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『HERO 』
オーマ・シュヴァルツ1953

 「出たな、怪獣デンデルデン!この正義の味方、ソーナンジャーが来たからにはっ!」
 「今日が貴様らの最後の日だッ!」
 「覚悟しろッ!!」
 と、ここで決めポーズ。一人の男が自ら考えたポージングで制止している。少し離れた所でそれを眺める、一人の男。二人は暫くそのままの状態でいたが、ポーズを取っていた男が一足先に、氷が解けるように不意に体の緊張を抜いて脱力した。
 「…どうなんだよ、これって」
 振り上げた両腕を下ろしてオーマが、溜息混じりに肩を落とす。元々大柄なオーマだ、肩を落として尚、大きな身体は隠しようも無いが、その落胆振りは見てすぐに取れた。
 「うーん、イマイチ勢いが足らないような気がしますね、やはり正義の味方たるもの…」
 「いや、ちょっと待て。大体、何で俺たちがこんな真似をしなきゃならないんだ!?」
 薀蓄を垂れようとするもうひとりの男を片手で制し、オーマが基本的な質問をする。腕組みをした若い男が、にやりと笑った。
 「え、だってしょうがないですよね?オーマさん、僕に負けたんですから」
 それを聞いたオーマの肩が、更にがっくりと落ちる。深い溜息と共に、頭を抱えて低く唸った。

 一昨日の事だっただろうか。いつもの行きつけの居酒屋での事。オーマが見ず知らずの男と飲み比べをし、なんと負けを記してしまったのだ。
 未だ嘗て、オーマが人との飲み比べで負けた例などない。…いや、あるかもしれないが、そんな相手なんぞ、極々限られた小数だ。フツーの人間相手に競って負けるなど、想像だにしなかった。だからこそ、その青年の唐突な申し出にも気軽に乗ったのだ。
 が。現実、オーマは負けてしまったのだ。それも、ジョッキ三杯の大差を付けられて、だ。これにはオーマもいたくショックを受けたし、周りで見ていた他の客達も驚いたが、オーマが驚いたのは、その男が勝ちの景品としてオーマに要求した『事』だった。
 その青年は言った。今度の週末、中央広場で行われるヒーローショーで、ヒーローの役をやって貰います、と……。

 「いやぁ、助かりました。前の街でヒーロー役をやってた役者が、急な慶事で里に帰ってしまいましてねぇ…でも、この街との公演の契約はもう済ませてしまって前金も貰ってしまったし、どうしようかと困ってたところだったんですよ」
 ニコニコと満面の笑みで青年が言う。お昼の休憩時、青年から提供されたオニギリを齧りながら、憮然とした表情でオーマが青年を睨み返した。
 「それは分かるけどよ、それでなんで俺なんだ?ヒーローごっこなら、他に喜んでやりそうな奴らが沢山いるだろうがよ」
 「誰でもいい訳じゃありませんから。敵役の怪獣なら着ぐるみですので、まぁ誰でも構わないと言えば構いませんが、ヒーローはそうはいきません。子供達の憧れの的ですから、それなりの見た目と迫力を備えていなければ…」
 青年は深く頷く。ぎゅっと拳を握り締め、身を乗り出してオーマの顔の前にずいと自分のを突き出した。
 「オーマさんだって子供だった時代があった筈ですから、分かるでしょう?正義の味方ってのは子供達にとって、真の意味でのヒーローなんです!彼らの行動が子供達の行動の全ての指標であり、目標な訳ですよ。ですから、大人にとってはまさに子供騙しでも、子供にとっては正真正銘の現実なのです。ゴッコ、なんて子供の前で言っちゃ駄目ですよ、オーマさん」
 「へーへー」
 そんなもんかねぇ、と他人事のような調子でオーマが言う。子供だった時代、は確かにオーマにもあっただろうが、余りに昔の話過ぎて、オーマにしてみれば既に御伽噺の域にまで達してしまっていた。
 いずれにしても、オーマが勝負に負けた事は事実である。屈辱的ではあるが、だからと言って交わした約束を反故にするような卑怯な真似は出来ない。さぁ、もう一度最初から!と元気の良い青年を見上げたオーマは、よし!と自らに喝を入れ、勢い良く立ち上がった。


