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『豊穣の宴 』
C・ユーリ2467)&ユンナ(2083)

「豊穣を祝う感謝祭があるんだってさ。どう、行ってみない?」
 春たけなわ、そろそろ初夏の声も聞こうかと言うある日の事。
 どこからそんな情報を持って来たのか、陸に上がった海賊…C・ユーリがにこやかに笑いかける相手は、稀代の歌姫としての呼び名も高いユンナ。興味があるのかないのか、香り高いお茶をゆっくりと口に運んで唇を湿らせ、ユーリを見るとなく見詰めている。
「んー。興味ないかな?陸の上の行事は僕にとって知らない物が多いからね、興味あるんだけど。キミはそんなでもない?」
 評判の紅茶店の一角。テーブルの上に羽根飾りつきの海賊帽を置いたユーリが、答えを待ってもう一度にこりと笑いかける。
 足を伝ってテーブルに登って来ようとするちびドラゴンのたまきちを制止しながら。どうやらたまきちの狙いは、テーブルの上に置かれたお茶受けのお菓子らしい。
「そうねぇ」
 ちらと、今度はユーリの目を覗きこむようにユンナが目線を向け、それから目を細めて微笑む。
「…楽しそうね。――で?私で何人目?」
「ええっ」
 大袈裟に仰け反ったユーリが、くしゃりと自分の緑色の髪を掻き上げて苦笑いを浮かべ、
「僕ってそんなに信用無い?当然キミが最初に決まってるじゃないか。酷いなぁ、こうして誘うのだってショック死しかねないくらい心臓が踊ってるっていうのに」
 手の平を胸に当て、大仰な調子で言葉を続ける。そんな姿を見てくすっと笑い、
「わかったわよ、行きましょ。『また』断わられたら可哀想だものねぇ?」
「うっわ、本当に信用ないのね僕」
「あら、知らなかったの?」
 くすくすと笑いながら、ひょいとたまきちを抱え上げて膝の上に乗せ、狙っていたお菓子を渡してやると、目を輝かせてさくさく音を立てて食べ始める。
「僕が女性に声をかけるのは礼儀でって誰彼構わず誘ってるわけじゃないんだけどな…ってそんな事はいいかぁ。それじゃ、お茶が終わったら行こうよ。用意は済んでるんだ」
「…行くって、どこへ?」
「僕の船だよ。足だと少しかかるからね、優雅に船旅と行こうじゃないか?」
 暖かな日差しを浴びながらの船旅。海から川に入り、暫く上がった所で少し歩く位置にあるのだという。陸路だと遠回りになってしまうため歩いて2日はかかるのだが、風の具合から見て今日出立すれば、どんなに遅くても午後にはその村に着く事が出来ると言いながら、ユーリが戻るのを待っていた船へとユンナを案内する。
「…気を付けて」
 桟橋から船へ板を渡し、ユーリが一足先に船へ身軽に飛び乗ると、ユンナへそっと手を差し伸べる。
「ありがと」
 にこりと笑いながら、優雅な手つきでユーリの手を取ったユンナが、しなやかな動きで船へと乗り込んだ。
「…………」
 …それは、出航の準備に余念が無い海賊たちの動きを一瞬止めてしまうほど。
 そのことに気付いたユーリが、ユンナに気付かれないようにしながら、軽く周囲を睨み付けた。

