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『『共同生活を始めよう』 』
シェラ・アルスター5267)&嵐・晃一郎(5266)



 草間興信所の所長、草間・武彦が向かいに座っている嵐・晃一郎と、シェラ・アルスターをじっと見つめ、眼鏡の奥で複雑そうに目をしかめていた。
「さっきも言った通り、俺が追ってた麻薬密売事件を偶然とは言え、解決した事には礼を言うが」
 武彦は口から白い煙をはき、煙草を灰皿に押し付けると、腕組みをして話を続けた。
「しかし、お前達の言う事は、興味はあるがどうしようもないって言ったところだな」
 武彦はテーブルの隅に置かれている、煙草の箱に手を伸ばす。
「界鏡現象なんてのもあるからな。別世界があっても、不思議ではないと俺は思っている。だが、だからと言って、俺にはお前達を元の世界に戻してやる事は出来ない」
「ま、そりゃそうだ。私だってあの実験に巻き込まれてしまっただけで、あとはまったく手がかりなんてわからないもの」
 シェラが細いため息をついた。妖しいまでに魅力的な外見に、落ち着いた雰囲気の女性・シェラと、その隣に座って、興信所に置かれているテレビに次々と現れる映像に、半分気をとられている黒髪の青年・晃一郎は、この世界とは違う世界の住人であった。
 二人はとある事件に巻き込まれて、こちらの世界へと落ちてきてしまったのである。シェラと晃一郎は、元いた世界では何度も戦いを繰り返してきた敵同士であった。だから、本来なら、こうして並んで座る事もなく、落ち着いて武彦の妹から出されたコーヒーなどを飲んでいる場合ではないのだが、こういう状況になってしまった以上、お互いに戦いを一時停止し、これから先どうすればいいかを二人で考えていくしかなかった。なにしろ、二人にとってここは、まったく見知らぬ世界であるのだから。
「この世界の女性って言うのは、皆ああいう格好をしてるんだ?何だか、ちょっと怖いぞ?」
 テレビに映し出された、今時のガングロ・ヤマンバファッションの女子高生を、晃一郎は指差す。
「いや、まあ、中にはいるだろうが」
 武彦はすぐにチャンネルを変えた。今度はテレビに、どこかの国の映像が映し出される。
 それは、この世界の事をよく知らないシェラや晃一郎でも、痛々しく感じ、はっと息を呑む映像であった。
 アバラ骨が浮き出てしまい、配られた小さなパンを口にする子供、怪我や病気を抱えているが、国の情勢があまりにも酷い為に、ろくな治療を受ける事が出来ない病人達。そして最後に、荒野のような場所を、この世界の平気と思われる大砲のついた大きくていかつい車が、連なって走り、テレビのある興信所までもを震わせるような激しい音を立てて、その大砲から煙と火を放っていた。
「これは、この世界の出来事なのか?」
 テレビへ視線を向けたまま、晃一郎が尋ねた。
「ああ、そうだ。俺達のいる国ではないがな。お前達の世界も、大きな戦いが続いていると言ってたな?それ自身は、ここも変わらないということだ」
 コーヒーカップをテーブルに置き、武彦が重い口調で答えた。
「ねえ、この世界の事もいいが、私達はあなたから渡された名刺を唯一の頼りにして、ここへ来たんだぞ?さっきから、晃一郎と二人で私達の事情も説明した。これで終わりじゃ、無責任だろ?これからどうすればいいのか、教えて!」
 シェラがやや怒り口調で、武彦に言う。
「まー、そんなに怒るなよ、シェラ。焦ってもしょうがないんだから」
「私は、嵐みたいにのんびりと構えられないんだよ!まったく、状況わかってるの?」
 さらにチャンネルを変え、可愛らしい犬や猫が映っているのを見て、笑みすら浮かべている晃一郎に、シェラが大きなため息をついた。
「まあとにかく、渡すものだけ渡しておこう。まずはこれだ」
 シェラは、武彦からひとつの白い封筒を渡された。
「ん、何が入っているんだ、シェラ?」
 テレビから視線を外し、晃一郎がシェラの手元を覗き込んだ。シェラは封筒を空け、中から一枚の紙を取り出すと、それを晃一郎にも見えるように広げた。
「この町、東京にある港の地図だ。これからお前達がどうするかは勝手だが、ここで動くには棲家が必要になるだろう?そこの地図に、空き家がある。そこを、麻薬密売事件解決の謝礼として譲る。ついでにこれもな」
 次に武彦は、2枚のカードをテーブルに並べた。
「この町にいるだけなら問題はないが、暮らしたり行動を起こす時には、身分を証明出来るものがないと不都合だ。これは身分偽証だ。偽りの身分証明証だ。これも渡しておく」
 武彦がそういって椅子から立ち上がると、やがて奥の部屋から大きなダンボールの箱を持ってきて、シェラ達の目の前に置いた。中には、かなり古い、あちこちが痛んでいる本が数冊入っている。
「小・中・高の教科書だ。これを見て、この世界の事をもっと勉強しろ」
 武彦の態度が、何故かだんだん面倒臭そうになってきている。シェラが教科書のひとつを手に取り、パラパラとめくって内容を確かめる。
 だが、異世界の文化の事は、本をぱっと見ただけではわからない。しばらくはこの本を読んで勉強するしかないなと、シェラは仕方なく思った。教科書の隅に、誰かの名前が書いてあるところを見ると、これはお古なのだろう。
「素敵な贈り物だな」
 頬の肉を吊り上げたまま、シェラは無理やり微笑んで見せた。
「いやー、この世界もなかなか面白そうだなー、シェラ」
「私はちっともそうは思わない」
 のんびりとテレビを見ている晃一郎に、元の世界でこいつと戦っていたのは夢だったんじゃ、とまでシェラは思っていた。
「さ、まずは荷物を持って、住処の方へ行って見るといい。何かあったらまた連絡するといい。俺は、気が向いたらお前達に連絡してやる」
 それは、お前達には関わりたくないのでサヨナラだ、と言う意味が含まれているのではないかと、シェラは思ったが、そんな事を考えている暇もなく、武彦に追い立てられ、二人は興信所の外へと出されてしまった。
 シェラは、くそ、なんで俺の周りにはこんな連中ばっかり集まるんだ?と、武彦が呟いたのを耳にしたが、何か言おうとした時には、すっかりドアを閉められてしまった。
「親切な人だったなあ」
「本当にそう思ってるの!」
 閉められた興信所のドアを見つめ、晃一郎が呟くので、シェラはまゆを寄せて言葉を返した。
「だって、何もわからない俺達に、棲家と身分証明証までくれたんだぞ?このままワケのわからず、町を彷徨って、この世界の連中にとっつかまるよりはずっといいじゃないか」
「確かにそうだけど」
 シェラは興信所の入り口に張ってある張り紙に視線を移した。
「『怪奇事件お断り』って書いてあるな?」
 その文字を読んで、シェラは首をかしげた。
「それって、要するにここはそういった事件が殆どってことだろ?最初の相談相手にはうってつけさ」
「相談相手ねえ」
 二人はしばらく興信所の前にいたが、いつまでもこうしていても仕方がないと思い、まずは武彦からもらった地図の場所へと向かう事にした。
 敵であるはずの男と、まだ距離をとりつつも同じ目的を持って一緒に歩いている。こんな事になろうとは、夢にも思わなかったと、シェラは心の中で呟いていた。自分達の世界の、同じ組織に属している連中にこんなところを見られたら、一体何と言われるだろうか…。



