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『必ず来る、「きっといつか」の為に 』
海原・みなも1252


 明日は日曜日、久しぶりに予定のない休日。天気予報によると晴れ。
 何をしようかな。夏らしくお部屋の模様替えをしても良いし、お姉さまたちも空いていれば、一緒に街へお買い物なんかも楽しそうだ。ちょうど、夏物のお洋服が出始める頃だし。お天気だって言うし、朝からお洗濯大会をしても良いかも。でも、ほんとはもっと違うことをしたほうがいい気もする。それが何かは、わからないけれど。
 海原・みなも(うなばら・みなも)がそんなことを考えていた土曜日の午後、ピリリっと、携帯が鳴った。
 液晶に表示されるのは、みなもが所属している人材派遣会社の番号。
「はい、海原です。いつもお世話になってます」
 電話を取りながら、みなもは律儀にも、相手には見えないというのにぺこりとお辞儀をする。
 みなもの挨拶に対して、また急で申し訳ないんですが手配していた人が急病で欠員が出てしまって――、と申し訳なさそうな担当者の声が返って来るのは最早お約束だった。
 その次は当然、代役をお願いしたいんですが、と来る。他に頼めそうな人が居なくて、と言われて断われるみなもではない。
 というわけで、みなもの明日の予定は「アルバイト」に決定した。


「ここ……でしょうか」
 早朝。予報どおり快晴の空の下、みなもはイベント会場の入り口を見上げた。
 都内だが初めて来る場所である上、イベントホールとしては中規模な、あまり有名でもない建物なので名前を聞いただけではわからず、携帯メールに添付画像で送られてきた地図を頼りにやって来たのだが……周囲にあまりにも人気が無くて、少し不安だ。
 入り口にはアーチ仕立ての看板が出ている。そこには『下町生まれの技術展〜21世紀を担う〜』と書かれていた。
「うん、間違いないようですね」
 イベント名を確認して、みなもはひとまずは安堵の息を吐いた。駅からの道がけっこう入り組んでいて、少し遠回りしてしまった。迷った時のために、と早めに家を出たのだが、結局今は約束の時間の5分前。今から建物に入ったとして、ギリギリセーフだ。
 確か、スタッフ用の入り口は裏だと聞いている。きょろきょろと周囲を見回しながら裏へ回ったみなもは、そこにあった光景に目を瞬いた。
「わあ……」
 裏口の周辺ではスタッフらしき作業服を来た人々が忙しく行き交って、てんやわんやだ。手に手に、工具箱やみなもの見たこともないような道具を持って、なにやら口々に専門用語を言い合っている。駐車場には常に車が出入りしているような状況。正面入り口周辺の静けさが嘘のようだ。
「ねえ! あなた、代理で入ってくれる海原さんよね?」
 すっかり圧倒され、裏口の扉の前でぽかんとしていたみなもは、背後から声をかけられて飛び上がった。
「はいっ!?」
 振り返ると、歳の頃二十歳くらいの、きれいなお姉さんが立っている。どこかで見た顔だ……と思ったら、以前、ペット博覧会で一緒に組んで仕事をしたお姉さんだ。あの時はトラ猫の衣装を着ていたが、今は私服なので、わかるまで少し時間がかかった。
「ああ、お久しぶりです。あの時はお世話になりまし……」
「堅苦しい挨拶は後で後で! もうすぐイベント運営さんのほうからの説明と、うちらの雇い主の企業さんとのミーティングがあるからね。それまでに着替えなきゃいけないのよ、早く入って!」
 お姉さんは会釈の途中のみなもの腕を取り、会場の中へと引っ張り込んだ。
 着替え。そう言えば、コンパニオン系のお仕事だと言われていましたっけ……。お姉さんに連れられて、みなもは控え室に入った。ロッカーの並ぶ室内には、意外と人が少ない。
「今日のはね、町工場や小さい会社なんかが、全国から集まって開発製品をお披露目するイベントなの。地味な製品が多いからかしらね、コンパニオンを使う展示のほうが少ないみたい。うちら、目立つわよう」
 緊急に交代で入ったみなもと違い、お姉さんのほうは前もってある程度は段取りを聞いているらしい。
