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『一陣の風 』
紅槻・遊暁3221)&朱束・勾音(1993)

 ……ああ、夢を、…見たよ。懐かしい夢だったわ。と言っても、さすがに私の麗しき幼年期までは遡らなかったけどね。…そう、あれは……私の一大転換期と言っても過言ではない…なーんて、大袈裟な。
 ああ、でも、命の瀬戸際から立ち戻ったんだから、人生に於いては結構重要なポイントである事は確かかしらね?

 ベッドの中で遊暁は身を捩り、腕を伸ばしてカーテンを引く。零れた眩い光に目を細める、既に太陽は高く昇り、フツーの人なら一仕事終えただろう時刻である事を示唆していた。
 遊暁は目を顰めながら片手を掲げ、目の前に庇を作った。

 眩し…っ、…ったくこちとら夜型人間なんだから、もう少し労わって太陽も照って貰いたいものだわ。
 ああ、そう言えばさっきの夢。あの時も、こんな風に眩しくって目を細めていたっけ。眩し過ぎて見ていられない筈なのに、何故か私にはあの姿がはっきりと見て取れた。神々しい、ってのとはちょっと違う。だってあの人には、時々妙に泥臭いと言うか人間臭いと言うか、そういうところもあるし。裏街道まっしぐらな日々を送っているから、って理由じゃないね。なんて言うんだろう…そうだね、野良猫が、精製され尽くして混ざりっけが何もない純水よりも、多少泥が混ざっている雨上がりの水の方を好むのと同じように。

 遊暁はゆっくりと身体を起こし、ベッドの上で足を投げ出したままひとつ大きく背伸びをする。欠伸を噛み殺し、ベッドから降りると小さな冷蔵庫を開け、中からミネラルウォーターのペットボトルを出した。キャップをあけ、直接口を付けて半分ほど一気に飲み干す。ようやく人心地付いたように息を吐き、またひとつ欠伸を漏らした。

 あれも、今頃の季節だったかしら。寒くもなく暑くもない、旅をするには丁度いい気候だったような気がするわ。水商売で金を稼いではその金で外国に旅行に行く、あの当時の私は、それの繰り返しだったのよね。将来の事もなーんも考えない、ただ、今の自分の見聞を深めたいが為…なんて言うとカッコいいけど、実際は、ただ単に旅行が好きだっただけ。自分の知らない国へ行って、知らないものを見て知らないものを食べる。そりゃ、お金盗られ掛けたりおなか壊したり、危ない目に遭ったりもしたけど、それも一興って奴よ。それでもどうにかこうにかやって来られたしね。…ああ、でも、あん時はさすがにもうダメかと思ったわ……。
 アジアって、近いようで実はあんまり日本人には馴染みはないのかも、と思ったっけ。私達と同じような顔の骨格と輪郭、肌の色、でもその内にある精神は私達とは全然違う。そりゃ、日本人だって、今はひとつの何か、一緒になって目指すものがある訳じゃないから、バラバラっていやぁバラバラだけどさ。
 こう…人間の中身を構成する物質そのものが、私達とは根本的に違う、みたいな。
 そんなアジアの中でも、その国は、特に面白かったのよ。観光地は勿論、ちょっとした裏通りなんか格別だったわね。そこに実際に住む人々との触れ合いとか。言葉は通じないんだけど、そんなのは手振り身振りで何とかなるもんだし。そうやって通じ合って、ゴハンをご馳走になった時もあったわね。…あの料理、今度店でも出してみようかな。
 …でもまぁ、…羽目を外し過ぎてた、って事も認めるわ。反省はしてないけど。
 その通りは、今まで私が遊んできた裏通りとは少し違ってた、確かに。見た目は、今までの裏通りよりも若干薄暗いとか狭いとかその程度の違いなんだけど、漂う空気そのものが違っていた。そこに足を踏み入れた途端、肌がひやりと冷えたような気がした。その時は、それが何か分からなかったけど、今から思えば、その周辺で息を殺して状況を伺っていた、奴等の緊張が伝わってきていたのかもね。
 それでもその時の私は何も気付けず、そのまま通りを歩き続けた。そう言えば、子供の姿を見掛けないなぁとは思ったわね。子供はこの頃から苦手だったけど、でも存在そのものまで否定したりはしない。それは当たり前の事だから。だから、子供がいない街ってのが凄く不思議に思えた。変ね、と私が何気なく振り向いたその時だった。
 ガシャーン!と何かが割れる音が響き、横道から何人かの人間が一緒くたになって転がり出てきた。彼らはみんな小汚く、そして一往に危険な目をしていた。ギラギラ脂ぎったようなその視線は、まさに餓えた猛獣のそれで。そんな奴等を追って後からやって来た奴等も、やっぱり同じ目をしていた。彼らは、私には分からない異国の言葉で叫びあい、罵りあい、そして殴りあう。近くに私が居る事にはさっぱり気付いていないようで、こりゃマズいと思った私は、こっそりその場を立ち去ろうと思ったのよね。
 …でも、時既に遅し、だった。さっき行き掛けた方向に向き直った私は、いつの間にかそこに居た長身の男の胸元にぶつかり掛け、慌てて立ち止まる。浅黒い肌のなかなかイイ男だったけど、あんまりお近付きにはなりたくないタイプだったわね。
 危険過ぎたのよ。ソイツも、目が。
 やっぱり私には分からない言葉で何かをまくし立て、男は背後に控える他の男に命じて私の荷物を奪わせた。何すんのよ!って言い返してやったけど、その言葉が終わる前に私は鳩尾に一発食らい、そのまま真っ暗の中に落ち込んでってしまったのよね…。