*****

「それじゃ、夜には戻るからこの辺りで停泊しておいて。と言う訳で、帰りは星空クルーズが出来そうだよ。良い?」
「良いも何も、今からだと帰りはどうしても夜になっちゃうんでしょ?」
「ま、その通りだけどさ」
「もう。最初からそのつもりならそう言いなさいよ。別にそれで断わったりはしないんだから」
「そう?それはありがたいな」
 錨を下ろしてマストを畳み、停泊の準備を始めた部下たちへ手を振って離れながら、ユーリがははっと笑い声を上げながら、微苦笑を浮かべた。
 午後の暑い盛りを過ぎて、少し涼しい風が吹いて来る、そんな時間。
 2人の若人は、のんびり景色を楽しみながら目的の村へと近づいて行った。
「あら、村のお祭りにわざわざ来て下さったんですか?まあまあそれは遠路はるばるご苦労様でした」
 村に入ってすぐに感じたのは、匂い。
「まあ…綺麗ね」
 この日のために誂えたのだろうか、色とりどりの花が村の至るところに飾り付けられていた。なんともいえない匂いはその花々から香って来ていたものらしい。
 エルザードではあまり見かけない鮮やかな色彩の服を着ている人々が多いところを見ると、それがこの村独特の衣装のようだった。その間にぽつぽつと見える地味な服の人が、自分たちと同じ旅人なのだろう。
「…地味ね」
 エルザードではそれなりに目立つ服も、ここでは「どちらかと言えば地味」な色に落ち着いてしまっている。それが悔しいのか、ユンナがほんの少し口を尖らせた。
「まあまあ。キミにはその服が似合っているんだから、いいじゃないか」
 ユーリがそう言ってフォローしつつ、賑わっている村の中へとどんどん足を踏み入れていく。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ」
 ユンナが遅れまいとその後を追った。
 楽隊の流れる音楽を楽しむ者、踊りだす者、そして村の特産品だろうか、小さな市も開かれており、そこにも人々が群がっている。
「賑やかだね〜。ん、これは?」
「ああ、それは幸運のお守り石だよ。どうだい、彼女さんにひとつ」
 敷き布の上に座って土産物屋を開いている男が、脈アリと見たか満面の営業スマイルを浮かべて手で指し示した。
 それは、大きなコインに穴を開けたような形の、蒼い石。それに麻紐を付けた品がずらりと並んでいる。何でも、近くにある遺跡周辺で取れる石で、この辺りでしか取れない特産品なのだとか。
「と言う訳だけど、どう?」
「色は素敵だけど今はいいわ」
「だってさ、ごめんね。…ああ、また人が増えたみたいだ」
 市を冷やかしながら、時折ぐるりと周囲に頭をめぐらしてそんな事を言うユーリ。
「…そう言えば、この村はこの時期なのね。感謝祭って違う時期に行うものと思っていたわ」
「確かに、時期外れかもね。でもその分村を飾る材料には事欠かなかったみたいだし、旅人も増えるから賑わって良いんじゃないかな。――あ、あれ何だろう」
 くるっと向きを変えて動こうとしたユーリがきゅっとユンナの手を掴む。
「あ」
 ――無意識の行動だったのか、一瞬『しまった』と言う表情を浮かべるユーリ。それからちらとユンナの表情を盗み見て特に怒っていない様子を見て取ると、その表情が『まあいいか』に変わり、そして最後ににっこりと笑う。
 子供みたいね。
 言葉に出さずユンナが内心で呟く。…尤も呆れたわけでもなく、その唇には笑みが浮かんでいたのだが――。
「……?」
 ふと何かに気付いたかのように、ユーリがきょろきょろと周りを見回す。
「どうかしたの?」
「いや、何だか誰かに見られていたような。気のせいかな?じゃああっち行ってみようよ」
「その衣装が珍しいからじゃないの?たまきちもいるんだし。ねえ?」
 ユーリの肩の上に乗っている丸々とした小犬サイズのドラゴンが、ユンナの言葉に答えるようにぱくんと口を空けた。…目は、村のそこここに置かれている露店の食べ物屋にしっかりと照準を定めていたが。
「そうか。エルザードだと皆見慣れてるから、たまきちに注目が行くなんて思わなかったよ」
 そう言いながら、手を繋いだままユーリが人ごみを抜けて行く。ユンナが変に引張られないよう、立ち位置を調整しつつ。
 ユンナも特にその事は言わなかったし、ユーリも自分から言い出す事はなかったため、祭りの間中ほとんど、2人の手は柔らかく繋がったままだった。