「何だこれは。これが、この世界の一般的な家じゃないんだろう?」
 シェラがそう言うのも無理はない。晃一郎達の目の前には、どこをどう見ても、倉庫としか思えない建物が、寂しそうに佇んでいたからだ。
「変わった家だなあ。案外、住み心地いいかもしれないぞ」
「ただの倉庫じゃないか!あいつ、完全に私達を厄介払いするつもりだな!」
 こういうのもいいじゃない、と思っている晃一郎に、シェラが激しく言い返した。
「そのあたりで寝そべるよりマシだろ?中を見てみよう」
 そう言って晃一郎は、倉庫の扉を開けた。扉はところどころ錆付いており、うまく力を加えないと扉が開かない。やっと開いたと思ったら、今度は埃の臭いが鼻を突き、晃一郎は思わず咳き込んでしまった。
「年期入ってるなー。しかも見ろよシェラ。見事に何もないぞ、この家」
 倉庫の中はそれなりの広さがあるものの、古いコンテナがいくつか置かれている意外には何もなく、天井の電球は割れており、窓ガラスにはいくつ筋にもヒビが入っている。
「人の棲むところなのかここは!」
 シェラはかなり不服そうであった。
「やれば出来るものだと、俺は思うけどな。ジャングルにだって人は棲めるんだ、ここなんて、それに比べたらたやすいもんだろ?」
「はぁ…嵐、お前の順応能力は、私の想像を遥かに越えてたようだな…」
 シェラが感心したような呆れた様な、微妙な表情をしている。
「まあ、しばらくは共同生活するしかないだろう?知らない仲でもなし。棲家は一緒でいいよな?」
 落ちてくる埃を手で払いながら、晃一郎は言った。
「ちょっと待て。『棲家は一緒でいいよな』って、私にコイツと一緒に暮らせと!?」
「コイツなんて言わないでくれよ、同居人って事なんだから」
 晃一郎がそう答えるものの、シェラはまだ驚いた表情を隠さない。
「敵同士だろう?!そんな事出来るものか!」
「けど、同じ世界に住んでいたのは俺達だけだろ?事情がわかるもの同士が、一緒にいた方がいいと思うが。確かに敵同士であったが、今の状況を把握して、自分がここでやっていくのに、良い方法を考えた方が賢いと思うけどな」
 それだけ言うと、晃一郎は倉庫の外に向かった。
「どこへいくんだ?」
 背中からシェラが声をかけてくる。
「さっきここへ来る途中に、ごみの山があっただろう?そこへ行って、生活するのに必要なものを探してくるんだ」
 まだ渋っているシェラを置いて、晃一郎は外へと出た。
「しょうがないな、私も一緒に行く!お前との生活を考えるのは、そのあとだ!」



