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『霧の洋館にて 』
都築・亮一0622)&神崎・美桜(0413)
●日常光景
 後にして思えば、兆しは早くからあったのかもしれない。ただ、彼――都築亮一にとって気付かぬうちに、気付けぬうちに。
 最初の事件が起こったのは、1年近く前だったかもしれない。よくある、と言っては語弊はあるが、少女の誘拐事件が新聞やテレビを一時的に賑わせた。けれどもそれは、すぐに起こった大事件に取って変わられ、人々の記憶から薄れてゆくこととなった。
 その事件に何ら進展の見られないまま、また別の少女誘拐事件が散発的に新聞紙上で報告されることとなる。最初の事件から3ヶ月後、次の事件より2ヶ月後、さらに1ヶ月後……次第に間隔が短くなって。
 そして今、毎週のように少女誘拐事件が発生していた。居なくなったのはいずれも綺麗な少女、それゆえかマスコミ・ワイドショーはこぞって特集を組んでいる。もっともどこを見ても、代わり映えのしない内容だったけれども。
「……要求もなく、誘拐事件と言うのはどうなんでしょうかね」
 自室でつけっぱなしにしていたテレビを横目で見ながら、亮一は何気なく疑問を口にした。
 出かける支度をしながらなので熱心に見ていた訳ではないが、耳で聞いている限りいずれのケースも家族に要求などは全くされていないのだという。そして、家出をするような少女たちでもなく、そういう要因も調べた限りではなかったとのこと。なので、正確には失踪事件と言うべきだろう。
 支度を終えた亮一はちょうど行方不明となった少女の写真がでかでかと映し出されていたテレビを消すと、そのまま玄関へ向かった。今日はこれから従妹の――目に入れても痛くないほどに可愛がっている――神崎美桜と外でお茶をする約束になっていたからである。
 それでも、先程まで見ていたテレビの内容が、亮一には少し気にかかっていた。
(しかし、単なる失踪事件とも思えない……)
 それは退魔師としての亮一の直感だったろうか。あるいは、これから起こることに対する警鐘だったか――。

●ある招待状
「どうしたんです、美桜?」
 喫茶店にてお茶を楽しんでいる最中、亮一は目の前に座っている美桜にそう尋ねた。
「……え」
「何か、気になっていることでもあるんじゃないですか」
 亮一には、今日の美桜が端々で見せる表情が気にかかっていた。言うべきか言わぬべきか、自分の中で悩んでいるようにも見えて。
「…………」
 押し黙る美桜。その様子を見て、亮一は自分の推測が間違っていないことを確信した。
「いつも言ってるじゃないですか。困ったことがあるなら、何でも相談していいと」
 にこっと微笑み、亮一が優しく美桜に言った。ややあって美桜はこくんと頷くと、鞄の中から1通の洋封筒を取り出して亮一の前に置いた。見た所、何かの招待状のようである。
「見て構いませんか」
 一応確認を取る亮一。美桜が頷いたのを見て、亮一は封筒を手に取った。蝋で封をされていた封筒に差出人はないが、宛名は確かに美桜になっていた。
 封筒の中には1通の便せんが入っていた。直筆ではなくワープロ文字だ。その内容をかいつまんで言うと、ある洋館にてダイヤがちりばめられたアンティーク人形を探し出すという催しを開くので参加しないか、といったものだった。人形はそのまま発見者へ贈呈される賞品となるらしく、文面の最後には洋館への地図も記されていた。
「……心当たりは?」
 読み終えてから、亮一が静かに尋ねた。美桜はゆっくりと首を横に振る。
「応募した覚えなんてないのに……」
 美桜は嘘を吐くような少女でない。完全に忘れてしまっているということでなければ、美桜の言っていることは正しいはず。だとしたら、何故こんな招待状が届いたのだろう。
 まあ、どこかで名簿を入手した業者が、あちこちに招待状をばら撒いている可能性も否定は出来ない。都内でも有名な名門ミッションスクールに通っている美桜である、そちらから何か業者のターゲット層として引っかかったのかもしれないし。
「質の悪い悪戯でしょう。放っておくのが一番ですよ、美桜」
 亮一は美桜にそう言い、この話はここで終わった。
 終わった……はずだったのだ。

