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『シェスカ 』
オーマ・シュヴァルツ1953


 狙われやすい方だとは思わない。
 ほら、俺ってばこんなにプリティーなマッチョ親父だし?
 至極色んな意味で顔も広いし?
 普通は狙わないでしょ。うん、普通ならね。

       †          †

 天使の広場を抜けて、アルマ通りへ。
 夕刻、薬草店でのバイトが明けたオーマ・シュヴァルツは、今度は主夫としての務めを遂行するために夕食の食材を買い求め歩いていた。通りの左右から威勢のいいかけ声が上がる中、オーマはじっくりと食材を扱っている店を探し歩く。
「ふんふんふ〜ん♪」
 軽く鼻歌をすさみつつ、上機嫌で食材を選んでいくオーマ。
 ただ安いものに群がるのは正しい主婦および主夫の姿ではない。大切な家族のために、より質が高く体に良いものを、より安く手に入れるのが本当の主婦(主夫)というものなのだ!
 心でそう熱く吟じる自分にうっとりと酔いながら、今日の戦果を詰め込んだ紙袋を抱えて、いざ自宅への帰路につこうとしたそのときだった。
 ドンっ!

 斜め後ろの辺りから何かがオーマの体に激しくぶつかってきた。
「うおっ!?…っととっ…」
 突然のことに、さしものオーマも蹌踉めいて、抱えていた袋からこぼれそうになったジャガイモを庇い、その場で数度踏鞴(たたら)を踏む。とりあえずジャガイモの安全が確保されたのを確認しつつ、後ろから衝突してきたものが何なのか確かめようと辺りを見回した。
 だが、その「ぶつかったもの」はするりと視界の隅をすり抜ける。
「ちんたら歩いてんじゃねーよ!邪魔だ、おっさん!」
 それと同時に甲高い声でそんな捨て台詞。
 そして既にかなり遠ざかった、茶色のベストの小さな背中。
 どうやら背後から走ってきたストリートボーイの体当たりをうけたらしい。
「…おっ…つつ…。全く、最近の子供は…。おっさんが子供だった時分はもっと年上の人間に対する礼儀をだねぇ…」
 体当たりされてじんじんと痛む腰のあたりをさすりつつ、ぶつぶつと文句をたれる。だが、勿論少年はそんなのお構いなしに人混みに紛れて見えなくなってしまった。
 少年の背中の消えた人混みを見つめて、深いため息をつく。
「…全く、最近の子供は手癖が悪くなったもんだ…」
 先ほどまでオーマの腰に、重くはないものの、確かに存在した重みが消えていた。
 オーマはとんとんと痛みを抜くように腰を叩くと、ふと空を見上げた。
「…あー、綺麗な夕焼けだなぁ…」

