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『〜支え……〜 』
御崎・綾香5124)&和泉・大和(5123)



「先輩と和泉先輩って…………お付き合いされているですか?」
「なに?」

 突然後輩から言われ、御崎 綾香は言葉の意味を理解出来ず、珍しく聞き返していた。
 現在は、弓道部の小休止中である。休日には、朝から弓道場は開放されて、ほんの小規模だが、部活動が行われていた。
 顧問の教師が放送で職員室に呼び出されたため、少し早めにお弁当を食べている所だった。
 綾香は普段は一人でお弁当を食べている(談笑に参加出来ないから)のだが、今日は黙々と食べている綾香に、一人の後輩が近付いてきて、そして開口一番に綾香と、和泉大和の事を訊いてきた。

「で、ですから。御崎先輩と和泉先輩はお付き合いされているんですか?」
「な……何故そんなことを訊く?」
「何故って………その、ですね」

 何故か赤面しながら俯く後輩。綾香が黙って後輩が話すのを待っていると、後輩は訥々と話し始めた。
 話によると、数日前に大荷物を持って廊下を歩いている所を、大和が代わりに荷物を持って助けてくれたらしい。その時の礼を後日偶然会った時に言ったのだが、「俺、何かしたっけ?」と惚けられてしまったという……

(らしいと言うか……何というか……)
「それでですね、他の先輩は同級生に大和先輩のこと聞いたら、何だかそういう風に助けられた子がすごく多くって。和泉先輩の親切って、とても自然で素敵なんですよ。男女問わずに助けるから、隠れファンみたいな人が多いんですし。そんな人とお付き合いって羨ましいなぁ、と思ったんですけど。実際はどうなんですか?」
「別に、あなた達が思っているような関係じゃないと思うわよ」

 「え〜」と不満顔の後輩。綾香は、決して家に来たとか、そういうことを言わないように口を閉ざしてから、残りのお弁当に取り掛かる。それを見てから、後輩は渋々ながらも別の場所へ歩いていった。
 後輩が居なくなってから、綾香はふと、後輩の話を思い返した。

「誰にでも親切に……か」

 自分にも、大和に親切にされた覚えは何度もある。今までは深く考えたことはなかったが、もし、それと同じような親切を他の者達にもしていたとしたら………

(どうして………そこまで出来るんだ?)

 綾香は、食べかけの弁当箱をジッと見つめたまま、一体何が起因となって今の大和になったのか、それをジッと考え込んでいた………







「お帰りなさい綾香さん。早かったのね」
「ただいま帰りましたお祖母様」

 綾香は制服姿で帰宅し、汗ばんだ頬をハンカチで拭った。それを、ちょうど何処かへ出かける予定だったのか、綾香の祖母が、いつもの着物姿に風呂敷で包まれた荷物を持って出迎えた。最近になって、綾香に浮いた話が出来たからか、祖母の機嫌はすごく良い日が続いている。
 現在も、古い厳格さは微塵も見せずにニコニコと微笑んでいた。

「弓道はもう終わったの?まだお昼ですけど」
「…………何だか色々あって、今日は予定変更だそうです」

 「顧問の教師が校内で浮気問題を起こして逃走したので中止になりました」………等とは言わず、綾香は無難に答えてから靴を脱いで家に上がった。
 ……………だがそれを、祖母が「あらあらちょうど良かったわ」と言って押しとどめた。

「なにか?」
「ちょうど良かったのよ綾香さん」
「意味が解るように言って下さい」
「分かったわ。ほら、この前家に男の子が尋ねてきたでしょ?」
「和泉君ですね」
「そうそう和泉君。彼の家まで、これを届けに行って欲しいのよ」
「え!?」

 祖母は、思わず声を上げて狼狽える綾香を面白そうに観察しながら、手に持った風呂敷包みの荷物を綾香に押しつけてきた。綾香はその風呂敷を眺めて、ようやく正気に戻る。

「待って下さいお祖母様。何故彼にこんな物を?」
「この前貰ったお菓子があまりに美味しかったから、そのお礼ですよ。」
「お礼のお礼ですか……」
「本当は私からお渡ししたかったんですけど、彼の自宅を知らないから。では、お願いしますよ綾香さん」

