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『退魔師、その絆 』
水上・瑞穂5227)&−・白紋(5254)

「おまえに会いに来るのもこれで何度目になるかな。…知っているか?あいつは随分大人になった」
 まるで自分に言い聞かせるような、低く柔らかな声。
「成長するのが早いのか、時間が過ぎるのが早いのか…ふふ。俺がおまえ相手にこんな事を言うとは思わなかった」
 しゃがみこんだ姿で、その口の端を持ち上げて笑う、男。
 塚を愛しげに撫でるその手を追う一対の目に決して気付く事無く。

 ――さわさわ、葉の揺れる音が耳に届く。
 それを直に肌で感じていたのは、いつの頃だっただろうか。
 手折られた白い花が数本置かれた地面を眺めながら、水上瑞穂は塚の上に腰掛け、足をぶらぶらさせながら頬杖を付いていた。
 その白い花を置いた手を、姿を、何度も頭の中で反芻しながら。
「そんな殊勝なことしなくたっていいのに」
 ふと呟いてみた自分の声が、言葉とは裏腹に甘やかな響きを持っている事にほんの少しだけ苦笑して、花を供えて立ち去って行った男の体温を確かめるように、塚から降り立って花に触れた。――当然持ち上げる事も、感触を確かめる事も出来なかったけれど。

 代々水上家が宮司を務めている八代神社。今は瑞穂の娘が宮司としてここに赴任している。瑞穂も当然、現役の頃はここで日常生活を送りながら、一族の選んだ『仕事』で糧を得ていた。
 今、その彼女をしのぶものは、この境内の片隅にぽつんと置かれた何の名も刻まれていない塚だけ。
 これが彼女の――瑞穂の墓標であると、誰が知るだろうか。
 それを知っているひとりが、たった今立ち去って行ったばかりの男――瑞穂の夫である白紋だった。
 そもそも瑞穂と彼の出会いと言うのが、一筋縄で行かないもので…。

*****

 それは、20年を軽く過ぎようとする過去のこと。
 若くして一族の頂点に立っていた瑞穂の元に、やっかいな『仕事』が舞い込んで来た。
「…退魔師を殺してまわる鬼?」
「ええ。一般の者にも被害が出ておりますが、何よりも同業の者への被害が著しく。腕は立つようで、私の身内もことごとく返り討ちにあっておりまして」
 『鬼』が確認された時、最初は若い者数人で事に当たらせていたのだったが、予想以上に鬼が強く、彼らでは手の打ちようが無かったらしい。
 そこでこうして、畏まった男が数人平身低頭し、瑞穂に泣きついて来たと言う訳だった。
「被害は何人なの?」
「――既に2桁を越しております」
「そう。分かったわ」
 あっさりと答えて男たちを下がらせると、瑞穂が身支度をしに下がる。その視線が冷ややかだった事には、恐らく誰も気付かなかっただろう。
 強い鬼と言ってはいたが、瑞穂ほどでなくても退治る事は出来ただろう。そうでなければ、今頃退魔師のほとんどが殺されていてもおかしくない。
 それでいて、実力のある者も手をこまねいていたのは、万一の事を考えて怖気づいてしまったのだと思う他ない。
 ――何のことは無い。瑞穂に御鉢が回って来ただけの事。
 いっそのこと、瑞穂を訪ねて来た男たちの首根っこを掴んでその『鬼』と対峙させてみたら、と考えつつ身支度を整えると、すたすたと最初の場に戻り、
「鬼の出る場所を教えて」
 凛とした声で訊ねた。先ほどまでの、どこかおっとりとした雰囲気を払拭し、『仕事』の顔をした瑞穂は、一族を統べる力のある者と言う評判どおりの姿へと変わっていた。