*****

「ああいたいた、キャプテンちょっとお話が…ユンナの姐さんすみません、楽しんでいる所を」
「ん?どうしたんだ」
「私の事は気にしないで」
 そろそろ帰ろうかと村の出口に足を進めた2人の目の前に、海賊の1人が汗だくになって現れた。どうやら相当慌ててここまで走ってきたらしいが、何かあったのだろうか。
「申し訳ないんですが、もう船はありません」
「……何だって?」
 ユーリがすっと表情を固くして一歩船員の男に近寄る。その時ようやく離れた自分の手を、ユンナがもう片方の手を添えて2人の様子に耳を傾けた。
「ああ、船が無くなったって意味じゃありません。だから落ち着いて。いや、この辺りに駐在している警備兵が来ましてね。他の船の渡航の邪魔になるから、この辺りで停泊するな、ってお達しがあったんですよ。言う事を聞かなきゃ王都に報告する、ってんじゃ無視するわけにも行かなくてですね」
「それで船がここから離れたって事か。なるほど…それで船は何処に?」
「王都です。どうしても泊めたかったらこの辺りの停泊許可を持って来いって言われましてね」
「停泊許可、ねえ…」
「そんなんですみませんが、今晩はこの村に泊まってもらえないでしょうか。俺はさっきの場所で船を待ってますんで」
「だってさ。どうする?」
「仕方ないんじゃない?このままエルザードに戻ってもいいけど、それだと時間がかかるんでしょ?」
 ユンナが特に困った様子も見せず、2人へ言葉をかける。
「すみません。明日昼前には戻って来れると思いますんで」
 ぺこぺこと頭を下げる部下に、ふうっとユーリが溜息を付く。
「分かった分かった。…キャンプ張る用意は出来てる?」
「俺の方は大丈夫です。毛布と食料は川辺に置いてますんで」
「そう。――じゃあ、宜しく頼んだよ」
「お任せ下さい」
 どん、と厚い胸板を叩いた部下が踵を返して川へと戻って行く。
「宿が空いていればいいんだけどねえ…」
 行こうか、そう言って少し躊躇ったように一瞬の間を空け、ユーリが笑顔を見せた。
 ――宿はあっさり取れた。あっけないくらいに簡単に。
 予約客からのキャンセルが入ったらしく、丁度上手い具合にユーリたちがやって来たため部屋を提供する事が出来たのだと、宿の主人がにこにこ笑いながら部屋へ案内してくれた。
 祭りの雰囲気がそのまま宿にも伝わっていたのか、食事もサービスだと言って出してくれたよく冷えた果物も美味しく、ふかふかのベッドにもぐりこむ頃にはすっかり満足した2人がいた。
 ――2人部屋しか空いていなかったのは仕方ないと、お互いに内心で言い訳をしつつ、何となく2つのベッドの上で背中合わせになりながら。
 とは言え、半日の船旅と祭りの雰囲気で身体の方は良い感じに疲れていたのだろう。
 窓を飾る花の香りにくすぐられながら、2人はいつの間にかすやすやと寝入っていた。

 ――が。

「…何これ、どう言うこと?」
「いやぁ。僕にもさっぱり…キミは何か感じない?」
 しん、と静まり返った村。
 湯気の立ったお茶やまだ冷えていない料理が並ぶテーブル、まだ少し冷える室内を温める厨房の暖炉、取り分けるためにか大テーブルの上に並べられた皿とスープ鍋。
 ついさっきまで誰かがいたような雰囲気が残る村は、誰1人として姿が見えなくなっていた。
 …昨夜一緒に泊まっていたはずの旅行者の部屋も、荷物もあればクローゼットの中には上着がかけられたままで。
「特に悪い気配は感じないわ。でも…生きてる人の気配も無い。一体…」
「あっ」
 突然、何かに気付いたか、ユーリがどうしようか思い悩む様を見せ、それからやや真剣な顔で、
「――ユンナ、キミここに1人でいて大丈夫かい」
 がし、とその両肩を掴んで訊ねて来た。
「大丈夫よ。どうしたの?」
「念のために、あいつの様子を調べて来る。たまきちをここに置いておくよ、すぐ戻るから」
 そう言い、肩に乗せていたたまきちをユンナの腕の中に置くと、その頭の上にユーリの帽子をぽすんと被せて、
「この償いは後でたっぷりさせてもらうよ」
 そう言いながら俊敏な足取りで、村を飛び出して行った。…どうやら、昨夜川辺に残った部下の1人を案じたらしい。
「…それじゃ私は、この消失を調べてみようかしら。ねえたまきち?」
 帽子で前が見えないたまきちがじたばた動くのを見てくすりと笑みをこぼしたユンナが、ぐるりと村全体を眺め回した。

