▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『夏影君想 』
セイ・フェンド3608


 穏やかな風が運ぶのは、夏の匂い。
 耳を澄ませば、喧騒とともに聞こえるのは川の流れる音。
 西の空は一面橙色に染まり、一日の最後を告げる表情を見せている。
 そんな中で何処からともなく現れるのは、今では珍しいと言われるほどその数を減らしつつある蛍の姿だった。
 ふわり、と飛ぶその姿は、通常見かける蛍とは少しだけ違っているようにも、見える。
 河原沿いに店を構える琳琅亭は、妖しげに空を舞う蛍の姿を認めると、静かに己の姿も変え始めた。
 涼やかな風鈴の音色とともに。
「…ん、時間か」
 店内の様子を見ながら、ぽつりと言葉を漏らしたのは店主であるフェンドであった。スキンヘッドにサングラス、と言う少々奇抜なスタイルは相変わらずだ。
「さて…っと…」
 再びの独り言を空気に乗せた彼は大きく伸びをし、立ち上がる。
 そうしている間に、料亭であったはずの店内は風鈴が吊るされた風情ある形へと変貌を遂げていた。
 ―――『螢の風鈴屋』の、開店である。
 カラカラ、と音を立てて店の扉が開かれたのは、その直後だった。

「…え、…本当に…あったん、だ…」
 扉の向こうに立っていたのは高校生くらいの少年だった。風鈴屋の噂を聞きつけて足を運んだのだろうが、半信半疑であったのだろう。扉を開けたまま店内を見て、立ち尽くしている。
「ようこそ、琳琅亭へ。…入んなよ、兄ちゃん」
 フェンドは少年へとそう声をかけ、店内へと促す。
 すると少年はこくりと頷きながら、おずおずと足を運ぶ。肩から掛けたバッグが大きいところを見ると、地元の人間ではない。
 此処へと訪れる者は全国各地から足を運ぶ。珍しいことではない。
「ほらほら、突っ立ってないでココ座んな」
 両手に二人分の茶を持ったフェンドは少年に目配せで椅子へと案内する。…少年がビクビクしているのは自分の風貌にあるとは解っているのだが、気にしたところでどうにもならない。これが自分のスタイルだし、変えるつもりもない。客が慣れるしかない、という事だ。
「………………」
 少年は肩に提げていたバッグを足元に置き、そこで小さく溜息を吐く。緊張しているのだろう。
 その少年の目の前にフェンドは茶を差し出し、自分もドカっと座り込む。二人分の茶の一つは、彼自身が飲むらしい。
「そうビクビクしなさんなって。別に食いやしねぇよ」
 行動ひとつに過剰反応を見せる少年に、フェンドは苦笑しながらそう言った。
 少年は今どき珍しいほどの誠実で、真面目そうな印象を受ける。その穢れの無さそうな心根に、何を抱えているのか――。

 ――リリ…ン…。

 彼らの頭上では静かに風鈴が音を奏でるばかり。
 夏の重さを感じる風を、その身にゆっくりと受けながら。
「………あの。…ここが、『蛍の風鈴屋』で、間違いないんですよね…?」
「ああ、そうだな。お前さんが探したから、風鈴が呼び寄せた。…その通り名を知ってるってことは、此処がどう言う場所なのかも、解って来たんだよな?」
「……はい。その…ネットで、調べて…」
 少年は俯き加減で差し出された茶を両手に包み込みながら、ぽつぽつ、と言葉を紡ぐ。
 少年用に、とグラスに入っているのは麦茶。カラン、と氷がその中で音を立てている。
「今じゃインターネットでも噂になってんのか。人の噂ってのは怖ぇよなぁ…」
 そう言いつつも、フェンドは笑っていた。
 どんな噂が、どのように流されていても、彼自身の仕事は変わらない。今までも、これからも。
 カラン、と再びグラスの中の氷が音を立てた。
「………僕の『風鈴』は…何色、なんでしょうか…?」
 麦茶へと視線を落としたままの少年は、一呼吸置いた後、また口を開いた。
 その問いに、フェンドは黙ったままでいる。
 すると少年は、また溜息を吐き抱えたままの麦茶を喉へと通す。胸の痞えを取り除くかのように。
「…僕には、双子の姉がいました…」
 開け放しの窓から流れてくるのは、夏の音。その音に反応するのは、吊るされた数々の風鈴たちだ。
 フェンドはただ黙ったまま、語りだした少年の言葉に耳を傾けた。
「どうして過去形なのかというと…僕の姉は、生まれて5日ほどで死んでしまったから、なんです。…僕と一緒に生まれてきて…一緒に生きていくはずだったのに」
 少年は表情を歪ませ、静かにそう続けた。輝きの無い瞳には、後悔のような色が浮かび、悲しみと綯交ぜになりながらゆらりと動く。
「…誓いを、したんです」
「誓い?」
「……信じてもらえないかもしれませんが…僕は前世の記憶を持って生まれてきました。…前世で僕と姉は…恋人同士でした」
 フェンドが続きを促すと、少年は真実味から少しだけ離れた内容の話を続ける。だがフェンドはからかいもせずに、彼の言葉をまた待つ。
 見えない扉を開ければ、様々な能力を持った者はこの世には数え切れないほどいる。フェンドにとっては今更、驚くことでもないし、珍しい話でもないからだ。
「…反対された関係でした…本当にもう、遠い昔の話です。だけど、どんなに反対されても、僕たちは…お互いを想う気持ちを捨て去ることが出来なかった…」
 ことり、と麦茶の入ったグラスを目の前の小さなテーブルへと置く少年。
 俯いたまま、両手を額に持って行き、膝に肘を置く。次の瞬間からか…少年を纏うオーラが変わっていくのをフェンドは感じ取っていた。
「…彼女は家の決めた許婚の元へと嫁がなくてはならなくなり…。僕はそれに逆らうことが出来なかった。だけど…彼女は最後まで抵抗して…僕と一緒になれない、なら、と……っ」
「――自殺した…ってか…」
「…………!!」
 少年は顔を覆ったまま、言葉を詰まらせる。それを続けたのは他でもないフェンドだ。そして事実を当てたれた少年は耳を塞ぎ、首を振る。
「…目の前にいながら、僕は何も出来なかった…!彼女は目に涙を浮かべたまま、それでも…笑って…ッ…短刀で、…胸を…突いて……」
 少年は泣いていた。
 …オーラが変わってから、気がついていた。フェンドの目の前にいるのは此処に訪れた少年ではない。姿はそのままだが『音』が違う。つまりは、少年が言っていた彼の前世の存在が、何らかの原因で蘇ってしまったのだろう。否、もしくは未練を強く残したままで、未だに少年の記憶に巣食っているのか…。
「……そん時に、誓ったのか。来世でも逢おうって。今度こそ、近しい存在であるようにって…」
「そう、です…。息も絶えだえだった彼女は…僕の手を取り言いました。今度は血の繋がった者同士がいい。そうすれば…いつも一緒に…離れる事が無いから、と…」
「――…兄ちゃん、見な。これがお前さんの…風鈴だ」
 何処から取り出したのか、フェンドの手には一つの風鈴があった。
 それはアメシストの色合いの…美しいものだった。小さな雫が描かれているのは、彼と彼女の涙なのだろうか。