●指名
 そんなことがあってから1週間後のことである。また美桜とお茶をすべく支度していた亮一の携帯電話に、草間武彦からの電話が突然かかってきたのは。
「もしもし」
「よう、暇か」
「ええ、まあ。これから出かける所だったんですけれどね。美桜とお茶の約束があって」
 苦笑しながら亮一が言う。ちょっとした皮肉の言葉を言ったつもりであった、が。
「何、そうなのか? それはちょうどよかった。彼女に連絡取りたくて、お前に電話したんだよ」
 草間から返ってきたのは意外な言葉だった。
「……美桜に?」
 声をひそめ、亮一は草間に聞き返した。
「ああ、そうだ。実はな、調査の依頼が来たんだが……何故か彼女ご指名なんだよ。何でもな、夜な夜な奇怪な出来事が起こる洋館らしいんだが、相手の意図が分からなくてな……一応返事は保留したんだが、今日明日にゃ連絡しなくちゃいけないんだ」
「草間さん」
 何か嫌な予感がした亮一は、改めて草間の名を呼んだ。
「どうした?」
「その洋館の場所、分かりますか」
「そりゃ聞いたから分かるけどな。ええと……」
 洋館の住所を告げる草間。亮一はそれを黙って聞いてから、こう言った。
「奇遇ですね、草間さん。ついこの間、その洋館への招待状が届いた所ですよ」
「……何?」
 今度は亮一が経緯を話す番であった。
「そりゃ……妙だな。何ならこの依頼、断るぞ」
 草間が美桜を気遣って言う。が、亮一はそれには及ばないと言った。
「その代わり、俺も一緒に行きます。よろしいですね?」
 言葉こそ丁寧だが、亮一からは有無を言わせぬものが感じられた。不審な状況が続くのなら、自分の目が届いているうちに決着を――とでも考えたのかもしれない。亮一の預かり知らぬ所で、悪い方へ事態が転んでしまったのなら、悔いても悔やみ切れないだろうから。
「ああ、いいさ。彼女の同行は依頼条件だが、2人だけで来いとは一切言われてないからな」
 了承する草間。したたかなものである。
 かくしてこの翌週、3人は件の洋館へ出かけることとなった。何が待ち受けているか知ることもなく……。

●霧の立ち込める中
「……何だか別世界に向かっているみたい」
 山道を走る車の窓の外を眺めていた美桜は、いつしか出始めていた霧を見て、そうつぶやいた。
「まあ旦那様のお屋敷は山の奥深くですから。ある意味別世界かもしれませんね」
 車を運転していた中年男性が美桜に言う。中年男性は今向かっている洋館に仕える執事ということであった。
「それはそうと、奇怪な出来事ってのは具体的にはどんなことです?」
 草間が執事に尋ねた。洋館に着く前に、少しでも情報を入れておこうというつもりらしい。依頼時には詳しい話を聞かされなかったこともあって。
「さあ……私には分かりかねますが。旦那様に直接お聞きになっていただけませんか?」
 だが、執事からは期待外れの言葉。草間は小さな溜息を吐いた。
 やがて車はいかめしい古びた洋館の前に到着する。霧は辺りに深く立ち込めていた。まるでまとわりつくように。
「どうぞこちらへ」
 執事に案内され、洋館へ足を踏み入れる3人。と、突然いくつもの声と足音が聞こえてきた。
「こっちかしら?」
「違うわ、向こうじゃない?」
「あたしはあそこだと思うわ」
「ふふっ、見付けるのは私よ」
 パタパタと四方へ足音が散らばってゆく。美桜が執事の方を向いた。
「あの……」
「アンティーク人形を探しておられるのですよ。いずれも招待状をお持ちで……そうですね、ちょうどあなたと同じ年頃の方々です」
 美桜が皆まで言う前に、執事が先に説明する。招待状とは恐らく、美桜に届いたのと同一の物であるのだろう。亮一は執事の説明を聞きながら、無言で周囲を見回していた。
(やけに人形や彫刻の多い……)
 洋館に入って早々のエントランスホールにも、6体もの彫刻が置かれていた。人形もざっと見た感じでは10体は確実にあるだろう。
「気になられますか?」
 執事が亮一に話しかけてきた。曖昧な返事を返す亮一。
「旦那様は人形や彫刻がお好きなのです。集めること、そしてそれを飾ることが」
 そう執事は言うが、それにしてもこれはどうなのだろう。趣味としても、少々過ぎやしないだろうか。
「では、お部屋にご案内いたします」
 執事は先頭に立ち、亮一たち3人を部屋へと案内した。

