を頂いた。そこで、何かお返しをしようとは思ったのだが――セレスティは何と言っても財閥の総帥である。大抵の物なら簡単に手に入れる事が叶うだろうし、それは心がこもったプレゼントならば何を贈っても喜んではくれるだろうが、だからと言って本来住む世界が――日常のスケールが極端に違う相手でもある。バレンタインに便乗した程度の気安いプレゼントが、アンティークと見紛うような凝った装飾が為された白金製の書庫の鍵、と言う時点でその違いがわかるもの。そうなってくると、そんな相手に何を贈るべきか…正直なところ見当が付かない。
 よって、ここは当人に直接聞いてみるのが一番良いだろうと落ち着き、今に至る。
 その旨伝えると、セレスティはにこりと笑い掛けてきた。
「鍵、お役に立てて頂けていますか?」
 プレゼントに書庫の鍵を渡された。それはつまり――リンスター財閥総帥であるセレスティ個人所有の書庫、そこへの出入り・蔵書の閲覧自由の権利を与えられたと言う事になる。個人所有とは言えその蔵書、量も種類も半端では無い。本好きの活字中毒者にとっては宝の山なのだ。
「はい。お言葉に甘えて図々しいくらい活用させて頂いてます」
「それはそれは。差し上げた甲斐があると言うものです」
「有難う御座います。で…お返しの件ですが――何か、これはって言うような物はありませんか?」
「そうですね…」
 再度『欲しい物』を促され、セレスティは考え込む。
 少し後。
「…お気持ちだけで構いませんよ?」
「そう言う訳にも。…ほら一応頂いたのがバレンタインでしたし、ホワイトデーの日にでも何かお返しをしたいんです」
「では、その時に楽しみにさせて頂く…と言うのでは?」
 にこにこ。
 セレスティはそうは言っていても、結局――特に欲しい物と言われて、思い付く物が無いのだろう。
 そうですか? と苦笑しつつ汐耶もそこでその件を切り上げる。
 お返しに何が欲しいか。そんな話をあまりしつこく続けても、本末転倒になってしまうから。



 書庫の鍵とそのお返しの話から逸れ、汐耶の恋愛関係についてもセレスティから少々突付かれる。酒の席ではそんな話に流れ易いのは仕方の無い事か。どの辺りまで行っているのか――と言うかそもそも付き合っているのかどうかすら外野にはいまいち不明なままなのだが、実はそのお相手が現在カウンターの内側にバーテンダーとして居るとなれば、話にも持ち出し易い訳で。セレスティは時々そちらも呼び付けてみたりこれ見よがしな話題を振ってみたり。そんな時には極力知らん顔に努める汐耶。が、耳の辺りはひっそり赤かったりもする。酒のせいかはたまたそれ以外か。…ちなみに汐耶ははっきりザルの筈。
 一頻りそんな話に花が咲いてから、話はまたやんわりと逸れて行く。図書館司書に財閥総帥――それぞれの仕事の話。共通の友人や知人の話。興味のある事柄、好きな物について。…目の前のグラスを見ていて、酒や肴の話にも行った。
 そして辿り付いたのは――やはりと言うか何と言うか、本の話。
 汐耶が居ると、落ち着くところは結局ここ。
 更にはセレスティもセレスティで本が嫌いな訳では無いので――それは汐耶に渡した書庫の鍵で書庫の内部を見れば、と言うかそれ以前に書庫なるものが存在する時点ですぐわかる――、このふたりの場合、盛り上がる。

「…そう言えば危険な蔵書を手に取る時、周りが心配するんですよね」
 私なら大丈夫ですよ、と言っているんですが。…もし万が一何かあってもそれなりに対処出来ますし。
 ですけれど、皆に心配を懸けるのは本意では無いですからね。どうしたらいいものかといつも思っています。
 セレスティは苦笑混じりで、そう告げる。
 と。
「じゃあ、その心配無くしましょうか」
 書庫の鍵の、お返しに。
 危険な書籍に関してなら、私の専門分野と言えますから。
 思い付き、汐耶。
 …そう、その蔵書の『危険であるその部分』だけを封じて安全に蔵書を読めるようにする。これは、お金でどうこう出来る問題でもなく、汐耶であるからこそ出来る事にもなるから――お返しにはちょうど良いかもしれない。

 汐耶は考えを巡らせる。
 折角だから少し凝った物にしてみましょうか。
 使い易い形――特別に見えるものではなくて良い。さりげない、それでいて下品にはならない物で。
 さて何を――選ぼうか。



 そしてお返しの日は、バレンタインにセレスティから書庫の鍵を贈られたのに合わせて、ホワイトデー。
 汐耶からセレスティへのお返しとして作成されたそれは――ひとつのブックマーカー。
 信頼の置ける宝石・宝飾専門店にオーダーメイドしたもので、K18のWG製。本に挟む部分にはさりげなく榊の枝を彫り入れた。飾りの部分には天然の黒曜石があしらってもある。…『あらゆる不浄を取り払い、魂と体をまもる』。そう言われている真黒の輝き。

 …当然、最後の仕上げとして汐耶の封印能力が、付加されている品になる。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月27日

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