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『舞い上がる想い 』
結城・二三矢1247



「‥‥どうして、こんなに気になるんだろう‥‥‥」

 胸の中に満ちるきりきりとした痛み。
 息苦しい様な、大切な何かを置き去りにしている様な焦りが自分の中に渦巻いているのを感じていた。
 しかしそれが何かは未だに分からない。
 この感覚が始まったのは、先日友人に押しつけられ行く事になったコンサートに足を運んでからだった。
 友人に押しつけられなければ行くことなどなかったコンサート会場。
 ふいに吹き付けた風に運ばれたチケットが、行き着いた先には一人の女の子。
 俺は彼女を全く知らなかった。
 それなのに彼女は俺を見て涙を零し、俺の気のせいでなければ知るはずもない俺の名前を呟いたのだ。
 何処かで擦れ違っただろうかと記憶を辿っても、彼女の記憶は出てこない。

 偶然なのか必然なのか。
 あの場所に行かなければ、きっとこんな感情に苛まれる事は無かったに違いない。
 逃げる様に走り去った彼女。
 まだ覚えているあの時の胸の痛み。
 日増しに強くなっていく彼女への興味。
 あの時どうして手を掴んでいなかったのだろう、と一瞬考え、見ず知らずの人にそんなことをしたら変質者と思われるよな、と苦笑する。
 彼女ともう一度会って、どうしたいのかも分からなかった。
 それでも心を掻き乱す彼女の事を、俺は知りたくてたまらなかった。
 カレンダーを眺め、明日から始まる連休の事を思い出した俺は、その連休を使って彼女を捜そうと心に決めた。
 特に予定は何もなく、だらだらと連休を過ごそうと思っていたのだから、それに比べればあてのない人捜しも有意義なものだろう。
 名前も年齢も何も知らない彼女の事をどうやって調べるか。
 うーん、と暫く考えて溜息を吐く。

「やっぱり、容姿だけしかないよなー‥‥」

 手元にある彼女の情報は、自分の見た彼女の姿しかない。
 写真でもあればもっと楽だろうに。
 頼りになるのは自分の記憶だけ。
 それだけで探せるのかと不安になるが、無いものは仕方がない。
 ごろん、と俺はベッドに転がり天井を見上げる。

「連休中に見つけられればいいけど‥‥」

 そしてこの胸の痛みが止まればいい。
 そう呟いて、俺は明日からの事を思った。




 連休という事もあり里帰りしている者が多い学生寮で、俺はさっさと朝食を済ませ街へと繰り出す。
 寮から外に出た途端、太陽の光の余りの眩しさに俺は額に手を翳した。
 見上げた空は青く高い。
 もう夏なんじゃないかというくらい照りつける太陽が眩しくて仕方なかった。
 窓から外を眺め、かなり軽装にしたつもりだったが、それでも暑いかもしれない。
 その時は上着を脱げばいいか、と楽観的に考え、そのまま探索の旅に出た。

 目的地も探すあてもなく、ただ街をぶらぶらと歩く。
 人混みから外れ、ガードレールに腰掛けるとそこから人の流れを見守った。
 そしてこんなによく人がいたものだ、と思える程、途切れる事のない人混みの中に彼女の姿を探すが、彼女の姿を発見する事は出来なかった。

「まぁ、そんなに早く見つかる訳ないし」

 むしろそんなに早く見つけられたら凄いと自分でも思う。
 でも広いこの街で、人混みの中に彼女の姿を見つける事が出来たら、普段はそんなことを思ったりはしないが、運命でもなんでも信じてしまえそうな気がした。

 暫く人の流れを目で追っていたが、俺はガードレールから腰を上げて自分も人の流れに混ざる。
 そしてそのまま一番初めに出会った、コンサート会場へと向かった。
 今日も夕方からクラシックのコンサートが開かれるのだ。もしかしたら今日も聞きに訪れるかもしれない、そう思ってやってきたのだが、開演の時間になっても彼女はやってこなかった。
 訪れる夕闇の中、俺はあの時走り去った彼女の後ろ姿を思い出していた。



 翌日も朝から街へと向かう俺に、学生寮に残っている人物達が声をかけてきた。

「暇ならさ、一緒に出かけねー?」
「ちょっと用事があって‥‥」
「何々? ‥‥まさか、デート!?」

 ぶんぶん、と俺は思いきり首を左右に振った。
 デートも何もただの人捜しだ。
 でもそれを見た人物達は逆に怪しがって人の悪い笑みを向けてくる。

「あやしーなー。抜け駆けは許さんっ!」

 羽交い締めにされそうになるのを、俺は必死にかいくぐってその場から逃げ出した。振り返り、顔の前で掌をあわせて謝る仕草をしてみせる。

「ごめん、またあとで!」
「ちっ、逃げられた! 後で楽しい話聞かせろよ」

 頷きつつ、ヒラヒラ、と手を振って俺はその場から逃げ出した俺は、昨日とは違う通りへと向かう。
 彼女は高校生くらいに見えた。
 そのくらいの歳の子が居る場所だったら、遭遇確立は上がるんじゃないだろうか。
 そんな勝手な思いこみで、人混みの中に身を投じる。
 もしかしたら同じ学校の子も居るんじゃないかと思うが、居た所で写真が無ければ尋ねる事も出来ない。特徴だけを告げてもほとんど、分からない、と一蹴されてしまうだろう。
 ゲームセンターに貼られたプリクラでも、この際何でも良いから彼女を見つける切っ掛けが欲しいと心の底から願う。
 人混みの中で俺は立ち止まり、はぁ、と小さな溜息を吐いた。
 急に立ち止まった俺にぶつかった青年が文句を言いながら去っていく。謝罪しながら俺は再び歩き始めた。