 気が付いたら、そこは何にもない部屋だった。ただの真四角な箱型の部屋、そこに私は転がされていた訳よ。
 勿論、持ってた荷物は全て奪われてた。着ているものまで奪われなくてまだ良かった、って所かしらね。ゆっくりと身体を起こすとさっき殴られた鳩尾の辺りがギリギリーって痛い。ああ、こりゃ痣になってるわよーってちょっとショックだったかも。
 本当はそれどころじゃなかったんだけどね。だってこれって確実に、生命の危機って奴だし。
 でも私はそれ程焦ってはいなかった。死ぬのが怖くない訳じゃない。…怖いって言うより、惜しい、かな。まだまだ私には見たい場所もやりたい事も食べたいものも山のようにあったんだから。それを為さずして只死して行くなんて、カッコよくも何ともない。
 私は人差し指を立て、冷たいコンクリの床面をなぞる。時々、ちりっと指先に何かを感じるのは、そこに気脈が流れているから。
 この世に存在するすべてのもの、生き物もそうでないものも、有機物も無機物も何もかも、その身には『気』があり、『気』の流れる筋がある。その気脈を指圧し刺激してやれば、どんな巨大なものでも破壊する事はいとも容易い。破壊するって言うよりは、そのもの自ら壊れていくように促す、って感じ?ともかく、今この建物を破砕させる事なんか簡単のカの字なんだけどー…。
 ……私って、極度の近眼なのよね。
 指先で気脈を探る事は出来るけど、でもこう言う無生命物の場合は微かな気配しか分からない。やっぱり自分の目で確認しないと。
 でも、その目が信用できないとなると…危険極まりないのよねぇ。穿つべきではない気脈を穿てば、何が粉砕するか分からない。…そう、それはこの私のないすばでぃーかもしれないのよ。そんな危険なことは、そうそう簡単にはできないわ。
 最後の最後、切羽詰ったその時まで、は。

