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『大人の日? 』
露樹・八重1009)&シュライン・エマ(0086)&マリオン・バーガンディ(4164)



 道路でも線路でもそうだが、東京へと向かうものを上りという。
 逆に東京から離れるてゆくのは下りだ。
 連休などの場合、だいたいにおいて、最初の方は下り線が混雑し、終盤になると上り線が混雑する。
 せっかくの連休、どこかへ出かけたいと思うのは珍しくない心理だが、目的地に着くまでは、やっぱり混雑の中に身を置くことになる。
 というわけで、
「いやー 快適快適」
 良い調子で、マリオン・バーガンディ言う。
 東京から山梨へと向かうルート。
 ゴールデンウィークも最終日ともなれば、下り線はがらがらだ。
 調子だって良くなろうというものだろう。
 彼が所有する何台かの愛車のひとつ、サーブラウが午前中の国道を疾走している。
 イギリスのTVR社が発売している唯一のフォーシーターだ。
「ふんっ」
 その後部座席を占領した草間武彦。
 不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 やれやれ、と、助手席のシュライン・エマが肩をすくめた。
 戸籍上の本名を草間シュラインという蒼眸の美女には、夫が不機嫌になる理由に心当たりがある。
 それも、みっつほど。
 ひとつめは、出不精で面倒くさがりな彼が、連休最終日に引っ張り出されたこと。
 ふたつめはサーブラウの値段。
 だいたい、マリオンのような若造が転がせるような車ではないのだ。
 日本円でざっと一千二百万円。
 ちなみに、草間が愛用しているシルビアは曰く付きの中古車で、一千円だった。
「あーくそっ はらたつっ」
 げしげしと後ろから運転席を蹴飛ばす草間。
 大人げないったらありゃしない。
「はっはっはっ 背もたれが汚れるじゃないですかー」」
 マリオンの方は余裕たっぷりだ。
 まあ、経済力という点でチーターとでんでん虫の徒競走くらい差がつく二人だから。
「むんつくむかつくむかつく」
 ぼすぼすと炸裂する左手のパンチ。
「ひがみすとれーとなのでぇす」
 フロントのドリンクホルダーに座ったちっこいのが笑う。
 このちっこいのは露木八重。
 草間のペットだ。
「ちがうでぇすよ?」
 不条理妖精だ。
「それもちがうでぇすよ?」
 とにかくまあ、変なイキモノだ。
 どのくらい変なのかといえば、ナレーションと会話を成立させることができるくらい変だ。
「おおぅ」
 やや遅れて、ぽむと手を拍つシュライン。
 ひだりとひがみをかけたのだ。
 いまさらだ。
「解説するな‥‥哀しくなるから‥‥」
 まあ、しょせんは草間なので勝手に悲しんでいれば良い。
「扱いが悪いぞぉ」
 もちろんそんな苦情など届かない。
「休憩しようぜー」
 まだなんか言ってる。
「またですかぁ?」
 呆れるマリオン。
 三〇分くらいまえにも休憩したばかりだ。
 そもそも、後部座席にふんぞり返っているだけの草間が何に疲れるというのか。
「まあ、機嫌が悪い三番目の理由ね」
 くすくすとシュラインが笑う。
 じつはこのサーブラウ、所有者の意向で禁煙なのだ。
 泣いても笑っても怒っても、マリオンが煙草の臭いがいやなのだから仕方がない。
 シュラインも八重も煙草は吸わないのでまったく問題ないが、草間だけが三〇分に一回くらい禁断症状を起こしている。
 そのたびにマリオンはサーブラウを路肩に停め、嬉々として草間が外に一服しに行く。
「いっそ置き去りにしましょうか?」
 とは、内心の声である。
 本気が五一パーセントといったところだ。
 さすがに本当にやってしまうとシュラインが悲しむのでやらないが。
「もうすぐ山梨に入ります。そしたら少し休みましょう」
 笑いを含んだ声。