 容姿しか手がかりのない彼女を二日間探して見つけられたら奇跡だ。
 それは分かっているが、見つけられない事がこんなにも苦しくてたまらない。
 なんだかたった一度会った彼女を必死に探している自分が馬鹿らしくも思えて、段々と気が重くなっていく。
 それでも、彼女を見つけたい、と心の何処かが叫び声をあげるのだ。
 それが余計に苦しい。

 このまま探していても良い結果は出ない様な気がして、気分転換に喫茶店へと入った。
 チェーン店の喫茶店は学生のたまり場になっていた。やはり価格が手頃なのが学生の集まる要因だろう。
 壁際のカウンター席に腰を下ろした俺は、飲み物を片手にぼんやりとあの時の事を思い出す。
 確かに彼女は見ず知らずの自分の名前を呟いた様な気がしたが、それすら怪しく思えてきた。
 それは目の錯覚、聴覚の異常で、ただ単に自分の名前を彼女に呼ばれたかったという希望がもたらしたものだろうか、と考えて、それは違うと思い直す。
 それでは余りにも自分が可哀想だ。
 それに会った事もない人物に自分の名前を呼ばれたいと考える事自体可笑しい。
 今日何度目かの溜息を吐いた。
 背ろの方で自動扉が開いた瞬間、強い風が吹き込んでくる。
 斜め後ろで楽しげに話していた女子高生のテーブルから、写真らしきものが舞い上がった。
 それは俺の元まで飛んできて、足下に落ちる。

「あ、すみませーん」

 俺は手を伸ばしてそれを拾い上げ、走ってきた女子高生に手渡す。
 その時、ふいに目に入った写真の人物。
 思わず、あっ、と声が出た。

「えっと‥‥‥なに?」
「すみません。あの‥‥‥この人‥‥」
「友達だけど?」

 おずおずと写真に写った人物を指差し尋ねると、女子高生が首を傾げ訝しげに俺を見つめている。
 怪しい人物じゃないんだけど、と思いつつも俺は意を決して尋ねる事にした。
 これは俺に飛び込んできたチャンスだ。
 この連休中に探し当てる事が出来るかどうかが、これによって決まる。
 飛んできた写真に写っていたのは、制服を着ていたがコンサート会場で見た彼女の姿だった。

「この人をずっと探していたんです。同じ学校の人ですか?」
「そうだけど‥‥‥」

 女子高生の着ていた服は確かお嬢様学校として有名な高校だった。
 女子高生は俺の事を警戒したまま、ありがとう、と告げると写真を持って自分の元居た席へと戻る。そして一緒にいた人々に何事か呟く。するとそのテーブルから一斉に俺へと視線が集まった。それは好奇に満ちた瞳だったがかなり居心地が悪い。
 別に怪しい人物じゃありません、と言い訳をしたいが、すればする程泥沼にはまりそうで俺はさっさとその喫茶店から逃げ出す事を選択した。
 名前を聞ける雰囲気ではなかったし、学校が分かっただけでも良しとしようと俺は一人納得する。

 ほんの少しだけ胸が軽くなる。
 本人を見つける事は出来なかったが、一歩彼女に近づけた喜びが胸に満ちた。
 偶然は必然。
 さっきの風も偶然だろうか。

 あの時、突風が吹いてチケットが飛ばされなかったら‥‥。
 俺は彼女に出会わなかっただろう。
 今、風が吹いて写真が飛ばされなかったら‥‥。
 俺は彼女を捜す事を諦めてしまっていたかもしれない。

 俺は風に感謝をして、夕闇に暮れゆく空を眺めた。
 上り始めた月が白く輝いている。
 
「もう一度‥‥会いたいんだ‥‥」

 何故?、と自分に問いかけても答えは出ない。
 ただこの胸の中にある苦しさの訳を知りたかった。
 彼女の涙の訳を知りたかった。
 俺は何も分からない。

「‥‥なんで、こんなに気になるんだろう‥‥‥」

 この胸の痛みが早く消えればいい。
 彼女の涙が苦しみによってもたらされているものなら、その苦しみも早く消えればいいと思う。
 彼女の事をもっと知りたい‥‥、と小さく呟いて。

 歩き出した俺の髪を、吹き抜けた風が緩やかに空へと舞わせる。
 まるで俺の想いを空へと吹き上げる様に。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年06月02日

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