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『緑の日曜日・クマなお仕事 』
藤井・蘭2163)&藍原・和馬(1533)


 大型連休はとっくに過ぎ、けれど夏休みまであと少しという初夏の午後。
 藤井蘭は、最近オープンしたばかりの『クマタマランド』に、彼は相棒の新緑クマとともにやって来ていた。
 持ち主兼保護者の彼女にようやくお許しをいただいての、2人だけの冒険だった。
 昼と夜の2回行われるという着ぐるみパレードが話題を呼び、祝日ということもあってか、そこは親子連れでかなりの賑わいを見せている。
「うわ〜うわ〜すごいなの!あっちにもこっちにもクマさんなの」
 はぐれないようにと頭にしがみ付くコクマのために蘭が指を差す先には、花柄やストライプや水玉模様のカラフルなクマたちがアクロバティックな動きを見せていた。
 タマゴをイメージしたアトラクションの建物が並ぶ中、丸みを帯びたフォルムからは想像もつかない身軽さで、彼等は飛んだり跳ねたり回ったり。
 一体どんな練習をつんだのか、オトナですら思わず見入ってしまうほどのパフォーマンスだ。
「ね?ね?スゴイなの〜クマさんたち、かっこいいなの〜」
「きゅ〜きゅ〜」
 キラキラ目を輝かせる無邪気な笑顔で飛び跳ねると、背中でクマのリュックが揺れて、相棒こと頭上の新緑クマが嬉しそうにぱたぱたはしゃぐ。
 どうにもこうにも弾んだ気持ちが止まらない。
「あ!あのクマさん、風船くばっているなのー」
 雑多な色彩に溢れるその広場で目ざとく見つけたのは、やけに大きな茶色いクマのぬいぐるみだった。
「もらってくるなのー!」
「きゅー!」
 カケッコのフォームを作って、いきなり駆け出す。

 蘭が一直線に目指す間も、茶色のクマは、帰りたいと心底溜息をついている中の人間になどお構いなしにたかり、ケリを入れ、しがみ付いてくる子供の相手に、びくともせずに色とりどりの風船を配っていた。
 彼を取り囲む子供たちの数はどんどん膨れ上がっており、蘭が人気者の下へ辿り着くには少々体力とタイミングが必要だった。
 自分のすぐ横を、風船を握った子供たちが嬉しそうに通り過ぎていく。
 すごくすごく羨ましく思いつつ、次は自分だとドキドキしながら顔を上げ、
「クマさん、僕にも風船……あ」
 伸ばした手が途中で止まる。
 自分よりもうんと小さい男の子が、ちょこんと立って、屈んだクマから最後の一個を受け取っていたのだ。
 そうして、クマの手の中はカラッポになってしまう。
「ありがとー」
 にぱっと笑って最後の一個をもらった子供は、おおはしゃぎで風船を握り締め、少し離れた場所で見守っていたらしい両親の元に走っていく。
「風船……もうない、なの?」
 すまん。
 そう言いたげなクマを見上げる、こぼれそうなほど大きな銀の瞳がジワッと涙に滲む。
 ああ、どうしよう。
 クマは慌てていた。何とかしようとバタバタしている。
「……だ、大丈夫だもん!泣かないもん!」
 それがあんまり申し訳なくて、ぐいっと袖で両目をこすり、何とか笑おうとする。
 だが、その瞬間。
 パァアアン―――
 いきなり弾けたクラッカーと、一緒に湧き上がる歓声。
 日差しを反射してキラキラ舞い散る紙ふぶき。
「ふぇ……」
 これが決定打になってしまった。
 精一杯我慢しようと頑張っていた蘭の中で、何かがプツンと切れてしまう。
 そして。
「きゅ!?」
 いきなりくるりと後ろを向いて――全力疾走。
 突然の方向転換に、しがみ付くのを忘れたらしい新緑クマが頭から転がり落ちる。
 慌ててそれをぽふぽふした両手でキャッチする茶色クマ。
 だが、そんな相棒の危機一髪な場面に気付くこともなく、緑の幼い少年は瞬く間に走り去ってしまった。
 風船という格好の客引き手段がなくなった茶色クマの人気は、あっという間に他のカラフルな仲間たちに取って代わられる。
 おかげで一気に身動き可能となったはいいが、時既に遅し。蘭の姿は完全にロストしていた。
「きゅ」
 慰めるように、コクマが彼の可愛らしい大きな頭をぽむぽむと叩いてくれる。
 そうだな。それしかないよな。
 茶色クマは大きく頷き、相手を肩にしがみ付かせると、ぐるりとあたりを見回し、迷子捜索隊として広い園内を緑の少年を追って駆け出した。


