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『流星ドライブ 』
高杉・奏0367)&光月・羽澄(1282)

 日の長くなる初夏とはいえ、8時ともなれば、街は夜の装いである。
 イルミネーションが地上の銀河のように輝きはじめる頃、とある街角に、一台の、ルーフを開けたコルベットが人待ち顔でタイヤを休めている。
 運転席の男性に目を止めた通行人は、一瞬、はっとしたように目をしばたく。
 たとえ、レイバンがその表情を隠していたとしても、どこかしら人を惹き付けるような空気をまとった人物だった。長い髪をうしろで結わえ、年齢はいくつともはかりかねる容貌である。薄手の、アイボリーのサマージャケットに、襟の高いサテンの白シャツをノータイで合わせていた。道往く人々は、芸能人だろうか、と思って歩調を緩めるようだったが、思い出せないまま過ぎてゆく。
 彼――高杉奏がギターを手に、ブラウン管にも姿を見せていた頃のことを、憶えている人間も少なくなってきた。
「ごめん。お待たせ」
 と、ひとりの少女が、かすかに息を弾ませて駆けてくるや、助手席に滑りこんだ。
 こちらもまた、人目を引く容姿だったが、さすがに、その名を知っているものはいない。
 光月羽澄が、lirvaであることを知っているのは、そのプロデューサーである高杉奏をはじめとする、ごくわずかな人間だけなのだから。


 奏が予約しておいたのは、中華料理を現代フランス風にアレンジして評判になっている店だった。羽澄は近頃の雑誌をにぎわせているその店の名をちゃんと知っていて、北京ダックと夏野菜のサラダに歓声をあげた。
 食事を終えたあと、何もいわずに、奏は車を走らせる。
 奏の車は、ゆるやかに加速し、夜の街をうしろへ見送っていった。
「最近どうなんだ」
 ふいに、そんなことを言われたので、羽澄は思わず笑う。
「どうって?」
「いや――」
 まとまった時間を取って会えるのは月に一回程度とはいえ、顔を合わせたり、すれちがったりするくらいなら、しょっちゅうである。仮にも奏は羽澄の親がわりだ。
「別に。いつも通りかな」
 そう前置きして羽澄は話し始める。
 といっても、羽澄の語る「いつも通り」のうち半分は、草間興信所や、アトラス編集部で見聞きした出来事――、あるいは白髪の怪奇事件研究家に同行して月島の古い劇場で体験した事件であったり、黒衣の秘密機関の職員の依頼で地下の倉庫で冷汗の出るような目に遭ったり、調達屋の仕事で呪いの品物を回収する仕事に出た話であったりした。
 もう半分は、平穏きわまりない学園での、ひとりの女子高校生としての話。そのふたつが違和感なく混在するのが、羽澄の日常なのだ。
 奏はもっぱら聞き役だった。相槌を打ちながら、要所要所で口を挟んだり、彼女の無茶をたしなめたり、果敢さに呆れたり、おかしなてんまつに低く声を立てて笑ったりした。
 その、サングラスに隠された目が、顔は前を向いたままであっても、しばしばフロントミラーを介して羽澄の表情をうかがっていることに、彼の歌姫は気づかないふりをする。
 なにげなく、彼女の指が胸元のアクセサリーをいじっているのをみとめて、
「それ――」
 と訊けば、
「え、これ?」
 羽澄が告げたのは、しかし、予想とは違った名前。
「このこと、話さなかったっけ?」
 青い魚影が透ける石に、遠くの夜景を透かして見ながら、羽澄は言った。さまざまな出来事を息もつかせぬようなペースで体験する羽澄の日常は、月に一度のデートで聞きだせる話では追い付かないのだろうか。
「彼からだと思ったんでしょ」
 羽澄がすこしからかうような調子で言ったので、奏は、
「大人を見透かすようなことを言うな」
 と、憮然とした表情で応えた。 
「ふふふ」
「だからそういう笑い方をするなって」
「だって……」
 言いかけて、その先の言葉は呑み込む。

 まるで妬いたみたいなんだもの。先にふったのは、自分のほうなのに。

 車はレインボウ・ブリッジに差し掛かる。海風が、羽澄の銀の髪をさらった。
 言わなかった言葉を言ったら、彼は何と返しただろうか。

 じゃあ、先に惚れたのは、誰だっけ?

 恋人のような、父娘のような、プロデューサーと歌手を乗せて、車は都心へと、夜間飛行の飛行機が旋回するように戻っていった。


「今日もドタキャンかと思ってた」
「またそういうことを言う」
 奏が眉を寄せた。奏との約束は、彼の急な仕事の都合でふいになることが少なくない。
「美味しかったわ。あのお店」
「それはよかった」
「すこし敷居は高いけど」
「一緒にいけるやつは限られてるな」
「…………」
「それで、最近、どうなんだ」
 新宿が近付くにつれて、道は混みはじめ、運転はゆっくりになる。
「どうって……」
「あいかわらず、か」
「それなりにね」
「あいつも忙しそうだからな」
「ん……」
 ちらり、と羽澄の横顔を盗み見た。
「……今度は和食の店を教える」
「本当?」
 羽澄は笑った。
 奏のくちびるに、皮肉のような、自嘲のような笑みが浮かびかけたとき。
「あ!」
「ん?」
「ごめん。停めて」
 羽澄はシートベルトを解いて、歩道に向かって手を振った。その名前を呼びながら。
「あ……」
 奏は、歩いていた青年が、立ち止まって目を丸くし、そして破顔するのを見た。奏に気づいて、照れたような会釈をする。つとめて無表情で、奏は車を歩道に寄せた。
「ここでいいわ」
「ああ。気をつけて」
「ん。ありがと」
「あ――、羽澄」
 降りかけた羽澄を飛び止め、奏はダッシュボードを指した。
 彼女がそこを開けてみれば、封筒が出てくる。
「……」
 中には五線紙の束と、メモリーカード。
「……OK。ありがと」
「じゃあな。おやすみ」
「おやすみ」


 そして、都心の週末の渋滞を抜け出したコルベットは、再び、都会の光を遠目に見ながら走りだす。
 やれやれ。俺も大人げないね。
 そんな呟きも、風がさらっていってくれる。
 片手でハンドルを切りながら、ドアにあずけたもう片手の、指先は、出来たばかりのメロディをたどった。
 ほどなくその曲は、彼女によって歌われ、CDに焼きつけられてマーケットとネットワークに解き放たれる。青い蝶のように、それはひとりでにはばたいてゆき、また多くの人々の心を打つだろう。
 けれども――
 いかにlirvaが完璧な歌い手であっても、最高峰のエンジニアスタッフと機材を使ってその音と声を定着させたとしても、奏の中では、楽譜を彼女に渡したあと、彼の空想の中で聴く歌声が最高であるような気がする。
 
  流れ星を追いかけて わたしは翔るの
  千年の孤独が琥珀になるまで

  流れ星を追いかけて わたしは願うの
  千年の昔に消えてたとしても

  遠い空は コバルトブルーのホリゾント
  あなたも同じ方角を見ていたと信じてる――

 サビの歌詞を口ずさむ。
 流れ星のように、車は夜を駆けていった。

(了)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
リッキー2号 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月15日

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