▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ネコパンチの思い出 』
高峯・燎4584)&高峯・弧呂丸(4583)


「っと」
 重ねた数冊の本の隙間から舞うように落ちたのは、セピア色に染まった一枚の写真。
 色あせた写真の中におさまっているのは、背丈も顔の造りも、服装までまるで同じ二人の少年。仲睦まじく手を繋ぎ、幸福を満面に映した笑顔でおさまっているその少年達を見やり、高峯燎はやんわりと目を細ませる。
 写真を拾い上げ、裏に記されている日付を確かめる。
「――――もう13年も前になるのか」
 呟く口許に、知らず小さな笑みが滲む。

 思えば、あの頃は幸福な時代だった。
 椅子に腰をおろして写真に視線を奪われながら、燎は過ぎ去った記憶に思いを寄せる。
――――そうだ。あれは確か、今日のように、からりと晴れた日の事だったはずだ。
 
 それが終わり、そして新しい時が始まって、十年も経っていない。けれどもどこか遠い過去の事のようにも思える。 
 
「燎、燎っ。そうやって聞こえていない振りするの、やめろよっ」
  
 庭に面した板張りの廊下。手入れの行き届いた庭には、色とりどりの紫陽花が花の見頃を迎えている。
 高校の制服に袖を通しながら大股で廊下を行くのは、十代半ばの燎だ。髪はすでに黒色ではなくなり、耳にはシルバーのピアスが揺れている。
 それを追うのは、燎のものとは違う、私立の高校の制服をきちんと着こなしている弧呂丸だ。弧呂丸は前を行く燎を追いかけながら、静かな怒りをこめた声で兄を呼ぶ。
「おまえ、夕べ遅くまで遊び歩いてたんだろう? いい加減に夜遊びは止めたらどうだ!」
 双子とはいえ、背丈も体格もまるで違う兄の背中を追いながら、それでも弧呂丸は毅然とした声をはりあげる。
 と、不意に足を止めた燎は、弟の顔を見下ろしながら口の片側をつりあげて笑んだ。
「いつもいつも、おまえもまぁ、よくも飽きもせず、そうやってキャンキャンキャンキャンほえていられるよなぁ、コロ助」
 感心したようにそう告げた燎を、弧呂丸は顔をまっ赤にして睨みつける。
「その呼び名はやめろと言っているだろう? それよりも、燎、おまえ、いい加減に友人関係の見なおしをしたらどうなんだ? おまえがいつも行動を共にしている連中、素行が思わしくないというじゃないか」
「素行って、おまえ……風紀の担任じゃあるまいし」
 肩を竦めて笑ってみせる燎に、弧呂丸はますます顔を赤く染めて声をはりあげる。
「第一、その髪の色や、ちゃらちゃらしたピアスはなんなんだ? 勉強しに行くのに、そんなもの必要ないはずだろう!」
 そう言いながら、弧呂丸は手にしていたカバンを燎に向けて投げやった。
「そもそも学校に行くのに教科書を家に置いていく奴があるか。今日こそは、ちゃんと学校に行くんだろうな?」
 自分よりも背の高い兄を真っ直ぐに睨みつけながらそう放つ弧呂丸に、燎は頬をゆるめて首を傾げる。
「俺がどこに行こうが、どんな連中と付き合おうが、おまえの知ったこっちゃないはずだ、コロ助」
 そう返して弧呂丸の額を軽く小突くと、弧呂丸は上目に兄を睨みつけ、口を閉じた。
「父さんや……母さん達だって、おまえの事を心配し、」
 もぞもぞと口ごもりながら告げたその言葉は、燎の眼光によってさえぎられる。
「――――あいつらが心配なのは、高峯の家の名前だけだ。……俺じゃねぇ」
 自嘲気味な笑みをこぼしつつカバンを放り投げると、燎は踵を返し、片手をひらひらと動かして玄関の方へと去っていった。

 夜。小さな物音を耳にして、弧呂丸はふと目を開けた。枕元に置いた時計を見れば、時刻は夜中の0時をまわっている。
 障子の外に目をやれば、外は薄闇が広がり、しとしとと降る雨が紫陽花を潤している。
 物音は、やはり、静かに聞こえてくる。弧呂丸はひんやりとした廊下を進み、物音がしている部屋の前――燎の部屋の前で足を止めた。
 戸の隙間から一筋の光が洩れ、寝起きの弧呂丸の顔を照らす。胸騒ぎがした。響く鼓動を打ち消すように、弧呂丸は勢いよく兄の部屋の戸を開けた。
 
「お、まえ……ッ」
 部屋の中、燎がわずかに驚きの色を浮かべつつ、弧呂丸の顔を見やっている。弧呂丸は軽い眩暈を覚えながらも、今目の前にいる兄の手の中にあるものを、懸命に判別しようとした。
「おまえ、それは……」
 燎は、笑っていた。笑いながら弟を見つめ、時折思い出したように、白い粉末を鼻腔の中へと吸いこんでいる。
「これはッ! これはドラッグというものじゃないのかッ?」
 完全に覚醒した頭に、怒りの念が広がっていく。弧呂丸はずかずかと部屋の中に立ち入ると、燎の手の中のそれを奪い取ってゴミ箱へと放り投げた。
「……よく知ってたなぁ、コロ助」
 手持ち無沙汰になった燎は、やはり笑みを滲ませながら、ごろりと横になって大きな欠伸を一つ浮かべる。その態度に、弧呂丸は、気付けば燎の上にまたがって拳を振り上げていた。