*****

「――けえっ。なんだよ、大口叩いといてそれっぽっちの力しか持ってないのか?つまらねえぞ」
 最早意識のない男へ聞こえる筈のない声をかけて、一発蹴りを入れる少年。
 …少年、と言っていいのだろうか。まだ大人になりきれていない幼い顔立ちではあるが、ぼろぼろになった男をここまで追い詰めたのもこの者であり、そして、その額には人間で無い事を示す角が生えている。
 してみると、見た目だけ幼さを装っているのだろうか。
 ――いやいや。その悪戯っぽそうに輝く目を見れば、見た目同様精神もまだ幼さを残していると分かるだろう。彼の口に乗せる言葉も然り。
「あーあ。せっかく強い奴がいるって言うから来たのにさ。憂さ晴らしにまたそこら辺の餓鬼でもとっ捕まえて遊んでみるかな」
 鬼の中でも能力の点では抜きん出ている一族の直系である、鬼の中の鬼――その、下手に実力があるためにまさに怖いもの知らずの少年、白紋が眼下に広がるヒトの生活する街を眺める。
 退魔師が怖い存在だと散々聞かされた挙句、そうならどれ程のものか見てみようじゃないか、と同じような若い連中と繰り出したのは、暫く前の事。
 最初は見るもの聞くもの、匂いまでも物珍しかったのだが、それもじきに飽き。ちょっと触っただけでも壊れてしまう人間にちょっかいをかけた途端やって来た退魔師は聞いていたものとまるで違って歯ごたえも無く、いらいらが募って来ている。
 一緒に出て来た連中の姿がどこにも見えないのも、苛立っている理由のひとつだった。恐らくはどこかで好き勝手に暴れているのだろうが…。
「なんだ。どんな相手かと思えばまだ子供じゃないの」
 ――!?
 鈴を転がすような、と言うたとえ通りの、若々しい女性の声が、その時白紋の背に突き刺さった。
 油断していたとは言え、相手の声がすぐ近くで聞こえるまでその気配に気付かなかった事など、今まで無かったと言うのに。
「―――――」
 慌ててと悟られないよう、わざとゆっくり振り返る。そして、今度は心からの驚きに目を見開いた。
「…子供はおまえもじゃねえかよ」
「まあ、随分と躾けのなってない子供なのね。…ぼうや、年はお幾つ?」
 巫女姿の女性…どんなに上に見積もっても20代前半は越えていないだろうと思われる人間が、白紋の目の前でにっこりと笑った。
 ――それが。
 酷く、カンに障る。
 今までの人間には感じられなかった不気味な波動にも、その笑顔にも、自分をあからさまに格下だと言わんばかりの言葉にも。
「ふざけんなぁッッ!」
 ――ひゅぅっ。
 風が動いた――そう思った瞬間には既に白紋の手が、獣のように固く尖った爪が目の前の女性を切り裂こうと動いている。
 ヒトには真似出来る筈のないその動きは、ほとんど不可視に近い速さ。今まで白紋が手に掛けた者と同等ならば、一歩下がる動きも許されないままだっただろう。
 だが。

「ひとが訊いている事にはきちんと答えるものよ――ぼうや」

 ゆら…と空間が揺らいだと思えば、爪にかかった感触も目の前の像も消え、そのすぐ右横に同じようににこやかな笑顔を浮かべた女性が立っている。
「ぼうやじゃねえっつってんだろ!?」
「あらあら。こんな事で簡単に腹を立てるなんて、ほんとうにぼうやなのね」
 白紋の後ろから、ゆっくりと歩み寄る同じ人物。
「素質は悪くなさそうだけど、経験がまるで足らないわ。…今まで力押しだけでどうにかなっただけね」
 左から。
「おおッッ」
 目を爛々と深紅に輝かせながら、現れる女性を次々と切り裂き、噛み付いて行く白紋。
 その手応えはしっかり残っているのに、それらが全て幻だと言う事が信じられない。

「年と名前は?」

 木々に飛び移れば、細い枝の上に彼女がいる。それを一撃で倒すと、足のばねを利用して、下の街へと飛んだ。
 なんと読んでいいか分からない感情――知らないモノへ対する恐怖が、じわじわと白紋を蝕んでいる事に気付かないまま。

 ――それは、奇妙な『鬼ごっこ』だった。
 白紋がいくら逃げてもその先に彼女がいる。そしてそれら全てを何人殺したのか分からないが、まるで湧き出すように次から次へと出て来るのだから手の打ちようが無い。
 逃げる事も、追われる事も、生まれて初めての体験で…だからこそ、その違和感に気付いたのは、軽く2桁を越す彼女をその爪と牙の餌食にした後の事だった。
「おまえ…『違う』な。ここは何処だ?」
 いつまでも変わらない風景、肌に粘りつくような空気。…そして、ほんの僅かであったが、『人間』ではない気配を持つ目の前の女。
「あら。ようやく気付いたの?でももう遅いわ」