*****

「――!?ユンナ、たまきち!何処にいる!?」
 暫くして。思っていたよりもずっと早くに戻って来たユーリが、ユンナたちと別れた場所で立ち止まって何度か息を整えると、2人の姿が見えない事にきゅっと眉を寄せて声を上げる。…と。
「どうしたの?」
 ひょこん、と開いた扉の向こうからユンナと、帽子をいい具合に被せて貰ってご満悦らしいたまきちが顔を出す。
「…どうしたの、じゃないよ。あっちに行ってもいないし、戻って来たらまたいないし…キミまで消えちゃったら、僕はどうしたらいいのさ」
「そうね、ごめんなさい…って、いなかったの?」
 ああ、とユーリが来た道を見返りながら頷き、
「毛布は畳まれていたし、何か食べた跡もあった。ただ、こんなものが」
 その手の中に握られていたのは、蒼い石。鉱石なのだろうか、触るとひやりと冷たいその石が、畳まれた毛布の上にちょこんと置いてあったのだと言う。
「…あら?それって」
 それを覗き込んだユンナが首をかしげると、ちょっと待って、と言いながら今さっき入っていた家の中へ再び入って行く。そして、
「これと同じものよね?」
 そう言いながら別の形の石を手に乗せて戻って来た。
「同じだね。形が少し違うくらいで。これはどこに?」
「食事の支度が済んだテーブルの上に、ちょこんとね、置いてあったのよ」
「ふーん…」
 ん?とその2つの石を手の平で転がしていたユーリが、石をじぃっと見詰め始める。
「どうかした?」
「――いやね…この村のお祭りの話を聞いた時に、他にも噂でこの辺りに蒼い石で作られた彫刻がたくさんある遺跡がある、って聞いてね。昨日も土産物の中に同じ色の石があったし、間違いないと思うけど。ああ、そうだ」
 ユーリが顔を上げ、
「もしかしたら他の家にも、この石があるかもしれない。見て回ってみよう」
「これが?でも、探すのは大変じゃない?」
「大丈夫。きっとね、目に見える場所に置いてあるよ。見つからないのなら、置いてないんだと思う」
 ――そうして、結局見つかった石は6つ。ユンナが見守る中、カチカチと音を立てながら何やらユーリが石を重ね合わせ、
「…思った通り。どうやら、想像だけど残りはさっき言った遺跡にありそうだ」
 6つの石のうちいくつかがぴたりと重なって、何かの人工物の形を取り始めたのを見て、ユーリがにこりと笑う。
「行こう。…案外、村の人もそこにいるかもしれない」
 たまきちの頭から自分の帽子を取って被り、ユンナを連れて村の近くにあると言う遺跡へと、足早に向かって行った。

*****

「――ここが最奥のようね」
「そうだねー。はー、やっと着いたよ」
 村の市でも見かけた蒼い石は、この遺跡周辺で良く出るものらしい。動物や人の姿、聖獣らしき形を掘ったものが、通路の両脇にずらりと並んでいた。
 中を覗いてみると薄暗く、ユンナがその手に生み出した灯りでようやく足元が見えると言う状態。その上迷路状になっているのか、いくつも分かれ道が存在していた。
 だが、2人が道に迷う事は無かった。何故なら、迷いそうな場所に限って足元に蒼い石のかけらが落ちているからで。
 道しるべのように点々と落ちているかけらを拾い集め、また、道が途切れている箇所はユーリのワイヤーアンカーで振り子よろしく飛び移りながら「もっとしっかり捕まればいいのにー」「これくらいでも十分しっかり掴まってるわよ」、奥へ奥へと進んで行った先に、それはあった。
 ごつごつとした岩肌に比べ、ここは随分と丁寧に角を取ったものらしい。丸いドーム状の室内の中心に、台座のようなものが置いてあり、その上に光り輝く白い石が置かれていた。そのお陰で暗かった遺跡内部でも、この部屋だけは灯りを付ける必要が無い。
「あら?この石、ハートの形をしているわ」
「おや、本当だ。色が違うから別のものかと思っていたけど、こう言う意味深な形をしているのならこれもパーツのひとつと考えた方が良さそうだね。…じゃあ、随分あったけど、組み立ててみようか、ここで」
「いいけど、糊が無くても大丈夫なの?」
「さあ。…まあやってみようよ。駄目ならその時考えればいい」
 台座の上にざらざら…と今まで拾い集めて来たいくつものかけらを置き、部屋の灯りに助けられながら繋がるパーツをいくつか繋いでみる、と。
「この台座自体が仕掛けの一部なのか。なるほど」
 ぴったりと合ったかけら同士は、台座の上では離れる事無く、くっついたまま転がっている。だが完全に接着されたわけではなく、ある程度の力を入れるとぽろりと外れてしまう。
「あら、面白いわね。それじゃあこれは?」
「あー待ってそっちは多分これだよ」
「じゃあこれがこれと繋がるのね…当たったわ」
 石と石がぶつかるかちかちと言う音と、いつの間にか夢中になって何かを組み立てて行く2人。
「……考えてみたら、何してるのかしらね、私たち」
「あはは、その通りだね。――でも、これを組み立て終わればきっと、元に戻るさ」
「ふーん?随分確信あり気な顔してるじゃない」
 組み立てて行くうちに、それが何の形なのかが分かって来た。
「蒼い――ユニコーン」
「どうやら、そのようね…あら、でもこの空洞は?」
「ああ、なんだ、思ったとおり心臓なんだ。ほら」
 これが最後の1ピース、と胸の空洞に光る石をはめ込み、その上にそっと完成した首を重ねる。
 ――ふっ、とそれで部屋の灯りが消えた。あるのは、足元に置いたユンナの灯りだけ。