 草間夫妻と八重、それにマリオンが連れ立ってドライブすることになったのには、たいして深くもない理由がある。
 五月五日。
 こどもの日だということで、八重が、
「どこかにいきたいのでぇすっ!」
 などといって暴れ出したからだ。
 ほら、全然深くなかった。
「誰が子供だっ! この不条理妖精めっ!」
 そうやって戦いを挑んだ草間だったが、二ラウンドでKOされ、結局でかけることとなった。
「で、私が巻き込まれたわけです」
 たまたま興信所に遊びに来ていたマリオンは、運転手としてかりだされた。
 草間もシュラインも運転できるのだが、前者は「やだよめんどくせー」という理由で拒否している。
 後者は頼めば運転してくれただろうが、そこはマリオンだって男だ。女にハンドルを握らせて自分は助手席というわけにもいかない。
 そんなこんなで出かける事になった四人だが、草間夫妻の義妹は危険を察した小動物のように姿を隠してしまった。
 さすがスーパーウェポンだ。
「そーゆー次元の話なの?」
 呆れるシュライン。
「はっはっはっ」
 意味不明の笑い声をあげたマリオンが大きくハンドルを切る。
「にゃはははなのでぇすー」
 遠心力で飛んでゆく八重。
 開け放たれた窓から飛び出してしまう。
「おっと」
「ないすきゃっちなのでぇす」
 奇跡の反射神経みたい伸びたシュラインの手に八重が捕まる。
「ち」
 心から悔しそうに、草間が舌打ちした。
 不人情なことおびただしい。
 それはともかくとして、子供の日というわりには車内に医学上の未成年者しひとりもいない。
 ちなみに最年少はシュラインである。
 草間は下から二番目だ。
「ひゅー ちっちっちっ なのでぇす」
 唇の前で人差し指を降っている八重。
「なんでそんなもん知ってるのよ‥‥」
 げっそりとする蒼眸の美女。
「シュラインさんもね」
 すかさず、マリオンがツッコミを入れた。
 霊峰富士へと向け、サーブラウがひた走る。


