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『今のところは…… 』
和泉・大和5123)&御崎・綾香(5124)






「しまった……」

 机から顔を上げて、和泉 大和とは珍しく呆然と呟いた。そんな彼を尻目に、英語教師は颯爽と教室から出て行った。教師が出て行くと同時に生徒達が動き出し、当然とばかりに、この日の日直が黒板の文字を消しに掛かる。

「あ…!」
「ん?大和、どうかしたか?」
「………いや」

 黒板を消していた生徒が、大和が反射的に上げた声に反応して振り返る。大和は、諦めたようにノートと教科書を鞄の中に仕舞い込んだ。

「……お前、ノート取ったか?」
「ノート?ハハ、この俺がか?言っておくが、俺が英語で赤点を取らなかった事は無いぜ?」
「威張るなよ」

 溜息をつきながら教室内を見渡す。何人かの友人の顔が視界に入るが……ダメだ。未だに寝ている奴までいる。本日最後の授業を寝て過ごしたいというのは分かるが、今日ばかりはそんな友人ばかりだというのが恨めしくなった。

「何だ。居眠りでもしたのか?」
「ああ、久しぶりにな」
「このクラスの男子じゃ、たぶん取っている奴なんていないぜ?女子に見せて貰えよ。俺はいつもそうしてる」
「あのな、ノート貸してくれるような仲の女なんて……」

 そこでふと、静かに掃除用具を手に取る御崎 綾香が見えた。一緒に当番になった女生徒達は、少し遠巻きにしてキャッキャと雑談に花を咲かせている。
 綾香はそんな女生徒達と関わる様子もなく、黙々と掃除を開始した。掃除を黙々と始める綾香を見て、大和は「居たな」と呟いた。

「どうした大和?」
「まだ居たのか、お前」
「ひ、酷……まぁ良いか。部活には遅れるなよマネージャー」
「ああ」

 出て行く日直。話を切り上げると同時に、大和は鞄を持って席を立った。そして教室の後ろでゴミを集めている綾香に話しかける。

「御崎、ちょっと良いか?」
「見ての通り掃除中だが」
「大事な事なんだ。頼む、終わってからでも良いから聞いてくれ」
「だ、大事な?……分かった。だが、ここではちょっと……」

 至って真面目な顔で言ってくる大和に、綾香は少々ドギマギしながら答えた。周りの生徒達は、突然の大和の狼藉ぶりに唖然としている。無理もない。綾香はクラス、学年問わずに『高嶺の花』として見られ、いわば隠れアイドルなのだ。その綾香に向かって、『大事な話』などとは………注目されないと思う方がおかしい。
 そんな周囲の視線に気が付いたのか、大和は頬を掻きながら………

「そうだな………それなら、いつも通りに帰りで良いか?」
「分かった。それなら良い」

 綾香が頷くと、大和は「ありがとな。じゃ、俺は先に部活に行ってるから」と言って、サッサと教室から出て行った。残された綾香は、しばらく教室の扉を見つめていたが、周りからの視線が集まっているのを感じて正気に戻り、好奇の視線の中で手早く、いつもよりもペースを上げて掃除を完了させて、自分も教室から脱出した……









「御崎、ノートを貸してくれ」
「………………………………」

 大和は、綾香と合流するなりそう言った。不意を突かれた綾香は、今日、教室で大和が言っていた『大事な話』と言うのが、今の科白の事だというのに気が付くまで数秒を要した。大和は綾香が黙っているのを見て、とりあえず居眠りをした事を話した。同時に、クラスの友人にはだらしないのが多い事とかも含め、頼りになるのが綾香だけだという事を告げる。綾香は、小さく溜息をついて溜飲を下げた。

「それに、月曜日の英語、小テストだろ?今日のノートは必要なんだ」
「………仕方ないな。だが、ちゃんと返せ」
「悪い、ちゃんと明日には返す。御崎も、ノートがないと困るだろ」
「何?」

 鞄からノートを取り出して渡した綾香は、大和の「明日には」の部分に反応して、訝しんだ。明日は土曜日、そしてその次は日曜日だ。休みの日で学校はない。ならば一体どこで渡すというのだ………