 そして、何か耐え難い沈黙の後で、何かに気付いたユーリが小さく口を開ける。
「――え――」
 石に刻まれた一角獣が。
 内から清冽な蒼の色を持って、輝き出す。
 その光は部屋の中に満ち溢れ――いや、ドーム状の天井をも突き抜けて、上へ上へと上がって行く。
 その瞬間、遺跡の上空に揺らめく巨大なユニコーンの像が現れた事も、その途端村から大きな歓声が上がった事も、遺跡の中にいる2人には知る由も無かった。
 ほんの数瞬にしか過ぎなかった輝きに、目がくらんだ2人がぱちぱちと何度も瞬きをし、そしてほのかな灯りに戻った所で顔を見合わせて、どちらからともなく笑い出す。
 見れば、台座の上にあったユニコーンの像は、光に溶けてしまったかのように、何も残っていなかった。

*****

「お帰りなさいませー!!」
 ぽぽん、ぽんぽん、派手に白い花火が上がって行く。
「…うわ」
 きょとんとした顔の2人に、一体いつの間に戻って来ていたのか、満面の笑みを湛えた村人たちが、大きな花輪を2人の首に下げてぶんぶんぶんぶん取った腕を振り回し、
「いやぁ、やってくれると思ってましたよ。流石は我々の見込んだ素敵カップルですな」
「――――あ?え?どう言う事?」
 話が飲み込めないでいるユンナに、ユーリがにっこりと笑って、
「どうやら企画モノだったらしいねえ」
 罪の無い笑みを浮かべる。
「でもゴメン、僕たちカップルって言っても恋人じゃないんだよ。――まだ、ね」
「ええっ!?あ、こ、これは飛んだことを。随分仲の良いご様子に、すっかりそうだと勘違いしまして…でも、それならそれで良くあの試練をクリア出来ましたね?」
「まーねー♪」
「…ねえちょっとユーリ?まだってどう言うことよ、私はユーリと付き合うなんて一言も言ってないじゃないの」
 つんつんと肘で突かれたユーリがくすっと笑い、ユンナにウインクしながら村人に向き直り、
「そりゃあ、2人で楽しみながらやっていたからねぇ」
「ほほう、それはそれは…では、あながち間違いではなかったわけですな…」
「とにかく今年の収穫も約束されましたし…これはこれで良いのでは?」
「そうですよー。あんな綺麗なユニコーン、見たのは初めてですもん」
 ぼそぼそと会話をしていた村人たちが2人に向き直って、
「と、とにかく!ありがとうございます。お2人のお陰で、今年も良い収穫を迎えられそうですよ――さあ、皆も今日1日飲み明かそうじゃありませんか!」
 おおーーーーーーーーーっっ!
 あちこちで陽気な声が上がり、再び昨日の喧騒を思わせる音楽と雰囲気に盛り上がって行く。そんな中、花輪を首からぶら下げた2人は村の中心に祭り上げられ、ご馳走のずらりと並ぶテーブルに座らされた。
 そこで聞いた話では、どうやらこの村の恒例行事らしく、毎年この村を訪れる旅人――それも、恋人同士に限るのだそうだが、その2人を選び出して試練を受けさせるのだと言う。今年は立体パズルだったが、去年はまた別の試練で、2人の愛をも試すものであり、成功すれば今年の秋の収穫を約束され、失敗すれば何かしら災難が待ち受けているものらしい。
「それで、愛を手に入れたカップルが祝福されるってわけね…」
 でも、特に何も問題は無かったわよね?とユンナがユーリに訊ね、うんうん、とユーリも頷き返す。
「ま、単なる行事の一環だから良いんじゃないかな?でもさ、僕たちってなかなかお似合いのカップルだと思わないかい?」
 今もせっせと取り皿にユンナの分を取り分けながらユーリがにっこりと笑い、それに負けじと艶やかな笑みを浮かべたユンナが、
「調子に乗らないの」
 つん、とユーリの鼻先を突いた。

