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『− ステイルメイト − 』
ルーン・ルン2155



何を忘れたか覚えていますか?





エルザード地方のアセシナートに面する国境付近。
大地を目に痛い朱色に染め上げる程の夕日を背に、陽が昇っても沈んでも朱い荒れ地に立つ。
土の感触が伝わってこない靴底でどれだけ赤土を擦っても、国境線が消えることなど決してありはしないのだけれど。
それでも何度も何度も懲りずに赤土を擦ったら、少しは何かが変わるのだろうか。
何かって何が?
誰かを幸せにするだけの力もなければ、誰かを不幸にするだけの力もない自分が?
そんな驕り高ぶれる程戦争の根は簡単ではないし、自分の力を過信している訳でもない。
地獄など、この現実と一体どれだけの大差があると言うのだろうか。


懲りずに国境線を擦っていた靴の下に、漸く土色をした乾いた大地が覗く。
そこでやっとこの朱い荒れ地が本来赤くはない事に気が付き、何故朱く見えたかが解った。
数多の人間の血を吸い込んで、どす黒く湿っているのだ。
敵も味方も折り重なって倒れ、死体で地面が見えない程だったのだろう、と何の感慨もなく無感動に思った。
今は人間であったらしい肉塊は戦火で焼かれて、既に人としての形を残さないものに成り代わってしまっているけれど。
凄い臭イダ、と小さく愚痴を零しそうになる程、人の肉の焦げる異臭が辺りに漂っていて、端正な顔を器用に歪ませ少しだけ鼻を押さえようとした。
目の前に沢山転がっている塊は一体何なのかさえも解らなくなる位に全てを焼き焦がされていたが、何か私へと声を掛けることの出来る人という名の肉塊も居ない。


「涙、流れるの……。」


煤で全身真っ黒になり、焼け焦げた肉塊と寸分も変わりない成りで、矢張り自分と同じ色をした人の肉の塊の中で小さく蹲るように座っている少年が、細く小さく言葉を落とす。
幼児ともとれる程の年端もいかない少年と言う形をした肉の塊が喋ったけれど、ルーンは肉塊が何故言葉を発することが出来るのだろうか、などと訳の解らない事を考えていた。
それが生きている人間だと言うことを理解する迄に少しばかりの時間を要し、やっとその少年が頬を濡らしている事に気が付く。


「どうして……?」


静かに呻くような声にもならない音はルーンに答えを求めているようだったけれど、答えなどない方が良いように見えた。
頬に濡れていない所が全くない程に泣き続けたのだろうが、それでも枯れることを知らない涙。
しかし既に表情は無く、発する声色にも生気が微塵も感じられない。
死ンデいるのか、と生きていると解っているものを目の前にして思ってしまう私は可笑しいだろうか。
本当に可笑しいのは、一体何。


「人形のヨウダ…、ただソコに在ルだけの。」


戦火の色を焼き付けられたような緋色の瞳は、酷く濁っていて何も映していない。
生きる力を何処からも感じられないのに、右手だけは強ばるようにして何かを掴む為に力を入れていることが解る。
右手にしっかり握っているものは少年の体の色とさほど変わらない黒焦げの肉塊で、辛うじて誰かの腕だと解った。
二の腕の辺りから引き千切られているけれど、その断面さえも焼け爛れていて白い骨さえも見えない。
生前、少年の手を引いていたであろうその腕は父か母のものだろうか。
もうそれは何処かへと導いてくれることはなかったけれど、だからこそ何処かへと導いてくれるのかも知れないと思った。
例えば、天国とか地獄とか。


「心ヲ一緒に連れ去ってしまったンダろうサ。」


この炎が。
この子の繋ぐその手の主が。
一体、何処へ?








「君も同ジ臭いのスル人肉の塊になるカイ?」 


さらりと言ってのけた私に焦点を合わせもしない、生きている筈の肉の塊は少しばかり身構えているように見えた。 
ルーンも少年に倣って少年から視線を外して、その存在を否定するかのように視界にさえも入れないようにする。
君もその腕モ、と感情を覆い隠すようにして青年は言葉を続けた。


「物になっタラ、臭いも気ニならなくなるだろウ?」 


出来るだけ冷たく強く言い放つように努めたけれど、少年の悲鳴とも叫声とも判別しがたい慟哭が耳を突いた。
自分は正しいことを言ったということに自信を持っていたけれど、流石に余り持ち合わせていない筈の良心が少しだけ痛む。
肉塊に成り果ててしまった人間は既に人ではなく、生きていなければ死んでもいない物だと言うことを、幼い少年は受け容れる事が出来なかったのだろう。
裏切られた気分になるのは、勝手に信じていた自分の所為だと言うのに。
……それでも。


「私ハ、燃やすならチャンと燃やスカラ。」 
 

少年の慟哭に掻き消される程の声量で、慰めの色を張り付けたような声で囁いた。
きっとそれは誰へともなく呟く謝罪の言葉だ。
一体誰への、何にへの謝罪だろうか。

 
「跡形モ残さナイから。」


優しく笑ってみせたつもりだったけれど、きっとそれは嘲笑に似ていた。




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「マダ此処に居たんダネェ。」


数百年後、再びエルザード地方のアセシナートに面する国境付近に立ったルーンは、朱くなくなった荒れ地を以前と全く同じように擦った。
ルーンが焼け焦がした漆黒の少年の身はその国境線を戒めるようにして以前と同じように佇んでいる侭だ。
残念ダネ、とさほど残念そうでもない言葉を零したけれど、矢張り以前と同じように叫び続けられている少年の声ともとれない慟哭に掻き消された。
戦争はステイルメイトだったンダ、と物と化した少年に語り掛けるように報告する。
ステイルメイト、チェスにおいての引き分けを意味する言葉だ。
そして、聞こえるか聞こえないような小さな声で、寧ろ慟哭に掻き消される程の声量でルーンはデモ、と呟いた。


「もう、チェックメイトなんダヨ。」

PCシチュエーションノベル(シングル) -
少路戒 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年06月13日

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