 ほら着替えて、と渡された衣装は、ちょっと見黒に見えるくらい、深い紺色のレオタードだった。
 その色と相俟って、雰囲気はちょっとスクール水着チックだ。生地が少し分厚くて重い。身に付けてみると、少し肌がひやりとした。
「あと、靴はこれでー」
 レオタードを身に付けたところで、次は太腿の半ばくらいまである超ロングブーツを渡された。これがピンク色で、光沢のあるエナメル製と来ているので、履いていればこれだけでもかなり人目を引くことが予測される。足のサイズさえ合えば大丈夫なように、であろうか、ブーツの背面はリボンの編み上げになっている。リボンを引っ張り、脚にぴったりになるように調節してから、みなもは立ち上がった。編み上げの隙間から肌が覗くデザインなので、脹脛から太腿まで、ちょっとスースーする。
「腰にコレつけて完成ね」
 と、お姉さんはみなもに最後のパーツを手渡した。
 それは、片手くらいの大きさの、平たい円盤だった。メタリックカラーに彩色されているが、材質はプラスチックらしい。裏面には接続端子がついている。衣装のウエストの両脇に、少し硬いところがあって、その端子に合いそうな差し込み口がついていた。どうやら、この円盤はウエストの両脇につけろということのようだ。よく見ると装飾であるだけでなく、右は何かのスイッチ、左は何かのダイヤル……になっている。
「うーん……SFモノのアニメに出てくる女の子みたいなカッコねえ。なんか懐かしい」
 お姉さんは自分もちゃっちゃと衣装を身に着けて、鏡の前でくるりと回って楽しそうに言う。もしかして、色んな衣装を着るのが好きで、コンパニオンのバイトをしているのかもしれない。因みに、お姉さんの衣装は、ブーツの色が黄色。周囲を見回すと、色違いの同じ衣装を着ているお姉さんが他にも三人いた。そっちは、水色と薄紫と黄緑だ。
「会場説明しまーす。集まってくださーい!」
 着替え終わって外に出ると、会場となるホールの手前で、スタッフ証をつけた女性がコンパニオンたちを集めていた。
 渡されたのは各企業のブースの配置図である。お手洗いや休憩所の位置も書き込んであった。
 スタッフの女性に、開場時間やイベント進行についての説明を受けながら、みなもは必死で配置図を頭の中に入れた。経験上、スタッフとして会場内に立っていれば、必ず「トイレどこですかー」とか「自販機ありますか?」とか、訊いてくるお客さんがいる。みなもとしては、その時「わかりません」では、ちょっといけない気がするのだ。
 一通りの説明を受け、今日一日コンパニオンを務めるブースへと向かうと、穏やかな顔をした白髪の男性がみなもたちを待っていた。
 彼が、今日ここに展示される新製品の開発者だと言う。
「あの……新製品って?」
 思わず、みなもはブースの中を見回した。新進気鋭の液晶開発メーカーだと言うので、てっきりパソコンのディスプレイだとかが置いてあるものだと思っていたのに、特にそういうものが見あたらないのだ。
「ああ。これです、これ。……ちょっと失礼しますよ」
 開発者の男性は、みなものウエストに手を伸ばすと、銀色の円盤の真ん中を押した。
 カチ、と音がして、次の瞬間、みなもの全身に――正確に言うと、着ているレオタードの表面に、青白い光が走った。
「えっ!?」
 全体がそんな風に光ったのは一瞬のこと。ウェストの円盤から、カリリ、とハードディスクが動くような音がし始めると、光は穏やかなものになった。
 今、レオタードの色は光を帯びた深い青だ。この感じは、ちょうどそう、携帯やパソコンの液晶画面の光り方に似ている。
 そう思ったみなもの胸元に、青白く、デジタル数字が浮かび上がった。
「09:31」の「:」の部分が数回点滅した後、表示が「09:32」に変わった。
「これ、時計……ですか?」
 目を丸くして、みなもは自分の体を見下ろした。ご丁寧に、おなかの上ではアナログの時計盤が現われて、長針と短針と秒針が追いかけっこをはじめていた。
「うんうん、やっぱり良い出来です」
 そんなみなもを見て、開発者の男性は嬉しそうに目を細めている。
