『ただいま増員中 』

美夜（2135）＆刀伯・塵（1528）

　美夜（みや）を見つめる、熱い視線があった。視線の持ち主は、刀伯・塵（とうはく　じん）。塵はじっと美夜を見つめ、何かを言いたそうに口を開く。が、言えずに頭を振る。
　その繰り返しである。
　その熱視線に美夜は気付かない。人探しから帰ってきたばかりだからかもしれない。塵の視線に気付かずに、いつものように生活を営む。
　塵が見つめるのは、美夜の一部分に集中していた。といっても、美夜の亜麻色に近い金色の長髪を美しいと愛でているのではない。透き通った青い瞳に自らが映らないかと危惧しているのでもない。透けるような白い肌に眩しさを感じているのでもない。
　塵の視線は、背中にあった。
「……気のせい、ということも考えられる」
　ぽつり、と塵は呟く。
「何といっても、ここは廃屋を無理矢理力技で改修した場所だ。訳の分からない住人だって、多数いるんだし」
　塵はそう言ってから、小さく「うっ」とうめいて眉間に皺を寄せた。真剣に嫌そうな顔である。どうやら自分で言って、自分でダメージを受けたらしい。
　今、塵と美夜がいるのは、ソーンのドのつく僻地郊外にあった廃屋を塵が改修した庵である。何故だか、不思議生命体が数多く存在している。
　存在している、というよりも日々増え続けていっている、と言った方が正しい。
　一度は正確な数を把握していた塵だが、今となってはどれだけの未確認物体生命体が住み着いているのか、分からないからだ。それが塵にとって頭痛の種の一つとなっている。
　もっとも、頭痛の種となっているのは塵くらいなもので、実際に美夜などはここを「異種間種族の交流と、平和共存が実現している和やかなお宅」と思っている。
　その事も塵の頭痛の種になっているのは、言うまでも無い。
「しかし……あれは」
　再び塵は美夜の背中に目を向けた。そして何かを決心したかのように拳を握り締め、美夜に近付いていった。
「……あー……美夜？」
「あら、塵さん。こんにちは」
　話し掛けた塵に、美夜はにっこりと笑って頭を下げた。そんな美夜に押されつつ、塵は再び口を開く。
「さっきまで、どこかに行って来たのか？」
「ええ。人探しをしてきたんですよ」
　にこ、と笑いながら言う美夜に、塵は密やかに「人？」と呟いてから頷いた。
「どうかされましたか？」
「あーいや……なんだ、その。……人を、探してきたのか？」
「ええ、そうですけど」
　いまいち煮え切らない塵に、美夜は小首を傾げる。きょとん、としながら。
「ええと、じゃあ何かに会ったりしなかったか？」
「何かに、と言いますと？」
「ふわふわっとした生き物、とか」
「ふわふわ……ですか」
　塵に言われた言葉を、美夜はじっと考え込む。自分の記憶を手繰り寄せるかのように。だが、しばらくして首を横に振った。
「覚えは無いんですが……」
「そうか。……じゃあ、黒い物体に出会ったとかは？」
「黒い物体というと……黒豆とかは入りますか？」
「いや、黒豆は違うな」
「じゃあ、会っていませんね」
　美夜の言葉に、塵は「うーん」と唸った。他に何か良い言い回しは無いか、模索しているようである。そうしていると、不意に美夜が「あ」と声を上げた。
「そういえば。私、黒くてふわふわした生き物に会いました」
「そうか！」
　塵はぐっと拳を握り締める。
「毛がふわふわした、黒い猫さんに！」
「惜しい！」
　塵はそう叫び、大きな溜息をついてうな垂れた。美夜は首を傾げ、塵に「可愛かったですよ」と伝えた。
「いや、可愛いかどうかは関係ないんだ。……美夜、その背中……」
「背中、ですか？」
　美夜は塵に指摘され、ようやく背中にそっと手を回した。すると、手にふわりとした毛の触感がある。美夜は思わず「まあ」と声を上げ、優しくその物体を掴み、前へと持ってきた。
　そこにいたのは、ふわふわの黒い毛を持った仔犬であった。
「可愛いです！」
　美夜はそう言うと、仔犬をぎゅっと抱き締めた。一方、塵は再び大きな溜息をつき、おもむろに口を開く。
「美夜、その犬はただの犬じゃないな……？」
「はい。とても可愛らしいですから」
「……そういう意味じゃなくて、だな」
　塵はがしがしと後頭部を掻き、再び口を開く。
「その仔犬、俺の長年の勘が働いて仕方が無いんだ」
「と、言う事は……」
　美夜の言葉に塵は頷き、庵の周りを飛び回る半透明の生命体を指差しながら、うんざりした口調で美夜の言葉を続ける。
「あいつらのお仲間だって事だ」