 ――2人が知らない事は、実はもうひとつある。
 あのパズルのピースは、互いの想いが一致していなければ、繋がる事が無いと言う事。そして、たとえ完成したとしても、光り輝く事が無いと言う事。
 つまり、ユニコーンを完成させ、空に豊穣の験である巨大なユニコーンの像を投影する事が出来たと言う事は――なのだが、2人がその事実に気付く事は当然無かった。
「あーいたいた。どこに行っていたんですか、村でとんでもない事が起こったから、2人とも避難したって言われて探し回ってたんですよ?それと、ついさっき船が王都から到着しました。何か首捻ってましたけどね、停泊許可なんてあの場所にはいらないそうですよ」
 そんな折、今朝から行方不明になっていた部下が、ほっとした顔をして近づいて来た。
「ああ、そこから既に企画の中に入ってたわけか。――ま、楽しかったし、いいか。って僕ばかり楽しんでちゃいけないね。どうだった?」
「お祭り?そうね…騙されたのはちょっと嫌だけど、楽しめたのは間違いないわ」
「それは良かった」
「…ねえ」
 ほーっと心底嬉しそうな息を吐いたユーリに、ユンナがにっこりと笑う。
「うん?なんだい?」
「帰りは星空、見れそう?」
「……――――もちろんだとも!」
 ああでもまだ明るいから今帰るのは勿体無いし、と呟いたユーリがそうだ、と手を打って、部下に、
「今から皆連れて来るといい。今日も夕方まで居るつもりだから、船の中だと窮屈だろう?酒は控えてもらうけど、それ以外は好きにしていいから、って伝えて」
 何か嬉しい事があったかのように、上機嫌のユーリがそう言い、ユンナと目を合わせてぱちりとウインクした。
 慌てながらも嬉しそうに村を出て行く部下を見て、ユンナがくすっと笑う。
「と言う訳だ。たまきちも好きなだけ食べていいからね?」
 その言葉を聞いてきらーん、と目を輝かせたたまきちが、テーブルの上に積み重なった食べ物に突進して行く。
 ――それが、祭り最終日の光景だった。

*****

「ふぅ…」
「どうしたの?疲れた?」
「そりゃあね」
 船の欄干にもたれかかったユンナが、流れる星空を眺めながらゆっくり息を吐くのを、ユーリが心配そうに訊ね。
「でも、悪くないわ。こう言うのも」
「そう?――それなら、いいんだ」
 ユーリもふぅっと溜息を吐きながら、ユンナの隣で欄干に肘をかける。
 そして、2人ともただ黙って、夜の海と星が散らばる空を見る。――何か言いたそうな、それでも互いに口を開こうとしないその雰囲気は、決して悪いものでは無かった。
 下手に言葉にしてしまったら、却って今の気持ちは伝わらなかったかもしれない。
 …目を合わせる事も、手を重ねる事も無いまま。
 それでも何かが『繋がっている』と感じている2人を乗せて、スリーピングドラゴンII世号は、夜の海をエルザードに向けて静かに進み続けていた。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月23日

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