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『個人主義 』
朱束・勾音1993)&桐伏・イオナ(5026)&真乃・玲耶(4496)

 朱束の商いも桐伏の商いも、そして真乃の商い(真乃の場合は商いと言っていいのか微妙だが)も、全ては自由競争。新たに参入するのも自由、拡張するのも自由。勿論、縮小するのも身を引くのも自由であり。当然の事ながら、己の商売の為に自己努力する事も大切な事である。
 …但しそれが、相手を貶め蔑ろにする事であるならば。それも可だが、その分、それで得たものに付随するリスクは覚悟しておかないといけない。
 食うものも食われるものも命懸け。そう言う世界なのである。


 「…ま、最初から腰が引けてる奴よりは歯応えがあるってもんだけど」
 朱束が、愛用している長煙管から深く煙を吸い、旨そうに天井に向けて吐き出した。
 「それも、私の名前を知った上での行動なら見上げたもんさね。…だが、こいつはただの無知だろう?人が持っているものはゴミでも欲しがる輩だね。坊主の遣いじゃあるまいし」
 朱束の、高々と上がった片眉は、心なしか苛立ちを匂わせているようでもある。背後の傍らで影のように控える側近の一人に、振り返りもせずに声を掛けた。
 「…被害はどれぐらいに上るんだい」
 「ざっと見積もって数百億はくだらないと思われます。しかもそれは、ここ数日で奴に荒らされたと確信のある物件についてのみですので…」
 「表に出てきていない被害も相当あるだろう、って事か」
 苦々しく朱束がそう言うと、側近は無言で頷く。その仕種を朱束は目では見ていなかったが、気配でそれと知り、片方の口端だけを歪め禍々しい笑みを浮かべた。
 「…いいね、血が騒ぐよ」
 「……え?」
 呟いた朱束の言葉が良く聞き取れず、側近は聞き返す。自分の耳に届いたその言葉が予想外でもあり、耳を疑ったからでもあるが。
 朱束がゆっくりと振り向き、側近に向けて嫣然と微笑む。その笑みは神々しいまでの威厳を漂わせていたが、その奥底にあるものは確実に冷酷で残忍な淀みだ。
 「迷惑しているのはウチだけじゃないだろう?」
 「はい、どうやらこの界隈の風俗関係、水商売関係にも手を出しているようですので…」
 「おやおや。そやつ、どうにも運の無い男だねぇ」
 私のみならず、あの女まで敵に回すとはね。朱束が、心底愉快そうに口端で笑った。

 それは、数週間前の事であった。
 朱束の元に、とある取引に邪魔が入ったとの連絡が届いた。それだけなら、結構良くある話だ。いつもの通り「思い知らせておやり」の一言で片がつく。その時も朱束はそう部下に命じたし、部下もいつも通り、邪魔者に制裁を加えようとしたのだが。
 赴いた部下は、後日無残な姿で発見された。まるで、部下の背後に居る姿の見えない大将に当て付けるかのよう、悲惨な現場を見慣れた者であっても思わず目を背けたくなるような惨い状態だったと言う。それでも、いつもなら「こいつに運と腕がなかっただけさ」の一言のみ、改めて他の部下を向かわせるだけの話であった。
 だが。今回は少々、いつもと様相を異にしたようだ。邪魔者のする事なす事、余りに力技で思慮の欠片も感じられない。力づくで全てを奪い取ろうとしているような、そんな粗暴さがあった。
 「ま、私がいつも頭を使って商いをしているとは限らないけどね?」
 と朱束は笑った。
 だが、この遣り方には納得行かないね。別に、無闇矢鱈と命を散らすなとか力を駆使するなとか、そんな野暮な事は言いはしない、道理や理を遵守せよとも言わないさ。どんな手段であろうとも、どんな手練手管であろうとも。
 だったらこちらが、どんな手で打って出ようとも、文句はお言いでないよ?
 「さて、イオナはどう出るかねぇ…」
 長煙管の火種を灰皿に落とし、朱束が息を吐く。そう呟いてはいるものの、その表情には迷いも疑問も全く見えない。それはまるで、桐伏がどう言う行動に出るか、既に分かり切っているかのようでもあった。