 ――リー…ン…。

 風鈴は小さく鳴った。
 そして次の瞬間には、顔を上げた少年の目の前に広がる、半透明の映像。
「…………!」
 少年は涙を拭くことも無く、その映像を見つめていた。
 視界から脳裏へと届くのは、生まれたばかりの赤子の姿。
 赤子は幸せそうに眠っていた。そして…その姿はゆっくりと形を崩し、一瞬にして着物を纏った少女へと変容していく。
「……あ…!!」
 少年は目を見開く。その少女に見覚えがあるのだろう。
 少女は少年を見つめるかのように微笑み、そして涙を流している。

『…違ったね。姉弟で生まれてきても、私たちは幸せにはなれない。一緒にはいられない。あの時の誓いは…間違っていたのよ。だから…私は…』

 声が、聴こえた。
 少年は口を開いたが何も言うことが出来ずにいた。ただ止め処なく溢れてくるのは、彼女への想いと、涙だけ。
 そして目の前の映像は泡のように消えていき…風鈴は高い音を響かせて、砕け散った。
「…………、てる…から…っ」
 少年は再び顔を覆い、吐き出すように声を絞り出す。
 フェンドはただ静かに、その少年を見下ろしていた。
「…待ってるから……どんな姿でも…きっと見つけるから…!」
 少年はそれだけを言うと、泣き崩れてしまった。大げさにも見えるが、それほど、彼にとっての彼女と言う存在は…全てだったのだろう。フェンドはそれを、解らない人物ではない。理解できなければ、風鈴屋など、最初からやってはいない。
 声を殺してなく少年の肩に、ぽんと手を置きながら、フェンドは彼が落ち着くまで黙ったままでいた。



「……人の寿命というものは…定められているんですよね、最初から」
「そうだな。だからお前さんの姉さんは、本当に短かったが、それでもきちんと人生のレールへと乗った。『自殺』だと思うなよ。生まれたばかりの赤ん坊が、そんなドデカイ思い抱いて死ぬことなんざ、出来ねぇんだしな」
「…はい。僕も、そう思います」
 落ち着きを取り戻した少年は、元の『少年』に戻っていた。先ほどまでの『彼』は記憶の底に帰ったのか、それとも昇華したのか…。
「その、取り乱してしまって…すみませんでした」
「いや、かまわねぇさ。半分はお前さんのせいじゃねぇだろ。ほら、顔上げな。…胸の痞えは取れたかい?」
「……はい」
 少年が深々と頭を下げ謝罪をすると、フェンドは苦笑しながら頭を上げさせる。
 すると少年は小さく笑い、こくりと頷いて見せた。
「此処へたどり着くことが出来て、本当に良かった。これで僕も…前へと進むことが出来るように思います」
「……迷わずに、な」
「――はい」
 フェンドが後押しのように紡いだ言葉に少年は、力強く答える。
 その返事に満足したかのようにフェンドは、にっと笑った。
 バッグをしっかりと肩に提げた少年は、その後静かに『琳琅亭』を後にする。
 フェンドに見送られながら。

 もう二度と、辿り着けない風鈴屋。

 少年は『また来る』、とは言わなかった。本能で解っているのか、それとも――。
「……今年も、まだまだ暑い日は続きそうだなぁ…」
 空を見上げれば橙色に染まっていた空は、徐々に藍色に塗り替えられようとしている。
 フェンドは夏の匂いを体で感じながら、苦笑しつつ独り言を漏らした。
 そして店内へと戻るとそこには先ほど砕け散った風鈴の欠片が、ひっそりと光る。少年の誠実さと心の平和を映し出すかのように。



-了-


----------------------------------------------

セイ・フェンドさま

ライターの朱園です。この度はご指名頂き有難うございました。
発注をいただいた時からとても緊張して、最後まで悩みました。
原則には触れないように努力したつもりですが、反則のような内容になってしまい申し訳ありません。
それでも少しでも楽しんでいただければ…幸いに思います。

ご感想、ご意見などよろしければお聞かせください。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
またお会いできることがあれば、よろしくお願いいたします。


朱園ハルヒ

※誤字脱字が有りましたら、申し訳有りません。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.