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『『五月雨、集めて‥‥』 』
本郷・源1108

 かっぽん!
 春の、長閑な一時。
「春じゃのお‥‥」
 静かな和風の庭は若葉が眩しい。どこか遠くでシシオドシの鳴る音も聞こえてくるようだ。
(注:あやかし荘にシシオドシがあるかどうか、などは追求してはいけない。あると言えばあるのである)
 縁側に座って新緑の庭を見つめて茶を啜る。
 脇にはお茶請けの葛餅。
「ふう、静かぢゃのお。たまにはこういう静寂もよいもの‥‥」
「たっだいまあ! なのじゃ」
 バン!
 和の静寂を大きく、元気な声が見事にぶち壊していく。
 お茶を横に置き、上品に口元を手ぬぐいで拭く和服の少女の頭上は、おかっぱの少女の顔と手と声が行きかう交差点。
「嬉璃殿、今帰ったぞ〜。おや、おらぬのか嬉璃殿〜? おや、返事が無い。では葛餅はわしが心おきなく‥‥」
「名前は一度呼ばれれば十分じゃ。おるのを解っていてやっておるのじゃろう? 源よ」
「バレたか? 改めてただいまなのじゃ。いい事をしておるのお。ご相伴にあずからせてもらってもよいか?」
 くすっと和服の少女は笑うと座布団を差し出した。おかっぱの少女、本郷源に向けて。
「最初からそう言えばよい。今、茶を入れよう」
 今、この場は素直に天邪鬼の本性を置いて嬉璃はポットから静かに湯を、急須に入れた。
「二煎目ぢゃが、どうぞ‥‥」
「これはこれは、ありがたく頂きますなのじゃ‥‥」
 差し出されたお茶は、この日の空のように爽やかな清涼感で源の喉を通り過ぎる。
「はあ〜〜〜♪ 日本人でよかったのじゃあ〜〜」
 茶をシバくにしても一人よりは二人の方が、楽しいもの。
 などと言う思いは決して口にせず、嬉璃は黙って三煎目を注いだ。
「どうじゃ? 学校の方は? 五月病は癒えたのか?」
 世間話のように持ち出された話に嬉璃はああ、と手を軽く振る。
「五月病など、六月になればなおるのじゃ。正直寺には言いたい事は山ほど、山脈山々あるが‥‥まあ、言ってもせんない事。イッツ前向き、ネバーギブアップ! なのじゃ」
「英語の勉強とやらもした方がよいのではないか?
「仕方あるまい? 現在の教育要領とやらでは一年生が英語の授業をする事はかなわぬのじゃ‥‥。ああ、また腹が立ってきた」
「‥‥ま・あ、頑張れ。葛餅はどうじゃ? 黒蜜で食べるのがよいぞ」
 これ以上地雷を踏んでもなんの得も無い。嬉璃はワザとらしく話題をスリ替えた。源は‥‥素直にそれに乗ってやる事にした‥‥。

「しかし、もう六月か。日の過ぎるのは早いものぢゃのお」
「確かに、これからは食べ物を扱うものにとってはやっかいな時期になる。食品衛生には十分に気をつけないといけないのじゃ」
 今は、まだ緑輝く夏端月。空の青さも目に染みるほどだ。
 でもそれももうすぐ終わり。長雨の季節になれば、こんな空を見る事もなかなか叶わなくなるだろう。
「毎年この時期だけは日本人である事に困ってしまうのじゃ」
 さっきまでお茶と葛餅に日本人の幸せを感じていたくせに勝手な言い分である。
「雨は万物を育てる慈雨ぢゃ、そう悪く言うものではないぞ」
 諌めるような嬉璃の言葉に、いいや、と源は手を思いっきりグーに握り締めた。縁側から立ち上がり空を見上げる。
「空気は生暖かくて、湿気は高いし、ほんの少し気を抜けば直ぐに黴が生える。じめじめじとじとの雨など無ければよいじゃああ! ‥‥アイタ!」
 ぽか!
 源は額を押さえて、首を左右に振った
 今、何かが頭の上に落ちてきたはずだ。何かがぶつかって来たのを確かに感じた。
「な、なんじゃ? 今のは‥‥? うわああああ!!!」
 ぽかぽかぽかぽかぽかぽかっ!!
 慌てて源は頭を押さえて、縁側によじ登った。地面に降り積もる緑の塊達の一つが、まるでスーパーボールのようにポンと地面に跳ねて源の服の膝に乗る。
「これは‥‥」
「あめ?? イテッ!」
『違う!』ツッコミを入れたかのように源の額に梅が落下する。
「かめ? アテテッ! 甕に入れなきゃ、っていっただけじゃ!」
 またしても緑の実がツッコむ。
「うめ‥‥うめえ? うめえ‥‥イテテテッッ!」
 ぽかぽかぽかか!
 三度目もまたツッコまれる。だんだん重力に逆らって縁側下の源にツッコミを入れる梅の数か増えてきたような気がする。
 そんな空に向けて、源はニヤリと意地の悪そうな笑みを見せた。空に向けて。
 きっとこうツッコんで欲しいのだということを、源にはちゃんと知っている。
「解っておる。というに。六月に降る雨のことじゃよな。その名を‥‥」
 期待したように空も、嬉璃も注目する。
「メンつゆ〜〜〜!」
 ぽかぼかぽかぼかぼかぼかぽかぼかっぼっか!! 
「た・単なる冗談なのに〜〜」 
 縁側の上に突如現れた緑の実達に押しつぶされ、そこに見えるのはもはや手だけ。
 そこから僅か横に50cm。被害皆無の嬉璃はずずと茶を啜ってから呟いた。
「冗談も、程ほどにしておく事じゃ。春の空は融通が利かぬぞ」
「そ・それを早く〜〜〜」
 ぱたん。
 力尽きた白い手の上をコロリと緑の実が、梅が、転がって‥‥落ちた。

