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『糸 』
マイ・ブルーメ0126
●休日の偶然の出会い
 それは東欧のとある街――名前を挙げれば少し思案してから分かる者と、やっぱり分からない者とに二分されるくらいの規模の――での出来事。今から数年ほど前、休日の昼下がりの話だ。
 その日、この話の中心たる少女であるシスター、マイ・ブルーメは公園の石畳の道を歩いていた。穏やかな天気だったからだろうか、風に誘われるまま近くの散策に出かけていたのだ。
「いいお天気……」
 空を見上げるマイ。頭上には雲一つない青い空が広がっていた。のんびりと散策するにはもってこいの日であろう。
 今居る公園も人はまばらで、休日にしては静かなものであった。
「えーん、えーん……」
 ――静か?
 訂正しよう。公園は休日にしては静かなものだったが、それがいつまでも続く訳ではない。マイの耳に女の子のものであるだろうか、悲し気に泣いている声が聞こえてきた。
 足を止め、マイは辺りを見回した。泣き声の大きさからしてそう遠くはないと思えたが、それらしき姿は見当たらない。死角になっているのかと思い少し先へ歩いてみた所……見付けた。
 見た感じ5、6歳といった所だろうか。質素な衣服に身を包んだ女の子が、マイに背を向ける形で泣き続けていた。マイは足早に女の子に近付くと、前に回り込んで身を屈めて話しかけた。
「あらあら……どうしたんですか?」
 女の子に優しく声をかけたマイ。すると女の子は一瞬泣くのを止め、顔をマイの方へと向けた。
「ぐす……おねえちゃんだぁれ……?」
 ふっと女の子とマイの目が合った。はっとするマイ。
(えっ)
 我が目を疑う、とはこの状態を言うのかもしれない。まさに今のマイがそうだった。
(……この泣き顔……)
 無言でしげしげと女の子の泣き顔を見つめるマイ。その表情は、マイの遥か遠い記憶を呼び覚ます。
「……ぐす……」
「あ……」
 沈黙を感じ取った女の子が再び泣こうとした時、マイは我に返った。いやまさか、単なる偶然だと思い直し、マイは女の子へにこっと微笑みを向けた。
「大丈夫、恐くはないですから。でも、どうして悲しい顔をしているんです?」
「くすん……パパとママがどこかいっちゃったの……どこにもいないの……」
「ああ」
 なるほど、とマイは納得した。この女の子は迷子になってしまったのだと。どこかへ行ったのは両親ではなく、恐らく女の子の方であるだろう。だがそれも仕方がない、女の子からしたらどうしてもそう思えてしまうのだから。自分は、常に両親と一緒に居るのだと当たり前のように思っているだろうから。
 きっと今頃、女の子の両親も慌てて探していることだろう。子供を大切に思わない親などまず居ないのだから。マイだってそうだ。遥か――遥か昔に子供と生き別れてしまったけれども、それでもなお子供の幸せを願い続けていた訳で。
 そんなマイが今とるべき行動は――。
「……大丈夫ですよ。すぐにパパもママも迎えに来てくれますから。それまで、お姉ちゃんと一緒に待っていましょう。ね?」
 そう言ってマイは、女の子を安心させるように右手を差し伸べた。下手に探して歩くよりも、動かずこの場で両親が来るのも待った方がよいだろうと判断したのだ。すると、女の子がおずおずとマイに尋ねた。
「うん……でも……おねえちゃんはだぁれ?」
 再びの疑問。そういえば、マイはまだ女の子の質問に答えていなかった。
「お姉ちゃんは、マイっていうんですよ」
 微笑みとともにマイが名乗ると、女の子はようやく差し伸べられた手に自らの手を置いた。
「マイおねえちゃん……?」
「ええ、そうですよ」
 そしてマイは女の子の小さな手をぎゅっと握り締め、一緒にゆっくりとベンチのある方へと歩き出した。