「……どうしよう、なの……」
 楽しそうな親子連れ。
 嬉しそうな子供たち。
 甘い香りと、笑い声。
 とっさにあの場から逃げたした蘭は、現在自分が完全に迷子になってしまったことにしょげていた。
 いつもなら心細い時に話し相手になってくれ、励ましてもくれるコクマもここにはいない。
 完全なひとりぼっちだ。
「うう……クマさぁん……」
 思い出したらまたしてもジワッと涙が滲んできた。
 そういえばコクマはどこに行ったのだろう。大丈夫かな。誰かに踏まれてないかな。
 あ、あの茶色いクマさん……あの優しそうなクマさんも困ってないかな。
 そんな想いもぐるぐるして、どんどんどんどん哀しくなっていく。
「う〜……」
 堪え切れなくて、ついに、ひっくとしゃくりあげる。
 涙が、拭っても拭ってもぽたぽたとこぼれ落ちる。
 ベンチを取り囲む花たちが、優しくそっと揺らいでは、もう泣かないでと声を掛けてくれるけれど、それでも涙は止まらない。
 さっきまでとても楽しかったのに。
 とてもとてもワクワクしていたのに。
 どうして今はこんなに哀しいんだろう。
 途方に暮れたまま泣き続ける蘭の頭に、フッとやわからかいものが乗せられた。
「ふに?」
 突然のことにビックリして顔を上げると、
「あ。風船なの」
 差し出されたのは、ミント色をしたクマタマランドのカワイイ風船。
 そして、目の前に立っているのは、大事な相棒を肩に乗せてくれている茶色のクマだった。
「えと……持ってきてくれたなの?これ、僕の?」
 こくこくとクマが大きく頷いた。
「きゅ」
「あ!」
 ぴょんっと蘭の胸にダイビングするコクマ。
 ちっちゃな手が蘭の頬に残っていた涙を優しく拭ってくれた。
「えと、えと……クマさん、ありがとうなの!」
 いやいやどう致しまして。
 そんなジェスチャーで蘭の頭を撫でてくれた大きなクマのおかげで、さっきまでの哀しい気持ちが吹き飛んでしまった。
「あ!」
 そうして満足げに頷き、立ち去ろうとする彼の腕を、慌てて蘭はしがみ付いて引きとめた。
「あのね、あのね、これ、お礼なの」
 リュックに手を突っ込んで、ゴソゴソと中をかき混ぜる。
 そして、目当てのものを見つけると、満面の笑みとともに、温かくて大きな掌に蘭はキャンディをいっぱい乗せていく。
 コロンコロンといくつかがこぼれ落ちそうになったけれど、彼はちゃんと全部を受け取ってくれる。
 大事そうにそれを握りこんで、クマはもう一度くしゃくしゃと蘭の頭を撫で付けると、バッと地面を蹴って、背の高い植木達を次々と軽やかに飛び越えてどこかに姿を消してしまった。
「……クマさん、すごいなの」
 ほぅっと思わず感嘆の溜息をつく。
「きゅ」
 そんな蘭の頬を、新緑コクマがぷにっと押した。
 いかなくていいの?
 そんなふうに首を傾げて。
「あ!そうなの!まだまだ全然遊んでないなの!」
 改めてパンフレットを開き、コクマと一緒に地図とにらめっこする。
 小さな子供でも出来るだけ迷わないようにとの配慮か、このテーマパークはとても分かりやすい区分けがなされているのだ。
 地図さえあれば、そしてそこら中に植えられた緑たちの手助けがあれば、難なくお目当てのアトラクションまで辿り着けそうだった。
「ええと、ここをいってぇ」
「きゅっ」
「それから」
「きゅ」
 ミントの風船をふわふわとご機嫌に揺らしながら、時々すれ違うクマたちに手を振りつつ、一度はなくしたワクワク感をしっかりと取り戻す。
 また遠くでパァンと大きな音が鳴った。
 空を見上げると、白い鳩が一斉に青い空を羽ばたいていく。
 なんだかすごくすごく気持ちがいい。
「あとはこっちをまっすぐなの〜!オー!」
「きゅー!」
 ケーキを模った甘い色の建物がずらりと並ぶその道を、思いきり駆け抜けて。
 遠くで3度目の大きな花火が鳴って。
「突撃なの〜!」
 本人の希望により新緑コクマの身体にミント風船を括ってあげて、蘭は相棒と一緒にクマタマランド制覇に乗り出した。
 同じアトラクションに並んだ子と友達になったり。
 クマたちのダンス・パフォーマンスを眺めたり。
 ポップコーンを食べながら、小鳥たちと戯れたり。
 園内のあちこちに隠された財宝の秘密を探るために、知らない子供たちと共同戦線を張ったり。
 日が暮れるまでの数時間を、体力の続く限り思う存分はしゃぎまわる。