 ――――――――――――ぞわり。

「そうね。でも途中で気付いた分、他の鬼とはまるで違うわ。――彼らは最後まで気付かなかったものね」
 その言葉に一瞬にして、風景が変わる。そこは、最初に女に会った場所。すぐ近くでまだ意識を取り戻していない男の突っ伏した姿を見ると、随分長い間走り回っていたようでほとんど時間は経っていなかったらしい。
 そして気付く、縛された自らの姿に。――今までの幻など一気にふっ飛んでしまう程の威圧感を持つ、目の前の存在に。
「『名前』は?」
 その言葉が、白紋を締め上げる。
 文言を口に乗せるだけで、白紋ほどの鬼すら縛してしまう存在を、白紋は知らなかった。
「い――言える、か」
 魂を鷲づかみにされている今の状況で、名前さえ取られてしまったら、その時点で白紋は『消える』。それはまさに本能と言っていいくらい、最後の砦だった。
「ふうん。この状態でそんな事言えるんだ。まあいいわ、じゃあちゃっちゃと調伏しちゃいましょうか。恨まないでねー」
 白紋が最後に覚えていたのは、自分の身体に纏わり付く、抗いようのない純粋な力そのものと、目の前でにっこりと笑う花開いたような女の笑顔。

 ――そして、全てが闇に包まれた。

*****

 ふっ、と水から泡が浮かんで弾けるように意識が覚醒する。
「ゆっくり寝てたわねー」
 聞き覚えのある声は、何遍殺しても飽き足らない女のもの。
「見くびってたわ。ぼうやの力」
 飛び起きざまに首に噛り付いてやろうか、それとも力任せに引き裂いてやろうか。
「さあさあ起きた起きた。今日からぼうやには色々やってもらう事があるんだからね」
 ――殺気がふいと削がれたのは、理解不能な言葉を聞いたからに他ならない。
「…どう言うことだ。いや、それより何で俺はここにいる」
「そんなの決まってるじゃない。ぼうやは私の『式』になるの。ちょうど強い式が欲しかったところなのよねー」
「なんだと!?」
 起き上がりざまに飛び掛ろうとして、その『目』に見詰められ、殺意は元より戦意さえ霧散してしまう。
「格の違いは身に染みて分かったでしょ。大人しく言う事聞かなきゃ封印よ。ああ、それから、ぼうやは私の半径1キロ以内が行動範囲ね。そこから外れたらやっぱり封印」
「な、なんだよそれはっ」
「――いい?」
 ずいと近寄られ、萎縮してしまう自分に情けないと思いつつ、その目から目を離せない。
「私の式になる以上、私の言う事には絶対服従。ここで拒めば永久封印。…どっちがいい?」
「ふ、ふざけん…」
「本気よ」
 ――その言葉は、文字通りさくりと白紋の身体に突き刺さった。すぅ、と怒りに満ちた身体から、熱が奪われて冷えていく。
 目の前の女性は、本気で鬼を使役するつもりらしい。
「承諾か否か。答えなさい」
 拒絶すれば、間違いなく消される。鬼とて無敵ではなく、死と言う物も持っている。ただそれがヒトとは違うだけで――そしてその『死』を、確実に迎えさせられるらしい。
「――――――わ、分かった……」
「私の式になるのね?」
「ああ、そうだとも!なるともさ、なってやるともさ!!」
 自棄でその言葉を告げたその瞬間、白紋と女との間に『魂の契約』が交わされた。それは何よりも強制力の強いもので、破るには自分の心が引き千切られる事も覚悟しなければならない。