　突如やってきた仔犬は、美夜の手によって他の住人にお披露目された。その際、仔犬の処遇についてもアンケートを取りながら。
　そして、結果。
「塵さん、飼いましょう」
「……は？」
　思いも寄らぬ美夜の言葉に、思わず塵は眉間に皺を寄せながら尋ね返す。
「皆さん、この子を飼おうって言ってくださったんです」
「いやいやいやいや！何でだ？何でそんな事になってるんだ？」
「面白そうだし、この子も可愛いからだそうですよ」
　美夜はにっこりと笑いながら、仔犬を抱き締める。塵は掌で額を押さえる。
　住人たちが仔犬を可愛いと思っているのは事実だろうが、それよりも面白そうだからという理由が多大に存在している事が目に見えてしまうのだ。恐らくは、いや絶対に。
「だから。飼いましょう、塵さん」
「駄目だ！……ただでさえ、ここは俺の知らぬ間に大変な事になってるんだ。これ以上不思議生命体を増やして堪るか！」
　塵はぐっと拳を握り締めながら力説した。家主が不本意のまま、怪生物が増えつづけている昨今。これ以上増えて堪るか、というのは彼の心からの言葉なのであろう。
「でも、塵さん……」
「いいから、元あったところに返してきてくれ。頼むから！」
　何かを言おうとした美夜に、ついに塵は懇願した。ぱん、と手を打って、心からの願いを叫びながら。
「……でも、塵さん。それは無理なんです」
「無理？」
　怪訝な塵に、美夜は小首を傾げつつ口を開く。
「残念ながら、私は何時、何処で、この子を連れてきてしまったのかさっぱり分からないんです」
「……さっぱり、か？」
「ええ、さっぱり。すいません」
　カーン。澄み切った鐘の音が、塵の頭の中で響き渡ったかのような感覚に襲われた。
　一本、美夜！
「……分かった……。好きにしてくれ」
　諦めを含んだ塵の言葉に、美夜はにっこりと笑った。
「有難う御座います、塵さん！」
　こうして、また一人（一匹？）住人が増えた。
　だが、話はここで終わらない。仔犬が住む事になって数日後、事件が起こったのだ。


　仔犬が住人となった、数日後の深夜。深い眠りに入っていた筈の塵は、ふと目が覚めて天井を見上げた。
「……どんよりとしているな」
　今にも落ちてきそうなゼリー状の物体を見て、塵はぽつりと呟いた。そして再び眠りに入ろうとし、はっと気付く。
　自分が呟いたのが、妙な言葉だったと言う事に。
（どんより、だと？）
「……うわっ！」
　気付いた後には、塵はスライム状の物体に襲われていた。思わず愛刀を探すが、スライムが邪魔して取る事が出来ない。
「……どうしてこんな目に合わないといけないんだ？」
　もごもごともがきながら、塵は呟く。
「俺はこんなのが住み着くために、廃屋を改修したんじゃないぞ！」
　スライムを何とか自分から引き離そうとしながら、塵は叫ぶ。
「大体、ここは妖怪・奇怪・不思議生命体駆け込み所じゃないんだぞ！」
　自分がスライムに教われている状況から、微妙に現状に対する鬱憤が出てきた。よほど堪っているのだろう。スライムに目が在るかどうかは分からないが、もしあったとしたらきっと哀れみ一杯の生暖かい眼差しになることだろう。
　そうしてばたばたと暴れていると、美夜が塵の元へとやってきた。美夜はスライムと戦う塵を見て、小首を傾げた。
「塵さんの、お友達さんですか……？」
「違う！」
　塵の心からの突っ込みが、庵内に響く。美夜はちょっと恥ずかしそうに笑いながら、口を開く。
「すいません。とても仲良さそうに、じゃれあってらっしゃるものですから……」
「じゃれあってないし、仲良くも無いし！」
　塵の力強い突っ込みに、もう一度「すいません」と言ってから、美夜は頭をさげた。
「じゃあ、私は誰かを呼んで来ますね」
　そう言うと、美夜は他の人を呼びに行くために、くるりと踵を返して走り去っていった。
「……ん？」
　人を呼びに行った美夜の代わりに、ちょこん、と新しい住人となった仔犬が廊下に座っていた。塵のいる所から、子犬の影は月明かりに照らされ、まるで巨大な狼のようにも見えた。
（あいつ……）
　塵がそう思った次の瞬間、仔犬の影は大きく口を開き、交戦中の怪生物ごと塵を飲み込んでしまった。それも、生々しい咀嚼音を響かせながら。
（喰われた！）
　塵の頭に浮かんだのはまずはそれで、他の事は一切頭には浮かんでこなかった。どうしていいのかも分からず、どうするのが良いのかも分からない。
「……せーの！」
　声が聞こえた次の瞬間、塵は影の中から外の世界へと脱出させて貰う事が出来た。人を呼びに行った美夜と、美夜に呼ばれた住人達によって救出されたのだ。
　とりあえず掴んで引っ張り出す、という多少乱暴な方法ではあったが。
「大丈夫ですか？」
　美夜の問いに、塵はとりあえず頷いた。大きく息を吐き出しながら。
「もう、何がなんだか……」
「ふわ」
　ふと聴こえた欠伸の声に、塵は言葉を遮って顔を上げた。どうやら聴こえてくるのは自分の頭の上からのようだ。そっと手で触れると、あの仔犬がいるようだった。
（何だったんだ？あれは）
　塵は頭の上にちょこんと座った仔犬を見上げながら考えこむ。
「良かったですね、塵さん」
　そう美夜が言ってくれた言葉さえも、塵の耳には届かないくらい。
「美夜……お前、さっきの……見たか？」
「さっきのって……何ですか？」
　塵は「この仔犬の」と言おうとし、止める。自分でさえ、今の状況が全く分からないのだ。
　ただ一つ分かっている確かな事は、この頭の上で呑気に欠伸をしている仔犬も、やはり怪生物には変わりない、と言う事であった。
　塵の頭の上にいる仔犬をそっと抱き上げる美夜を見て、塵は大きな溜息をつくのであった。

＜月夜の晩に影が笑い・了＞

PCシチュエーションノベル（ツイン）

霜月玲守

聖獣界ソーン

2005年06月01日