●違和感
 3人には各自1つの部屋が与えられた。つまり、個室である。探偵たちに対して、ずいぶんいい待遇をしているものだ。
「ああ、すみません」
 最後に部屋に案内された亮一は、出てゆこうとした執事を呼び止めた。
「先程仰っていた、招待された少女たちにもこのように1人1室を……?」
「はい、そうです。いずれも、大切な招待客の方々ですから。失礼などないように」
 執事は亮一の質問に答えると、一礼して部屋を出ていった。残された亮一は、椅子に腰掛けることもなく思案を始める。
(……何故こんなことを……?)
 違和感があった。少女たちが招待されているのは、まあよいとしよう。けれども、夜な夜な奇怪な出来事が起こるからと草間に調査を依頼しているのに、『大切な招待客』である少女たちをどうして1人ずつ個室に入れているのか。執事が事情をよく知らないとはいえ、少なくとも2人1室にすべきではないのか。本当に『大切な招待客』であるのならば。
 その時、亮一の部屋の扉がノックされた。
「入っていいか?」
 草間の声だ。返事をすると、すぐに草間が入ってきた。複雑な表情を浮かべている。
「どうしました」
「……演出に使われたのかもな」
 亮一が尋ねると、渋い表情で草間が言った。
「執事に、依頼主と面会する段取りを頼んだんだけどな。『旦那様はご気分が優れないようですので、また時間を改めて』だとさ。で、さっきの少女たちの楽しそうな声だ。実際は何もないんだろ、きっと。ただ、脅かす材料として、俺たちは呼ばれただけで」
「――そうでしょうか」
 草間の言葉をしばし聞いていた亮一だったが、疑問を口にした。
「仮にそうだとしても、何故わざわざ美桜を指名する必要があるんです」
「言われてみれば……そうだな。脅かす材料にするだけなら、来るのは俺だけで十分だ。招待状が届いて事情を知っている者を、指名して連れてくる必よ……」
 そこまで言って、草間がはっとした。
「……連れてくる必要があった、ということか?」
「ええ。理由はまだ分かりませんが、美桜をこの洋館へ連れてきたかったのでしょう。そのためにまず招待状を、それではダメだと分かったので草間さんを通じて連れ出そうと」
「……1人にしておくのはやばいな」
 草間が踵を返した。美桜の部屋へ向かうつもりなのだろう。
「お願いします、草間さん。美桜から絶対離れないでください。俺は……ちょっと調べてみます、この洋館を」
「分かってる、こっちは任せろ」
 草間はそう言い、亮一の部屋を出ていった。

●危機
 亮一は洋館を巡っていった。開く扉は開いて中を確認し、隅から隅まで洋館を回るつもりだった。
 どこにあっても目につくのは彫刻や人形。亮一に与えられた部屋もそうだったが、絶対に部屋に1体はある。廊下にも等間隔で並んでいる。考えようによっては異様なほどに。
(気分が悪い……)
 彫刻や人形が圧迫感をかもし出しているのだろうか、亮一は何やら気分が優れなかった。
 それでも各部屋を回っていた最中のこと。亮一は入った部屋で、壁の方にきらりと光る物を見付けた。近寄って手に取ってみると、それは髪飾りであった。しかし、何故だか亮一にはそれに見覚えがあって――。
「どこで……見た?」
 亮一は記憶の糸を辿っていった。しばらくして、気付く。この髪飾り、2週間前にテレビで映し出されていた写真の中、行方不明の少女が身につけていた物であると……。
 その瞬間、全ての情報が亮一の中で1つに繋がった。何故もっと早く気付かなかったのか。洋館を巡っている最中、まるで少女たちの声も足音も聞こえなくなっていたというのに!
「美桜……!!」
 美桜の部屋へ急ぐ亮一。何だろう、沸き上がってくるこの異常な不安感は。草間がついているから安心なはずではないのか。
「美桜!!」
 やがて亮一は、美桜の部屋へ戻ってくる。そこで見たのは、頭を抱え床にうずくまっている草間の姿。
「草間さん! 美桜はっ!! 美桜はどうしたんですっ!!!」
 駆け寄り、草間を抱き起こす亮一。草間は頭を押さえたまま、忌々し気に言った。
「すまん……攫われたらしいな……く……」
「何があったんです、いったい!!」
「執事が来て……つぅ……扉を開けて執事と目が合ったと同時に……後頭部をやられた……くそ……」
 草間はそう言うが、それはおかしな話だ。美桜と草間しか居ない部屋、扉を開けて執事が目の前に居たというのに、他の誰が草間の後頭部を殴り付けることが出来るのか?
 美桜がそんなことやらないと分かっている以上、それが出来るのは――。
「く……俺に構うな……追え、早くっ!!」
 草間が亮一を怒鳴り付ける。事は一刻を争う事態、言われなくとも亮一はもとよりそのつもりだった。
 亮一はこくっと頷くと、美桜を探すべく部屋を飛び出していった。