「これ、うちの素子を使っているんですけどね。液晶パネルを、こういった布状のものに展開するのに苦労しました! いやー、もう何十年と前からこういうのは作りたかったんですけどね。まるでSFみたいですよねえ、僕が生きている間にまさか作れるとは思いもしませんでした!」
「はあ……」
 情熱的に語る開発者の前で苦笑するみなものお腹からは、チクタクと秒針の音までする。衣装のどこかに、スピーカーも入っているらしい。
 他のお姉さんたちの衣装にもスイッチが入った。みなもを案内してくれたお姉さんのお腹の上では、白い子猫がボールを追いかけて走り回っている。
「とまあ、今日宣伝するのはこういう製品なの。私たちは事前に色々お話聞いてるんだけど、海原さんは急遽来てもらった代役だし……製品の説明なんかは、私たちに任せてね」
 お姉さんに言われて、みなもは頷いた。今日のみなもの仕事は、この「布状液晶ディスプレイ」を披露しつつのパンフレット配布、名刺の受け取りなど、ということになるようだ。
 休憩の順番やなどを打ち合わせているうちに、やがて、開場の時間が来た。


 これ、一体何に使うんでしょう――と、レオタード型液晶についてみなもが抱いた疑問は、会場にお客が入って来始めてすぐに消えた。
 ブースにやってきて、パンフレットと引換えに名刺を置いていく人たちの肩書きは、空間演出家や、レジャー施設の経営者や、広告代理店の企画者といったもの。
「……お洋服に映像が映ってたら、きれいだし、目立ちますもんね」
 お昼を過ぎて、ひっきりなしに訪れていたお客が少し途切れたところで、みなもはしみじみと呟いた。
 淡く光る服は、確かにアートだとか広告ディスプレイだとかに利用するにはもってこいだ。
 開場直後よりは幾分落ち着いたとはいえ、ホールの中は人でごったがえしていた。展示物を見る人々の目は、どれも真剣そのもの。
 その様子に、みなもは何か圧倒されるものを感じた。
 今日のこのイベントをきっかけに、色々な企業の間で取引が行われることになるのだろう。不景気だとは言っても、こんな風に活気のある人たちだって、たくさんいるのだ。
「ただいま〜。つぎ、海原さん休憩入ってね」
 お姉さんがお昼の休憩から戻ってきた。レオタードの中には相変わらず、ちらちらと子猫の画像が走り回っている。
 順番では、次はみなもと開発者の小父さんが休憩の番だ。
 関係者用の休憩室で、みなもは彼と向かい合って遅い昼食を摂ることになった。
「その服、ちょっと暑いでしょう。ご飯の間はスイッチを切っておいても良いですよ」
 言われて、みなもはウェストの円盤のボタンを押した。シュン、と音がして、衣装は元通りの深い紺色に戻る。ふう、とみなもがくつろいだ息を吐くのを見て、開発者の男性は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ちょっとだけ、普通の液晶に比べて発熱しやすいんですよね。そこが今後の課題なんです」
 申し訳なさそうではあるが、製品にまだ改良すべき点があることについて、気鬱に思っている様子はない。むしろ、楽しそうに語るのを聞いて、みなもは目を瞬く。
 今朝、会場の裏口前で感じた、圧倒される感覚。それと同じものを、今感じたのだ。
 その理由は、少し考えればすぐにわかった。
 やるべきこと、やりたいことを持っている人を目の前にして覚える、コンプレックス。
「あと、服としてはちょっと思いし、布地も硬いでしょう。着用者の快適度を向上させて……それから、もっと発色も綺麗にさせたいんですよね〜」
 おにぎりをかじりつつ語る小父さんの目は生き生きと輝いている。もう60歳も過ぎようという年齢ではないかと思われるというのに、口調も仕草も若々しかった。
「……すごいですね」
 みなもは呟いた。はい?と聞き返されて、少し悲しそうに笑う。
「そんな風に目標を見据えてお仕事をしていらっしゃるのって、すばらしいです」
「まあ、好きですからね。定年を蹴って開発職に居座ってしまうくらい」
「こんなことを言っては失礼かもしれないんですが、羨ましいです。あたしは、この先そんな風に夢中になれるものを見つけられるかどうか……」
 高校受験のこと――なら、少しは考えている。けれど、そんな目先のことではなくて、その先は?