 「出たな、怪獣デンデルデン!この正義の味方、ソーナンジャーが来たからにはっ!」
 ここでピッと両腕を揃えて斜め右方向に伸ばす。指先までも真っ直ぐに、世界の平和を強く願う心を込めて(青年曰く)ビシッと決める。
 「今日が貴様らの最後の日だッ!」
 ぐるりと両腕を回し、そして逆の位置でもう一度ポーズ。ここで敵をぎりっと睨み付け、
 「覚悟しろッ!!」
 気合いと共に最後の台詞、そして最後の決めポーズ。それを見た青年が、興奮気味にぱちぱちと拍手をした。
 「すごい!すごいですよ、オーマさん!こんな短期間でここまで完璧にマスターするなんて!」
 「ははは、いやぁ、やってみると意外と楽しいもんだな、こりゃ」
 オーマが、爽やかに額の汗を拭う。キラリと汗の粒が太陽光を弾き、普段の仕種まですっかりヒーロー化して来ているようだ。
 度重なる青年の指導?もあってか、オーマのヒーロー振りもすっかり板につき、それどころか、繰り返し決めポーズを取っていた所為か、段々、そのヒーローと自分とが同一化されてきて、今やオーマは、身も心もすっかり正義の味方と化していた。青年も満足げだし、これは明日の公演が楽しみだな、とオーマの胸は躍っていた。


 そしてヒーローショー当日。その日は朝からすっきり抜けるような晴天で、まさに正義の味方が活躍するに相応しい日だった。会場となる中央広場には半円形の舞台が出来上がり、その周囲をぐるりと沢山の子供達が取り囲んでいる。その幼い瞳は一応に輝き、ヒーローの登場を今か今かと待ち侘びていた。
 「…みんな、すげぇ楽しそうだな」
 その様子を舞台裏から覗いたオーマが、感心したような声で言う。聖都で、このような子供向けのイベントが行われている事は知っていたが、自分には縁が無いものと思い込んでいたし、実際、そんなイベントを喜ぶような年頃の子供もいない。だがこうして見ると何が何が、子供騙しだと青年は言ったが、舞台衣装もセットもなかなか本格的で大人も充分に楽しめるような構成になっている。…実際に、子供に混じってちらほらと、大人の姿も(しかも子供の付き添いではなく)見られるし。
 「ええ、そうでしょう?あの子供達の輝いた目を見る為に、僕らも頑張っているようなもんです」
 そう答えて青年は目を細め、会場を取り囲む子供達を見詰める。その言葉に偽りはなさそうだし、そう言う意味ではこの青年のやっている事は、子供達の夢を運ぶ仕事なのかもしれない。オーマがそう言うと、青年は照れたような笑みを浮かべて後ろ髪を掻いた。
 「やだなぁ、そんな大層なもんじゃないですよ。僕はただ、子供達の求めるものを街から街へと運んでいるだけで…あ、オーマさん。そろそろ出番ですよ」
 青年の言うとおり、舞台では怪獣役が暴れ回り、子供達が声を揃えてヒーローを――引いてはオーマを、呼んでいる。よし!と気合を一つ入れ、いつもと違ういでたちのオーマが、舞台の袖から真ん中へ向け飛び出した。
 そう、今日のオーマはいつもと格好が違うのだ。普段は、己の周囲のものを具現化能力でもって侵食せぬよう、ヴァレルを身に纏っているオーマだが、今日は青年側が用意した、正義の味方・ソーナンジャーの衣装を着ている。ヴァレルの装備を解く事の危険性は充分に理解しているが、このショーの間ぐらいなら大丈夫だろうと踏んだのだ。ヒーローショーで怪獣(中身は勿論、普通の人間)をやっつけるぐらいなら、己が能力を使う必要も無い筈だろうし(と言うか、生身の人間相手に使っては駄目だろう)(しかも怪獣役と言うだけで、中身はただの一般市民だし)
 勢い良く舞台に飛び出したオーマは、一気に沸き立つ子供達の歓声に押し戻されそうになる。それ程の熱気を発する子供達のパワーにも驚いたが(ついでに子供以上に盛り上がる大きなお友達のパワーにも)それらを引き出しているのがこの、ソーナンジャーとか言う間抜けなネーミングの架空のヒーローだと言う事にも驚いた。人は、熱中するとそれが非現実的なものであっても、これ程までに影響されるものなのか、とオーマは感心する。
 「出たな、怪獣デンデルデン!」
 張りのある声でオーマが叫ぶと、わぁっと子供達は立ち上がってオーマを応援する。それを受けてじんわり陶酔した気分になるのを、これが『舞台には魔物が棲む』とか言う奴だな、と頭の中で思った。
 「この正義の味方、ソーナンジャーが来たからには……」
 ん?
 何かの違和感に気付いて、オーマの眉が潜められる。勿論、続く台詞は立て板に水、周りに不信感を持たせるような事は一切無い。決めポーズを取りながら、オーマは目で怪獣の数を数えた。
 『……一匹多いぞ』
 練習中でもリハーサルでも、怪獣は全部で三匹だった筈だ。だが今、舞台の上には四匹の怪獣がいる。怪獣デンデルデンはあいつ、デンデルデンの子供である双子の怪獣テンテルテンはあの男とあの男。 残る一匹、あの着ぐるみは確か予備にとってある奴…。
 「……ウォズ、か」
 オーマが小声で呟いた。