 取っ組み合いの喧嘩が始まった。日頃見せない弧呂丸の激情的な側面に驚愕しつつ、燎は自分を殴りつけている弟の顔を確かめる。
 弧呂丸は泣いていた。泣きながら拳を振り上げ、言葉もなく、ただ一心に兄の顔を、腹を殴りつけている。
「……痛ェっつって泣くのはこっちだろうがよ」
 呟く燎の頬を、弧呂丸の拳が容赦なく殴りつける。
「おま……おまえが……おまえが外でふらふらしている間、わ、私がどれほど……」
 嗚咽しながら告げる弧呂丸の言葉は、しかし、燎の拳によってさえぎられた。燎に比べれば随分と華奢な体躯の弧呂丸は、殴られた衝撃で吹っ飛び、障子を突き破って廊下まで転がった。
「俺がどこでどうしてようが、俺の勝手だっつうの」
 吐き捨てると、弧呂丸は弾かれたように立ちあがり、再び拳を振り上げた。
「私とおまえは兄弟じゃないのかッ?」
 振り上げた拳は燎の横で空振りし、弧呂丸は大きくよろめいた。よろめいたその拍子に、燎の拳が弧呂丸の腹にめりこんでいく。
「兄弟だからって、何から何まで縛り付けられる筋合いもないだろうが」
 そう言い捨てながら弧呂丸を見やる。口中を切ったのか、弧呂丸の口からは血が滲み流れ出ている。しかしその眼差しは少しも揺るぐことなく、真っ直ぐに燎を見据えたまま。
 凛とした弟の眼差しに、燎はしばし目を奪われた。そうしている間に、弧呂丸は再び兄へと挑みかかる。
「私には、おまえは生き急いでいるようにしか見えないんだッ」
 弧呂丸の拳が燎の腹へと食いこんでいく。燎は弧呂丸の細い腕を掴み、ぐっと引き寄せて首を傾げた。
「――――俺が、なんだって?」
「……高峯の呪いを怖れているのは、おまえだけじゃない。父さんも母さんも……っ違う、私が……私はおまえを失いたくないんだッ!」
 言葉と共に、大粒の涙が弧呂丸の頬を伝って流れる。
 
 さわさわと、人の気配が近付いてくるのがわかった。
 弧呂丸はそのまま気を失って、兄の腕の中、崩れ落ちるように倒れていった。
「おまえ達、こんな時間にいったい何を――――」
 現れたのは父と母の姿だった。
 部屋の中は見事なまでに荒れていた。――障子は壊れ、電気スタンドは割れ、あれやこれやが散らかっているのだ。
 父と母はそれらを確かめた後、気を失っている弧呂丸を抱きかかえるようにして、燎の部屋を後にした。
「――――おまえも早くやすみなさい」
 そう言い残して去って行った父の背を見やり、燎はその場にへなへなと崩れた。
 
 雨はまだ降り続け、薄闇は再び夜のしじまを連れてくる。
「……それは、俺だっておんなじだ、……コロ助」

 
 スパコ――――ン!
 やけに景気の良い音がした。それが自分の頭が発したものだと気付き、痛みを片手でさする。
「おまえはぁ。自分の部屋の整理整頓くらい自分でやれと、いつもいつも言っているだろう? なにをサボっているんだ!」
 そこに立っていたのは弟の弧呂丸だった。和装の青年は、懸命に殴りかかってきていた少年ではなくなった。
「コロ助……おまえ、飽きもせずにバンバンバンバン人の頭叩きやがって」
 痛みをさすりながらぼやくと、弧呂丸は嘆息を一つつきながら、燎の手元を確かめる。
「それは」
「片付けてたら出てきた」
「今見れば、あの頃の私達は本当に双子みたいだよな」
 懐かしげに目を細める弧呂丸に、燎はどこか憮然とした表情で返す。
「――――そりゃそうだ。俺とおまえは、兄弟なんだからなァ」
 ぼやき、写真を弧呂丸の手に渡す。弧呂丸はそれを受け取りながらふわりと笑い、頷く。
「そう、だな」
「まぁ、今は俺のほうがいい男だけどなァ」
「――――?」
「おまえも少しは鍛えたらどうよ。そんなナリじゃ、いまだにネコパンチくらいしかだせねぇだろう」
「ネコ……」
 スパコ――――――ン!
「だっ、だからおまえ、人の頭そんなに叩くなっつうの」
 間髪いれず燎の頭を直撃した弧呂丸の拳に、燎は再び眉を寄せて頭をさする。弧呂丸は腕組みをして兄を見下ろし、吐き捨てるように言葉を返した。
「今だったらおまえに負けない」
 言い、得意げに笑ってみせる弧呂丸に、燎もまた頬をゆるめる。

 おまえはこの世でただ一人、俺の半身だから

「どうだかな。俺はおまえの兄ちゃんだしな。弟ってンのは、一生ニイチャンには勝てないもんさ」
 浮かんだ思いは言葉を成さず、代わりにそんな言葉が口をついてでた。

 思えば、あの頃は幸福だった。
 そして今も、幸福な時は続いている。


―― 了 ――
 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
エム・リー クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.