「お煙草はお吸いになりますか?」
 にこやかに店員が訊ねる。
 軽く頷いて自分のシャツの胸ポケットを親指でさす草間。なかなかに格好つけた仕草だったが、
「吸いません」
「吸わないです」
「吸わないのでぇすよ」
「はい。かしこまりました。こちらのお席へどうぞ〜」
 同行者たちが口々に言い、怪奇探偵のポーズは完全に無視された。
「しくしくしくしく‥‥」
 まあ、多数決というやつだ。
 最も民主的な方法ではないか。
「数の暴力じゃんよー」
 拗ねたってだめだ。
 一行は富士山の見える窓際の席を陣取る。
 富士レークホテル。河口湖と富士山を望む絶景のホテルだ。
 創業は昭和七年というから、
「おじちゃと同じくらいの歳でぇすね」
「つーか俺はいくつだよっ!?」
「その計算だと七三歳ですね」
 八重と草間のタワゴトにマリオンが解答を与えてくれる。
 嬉しくて涙がでそうだ。
「ちなみにシュラインねえちゃはおじちゃの四つ下なのでぇすよ」
「じゃあ六九‥‥すみませんなんでもないですごめんなさいゆるしてくださいもういいません」
 悪のりしかけたマリオンが、蒼眸の美女の視線に気づき平謝りした。
 恐怖のあまり表情が凍り口調が平坦になってたりする。
 明日、河口湖に浮かぶ死体になりたくなければ、ここは謝っておくべきだ。
「それ言い過ぎ」
 くだらないことを言っている夫に、びしっとツッコミをいれる妻。
 夫婦漫才だ。
 仲良きことは美しき哉。
 さて、四人がレークホテルにやってきたのは、子供の日特別企画のケーキバイキングを楽しむためだ。
 子供を連れていると、なんとお一人様五〇〇円なのだ。
「見逃すわけにはいかないのでぇすよ?」
 小学生くらいの大きさに膨らんだ八重が胸をそらす。
 こいつがダミー子供だ。
「はっはっはっ 人聞きが悪い。私だって子供ですよ」
 ずでにケーキ皿を一〇枚ほど確保しているマリオンの台詞だ。
 肩をすくめるシュライン。
 富士に見立てたモンブランが目の前に置かれている。
 五〇〇円でケーキを食べまくるために山梨までやってくるのも馬鹿馬鹿しい話だが、四人のうち三人までは甘いものが嫌いではない。さらに二人にいたっては、目がないと表現して良いくらい大好きだ。
 甘いものが嫌いな人間が一人だけいるが、まあこいつには人権がないのでたいして問題にはならないだろう。
「人権まで剥奪されたのか‥‥おれは‥‥」
 なんだか遠くを見つめる草間。
 彼の前に皿はない。灰皿もない。あるのはコーヒーカップだ。
「せつないよぅ」
 嘆いている。
 だいたい、なんで大の男が昼間っからケーキの大食いなんぞしないといけないのだ。
「まあまあ。この巨峰のタルトはそんなに甘くなくて美味しいわよ」
「そうか?」
 つまに誘われるままに一口。
「‥‥うそつき‥‥」
 好みの違いというものだろうか。
 煙草のけむりとブラックコーヒーが似合うハードボイルドにとっては、あまーいケーキなど食べ物ではないっ。
「レアチーズケーキでもいかがですか?」
 マリオンが皿を差し出す。
「シャーベットもおいしいのでぇすよ?」
 八重も出す。
 どうあっても甘いものを食べさせるつもりらしい。
 鏡に向かったカエルみたいにだらだらと汗を流す怪奇探偵。
「べつに無理して食べなくても‥‥」
 シュラインが助け船を出してくれる。
 嗚呼、愛しき妻よ。草間が感謝の言葉を発しかける。
「ダメでぇすよ?」
「モトがとれないじゃないですか」
 口を挟む少女と少年。
 船が撃沈されたことを、哀れな青年は悟った。
 どうでもいいがマリオンはオカネモチのはずだ。懇意にしている警察官僚と同じくらい。元を取るとは、ずいぶんと貧乏くさい発言ではないか。
 ようするに本当の狙いは金銭以外ということである。
「‥‥ノルマ何個だよ」
 地の底から響くような声。
 薄いサングラスの奥の目つきが、喧嘩を売ってるみたいだった。
 黙ったまま右手の指を三本たててみせるマリオン。
「三個か‥‥」
 それならまあ、なんとか食べられないこともない。
 頑張れば。
「けたが違うでぇすよ?」
 すっごい真顔で言う八重。
「三〇個も食えるかっ! ぼけぇっ!!」
 ぶちぎれする草間。
 普通に甘いもの好き人間だって不可能な数字だ。
 物理的に、三〇個ものケーキが胃の中にはいるはずもない。
 常識人ぶってる草間などはそう思ってしまうが、じつはそのくらい食べちゃう女性も世の中には存在する。
 ゆめ油断は禁物だということだ。
「油断なのかっ! それは油断なのかっ!!」
「まあまあ。武彦さん」
 まるで平和主義者のように夫の激情をなだめる妻。
 美しい夫婦愛だ。
 ちなみにマリオンと八重の前には、それぞれ三〇枚ほどの皿が積み重ねられている。
 こいつらふたりで充分に元が取れただろう。
「くそぅ。食ってやるぜっ」
 がつがつ。
 ほとんど丸飲みでケーキを食べ出す草間。
 舌に触れるから甘いと感じるのだ。呑むぶんには味は感じまい。
 あとはコーヒーで流し込むだけだ。
「そんな食べ方じゃ、作ってくれた人に申し訳ないわよ。食べられないなら無理して食べるのはおやめなさいな」
 ごく柔らかく、シュラインがたしなめた。
 正論である。
 食べ物で遊んじゃいけない。
「まったくですね」
「おじちゃの分はあたしたちで食べてあげるのでぇす」
 手を伸ばすマリオンと八重。
 麗しい友情‥‥。
「んなわけあるかっ!」
 あやうく騙されかかったが、そもそもこいつらがむりやり食べさせようとしたのではないか。
 それを、いかにも自分たちが助けてやるように言いやがって。
 まったく世界は不条理と不思議に満ちている。
 クリームの付いた口で、コーヒーをすする草間だった。


 夕日が湖面を紅く染める。
 サーブラウの車体にもたれかかったシュライン。
 なんとなく、目を細めるマリオン。
「ちゃんとねえちゃにお土産買ったでぇすか?」
「買ったよ。ウナギパイ」
「それは浜名湖でぇすっ」
「だって売ってたんだから仕方ないだろっ」
 不毛な会話を繰り広げる怪奇探偵と不条理妖精。
 霊峰が紅く染まる世界を見つめていた。
 夏の気配を含んだ風が四人の髪を優しく撫でてゆく。














                      おわり

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2005年05月24日

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