「お、この機械まだまだ使えるな。勿体無い」
 倉庫のある港から歩いて10分ほどのところに、ゴミが大量に積まれた廃棄処理場があった。かなり大きな物も捨てられており、二人は手分けをして、使えそうな物を片っ端から拾い上げていた。
「この機械なんて見ろよ、モーターさえ代えればまだまだ使える」
「ゴミなんてと思ったが、そうでもないみたい」
 シェラが家具が沢山捨てられている場所へと移動していく。
「ふむ、どうやら世界規模の戦争は、少し以前に終わっているようだな。が、小競り合いは絶えず…か」
「突然どうしたんだ?嵐」
 星すらも見えない濁った空を見つめ、晃一郎が静かに言った。
「さっき興信所でテレビを見て、そう思ったんだ。小規模な戦争はあるようだが、少なくともここは平和だ。まあ、表面上はな」
「確かに、この世界は私達の世界よりも平穏だが。それだけに『無駄』も多いようね。ん、この家具なんて傷みもないのに」
 ほとんど傷のない椅子を手にし、シェラも呟いた。
「不思議なものね、ずっと戦いの中に生きていると、平和である事が不思議に思えてしまう」
「俺も、今そう思ったところだ」
 いくつか拾った機械をまとめて、晃一郎はぽつりと言った。
「何かさ、やっと気が合ったって感じだよな?」
 晃一郎が少しだけ笑みを浮かべて、シェラの方へ視線を向けた。
「私もそう思った…って、お前と私は敵同士、それに私は男は嫌いなんだ!いいか、今は自分の為にこうしているだけ。それを忘れたら困る!」
「はいはい、わかったよ。で、使えそうなもの、お互いにいくつか拾ったみたいだな?今日はこのあたりにして、また拾いに来る事にしよう。少し、勉強もしないとな?」
 シェラをなだめるように言い、晃一郎はシェラと共にゴミをまとめ、倉庫へと戻った。