 どうやら、あの着ぐるみの中身は空で、着ぐるみ自体にウォズが憑依しているような形になっているらしい。着ぐるみの動力そのものを具現化している、と言う感じか。どう言う意図で、ウォズがこの場に現われたかは分からない。尤も、ウォズの中には明確な意志など持たず、その場の流れでうろちょろとしている奴もいるから、こいつもその類いである可能性もある。賑やかなこの場の雰囲気に引き寄せられ、自分も参加してみたくなった、その程度の事かもしれない。が、ウォズはウォズである。
 …とは言え、この公衆の面前、しかも子供ばかりに囲まれた状態で、具現化能力をおおっぴらに使う事は憚れる。そこでオーマは、とりあえずこの予想外の敵が、ヒーローショーの一端であるかのように装って、何とかしようと試みた。
 が。
 「ソーナンジャー、頑張れー!」
 子供達の歓声が飛ぶ。当然の事ながら、中身が人間の怪獣達は、打ち合わせどおりの型で格闘し、そして倒れて行ってくれる。が、ウォズとは練習も打ち合わせもしていない為、そう上手くはいかなかった。例の青年も、余分な怪獣がステージ上にいる事に気付いたが、最早どうにもならない。袖の脇から心配そうな顔でオーマの方を見詰めていた。
 「…分かってる、って……」
 オーマが呟く。彼が言いたい事は分かる。子供達に危害を加えず、そして不信感も与えないようにどうにかして欲しい、と彼は目線で訴えている。それは分かるが、そうは問屋が卸さない、と言う奴だ。
 『…っきしょ…!こうなったら……!』
 「うわぁッ!」
 凄くわざとらしく、オーマが怪獣の攻撃を食らってもんどりうって倒れ込む。悔しげに起き上がったオーマが、ふいに観客席の方を向いて叫んだ。
 「このままではやられてしまう!ソーナンジャーはパワーアップしなければ!みんな!みんなのパワーを分けてくれ!」
 その途端、いつもとは違う展開に熱狂した子供達が、オーマの呼び掛けに応えて一斉に叫び出す。その様子にオーマは頷き、自分の左胸の上にあるタトゥーを親指の腹で擦った。
 瞬く間に、ソーナンジャーの衣装は千切れて消し飛ぶが、その代わりにオーマのヴァレルがその身を包んだ。今までにない変身シーンを目の当たりにし、子供達の興奮は最高潮に達する。その格好は、オーマにしてみれば普段の格好そのままなのだが、何故か今日だけは、本当に正義の味方の衣装のように見えた。
 オーマの片腕に、見上げんばかりの巨大な銃が出現する。それを見て尚一層に沸き立つ子供達。それを中身空っぽの着ぐるみに照準を合わせ、ろくに狙いもせずにオーマは引き金を弾いた。
 子供達の歓声が、青空の隅々にまで響き渡った。


 代役がオーマさんで良かった、と青年は繰り返し繰り返し礼を述べて次の街へと旅立っていった。オーマの活躍でヒーローショーは大盛況、しかも、オーマが使った能力を参考にして新しい演出を考えるとか何とか、青年は既に次の興行に向けて頭の中は一杯のようだった。
 無事に騒動も済み、あの青年も決して悪い奴ではなかったなぁ、等と思いながら、オーマもご満悦でいつもの居酒屋に向かう。一人でだが祝杯を上げようと思ったのだが。
 「ちょっとちょっと、オーマさん」
 居酒屋の店主が手招きをする。何事かと近付いたオーマだったが、店主が見せたジョッキ――それは先日の飲み比べで、青年が使用していたものだ――を見て、顔色が変わった。
 それは、外側の大きさはオーマが使ったジョッキと全く同じだったが、中はかなりの上げ底になっていて、内容量としてはオーマのジョッキの十分の一もなかったのである。
 「こんなジョッキ、いつの間に仕込んでたんだろうねぇ…その最中に気付かない俺らも俺らだけどさ?」
 「………」
 前言撤回。次に、あの青年に出会う事があれば、容赦なく鉄拳をお見舞いしてやろう。そう心に誓う、オーマであった。


おわり。


☆ライターより
 いつもいつもありがとうございます!真面目な設定を活かし切れないヘボライター、碧川でございます(シャレにもならんわ)
 今回は、他のライターさんの作品を全く参考にせず、碧川色だけで書いたのですが、どうにも不安が押し寄せてくる一方だったりします(汗)
 なるべく早めの納品を心掛けて頑張りましたが…如何だったでしょうか?少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 ではでは、これに懲りず、また発注して頂ける事を心からお祈りしつつ、今回はこれにて失礼致します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月31日

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