「まさか……」
「御崎神社だよな?明日の昼には行くから……そうだな、あまり早く行って昼飯時に行ったら迷惑だし、少し時間を遅らせて、二時ぐらいには間に合わせる」
「家に来るつもりか!?」

 当然のように言ってのける大和。だがその内容は、綾香にとっては相当な衝撃だった。綾香の家は厳格である。神社という事もあって、綾香の家族は古風な者ばかりだ。そこに、ノートを届けるという用事があろうが無かろうが、大和が来るとなると……

「そりゃそうだろ。家も遠くないし、外で待ち合わせる事もないだろ」
「それはそうかも知れんが……」
「じゃ、明日の二時ぐらいにな」
「ま、待て!」
「カー助も連れて行くからな」

 言うだけ言って、ノートを持って行ってしまう大和。綾香は柄にもなく狼狽し、ちょうど通し掛かった自分の実家である神社への階段と、大和の後ろ姿を交互に見比べていた………






 綾香の家は旧い神社をやっている。そのため、御崎家の本宅も同じように古い物だった。神社の陰に隠れるかのように建っている家、厳格な決まりを守っているだけあって、なかなか年期が入っている。神社としての風格もバッチリだった。

「綾香さん。ちょっと落ち着きなさい。先程から忙しない……」
「は、はい。お祖母様。申し訳ありません」

 御崎家の居間(畳部屋)で、綾香はそわそわと立ったり座ったりと落ち着きがなかった。今日は今朝からずっとこうだ。昼を過ぎても直らない綾香の落ち着きのなさを、とうとう居間で静かにお茶を飲んでいた祖母が窘めた。祖母は着物を着こんでおり、ゆっくりとお茶に舌鼓を打っている。綾香の両親と比べて穏和な祖母は、ほのぼのとした雰囲気を漂わせてお茶菓子に手を伸ばした。
 綾香は、慌てて四角い大きなちゃぶ台に向かって座っている祖母の、反対側に来るように座った。だが、それでもキョロキョロと、玄関の方向を特に気にして落ち着きを取り戻していない。
 そんな綾香を見ながら、祖母は残ったお茶を飲み干した。

「綾香さん、そんなに落ち着き無く…どうかしたのですか?」
「いえ、特に何も…」
「そうですか、言いたくないならそれで良いです。では、お茶のお代わりをお願い出来ますか?」
「あ、はい」

 綾香は立ち上がって、祖母が使っていた湯呑みを持って台所へと歩いていく。祖母はその後ろ姿を見送ったが、綾香が台所へ消えると同時に玄関の方からチャイムが鳴り、そちらの方へと視線を向ける。それと同時に台所から、ガチャンガチャンと、聞いてて不安になる音が聞こえてきた。
 綾香が慌てて顔を出すが、茶を頼んだ祖母がその綾香をジッと見ているため、出るに出られず、母が玄関に向かうのを見送るしかなかった。不安顔になって、前にも増してオロオロしだす綾香を眺めながら、祖母はふと、何かに思い至った。
 それを裏付けるかのように、玄関で何やら簡単に問答をしていた綾香の母が居間に入ってきて、祖母に耳打ちした。祖母はそれを聞いてから、綾香にも聞こえるように「ここにお通しなさい」と、そう伝える。そして台所に立つ綾香に「お茶と一緒にお茶菓子を用意しなさい」と言ってきた。

「は、はい」

 返事はしながらも、心の中は狼狽気味だった。覚悟は決めていたはずなのだが、どうしても不安になる。そもそも、ノートの受け渡しだけならば玄関で会うだけで十分だったはずだが、今まで綾香を訪ねて男性がこの家を訪れた事は一度もない。それが来たのだ。
 綾香の事を特に大事にしてきた家族が、放っておく訳がなかった。

(あの男が、失礼な事をしませんように!)