 「こちらで宜しかったでしょうか」
 男が、恐る恐ると言った具合に一束の書類を差し出す。それをたおやかな手で受け取り、逆の手でずり落ちた眼鏡を元の位置に戻しながら、真乃が素早く目を通した。
 「宜しいですわ。ご苦労でしたわね」
 その一言が真乃から聞こえると、男は見るからに安堵した様子で細く息を吐く。その様子を視界の端で捉え、真乃がにっこりと微笑んだ。
 「あら、どうかしまして?急にお顔の色が良くなったようですけど。何をそんなに強張っていたのかしら?」
 「い、いえいえ、滅相もありません」
 男が慌てて首をぶんぶん左右に振る。手早く挨拶を済ませ、その場を逃げるように去っていった。その後ろ姿を、両手で顔の前に持った書類の上から覗き、真乃が唇を尖らせる。
 「厭ですわ、あんなに慌てて帰らなくてもよろしいのに…今度会ったら、少しお仕置きしちゃいましょ」
 お仕置き。言葉の響きは可愛いし、ついでに言うとそう言った真乃自体も年よりは随分と可愛らしい容姿であるが、真乃が言うところのそれは、実は想像するのも恐ろしい事だった。そのうえ、先程の男の焦りよう、それが裏社会で魔女だの悪魔だのと怖れられた己の前であったからこそだと言う事も分かっていてのあの対応だったのだ。意地が悪いとしか言いようが無い。
 男から受け取った資料を、改めて子細に検分する。時々、ウフフとか楽しげな忍び笑いが漏れるが、真乃が読んでいるそれは、笑いを誘うような穏やかなものでは決してなかった。
 びっしりと細かい文字が連なるそれは、とある組織の内情に関する情報だ。外部からだけではけっして得る事の出来ないそれは、その組織の内に真乃側の内通者がいる事を示唆している。この日本の、この街だけに限らない裏社会の裏の裏まで知り尽くし、自由自在に操れる真乃ならではであった。
 「ふーん……」
 トントンと人差し指の先で自分の頬を突付きながら、真乃はじっと資料を読んでいる。一通り読み終わると、パタンとそれを閉じ、ひとつ溜息をついた。
 「ツマラナイですわ。至ってフツーの組織に過ぎませんもの」
 弄り甲斐がありませんわね、と唇を尖らせる真乃の表情は無邪気そのものだ。つまらない、と言い切ったその組織とやらが、他国のその世界では知らぬ人がおらぬ程、巨大で凶悪な組織であっても、だ。
 「でも、お友達を手助けするのは当然の事ですものね。出来る限りの事は私の方で引き受けましょ」
 だから思う存分暴れてくださいましね?そう囁きながら、真乃が手にしていた資料を束のまま、傍らの大きな水槽の中に放り込む。中に居た、何やら得体の知れぬ生き物が、その紙をばりばりと噛み砕き、腹へと収めた。