 …。
 ……。
 ………。
 なーんて言ってる間に、もうどれだけ時間が経ったと思ってるのよ!
 床と同じ色のコンクリの壁に凭れて、私はやっぱり同じ色の天井を見上げていた。ほら、木の天井とか見上げてると、木の節が人の顔に見えてきて怖く感じた事とかない?それと一緒で、コンクリの天井は何やら妙な渦が巻いているように見えて、それが動き出すような感じがしてちょっと面白かったの。…尤も、近眼だから、世の中全てが薄ぼんやりと見えてたから、かもしれないけどね。
 そんな暇潰しも、そうそう保つ訳じゃなし。人間ってやる事がなくなると、ついネガティブになっちゃうのよね。
 どうしてこんな事になっちゃったんだろう。とか
 どうして誰も来ないんだろう。とか
 どうして私は殺されるのかな。とか
 そう、実は私、なんでここで拘束されてんのか分からなかったのよね。
 だって何かを目撃したって言っても、裏通りで数人での乱闘を見ただけよ?あんなの、もっと凄い喧嘩だって見た事あるし、それほど大した事じゃなかったわ。
 何かを疑われて、って言っても、私の荷物を探れば、何もない事はすぐ分かるだろうし。
 あとは…そうね、たまたま?その場に居たから?なんとなく?うわぁ、なんて運がないのかしら、私。
 ああっ、もう!面倒臭いわ。もういっそのこと……
 そう思って、私が立てた親指で床面の、一番太い気脈を穿とうとした、その時だった。
 ざぁッ!と風が吹いた。窓ひとつない室内で。それは床の埃を舞い上げて渦を巻き、私は思わず噎せ返る。げほげほ言ってると、頭上で軽やかな笑い声が聞こえた。
 「おや、すまないね。ちょっと目測を誤ったかねぇ」
 ……。言葉が、分かる。これは、私の国の言葉。そう思って顔を上げるとそこには、ひとりの女性が立っていた。
 どこから?とかどうやって?とか、そんなつまらない疑問は沸かなかったわ。何故なら、私は彼女の額にある二本の角に気付いてしまったから。
 角のある人間。なんて、いやしない。角のあるのは―――鬼。
 確かにこの人なら鬼と呼ばれても何ら遜色はない。そんな威厳みたいな何かを漂わせ、その人は凛々しくその場に立っていた。
 「同じ国の匂いがしたから来てみたんだけどね」
 「そうみたい。言葉通じるし」
 私がそう答えると、物怖じしない私がおかしかったのか、彼女は軽く声を立てて笑う。私が怖くないのかい?そんなような目で私を見た。
 実際、私は彼女の事が怖くも何ともなかったわ。確かに、彼女は人外だし鬼だし、なんか特殊能力を持ってるし。でも何故か私は、その時既に彼女に信頼を寄せていた。同じ国の言葉を操るから、ってだけじゃないと思う。なんて言うのかしら…そう、自信。彼女から伝わってくる、絶対的な自信。彼女についていけば全てOK、みたいな。
 「目、瞑っておいで。ほんの少しだけ」
 彼女がそう言うので、私は素直に目を閉じる。閉じる瞬間、彼女の、何も持っていなかった筈の手の中に、見事な青龍刀が現われていたのを垣間見た。
 でも、それだけ。
 もういいよ、と言う彼女の声に従って私が再び目を開けると、そこはあの灰色の無骨な箱の中ではなく、私がどうにかされたあの場所に程近い、本通りへと続く細い道の角だった。
 どうなったのか、とかどうやったのか、とか、そんな野暮な事は聞きっこなし。私が目を閉じていたのはほんの数刻だけど、実際に流れていた時間も数刻だったとは限らないしね。
 彼女も、何も聞かない私の態度が気に入ったみたいだったわね。何やら含んだような目で私を見て、私の肩の裏側をそっと押し遣った。
 「さ、お行き。礼は要らないよ。要らないから、今日の事は忘れるんだよ」
 そうして彼女の手が、私を本通りへと促す。ちょっと、と思って振り向いたけど、もうその時には彼女の姿はどこにも無かった。
 でも不思議な事に、彼女とはこれでおしまいって気にはならなかったのよね。きっとまたどこかで会える。そんな確信があったの。


 「おや、重役出勤だねぇ、遊暁」
 店へとやって来た遊暁に、勾音がそんな言葉で揶揄う。当然だと言わんばかりに、遊暁が胸を張ってカウンターの内側へと入っていった。
 「そう言えば、昨夜、夢を見てねぇ」
 「うん?」
 勾音が遊暁の方を見る。カウンター席の一つに腰掛けたまま、続きを促すように顎を聳やかした。
 「内容はあんまり覚えてないんだけど…ひとつ、料理を思い出したのよね。懐かしい料理。…食べてみる?」
 悪戯な目で遊暁がそう言うと、勾音がおかしげに喉で笑った。
 「それはちゃんと食べられるものなのかい?」
 「当たり前。私が食べられないものを出した事が今までに一度でもあった?」
 心外だと遊暁はわざと怖い目をして見せるが、すぐに笑い出す。勾音の返事も聞かずに、材料を出して用意し始めた。


おわり。


☆ライターより
 いつもありがとうございます!(多謝)碧川ですー。
 遊暁嬢(嬢?)の口調ですが、色っぽいとなると『〜だわ、〜よ、〜かしら』と言う口調になるのですが、遊暁嬢の私的イメージとは若干違い…(汗)…こう、ユニセックスなイメージがあるのですが、かと言って宝塚の男役的なのと違うし、と言う訳で、こう言う入り混じったものになりました(汗)PL様のイメージと違った場合はご容赦くださいませ。
 ではでは、また!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月08日

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