 心の中で強く祈ったが、居間から台所に入ってきた母が「家族分のお茶も用意するように」と言ってきた事で、自分が思っていたよりも、ずっと深刻な事態になりつつある事を感じていた……









「えっと、こっちで良いんだよな」

 御崎神社の境内で、大和は神社の裏手に回ってみた。普段はそこは誰も行かないが、今日の大和はそっちに用があった。手には綾香のノートとお菓子の入った紙袋を持っている。流石に人の家に行くのに、手ぶらでは失礼だろうという配慮だった。
 白鴉のカー助は、そんな大和の後ろをトコトコとくっついて歩いてきていた。

「お、ここが玄関だな」

 神社の裏手に回ると、そこには一軒家が建っていた。結構古そうだ。神社の裏にあるだけあって、周りは高い木々に囲まれており、少なくとも境内からは見えないように配慮されていた。
 扉横の壁にあるボタンを押すと、中でチャイムが鳴る音が聞こえてきた。少し待つと、扉がガラガラと開いて、中から「お待たせいたしました」と中年の女性が顔を出した。綾香の母親だろうと見当を付け、大和は小さくお辞儀した。

「初めまして、御崎さんのクラスメイトの和泉 大和と言います。御崎さんは居られますか?」
「綾香ですか?ええ、居りますとも。少々お待ち下さい」

 綾香の母親が奥へと引っ込んでいく。大和はその間に、家の中に入ろうとしているカー助を外に閉め出して扉を閉めた。綾香には連れて行くと言っておいたが、それでも家の中に鴉を入れるのは気が引ける。家族も、良い顔はしないだろう。

「お待たせしました。立ち話も何ですので、どうぞお上がり下さい」
「良いんですか?」
「はい。綾香もお待ちしております」

 丁寧な物腰で言われ、大和も上がる事を決めた。出来るだけ丁寧に靴を脱ぎ、案内されて居間へと通される。そこには、祖母と思われる着物姿の女性が、微笑みながら大和の事を待っていた。

「さぁ、どうぞこちらへ。今、綾香がお茶を持ってきますから」

 お祖母さんが、大和の事を手招きする。大和はそれに従って、ちょうど真向かいに来るようにちゃぶ台に座った。
 そこに、綾香が現れる。何故か七人分の湯呑みを用意してきた綾香は、大和の前に「どうぞ」と言ってお茶を差し出した。そして、そっと大和に耳打ちする。

(何で上がってきたんだ。玄関に呼べばいいだろう?)
(上がってって言われたからな。断るのも失礼だろ?)

 平然と答える大和に、綾香は本日何回目になるか分からない溜息をついた。大和はそんな綾香の新庄に気が付く事もなく、湯呑みに手を伸ばす。祖母は、綾香と大和を交互に見て、何やら微笑んでいた。

「綾香さんも座りなさい。色々話がしたいですから」
「はい。分かりました」

 祖母に言われ、綾香はとりあえず大和の隣に距離を開けて座った。母はその場にいなかったが、綾香には何処に何しに行ったのかが分かっていた。母は、わざわざ家族全員を呼びに言ったのだ。でなくば家族分のお茶など、催促すまい。
 綾香の予想は正しく、祖母と大和が談笑している所に、母親だけでなく父親、そして何と二人の兄までもが居間に入ってきた。そして、大和をジッと見てから、「失礼する」とだけ言って、何と全員が祖母の側へと座り込む。
 これではまるで………

(何だか空気が重くないか?)
(気、気のせいだ)

 いつもと何も変わらない様子の大和が、こっそりと綾香に聞いた。綾香にしてみれば、その会話だけでも恐々ものだ。祖母は、他の家族が来ても相変わらずだった。綾香の両親は、少々見ていて怖い。二人の兄は、あまり興味がないのか、二人とも湯呑みを手にして、少し赤面している綾香を観察していた。

「和泉君と言ったね。私は綾香の父親なのだか……話を良いかな?」
「はい、勿論良いですよ」

 大和はしどろもどろになっている綾香を尻目に、普段のぶっきらぼうな口調と変わって、丁寧に父親からの問いに答えていく。母親も、その合間を縫っては、学校の事や大和の家の事まで聞いてきた。もはやこれは質問攻めとも言うまい。端から見ていれば尋問である。
 それらの問いに、大和は持ち前の胆力を発揮し、堂々と答えていた。この程度で動揺するような事はない。こと精神的な強さでは、大和に匹敵する者は、そうは居ないかも知れない。
 祖母は二人の様子を見つめながら、何やら嬉しそうに微笑んでいた…………