 怒号が飛ぶ。悲鳴とも何とも形容し難い叫びがその場に蔓延し、擦れ違う相手が味方なのか敵なのかさえ分からない、それぐらいの大勢の人間がその場にひしめき合い、入り組んで混ざり合っていた。
 青い眼で大柄な一人の男が、その混雑の中を縫うようにして走っていく。その身のこなしは男の体格からは想像できない程の身軽さで、それだけでこの男が、ただの人畜無害な外国人では無い事が窺い知れた。
 一体何人居るんだ、男が異国の言葉で叫ぶ。傍に居た部下らしい男が、分からないと首を左右に振る。その表情は、己の想像を遥かに超えたものを見たが為に、通常の判断能力を失っているように見えた。それは、その場に居た者達の殆どに共通する感情だった。この狭い島国の、しかもこの決して広くは無いこの街に、これ程までに大量の人間が、一体何処に潜んでいたのか、と。
 密かに、でもなく、結構おおっぴらに侵攻作戦を進めていた青い眼の男の組織、その巧妙に隠されたアジトへ、唐突にその凄まじいまでの大人数は奇襲を掛けてきたのだ。とは言え、余りに大勢過ぎて、奇襲と呼べる程、秘めやかなものでは無かったが。その、人の波とも見まごうばかりの混雑の中を、攻撃を避けつつ逃げる青い眼の男の前に、ひとりの隻眼の女が立ちはだかった
 「ちょいとお待ち。あれだけウチのシマを荒らしておいて、一言の侘びもいれずに逃げるつもりかい」
 桐伏の、良く響く声が男の歩みを止めた。
 「これは、アンタの差し金か」
 男が視線で、周囲のそこここで起こっている乱闘を指し示しながら問う。桐伏は深く頷いた。
 「手駒を使っての戦闘か、いいご身分だな」
 「何とでも言うがいいさ。これがウチの戦い方だよ」
 片眉だけを持ち上げ、桐伏が不敵な笑みを浮かべた。
 「あんたが強引に事を進めてきたのも、それはあんたの戦い方だろう。ウチも一緒さ。力押し、結構じゃないか。ウチ等も大得意さ。人を集める事なんざ造作もない。他力本願と言われようが、ね。だったらあんたも動かしてみるがいいさ、これだけの人間をさ?」
 出来るかい?無言で桐伏が口端を持ち上げて笑う。青い眼の男が奥歯を噛み締めるのみだ。そんな事を改めて問われずとも、これだけの人数をこれだけの短時間に召集できるなんざ、並みの人脈では不可能だ。
 「…では、本国との連絡回線を断ち切ったり、退路を塞いだりしたのも……」
 「ああ、それはウチじゃないねぇ。ウラで何やら立ち回っているヤツがいるんじゃないかねぇ」
 呑気な調子で桐伏が笑う。彼女の脳裏には、まるで花畑を散歩するかのような軽やかな足取りで敵のアジトにいつの間にか忍び込み、組織の主要部分に立ち入っては両手を叩いて記憶を奪って歩いている、ひとりの女の姿が浮かんでいた。
 「……ッく―――…!」
 男はぎりりと奥歯を噛み締め、懐から銃を取り出すと、桐伏目掛けて一発放つ。やはりそれなりの訓練を受けた者か、弾丸は狙い違わず桐伏の心臓ど真ん中を貫かんと真っ直ぐに跳んでいった。
 「!!」
 次の瞬間、青い眼の男が信じられない光景を目にした。
 桐伏は、ただの一歩も移動していなかった。先程と同じよう、腕組みをして左足に重心を置いて立っていただけだ。なのに、弾丸は桐伏の身体に到達する直前で突然向きを変え、桐伏の体の外周を添うように移動し、そのまま彼女の後方へと跳んでいってしまったのだ。
 「……な、……」
 唖然とする男に、桐伏は変わらぬ笑みを浮かべて立っているだけだ。男は踵を返し、違う方向に向かって走り出す。その背中を見送り、桐伏の笑みは更に深くなった。
 「…そっちであんたが出会う女は、ウチなんかとは比べ物にならないぐらい危険な女なんだけどねぇ…まぁ、しょうがないね。因果応報、ってやつかね」
 桐伏は、男が向かった先に誰が居るか、知っていた訳ではない。ただ単に、『あの女』ならきっとそこに現われるだろう、そう思っただけであった。