 自分は一体何がしたくて、何になりたいんだろう。今のところ、みなもには胸を張って言えるような「人生の目的」がない。
「いや、そんな……大層なものではないですよ。なにしろ、私が布状液晶ディスプレイを作るきっかけになったのが……」 
 小父さんは照れたように頭を掻いた。そしておもむろに、言った。
「ピンキー・ポポ」
「……は?」
 その聞き覚えの無い単語に、みなもは首を傾げた。
「お嬢さんくらいの歳なら、知らないでしょうねえ。20年くらい前のね、女の子向けのアニメです」
「……はあ」
 それが、製品開発と何の関係があるのだろう。不思議そうなみなもに、小父さんは恥ずかしそうに頭を掻き掻き続けた。
「ステッキを振って、魔法で色んな衣装に変身する女の子の話なんですよ。小さかった娘が、大好きで……それで、『私も変身したい!』ってうるさくて。しかも、『着替えるんじゃなくてピカっと光って一瞬で変わるのがいいの!』って言うんですよねえ」
 それを聞けば、なんとなくみなもにもわかった。
「もしかして、この液晶で『魔法の変身』を再現しようと?」
「もう、今では娘も『魔女ッ子』になりたいなんて言う歳ではなくなったんですけどね。まあ、あの頃に考えていた夢物語だけが、今こうして実現したというわけですよ」
 はは、と笑って、小父さんは肩を竦めた。
「だから、まあ、きっかけなんて、馬鹿らしいもんなんです」
「きっかけ……ですか」
 呟いて、みなもは思った。いつか、そんなきっかけが自分にも訪れるだろうか。
「海原さんは、まだ中学生ですよね。そして、いろんなことに挑戦してるでしょう? 今日のこのアルバイトだってそうです。頑張りやさんのところには、きっといつか必ず、きっかけがやってきますよ」
 まるでみなもの胸中を見越したようなことを言って、小父さんはお茶をすすった。
 おにぎりをかじりながら、みなもは会場の活気を思い出す。ブースの中の人も、熱心に話を聞いている人も、みんな――あたしみたいに、焦った時期があったのかしら。
 昼食を終えて帰ってみると、ブースはまたもや人でごった返していた。
 小父さんは慌てて製品説明に戻り、みなももせっせと応対に回る。
 お姉さんたちも忙しそうだ。
 みなものレオタードにはもちろん、再び、デジタルとアナログの時計が表示されている。
 ちくたくちくたく、針の動く音。じっとしていたって、時間はどんどん過ぎていってしまうことを示す音。
 あたしにも、いつか、きっかけが。それを見逃さないように、いつも今を大切にしなくちゃいけない。
「いらっしゃいませ。パンフレット、こちらになります!」
 思い切りの笑顔で、みなもは客人を迎えた。


                                        END













+++++++++++ライターより++++++++++++
 いつもお世話になっています。
 雰囲気を崩すかもしれない……と思いつつ、コメントを付けさせていただきます。
 布状液晶、もしあったらパレードの衣装だとか、街頭宣伝だとか、利用価値がありそうだな……と思いながら書かせていただきました。
 衣装の雰囲気はSF調魔女ッ子…な感じでイメージしています。
 みなもさんの悩みを表に出しすぎた気がします。イメージにそぐわない部分などありましたら、もうしわけありません。
 楽しんでいただけましたら幸いです。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月25日

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