●お話を聞かせましょう
 時間は流れ、日は西へと傾いていた。人はそれを夕方と言う。マイは女の子とベンチに並んで座り、お話を聞かせてあげていた。
「……という訳で、神様に見守られたうさぎさん親子は、狼に捕まることなく無事に森のお家に帰ることが出来ました。うさぎさん親子は、それからも幸せに暮らしたということです……おしまい」
 お話をまた1つ終え、女の子の反応を見るマイ。最初の泣き顔はどこへやら、すっかりと笑顔になり女の子は目を輝かせていた。
「うさぎさんよかったね〜」
 にこにこ、にこにこと女の子はマイを見る。最初は女の子を泣き止ませるために始めたお話だったが、すっかりマイのお話に引き込まれてしまったらしく、1つお話が終わるとすぐに『もっとおはなしして』と尋ねていた。
「おねえちゃん、もっとおはなしして☆」
 くいくいとマイの衣服を引っ張りねだる女の子。マイはそれを嬉しく思いつつも、少し困ったような表情を見せた。
「え? ええと、じゃあ次はどのお話にしましょうか……」
 思案するマイ。お話の種類はまだまだあるけれども、立て続けに話していると次にどのお話をすべきか悩んでしまう。同じようなお話が続くのはどうだろうとか、全く傾向の違うお話をするのはどうだろうなどと。
 と、突然女の子がマイにもたれかかってきた。一瞬驚きマイが見ると、女の子が少し眠た気な顔を見せていた。
「ん〜……ねむ……」
「あらあら、少し眠りますか?」
 マイはふふっと笑って、女の子に優しく言った。
「ん〜……おはなし〜……」
 目をしぱしぱさせ女の子は答える。眠たくとも、それでもまだお話が聞きたいらしい。
「……おねえちゃん」
「はい?」
「いいにおい……おうちにいるみたい……」
 穏やかな声の女の子。どうやらマイに、自分の家の匂いを感じ取ったようである。
「そうですか……」
 ぽむぽむと優しく女の子の肩を叩くマイ。そう言われて悪い気はしない。いや、むしろ嬉しくさえ思えた。まるで、再び自らの子供に出会えたような気さえして――。
(そういえば、あの頃もよくお話してあげましたっけ……)
 と、マイが遥か昔の想い出に浸りかけた時だった。2人連れの若い男女が、マイたちの居るベンチへと駆けてきたのは。
「おい、居たぞ!」
「ああ、あなた! 本当だわ!!」
 聞こえてくる2人の声。すると、眠た気だった女の子の表情が一変した。
「パパ? ママ!」
 声のした方を向き、両親を呼ぶ女の子。若い男女もそれに気付き、安堵の表情を浮かべていた。この2人が女の子の両親であることは、どうやら間違いないようである。
「ほら、ちゃんと迎えに来てくれましたよ」
 にこり微笑むマイ。
「うんっ!!」
 女の子は嬉しそうに大きく頷いた。

●脈々と
 女の子を無事に見付け出した両親は、何度も何度もマイにお礼を言っていた。
「本当に何とお礼していいやら……」
「本当にありがとうございました!!」
「いえいえ。私も楽しい時間を過ごさせていただきましたから」
 にこにことマイはそう両親に言った。そして、身を屈めて女の子と視線を合わせて尋ねた。
「お話は面白かったですか?」
「うんっ、マイおねえちゃんありがとうっ!!」
 満面の笑みで答える女の子。それを聞くと、マイも嬉しくなる。
 が、ここに至ってようやく自分が女の子の名前をまだ聞いていないことに気が付いた。自分の名前は名乗ったというのに、今更ながら。
「ところで、お名前は?」
 マイが尋ねると、女の子はきちんと自分の姓名を口にした。
「……え……」
 耳を疑うマイ。けれども、マイの異変には女の子もその両親も気付かなかった。
「あ……そうなんですか。いいお名前ですね」
 動揺を抑え、そう言うマイ。やや間を置いてから、女の子にこう尋ねた。
「今……幸せですか?」
 それは唐突で、奇妙な質問だったかもしれない。だが女の子は何も不審に思うことなく、素直にこう答えた。
「うんっ、しあわせだよっ☆」
 一点の曇りもない言葉で。それを聞いたマイは、それ以上何も女の子には尋ねなかった。
 そして、両親に連れられて女の子が帰ってゆく。マイはそれを笑顔で見送った。何度も女の子が振り向いて手を振ってくれるので、見えなくなるまでマイも手を振り続けていた。
 やがて女の子とその両親の姿が見えなくなると、マイは大きく息を吐き出した。
「こんなことって……あるんですね……」
 つぶやくマイ。どうりで最初に女の子の顔を見た時に、記憶が呼び覚まされたはずである。ただ単に、遥か昔に生き別れた子供と雰囲気が似ていただけではなかったのだと。
「神様……この偶然の出会い、そして我が子孫へのご加護に、強く感謝いたします……」
 そう言ってマイは、神様に深い祈りを捧げた。
 女の子の姓は『ブルーメ』といった――。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月25日

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