 とは言え、封印よりはまし、と自らを納得させるしか、今の白紋には出来なかった。
「良かった。それじゃあ…名前無しでは不便よね。私の名は瑞穂。ぼうやは?」
「…名前までおまえに預ける気は無い。『命令』されりゃ別だが」
「そう?――じゃあいいわ。あ、それからこれは命令だけど…街の人間は絶対に殺さないように。了解?」
「――お、おう…」
 当然白紋としては不満な命令だったが、それに逆らう術など、ある筈は無かった。
 そして――。
「ちょっと、このお味噌汁しょっぱすぎるわよ。塩分過多で殺す気?」
「だったら自分で作れよ!おまえ俺が来てから何にもしてねえじゃないか!」
「あーら。いいのよ私は。それよりぼうやは私の式なんだから、言う通りもっと働かないと。ご飯が済んだら後片付けと掃除に洗濯ね。ああそれから、午後は口述筆記と買い物よ。今日はお魚が安いから、焼き魚か煮魚がいいわねー」
「ううううっ。お、おまえの方がずっと鬼だ…」
 毎日毎日、よくもこれほど仕事があると思えるくらい次から次へと命令されて、白紋は瑞穂にこき使われていた。そのほとんどが日常の雑用と言うのが式としても情けない限りなのだが。
 お陰で商店街の人々には顔を覚えられ、しかも時々おまけまで貰う始末。
 16歳と言う年相応の人間の少年の姿にさせられ、遠縁の息子を家庭の事情で預かる事になった、と言う話はもう既に近所の人間に浸透している。
「おうっ、今日も元気でやってるか少年!」
 八百屋の親父に愛想笑いを浮かべる事にも慣れた。
 人間が面白いと、最近では思う。…今まで遊ぶ対象としてしか人間を見ていなかったからこそ、生活している姿など何の関心も無かったのだから。
 …そして、最初は包丁の扱いが分からず手を怪我するばかりだったのだが、今は曲りなりにも料理らしきものが作れるまでになっていた。
「もう少し考えて包丁は使わないと駄目じゃない。力を入れるだけじゃ駄目なものもあるんだから。ほら、手を出して」
 力を使えば直ぐに治る傷も、勝手に力を使ったら駄目と言うお達しで、白紋の手には今日も瑞穂が貼った判草膏が何枚も自己主張している。
 そんな日々が続いていたある日。
「『仕事』よ。付いて来て」
 初めて会った日と同じ目をした瑞穂が、白紋に言葉少なにこう告げた。
 ――退治る相手は、『鬼』。
 それが、自分と一緒に人間の世界に来た連中の1人だったと知ったのは、行った先の匂いを嗅いだ瞬間。だが、
「退治して。格下の相手だから楽勝でしょう?」
 白紋の僅かな動揺に気付いているのかいないのか、瑞穂はにこりともせずにそう言ったのだった。

「はっはぁ!人間の犬に成り下がったって噂を聞いたが、まさか本当だったとはなぁ」
 本来の姿に戻り、
「契約なんざ破棄しちまえよ。相手はたかが人間なんだぞ?それともあれかよ。相手が女だから魂抜かれちまったってのか」
 嘲る相手の言葉には一言も答えず、
「――けっ。だからお坊ちゃんなんだよてめえは。七光りだけで生きていけるとでも思ってたのかよ、ええ?」
 気付いた時には、何もかもが終わっていた。
「ご苦労様。もういいわよ。後片付けも済ませておいてね」
「――ひとついいか」
「なあに?」
「知ってたのか。こいつが…」
「ぼうやの知り合いだったって事?まあね。――でも、退治る対象には違いない。そうでしょ?」
 瑞穂の口調は、何故だか酷く穏やかだった。