●暴走
 美桜の危機に、自らの能力をフルに発揮させた亮一の力は凄かった。洋館の主人が犯人だと睨んだ亮一は、調査中に開かなかった両開きの扉を蹴破って中へ躍り込んだ。
 確かにそこは、洋館の主人の書斎らしき部屋であった。が、誰もそこには居ない。部屋を歩き回る亮一。その時、足音に変化が生じた。まるでそこに空洞があるような足音がしたのだ。
 調べてみると、床に隠し階段があった。降りてゆく亮一。例え地獄へ続いていたとしても、間違いなく亮一は降りていただろう。美桜を救い出すためならば。
 亮一は階段を降りた先にある扉を開いた。扉の向こうに広がる部屋にあったのは、たくさんの少女のマネキン。……いや、違う。マネキンなんかじゃない、人形だ。蝋に包まれ、永遠に望まぬ時をこの世に留めることとなった……蝋人形。
「やあ、よく分かったね。我がコレクションの場所が。本来なら趣味じゃないんだが……優秀さに免じて、君もこの中に加えてあげよう。君の従妹と一緒に、永遠の生命を」
 そんな蝋人形の森の先に、亮一を待つ者が居た。執事だ。ニヤニヤと、亮一のことを見つめていた。
「調べたよ、君の従妹に特殊な能力があると。私は精々、分身が出来るくらいなのだがね。彼女くらいの少女なら、さぞかし綺麗な蝋人形が仕上がることだろう……」
 亮一に向かって語りかける執事。いいや、この男こそが本物の主人なのである。招待状をばら撒き少女たちを集め、その生命を奪い続けた悪魔のごとき男――。
 だが、男の言葉など亮一の耳には全く入っていなかった。次の瞬間、亮一は男に素早く近付いて右ストレートによって吹っ飛ばしたのだから。
「貴様……美桜をどうした!! 言え、言ってみろ!!! 美桜はどこだっ!!!!」
 影使によって男の影、ひいては男自身の動きを止めて、殴り続ける亮一。その姿は、普段の様子から全く考えられないものであった。
 男は――失敗したのだ。欲を出して美桜さえ狙わなければ、もうしばらく趣味を堪能出来たものを。狙ったがために、事件が発覚しただけでなくこのような目に遭うのだ。
 亮一がこのまま殴り続ければ、間違いなく男はこの世と別れるはめになっていたことだろう。だが、それを止めた者が居た。美桜である。
「……亮一兄……さん……ダ……メ……」
 か細い声が聞こえ、殴る手を止めて亮一が振り向くと、壁を伝って這うようにしている美桜の姿があった。しかし力尽きたのか、ばったりと床へ倒れ込んだ。
「美桜!! 美桜ぉぉぉっ!!!!」
 美桜へ駆け寄り抱き起こす亮一。ぐったりとしているが脈と心臓は動いていた。けれども、弱っているのは確か。恐怖のためか、あるいは薬物でも使われたのか、いやいやその両方かもしれない。
 ともあれ――亮一は美桜を救い出したのだ。悪魔のごとき男の手から。

●後日談
 洋館での出来事から数週間後のある日。亮一は回復した美桜を伴って、草間興信所を訪れていた。
「……ご迷惑をおかけしました」
 草間にぺこり頭を下げる美桜。
「いや、俺の方こそ悪かったな。しかし、無事に回復してよかった。看病してた奴がよかったんだろう」
 草間は亮一を見ながら笑って言った。
 事件後、恐怖に捕われ怯え切った美桜を亮一はそばに居続け看病していた。それこそ寺から連絡が来ても一切聞かず、仕事を放棄して。仕事より何より、亮一にとっては美桜の方が大切であるのだから。
「ダイヤの人形ってのは、口実だったらしいな。警察がくまなく調べたが、どこにもなかったそうだ」
 つまりあの男は、実在しないダイヤの人形を餌に少女たちを捕まえたのだ。あの日居た少女たちこそ救い出せたが、それまでに餌に引っかかった少女たちが戻ることは――決してない訳で。何ともやり切れない気持ちだけが残ることとなってしまった。
「で、今日は回復の報告だけで来たんじゃないんだろ?」
 草間がニヤッと笑って言った。
「お察しの通りです。これから美桜の快気祝いに美味しい高級レストランに食事に行くのですが、よければ草間さんもご一緒に」
 ふっと笑みを浮かべる亮一。
「奢りなら行くぞ」
「ふふっ……」
 あまりにもタイミングのいい草間の返しに、美桜がくすっと笑った。笑顔が出るようなら、もう大丈夫だろう。
「奢らせていただきますよ」
 亮一は美桜の肩にそっと手を置くと、笑顔で草間に言った――。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月13日

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