       †          †

 オーマに体当たりをかました少年は、はっはっと小さく息をつきながら、細い路地裏を走っていた。活気溢れるアルマ通りも、一本裏道へ入ってしまえば、そこは陰の世界。ストリートボーイたる少年の領域である。
 複雑な細い道を縫うように走っていた少年は、ある建物と建物の間に存在するわずかな隙間に滑り込む。壁を背にして注意深く辺りを見回した少年は、誰も近くにいないのを確認すると、懐から一つの財布袋を取り出した。
「へへ、チョロいもんだぜ」
 その財布は紛うことなき、オーマのものだった。あの体当たりした一瞬で、少年はオーマから財布をスっていたらしい。なかなかの手練れだ。
 少年は手早く財布の紐を解くと、中の貨幣を一枚一枚確かめるように数えていく。その手が、最後の一枚を数え終わったその時だった。
「あー、ちょっといいかね?」
「いっ!?」
 少年の肩にぽんと大きな手が乗せられた。驚いた少年が顔を上げると、そこには仁王立ちになったマッチョ親父…オーマが胡散臭いまでの笑顔をたたえて立ちふさがっていた。
「なかなかの手腕だったが、詰めが甘いな」
「な、なんであんたがここにいるんだよ!?オレはちゃんと誰もいないの確かめて…」
「だから、『詰めが甘い』んだよ」
 にやり、笑ってオーマ。少年は納得のいかない顔をしつつも、そのオーマを睨み上げる。
「…っ何だよ!財布返せっていうのか!?…ほら、返してやるよ!!」
 少年は放り投げるように財布をオーマに押しつける。それと同時に体を反転させ、路地の更に奥に逃げようとした。だが、オーマは財布には目もくれずに少年の肩を掴んで引き寄せた。
 がしゃん、と財布が地面に落ちて音をたてた。
「ぎゃっ!?何すんだよ!財布は返しただろ!?」
「まあまあ、落ち着けって。別にポリスに突き出そうってんじゃねえんだから」
 オーマの言葉に、少年は一瞬絶句する。
「…ポリスに引き渡さないって…?…なんで?」
 少年は覚悟していた。捕まったからには、ポリスへ連れて行かれるのだろうと。刑法には明るくないが、スリの罪は重いと聞いたことがある。一体、どんな刑を受けることになるのか、内心ひどく怯えていたのに。
 なのに、この男はポリスへは突き出す気がないという。
「…あっ!まさか、オレの弱みを握っていいように使おうってのか!?」
 噂には聞いたことがあった。スリの証拠を握り、ポリスへ通報しないからといって、金をせびったり汚い仕事をさせたりする輩もいるらしい。よくよく見てみればこの男、どこか腹に含みがあるようにも見える。
 とんでもない奴に係わってしまったと考えて、顔を青くしている少年。オーマはその少年の青ざめた顔を、面白そうに眺めていたが、少年の次の言葉を聞いて、顔をしかめる。
「チクショウっ!お前の言いなりになんかなってやんねー…!!…ぞ…?」
 急に目の前に差し出された人差し指に、少年は訝しげな顔になる。オーマはチッチッとその指を左右に振った。
「女の子がそんな言葉遣いするもんじゃないぞ」
「!!?…お前、なんでオレが女だって…!?」
 少年…いや、少女と言うべきか。彼女は自分が女であることを指摘されたことに酷く狼狽していた。今までこの姿をしていて女だとばれたことは一度もなかったから。
 少女の問いに、オーマは小首を傾げる。
「なんで…って、そうだなぁ。経験かな。おっさんにも君くらいの年の娘がいてだねぇ、これがまた可愛いんだ、うん」
 この状況でいきなり親バカモードに突入したオーマを少女は呆気にとられて見上げていた。
 だが次の瞬間、少女はキリと唇を噛み締め、オーマを睨み上げると、その向こう臑を思いっきり蹴り上げた。
「!!」
 向こう臑…いわゆる弁慶の泣き所を思い切り蹴られ、さしものオーマも一瞬息を飲む。その僅かな隙をみて、少女はオーマの横をすり抜けて走り出した。
「…あ…」
 オーマが振り返った時には、素早い少女は既に遠く小さくなっていた。
 もう一度追いかけようかとも思ったが、よく見れば先ほど突き返された財布はそのまま地面に落ちている。
「むぅ、財布も返してもらったし、仕方ない。今日はこのくらいにしておくか…ん?」
 財布を拾うために屈んだオーマの視界に、何か白いものが掠めた。何だろうかとその方向に目をやると、さっきまで少女が被っていた帽子だった。どうやらオーマの横をすり抜ける時に落としたらしい。
 オーマは何気なくひょいとその帽子を拾う。そして気づいた。帽子の縁のあたりに小さく文字が刺繍がされていた。

 ─Shesca

「シェスカ、か」
 口の中でそれを幾度か転がす。そして、にやりと笑う。
「『またな』、シェスカ!」
 その言葉はまじないのように、また、少女にとっては呪いのように、裏通りの虚空に反響した。





■ライターより
納品が著しく遅れてしまい、申し訳ありません。
初めてのソーンでのお仕事に慌てたり、勉強したり、ぼんやりとでも世界観を頭の中に構築するのに時間をかけすぎてしまったようです。
割と初めの時期から、男装の少女との交流というテーマは決めていました。
頭の中ではオーマ氏と少女の色々なエピソードが出来上がっているのですが、色々と話が広がりすぎて書ききれず、どこか消化不良気味かもしれません。
それも重ねて、お詫び申し上げます。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
尾崎ゆずりは クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月23日

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