*****

 それからも変わる事のない、こき使われる日々。布団の上げ下げから一族へのお使い、買出し、草むしりにいたるまで、永久に続くと思われる雑用事。
 ――幾夜の時が過ぎたのか。
 それは、唐突に訪れた。
「起きろ」
 いつものように静かに寝入っていた瑞穂の寝所に現れた白紋は、闇にも光る赤い目の姿で、彼女の喉をそっと押さえつけながら声を上げた。
 それは、初めて会った時よりも目に見えて成長した男の姿。その角も白々と光り、鬼らしさを強調しているように見える。
「今まで我慢して来たがもうそれも限界だ。――いいか。犯られたくなかったら、俺の契約を破棄しろ。今、すぐにだ」
 不思議な事に、瑞穂は自分の身体に対する制約を付けた事が無かった。契約したとはいえ、全面的に信頼出来るわけではない。力で押さえつけただけの関係なのだから、契約を解除するための方法をまず塞いで置くのが定石だった。
 すなわち――契約主を殺さない事を。
 だが、瑞穂はそれすら言葉に乗せていない。
 そしてもうひとつ不思議な事は、白紋もその事を知っていた、と言う事。なのに、殺すと口に出す事は無かった。…いや。出来なかったのかも、しれない。
 ――4つの視線が、絡み合う。
 暫くの沈黙の後、瑞穂はゆっくりと口を開いた。その答えに白紋が赤い目を見開く。
「好きにすればいいわ」
 瑞穂は、ごく静かに――自分の身体の事だと言うのに、何のためらいも無くそう言ったからだ。
「ば…馬鹿にしてんのかッッ!?」
 そして、何故か声を荒げる白紋。その目は自分でも分からない激情にかられてか、深紅の輝きを更に深め。
 ――その目を、瑞穂の目が貫いた。

*****

「気が済んだ?」
 衣擦れの音が、障子越しに差す月明かりの中響いている。
 無言劇の終焉は、瑞穂の発した一言によって訪れた。。
「――――――ッッ」
 自分でも何の理由か分からないが、ぶんっと首を振った白紋が、ざくりと畳に深い爪痕を残しながら畳に額を擦らんばかりにして、口の中で爆発しそうな悲鳴を噛み殺す。
 人間、なのに。
 鬼である自分よりも、生き死にの覚悟が既に済んでいる、その事を心底思い知らされて。
 負けた、と思った。
 自分の子供じみた復讐すら、相手の心を傷つける事も出来ず。
「…瑞穂」
 顔を上げる。顔を上げずにおれず、そして、息を呑む。
 柔らかく、冷たい月の光。――それを受ける瑞穂の横顔。
 人間の顔を…いや、何かを綺麗だと思ったのは、初めての事だった。
「瑞穂」
「…名前。教えてくれる?命令じゃなくてね、知りたいの」
 ゆっくりとこちらを向く、その唇に浮かんでいるのは、極自然な微笑み。
「白紋だ。――おまえに魂を預けよう。どうやら、俺は」
 言葉で無く、心で縛られてしまったらしい――――――――。

*****

「ほーんと。にぶちんなんだから」
 それから、『別れ』の時まで白紋は瑞穂の傍らに常に控えるようになった。
 自らの命に等しいその角から二振りの剣を打たせ、2人の間に生まれた赤ん坊に戸惑いながら嬉しそうに抱き――。
「酔狂だけで一緒にいたわけじゃないって、なんで気付かなかったのかな」
 塚の上に再び戻りながら、はぁ、と溜息を付く。
「白紋らしいといえばらしいんだけど」
 そして再び笑顔。
「…でも、戻って来てくれたのよね。私はあなたたちと違う場所に来てしまったけど」
 瑞穂が亡くなってから18年と言うもの、白紋はずっと瑞穂たちの側から姿をくらましていた。娘に己の角から打ち出した…瑞穂愛用の剣を託したまま。
 その間、何をしていたかは知らない。だが、白紋は戻って来た。この場所に――2人の思い出の街に。
「しかもすっかりいい男になっちゃってねー」
 妻として、ほんの少し、いや結構気にならなくもない男っぷりにちょっとだけ口を尖らせてみる。
「…まあ、いいわ」
 今は幽体としてこの世に留まる事を許された代わり、身内には決してその存在を気付かれる事がないと言う『枷』を受けてしまった以上、瑞穂の側から一方的に見る事しか出来ないのだが。
 それでも待てば――白紋が、瑞穂亡き後再びこの地に戻って来たように、いつかは白紋もここへ来る。そう、きっとまた会える。
 再会を喜ぶのは、その時でも遅くない。
「ずっとずっと、いい男になってなさいね。待ってるから」
 微笑みを浮かべながら紡がれた言葉が消える前に、塚の上にいた瑞穂の姿も消え。

 ――残ったのは、風にゆらゆらと揺れる、供えられた白い花のみだった。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月06日

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