 祖母は、そう言って素早く家の奥へと引っ込んでいってしまった。慌てて引き留めようとした綾香は、祖母の「お願いしますよ」の言葉に足止めされ…………結局、帰ってきて早々に、荷物だけ置いて自宅の神社を後にした。






 祖母に言われて出発した綾香は、以前色々と話している時に教えられた住所を思い出しながら和泉宅を探し当てた。チャイムを鳴らすと、中から大和の声が聞こえ、そしてそれ程待たずに扉が開いて大和が顔を出す。

「………こりゃ珍しいお客さんだ」
「私もそう思う。だから早々に立ち去るからな」

 珍しいどころか、初めて大和の家に来た綾香は、祖母から渡された包みを渡された時のように大和に押しつけた。そして踵を返して帰ろうとする。

「いくら何でもそれはないだろ。お茶ぐらいは入れるから、まぁ、上がれって。今は何処かへ行ってるけど、そのうちカー助も帰ってくるかも知れないからな」
「…………では、お言葉に甘えよう」

 大和に勧められることで、ようやく和泉宅へと足を踏み入れた。
 大和の部屋へと案内される。大和は、綾香を案内して部屋の小さなテーブル前に座らせた後、「お茶を入れてくるからな。あまりひっくり返さないでくれ」と言って出ていった。

(ひっくり返しはしないが………これが男の部屋という物か。兄さん達とは違うんだな)

 部屋の中は、思ったよりも片付いていた。掃除が行き届いているのか、ゴミ箱も処分されている。本棚には漫画や格闘技の雑誌だけでなく、何と料理の本まであった。
 初めて身内以外の男性の部屋に入ったために、綾香は落ち着くことが出来ず、キョロキョロと周りを見渡してしまう。そのためか、特にやましい事はしていないのだが、大和が「待たせたな」と部屋に入ってくると、思わずビクッとなって振り向いてしまった。

「……何かやってたのか?」
「してない。それより、もしかしてそのお茶は……」
「抹茶だ。これから点ててやる」

 落ち着かない綾香を気遣ったのか、大和は綾香の飲み慣れている抹茶をわざわざテーブルの上で点ててくれた。以前話している時に、神社で作法を教えられている時に、もっぱら飲んでいたと教えたのだ。
 大和がお茶を点てているのを見て、自然に綾香の心は落ち着いていった。

「ほれ、出来たぞ」
「ん。ありがとう」

 大和が湯呑みを差し出してくる。綾香は受け取って一口啜り、「ほうっ」と一息ついた。
 大和は自分の分を点て始める。その間に、綾香は改めて部屋の中を見回した。
 と、壁に貼り付けられている数枚のポスターが目に止まる。やはり相撲取りなだけ合って、別段好きでもない綾香でも分かる人達がチラホラと貼ってあった。
 だが一枚だけ、相撲とは違う物を見つけ、綾香は大和に話を振った。

「和泉。訊きたい事があるんだが、良いか?」
「なんだ?」
「相撲取りのポスターばかりなのに、一枚だけプロレスのポスターがあるが………彼に何か思い入れでもあるのか?」
「ん? ああ、あの人か。まぁな。色々と……恩人ってとこだな」
「恩人? 会った事が?」
「ああ、昔一回…………病院でな」

 ポスターを眺めながら、大和は遠い記憶を探るように目を細めた。

「昔、俺が交通事故にあって大怪我したのは話したよな。その時は相撲ばかりやってたから、現役から消える事が嫌でな。病室のベッドの上で、ちょっと腐ってたんだ。そんな時に、偶然病室で会ったんだ。向こうもかなり酷い怪我してた」

 懐かしがる大和。その山とを見ながら、綾香は黙って話の続きに集中した。
 どうしてかは分からないが、この話こそ、部活中に持った問いに答えてくれているんだと、そう思えてきたのだ。
 大和は、尚も当時の事を語り続ける………

「お互い引退するかどうかって瀬戸際の程でな……でもな、あの人は、それでも俺に優しくしてくれた。何かと気に掛けてくれて……自分だって大変だったろうにさ。で、あの人はな、俺よりもずっと早く退院したんだけど、最後の別れ際に、こう言ってくれたんだ