「すまないな、今日は」
「ん?良いって、楽しかったし。気にするな」

 暗くなった神社の境内で、綾香は大和に謝り、大和はあくまで穏やかに答えた。大和は気にしていないようだったが、綾香はかなり精神的に参っているようである。白鴉のカー助も、外に閉め出されて随分経つからか、賽銭箱の上で眠っていた。
 そんなカー助を撫でながら、綾香は思う。
 あれで楽しかったのだろうか?と。
 あれからも家族は大和を質問攻めにし、夕刻になってようやく祖母が止めに入ったのだ。両親は渋々としていたが、それからは、特に大和にああだこうだと言ってくるような事はなかった。
 どうやら、大和と綾香の事は黙認する方向になったらしい。綾香の祖母は、妙に大和の事を気に入ったらしく、玄関へと向かう大和に「またいらっしゃい」と言ってくれていた。

「本当に楽しかったのか?」
「ああ。そうでなくとも、有意義だったしな。お祖母さんには気に入られたみたいだし、他の家族も黙認してくれるみたいだし…………これって家族公認ってことか?」
「なっ?何を公認するんだ!?」

 大和のぼやきを聞いて、真っ赤に赤面させて怒鳴る綾香。暗いはずなのに、ハッキリと分かるまでになったそれを見て、大和は面白そうに笑った。

「そうだな。ん〜……じゃ、『公認ボディーガード』って事にしておくか。今のところは」
「『しておくか』?『今のところは』!?」
「さてと、カー助はお疲れみたいだしな。じゃ、ノートありがとうな。お祖母さんに預けておいたから。後で受け取っておけよ」
「な!?」

 ノートの事をすっかり忘れていた綾香は、驚いて声を無くす。その間に、カー助を紙袋の中に入れて境内の階段を下り始める大和。

「また学校でな。勉強頑張れよ!」
「あ、ああ!そうだな」

 階段の途中で足を止めて言ってくる大和。綾香は階段の下まで降りようとはせず、その後ろ姿を見送りながら、先程大和が言ったばかりの科白を反芻していた。

「……『今のところは』……か」

 考え込む綾香。それを考えると、これから、今度は自分が質問攻めになる可能性もあったが、それも何とか乗り切れるような気分になる。
 結局、今日は落ち着ける事のない一日になるとばかり思っていた綾香だが、それでも、決して悪い一日じゃなかったと星空を振り仰ぎ、そして家族の待つ家へと戻っていった……











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5123 和泉・大和(いずみ・やまと) 男性 17歳 高校生
5124 御崎・綾香(みさき・あやか) 女性 17歳 高学生
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■         ライター通信          ■
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 毎回毎回ありがとうございます!メビオス零です。
 これで四度目でしたっけ?本当にありがとうございます。
 さて、今回は御崎家族登場ですが、祖母以外はろくな描写がありません。その祖母もお茶飲んで笑ってるのがほとんど……う〜ん、祖母さんは良い人だ。きっと二人の仲を応援してくれる事でしょう。
 何だか、今回の綾香は終始戸惑いと狼狽ばかりですね。可哀想ですが、彼女よりも大和の方が精神的に強いでしょうから、しょうがないかも知れません。ただ単に鈍いだけかも知れませんが……
 なんだかんだでラブコメ風味?になってしまいました。………真面目な物(本)を読んでみようかな〜と思う今日この頃。
 何だか反省点(?)ばかりです。毎回同じ様な気もしますが、申し訳ありません。
 お手紙の方は毎回読ませて頂いておりますので、また、今回も頂けたら幸いです。

 では、またの機会を頂けたら、今度はかなり余裕を持って書けると思いますので、気合いを入れて取り組ませていた出します。
 改めて、今回のご依頼、ありがとうございました。(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月25日

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