 青い眼の男が駆け込んだのは組織アジトの最下層、そこから地下道へと抜ける扉があり、それを知るのはその男だけだった。取るものも取らず、とにかく命だけはと男が取った判断だったが、のちでそれは最大の過ちであった事を知る。
 重厚且つ頑丈な扉のキーロックを解除し、渾身の力で扉を引く。その暗証番号を知るのも男ただひとりだし、その扉は大の男が足を踏ん張らないと開かない程の重さだ。それらを鑑みて、その室内に己より先に人がいようなどと、誰が想像していただろうか。
 「随分と遅いじゃないか、待ちくたびれちまったよ」
 凛とした声が、暗闇の中から響く。心底ビックリして男は、慌てて壁際にあるスイッチを押し、室内をぼんやりとだが明かりで照らした。
 「無防備な男だねぇ…そんな風に急に明かりを付けたら、すぐに場所を察知されて殺られちまうよ?」
 「おまえは…」
 その女には見覚えがある。と言い寄り、聞き覚えと言うべきか。実際に会った事は無い、だが、話に聞いていた通りの風貌、額の角、赤い瞳。この細い腕で、この重い扉を開けたのか、いや、それ以前に、このセキュリティをどうやって潜り抜けてきたのか。この部屋に入る事自体、かなり困難だった筈だが、それ以前に、この最下層まで来るには、幾つも連なる部下達の検問を通り抜けてこなければならない筈だ。
 そんな事を頭の中で考えている男を、朱束はおかしげに目を細めて見ている。豊かな胸元で腕を組み、顎をつんと逸らした。
 「幾ら考えても分からないだろうよ。人の理で私を計ってもらってりゃね」
 「な……」
 「人が人の為に築いた砦なんぞ、私の前じゃ在って無いようなものさね。…尤も、鬼が築いた砦であっても、必要とあらば私は突破してみせるけどね」
 こつ、と朱束が靴音を響かせ、一歩前へと踏み出す。何かに弾かれたように、男の巨体がびくんと竦んだ。
 「人間の価値観で、鬼の道理は図れないよ。そりゃおまえ、人間の中でだって、極道の道理と堅気の道理は異なるんだ。人と鬼とじゃ、天と地程もかけ離れてて当然だろう?」
 もう一歩。青い眼の男は、精神的には後退りをしたい、が、何故か身体がそれを許さない。逞しい両足はその場に縫い止められたように、ぴくりとも動かなかった。
 「人間の世界でだって、道理を外せばそれ相当の制裁が下る。そんなの、当たり前の話だろう?それすら解らない愚か者だから、仕方ないとは言え…悪いが、そんな愚か者に情けを掛ける程、私も落ちぶれちゃいないもんでね?」
 朱束の艶やかな唇が、ゆっくりと笑みの形になる。その、禍々しいとも言える紅い三日月から、男は目を離せない。
 視線を逸らせばその瞬間に獲って食われる、とでも言うように。

 視線を逸らさずとも、男の灯火は消える運命にはあったが。
 「愚か故、己の行く末すら見えなかったんだから、これも当然の話か」
 それが、男がこの世で聞いた、最後の言葉になった。

 思ったより歯応えがなかったねぇ…ま、元より私に歯向かおうって言うような考え無しだ、それも致し方ないのかねぇ?


 「あら」
 酔天の扉を開けた途端、振り向いた真乃が呑気な声で桐伏を出迎えた。
 「お珍しいですのね、まだお仕事中でしょうに」
 「ウチには有能な兵隊がたくさんいるからね。ウチひとりがサボっても何ら問題はないさ」
 真乃の隣のスツールに腰を下ろしながら、桐伏が口許で笑った。
 「そう言うあんたこそ仕事中なんじゃないのかい」
 「右に同じ、ですわ。私が居なくても地球は回りますもの」
 ころころと真乃が笑った。
 「そう言えば、ここの大将はどうしたんだい。寄る年波には勝てず、疲れて寝込んでる、なんて言わないだろうね?」
 「まぁ、怖ろしい事を。聞こえたら一大事ですわよ。店においでにならないのはいつもの事じゃありませんの」
 「ま、そりゃそうだ」
 女ふたり、顔を付き合わせて静かに笑う。そんな二人の前にグラスがそれぞれに置かれる。桐伏のは琥珀色の洋酒だが、真乃の前に置かれたのは何だか得体の知れない色合いの、不気味な粘液質の飲み物だ。
 「相変らずだね、あんたは」
 「何事もチャレンジですわ」
 真乃はグラスを持ち上げる。中で液体が揺れると、何やらごぽごぽと奇妙な気泡が立った。
 「では」
 「乾杯」
 何に、とは言わず。言わずとも分かっているから。

 二人の間にはもう一つ、真っ赤なアルコールの入ったショットグラスが、置かれていた。


おわり。


☆ライターより
 いつもいつも本当にありがとうございます!碧川でございます。
 異国の商売人と言う事で、朱束女史も他の方々も皆アジア系でしたので、いっそと思って西洋人にしてしまいました。何となくイメージ的には、香港マフィア系との抗争、って思ってたんですけど(笑)
 ではでは、また!…と言うか、強化期間中にも拘らず納品が遅くなってすみません……(謝るの遅いよ)
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2005年06月07日

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