 閉園が近付くに連れて、ポツリポツリと卵形の外灯に明かりが灯り始めた。
 ソレが合図となったのか、もうすぐ始まるパレードのために、コースに沿ってずらりと人が垣根を作って連なっていく。
「ふに……何にも見えないなの」
 パンフレットでは、パレードまでまだもう少し時間がある。
 だが、もうどう頑張って背伸びをしても、ここからでは人が壁になって音と光しか伺えないということが分かった。残念ながら、ちょっとした隙間もありそうもない。
「クマさんたちの、見れないなの……残念なの」
「きゅぅ」
 観覧車にでも乗れば、もしかすると。
 そんなことを考えながら、時々背伸びをしつつぐるぐるとコースから離れて人ごみの中を彷徨う蘭とコクマ。
 と、
「よお、蘭。楽しんでるか?」
「ひゃあ?」
 ひょいっと。
 いきなり蘭の体が後ろから抱き上げられ、そのまますとんと肩に乗せられた。
「あ、和馬おにーさん!」
 驚きの声を上げる蘭に、黒スーツ姿の藍原和馬はにっと笑って応える。
「何とか間に合ったな。じゃあ、行くか?」
「え?え?どこにいくなの?」
「きゅ?」
「ん?いいとこ、だ。俺に任せておきなさい」
 コクマを頭に乗せた蘭を肩車し、彼はずんずんタマゴの城というアトラクションまで連れて行く。
「和馬おにーさん、どうしてここにいるなの?どうして僕のいる場所がわかったなの?ね?ね?」
 手触りのよい髪をちょっとだけくしゃくしゃにしつつ、蘭はとにかく不思議に思ったことを残らず全部聞いてみる。
 だが、
「ん〜?ん〜強くてカッコよくて優しい和馬お兄さんは、そりゃあもう知らないことなんて何にもないからな」
 そういって笑うばかりだ。
 そうして、『タマゴの城』入場ゲートを通り越し、裏口付近に佇むスタッフに手を振ると、相手はにっこり笑い、人差し指で『ナイショ』のジェスチャーをする。
「よっしゃ」
「え?なあに?なにがよっしゃ?」
「いいからいいから。今に分かるって」
 まだ状況がよく呑み込めていない2名を引き連れて、薄暗い秘密の通路を伝って数分後。
「さあて、到着、っと」
「え?」
 暗さに慣れた蘭の目に、突然光が弾けた。
「わ!」
 城壁から身を乗り出した彼の肩の上で、蘭は夜空にきらめく花火に驚きの声を上げる。
「お、ほら、下見てみろよ。始まったぞ」
「クマさん!クマさんたちが妖精さんと一緒に!」
「……きゅーきゅー……」
 特別な人だけが入ることのできる、秘密の特等席にひたすらつく彼らの驚嘆の溜息を、和馬は満足げに聞いていた。
 口元が自然にほころぶのが自分でも分かる。
 着ぐるみのバイトは18時までの契約だ。
 風船配りの後は、あちこちのショータイムで踊って回って盛大に子供たちと大人たちを喜ばせてきた彼は、10時間に及ぶ労働報酬の一部として、ちゃっかりスタッフからパレードに関する極秘情報をもらっていたのだ。
「和馬おにーさん、ありがとうなの!」
 蘭が、彼の頭にきゅっと抱きついて、ありったけの感謝と大好きの気持ちを笑顔に乗せる。
「どういたしまして」
 幸せのカタチ。
 幸せの時間。
 大好きな和馬と大好きなコクマと一緒に眺める、大好きなクマたちのキラキラ眩しいパレード。
 今日一番のドキドキを感じながら、蘭はいつまでもいつまでも、光の洪水が続く限り心をときめかせていた。



END
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高槻ひかる クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月15日

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