『邂逅する運命と交錯する真心 』

アルミア・エルミナール（2524）＆エルシア・エルミナール（2557）

「──まさかこんな日が来るだなんて──思いもしなかった」

自分の前に出された、琥珀色の紅茶で満たされた白い陶磁器のカップを揺らして、アルミア・エルミナールはそっと呟いた。
窓からは、午後の柔らかな陽射しが舞い降りる。金色の塵が満たす室内は程好い暖かさで、鼻を動かせば、キッチンで煮込まれている夕食のシチューが芳しく香った。
姉であるアルミアの向かい側に座ったエルシア・エルミナールは、其の言葉に緩く首を傾げる。彼女も又、其の白い指先にカップを引っ掛けて持ち上げており、小鳥が水を飲むような仕草でカップを仰いで居た。こくり、と喉を鳴らして其れを嚥下し、エルシアは姉の方を向いて問う。

「如何いう事？」
「思い出してもみろ。此方の世界で最初に逢った日の事を」

軽く笑って、アルミアはカップを揺らした。水面がゆらゆらと引っ張られて揺れる度に、湯気が香りながら細くたなびく。少しだけ温くなった其れをく、と乾（ほ）して、アルミアはかちりとカップをソーサーに戻した。
アルミアの言葉にああ、とエルシアも頷く。くすくすと笑いを零して、歳相応の少女らしい顔付きを見せた。

「……姉様ったら、しかめっ面だったのですもの。変わらない表情で」
「エルもだ。最後に見た時と変わらなかったね」

言って、アルミアは思いを馳せる。そう、あれは此方の世界に遣って来たばかりの時の事────





街中のショーウィンドウの前、其処に立って、黒い甲冑の姿でアルミアはじい、とジュエリーショップを眺めていた。華やかな装飾の店の前に、黒い甲冑のアルミアの姿はさぞ異質だった事だろう。
店の中に居るのは着飾った妙齢の少女たちばかりだ。自分のように甲冑姿で固めた女なぞ、居る筈も無い。其れをちらりと見遣って、アルミアは溜息を吐いた。コンプレックスなぞは無いが、矢張り目立つか。そうしてもう一度、ショーウィンドウ内に視線を落とす。其処に飾られていたのは、綺麗なエメラルドのペンダント。

「──似合うだろう、な」

ぽつりと呟く。
自分と同じように白い甲冑を身に纏い、自分と対峙したたった一人の妹。エルシア──口の中で音にせず呟く。豊かな黒髪と艶やかな黒い瞳を持った、神に愛でられた少女。あの黒に、このエメラルドはさぞ映えるだろう。
だけれど似合うと思しきこのペンダントを買っても、あの娘に渡す手なぞ何処にも無い。もう二度と逢う事も無いのだろう。何故なら自分達の世界は、とうの昔に滅んでしまったのだから。

何時までも眺めていても仕方が無い。緩く溜息を吐いて、アルミアは歩を進めようと視線をショーウィンドウから道の先へと向けた。人通りが多いこの目抜き通りで、見付からない可能性も大いにあった筈、なのに。

「……貴方、」

一人の女性が、驚いたような表情で此方を見ていた。少しだけ蒼白とした色の其の顔、身に纏う白い甲冑。風に揺れる細い絹糸のような黒い髪。
其の姿を認めて、アルミアは息を呑んだ。エルシア──たった一人の妹。失ってしまった筈の妹。何故此処に居る、どうして生きていた、何故今更私の目の前に姿を現した？　問いたい事が次々と頭に浮かんでは、問う事が出来ずに消えて行く。

「────、エルシア」

言う事が出来たのは其れだけだった。エルシアは動かない。どんな表情をして良いのか悩んでいるらしい彼女は、何処か困ったような顔でアルミアを見詰めていた。人が行き交う大通り、誰も自分たちには目もくれない。白い甲冑の女に、黒い甲冑の女がゆっくりと歩み寄る。エルシアは僅かに息を詰めはしたものの、逃げるような事はしなかった。ジュエリーショップの前を離れ、彼女が立つ店の角に歩む。詰めた後の距離は一メートル。手を伸ばせば容易に触れられる距離。

「……よく、生きていた……エルシア」
「貴方、こそ」

店の影にエルシアを引き摺り込んで、アルミアはぽつりと呟いた。昼間なのに翳る其の場所は、甲冑姿の自分たちにはひんやりとしていて丁度良い。
だけれど其れ以上に空気が冷たかった。中空に漂う実質的な其れではない、二人の間に漂う確執的なものだ。憎悪を挟んですっかり冷たくなってしまった其の温度は、簡単には元に戻りそうには無かった。
勿論其の場で其の温度が元通りになると言うことは、無かった。結局其の場は当たり障りの無い──身体の調子はどうだとか、ちゃんと食べているかとか──話をして、どちらからとも無く、別れた。もしかしたら、其の場限りの出逢いで終わりだったのかもしれない。だけれど神様は優しくて残酷だった。



神の作り上げた数奇な運命か其れとも出逢うべくして出逢ったのか、兎に角憎しみあう姉妹は幾度と無く出逢った。街で、冒険で、ある時は二人きりで。違う時間を紡ぐ運命は度々ぶつかり合い、其の度に少しずつ、温度は元に戻って行った。
矢張り何処かぎこちなくは在ったけれど──其れでも、冷たさは消えた。エルシアの他人行儀な「貴方」という言葉は「姉様」に変わり、アルミアの戸惑う「エルシア」という言葉は「エル」に変わった。

ぶつかり合いながらも、少しずつ御互いを理解して。時間は掛かったけれど、得たものも其れに見合う以上に大きい。
蟠（わだかま）りは消えたとは言えないけれど、御互いは御互いを手に入れたのだ。





「そう言えば……姉様はあの時、ショーウィンドウで何を見ていたの？」
「ん、ああ。そうだ、其れだ」

聞かれて、アルミアはごそごそと自分の荷物を漁る。エルシアが不思議そうに首を傾げるのを見て、アルミアは照れくさそうに頬を染めた。やがて目的のものを見つけたのか、其の白い指先が、そろそろと小さな細長い箱を引き揚げる。
其れをそっとエルシアに差し出しながら、アルミアは小さく微笑んで、呟いた。

「──エルに似合うと思って。あの時見ていたのは、此れだよ」

エルシアが慌てて其れを受け取り、其れでも丁寧に包装を剥ぐ。掛けられたリボンを解くと、其の滑らかな手触りが火照った指先に心地良かった。綺麗な木箱をぱか、と開けると、其処には。

「う、わぁ……」

思わず感嘆の声を漏らす。木箱の中、白いクッションの上に寝かされて居たのは、エメラルドのペンダントだった。綺麗に磨かれた、透明度の高いエメラルドが、光の粒子を吸い込んできらきらと煌く。
感極まった様子でエルシアがアルミアを見上げると、アルミアはふふと笑って顔を綻ばせた。

「私からエルに、最初のプレゼントだよ」




■■　邂逅する運命と交錯する真心・了　■■

PCシチュエーションノベル（ツイン）

硝子屋歪

聖獣界ソーン

2005年06月14日