『一人で思いつめるなよ? 君が倒れそうになった時、必ず支えてくれる人がいる。君は君にできることを一生懸命すればいいんだ。そしていつか、君も誰かを支えられる人間になるんだ。何、やってみれば、そう難しい事じゃないぞ?俺だって出来てるんだからな』

ってな。少し臭い言葉だけど、やっぱりこの言葉がなかったら、俺はリハビリして土俵に戻ろうとしなかっただろうな………あの人には、本当に感謝してる」

 語り終えて、湯呑みを飲み干す大和。綾香は、その言葉と、大和の行動を重ねていた。

 学校で、それこそ何の壁もなく人を手助けする大和。その大和の行動は、あのポスターのレスラーの言った、『誰かを支えられる人間』になるためのものなのだろう……たぶん無意識に、そうなろうとしているのだ。案外、本人は気付いてないかも知れないが………
 そしてその御陰で、自分もこの男に出会う事が出来た。

「私の恩人でもあるか……」
「誰がだ?」
「いや、何でもない」

 大和の怪訝な顔を見ないように、綾香は目を瞑って、湯呑みをそっと飲み干した。
 少し冷めていたが、それでも抹茶の渋みは、綾香の心を落ち着かせ続けてくれた……







「一人で大丈夫か?」
「道も覚えた。これだけ近ければ、問題など起こらん」
「そうか? まぁ、御崎が言うなら大丈夫だろうけどな」

 綾香を玄関先まで送りながら、大和はそう答えた。
 周りは既に日が落ちかけており、これ以上遅くなると、綾香もまた色々と家の人に小言を聞かされる事になるだろう。もっとも、綾香にしてみれば、むしろ小言よりも祖母の詮索の方が怖かったりするのだが………

「なぁ、ところでな」
「?」
「さっき昔の事話してて、どうしても聞きたくなったんだが………」

 途中で言葉を切って、いつになく真剣な目をする大和。軽く深呼吸してから―――

「俺は、お前の力になれているのか?」

 そう、大和は言葉を続けた。
 綾香は、その問いには全く臆すことなく、躊躇する事もなく答えてのけた。
 その答えは簡単だ。弓道場で、帰りの雨の中で、神社の境内で、そして部屋で、いつでも元気づけてくれた……………
 自分の支えになってくれている者に言う言葉など、一々考え込む必要もない。

「嘘でも“なれていない”なんてことは私には言えない。お前には、何度も助けられた」
「……本当か?」
「嘘でも言わないと言っただろ。そもそも、私が嘘を言うと思うか?」
「言わないな。お前なら」
「そう言う事だ。むしろ、私の方が……」
「どうかしたか?」
「いや、何でもない。明日学校で会おう」

 綾香の問いかけの最後の方は言葉にならず、大和の呼びかけを振り切るようにして、綾香は別れを告げて帰宅の路に着いた。大和は、しばらくの間見送り、姿が見えなくなってから、ようやく帰ってきたカー助を家の中に入れてから戸を閉める。
 綾香も、振り返って大和の姿が見えなくなってから、一人でポツリと呟いた。

「私の方こそ、お前の支えになっていられているのか?」

 その問いに答える者はここにはいない。だがいつか、この問いに答えて貰う日が来るのかも知れないと、そう思いながら綾香は歩を速めた………






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5123 和泉・大和(いずみ・やまと) 男性 17歳 高校生
5124 御崎・綾香(みさき・あやか) 女性 17歳 高学生
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■         ライター通信          ■
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 毎度毎度ご依頼を頂いておりますメビオス零です。そして毎度毎度言ってる事ですが、本っっっっ当に、ご依頼ありがとうございます。

【反省点等】
 これで五話目……前作に引き続き、好ましい人になってしまっている祖母でした。
 大和の問いに答える綾香の返事のシーンで、キスシーンに持ち込みそうになった自分がいたりする……危ない危ない。
 視点なんですが、何だか綾香の視点とは言いきれない物になってます。どちらかというと第三者視点?

 ッてところですかね。そう言えば、カー助君は今回出番がないです。一応私の脳内設定では、綾香と大和に気を利かせて、こっそり二人を見守っていたんだそうです。(w
 では、また次回の機会を頂ければ、もう少し気を利かせて書きますので、よろしく、お願いします。ご依頼と、そして読んで下さって、誠にありがとうございました。
(・_・)(._.)
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東京怪談
2005年06月14日

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