「まったく死ぬかと思うたわ。冗談が通じぬものは困る。わしくらい梅雨くらいは知っておるわ‥‥子供のボケにムキになる者は将来ロクな大人になれんのじゃぞ」
 ぶつくさ、ぶつくさ。言いながらも源は手を動かしている。
 ピン! 手元から茶色い塊が飛んで跳ねた。
「のお‥‥源よ‥‥」
 源は、なんじゃ? という顔で前を見た。
 そこには白いフキンを右手に、左手に梅の実を持って佇む嬉璃がいる。白い割烹着まで着せられて‥‥。
「そなた、なにをするつもりなのぢゃ?」
「わしが、天にボケられて黙って引き下がると思うてか? 頭のタンコブの治療費分くらいはしっかり元を取らせてもらわねば‥‥」
「だから‥‥何を?」
 さっき源にこの実を拭けと渡された。
 今までの人生の中で、このような事は始めてに思えた。
「この梅で、梅干と梅酒を作るのじゃ! 元手はタダじゃから、店で売れば大もうけ間違いなしなのじゃ!」
「‥‥くだらん」
 ぽい! 嬉璃は梅とフキンを放り投げた。割烹着の襟もくいと引く。
「何でワシがこのような手伝いをしなければならんのぢゃ? 面倒な‥‥。ワシは帰‥‥ん?」
 立ち上がった嬉璃の前に源の手から、一杯のグラスが差し出される。
 何時の間に持ってきたのか? 大方、側の猫にでも命じたのか? 
 珍しくもニッコリと笑う源に、嬉璃は黙ってそれを受け取った。
 これは‥‥カクテル?
「わしの秘蔵の一年ものじゃ、まあ、飲んでみてはどうじゃ?」
 くんくん。
 鼻を動かして嬉璃は匂いを嗅いだ。さっきまで飲んでいた緑茶の香りとさっぱりとした梅の香り‥‥。
 思わず‥‥一口。
「こ、これは‥‥」
 勝ち誇ったような顔で源が笑っている。
「この甘やかなアロマ。緑茶の喉越しと‥‥梅の香りは‥‥ふむクセになりそうじゃ‥‥」
「嬉璃殿。どうじゃ? 梅酒の味は‥‥これをもっと飲みたくはないのかのお?」
 フン!
 鼻を鳴らすが、立ち上がった膝は再び折れて縁側に降りる。
 猫達と小さく目を合わせて笑うと源は、梅のヘタとりに戻る。

 空は‥‥いつの間にか分厚い雲に覆われている。
 思えば、空からの入梅宣言だったのかもしれないと、思わなくは無い。
 これからの雨の時期を思えば、気持ちは暗くならざるを得ない。だが‥‥
 梅酒、梅漬け。梅干、梅ジュース。
 楽しい事を思えば、きっとなんとか過ごせるだろう。 
  
「まあ、何事もイッツ前向きでごーなのじゃ!」

 五月の雨など集めて飲んでしまえばよい。
(「その時は嬉璃殿と一緒に」)
 と‥‥。
 源はそっと思ったが、それを口にする事は決して無かった。 

PCシチュエーションノベル(シングル) -
夢村まどか クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月09日

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