「さてと、ある程度家具を直して設置したのはいいが、この教科書をどうすればいい?」
 シェラが教科書の一文字一文字を読みながら、晃一郎に顔を向ける。
「色々な分野の本があるからな。一通り読んで、学んだ事をお互いに話すってのはどうだ?」
「そうだな。それなら、私はこの教科書を読む」
 と言って、シェラは一番そばに置いてあった教科書を手に取った。それがこの世界の歴史が書かれているものである事は、最初のページを見てすぐに気がついた。
 この世界「地球」と呼ばれている星が誕生し、猿が人に進化をする。原始的な生活が始まり、人々は船を作り世界中へと進出し、そこでまたそれぞれの文化を華開かせる。そして、現在、人々は空を飛べるようになり、その進出は地球内だけに終わらず、宇宙へも飛び出すようになっていった。
 だが、シェラはそれを読みながら思ったのだ。この世界も、争いが起きては終わり、終わっては起こり、それが今でも止まる事はない。過去に大きな戦いがあったようだが、そこで沢山の人間達が犠牲になった。犠牲者の数のはるか何十倍もの人々が、友人や恋人や家族を亡くし、その悲しみはシェラにも手を取るように伝わってくる。
 教科書を閉じた後、シェラはしばらく、元居た世界の情景や、そこに置かれて戦いを続けてきた自分を思い返していた。
「どうした、シェラ?」
「いや、何でもない。ただ、この世界の歴史、文明や文化は違っても、根本的な事は私達の世界と、さほど変わらないんじゃないかと、思ったんだ」
「俺は、科学の本を読んだ。小さな子供向けの簡単なものだったから、割とすぐに理解が出来た。ただ、この世界には魔法、という物はないらしいな。いや、ないわけではない。こっちの本には、魔法が信じられていた時代があったと書かれている。特にヨーロッパってところがな」
 晃一郎はまた別の本を手にとった。
「歴史を見ていく限り、俺達の世界みたいに魔法が存在しているわけではないみたいだ」
「だが、どんなものにせよ、この技術が人殺しに使われているのは一緒…なのかもしれない」
 しばらく沈黙が続いた。お互いに、自分の置かれた状況と、この世界のこと、自分達の世界の事を考えていたのだろう。
「ま、それを考えても仕方がないな!まずは、俺達がここで何をしていくかを考える方が大事だ!」
 晃一郎が、急に明るい声を出した。
「それに、このままじゃ飯も食えないぞ。あの草間興信所に連絡して、いい仕事がないか聞いてみよう。怪奇事件が持ち込まれてるみたいだからな、あそこ。俺達なら、そういう事件を解決する事だって、出来るかもしれないからな。平凡の中で暮らしてきたわけじゃないし」
 シェラは晃一郎の明るい表情を見て、思わずふうっと息をついたが、顔には不思議とわずかな笑いが浮かんでいた。
「しょうがないが、今はそれしかないようだ。また押しかけてみるか。だけどな」
「自分は男嫌いで、敵同士だから、だろう?それは事実だろうが、ま、共同生活を始めるんだ、肩の力を抜いていこうな、シェラ?」
 そう言って晃一郎が携帯電話を手に取るのを見て、シェラも素直にその言葉を聞き入れ、小さく頷くのであった。(終)



☆ライター通信★

 こんにちわ、再び発注ありがとうございます、新人ライターの朝霧青海です。
 今回は少しドタバタコメディということで、一見シリアスに見えるんですが、晃一郎のボケ&異常な順応っぷりに、シェラさんが突っ込みを入れるというやりとりがいくつかあったりします(笑)かなりどっしりと、心の情景や戦いのことについて考えている部分もありますが、それ以外はライトなタッチで書かせて頂きました。どちらかというと、シェラさんがまだ晃一郎さんを認めない、といった感じがプレイングから受けましたので、そのあたりもセリフに現したりしております。今後、この二人がどうなっていくのか気になりますね(笑)
 それでは今回は本当に有難うございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月08日

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