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『1Day 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 あるうららかな春の午後のこと。
 シリューナ・リュクテイアは、少しばかり暇をもてあましていた。週末とはいえ、これだけ暖かく天気もいいのだ。誰もが弁当片手に、ピクニックに出かけたい気分になってもしかたがない。ましてや、魔法薬屋を訪れようなどという者の方が、珍しいかもしれなかった。
(……それにしたって、暇すぎる。いつもなら、客の一人や二人は来るのに)
 小さくあくびを噛み殺し、彼女は胸に呟く。
 彼女がいるのは、魔法の薬を商う自分の店のカウンターの奥だった。いつもどおり、長い黒髪を背に流し、肌もあらわな衣服に身を包んだ彼女は、一見すると二十代ぐらいだろうか。しかし実際は、すでに二百年以上を生きる竜族の女だ。
 東京の片隅でこうして人の姿を取ってくらしているものの、実は彼女は別世界から空間を渡りこの地にやって来た、いわば異邦人だ。最も得意とする治癒と呪術系の魔法の効力を、液体に封じ込めて薬として売っているのが、この店だった。
 さほど宣伝もしていないし、本当にひっそりと営業している店だが、口コミで噂は広がり、それなりに客はやって来る。むしろ、今日のような日の方が稀だった。
(ひやかしの客も来ないとは……)
 小さく吐息をついて、彼女は店を早仕舞いして、どこかへでかけようかとふと考えを巡らせる。
 その時だった。入り口のドアにつけられた鈴が鳴り、同時に聞き慣れた声がする。
「お姉さまー。こんにちわー」
 陽気な挨拶と共に現れたのは、ファルス・ティレイラだった。シリューナと同じ長い黒髪と赤い目をした彼女は、十五歳。小麦色の肌の小柄で愛らしい少女だった。シリューナとは同族で、一応弟子ということになるだろうか。生活資金を稼ぐため、できることならなんでもやるフリーターだが、今は主に小包などの配達を中心とした仕事をしていた。
「どうした? ここのところ、姿を見せなかったが」
 弾むような足取りで、カウンターまでやって来たティレイラに、シリューナは訊いた。とりあえず、彼女と話していれば、退屈しのぎにはなるだろうと、考えながら。
「仕事が忙しかったんで〜す。ところでお姉さま、なんだか暇そうですねー」
「まあな」
 言われて、シリューナは苦笑する。そうして、ふいに思いついた。
(そうだ。せっかく、ティレが来たんだから、彼女で遊ぶっていうのも、ありだな。店を閉めて、どこかに出かけるのもいいが……ティレで遊ぶのは、もっと楽しそうだ)
 彼女の赤い唇に、艶やかな笑みが浮かぶ。それは、かすかに不穏な何かを秘めていたが、ティレイラはまったく気づいていないようだ。
「お姉さま?」
 怪訝な顔で首をかしげるティレイラに、シリューナは優しく微笑みかける。
「ティレが来てくれて、うれしいよ。今日はどういうわけか、まったく客が来なくて、少し退屈していた」
 言いながら彼女は、さてどうやってティレイラで遊ぼうかと、考えを巡らせた。
(そうだな……。前から、店の入り口に何か看板になる置物を置いたらどうかと、考えていたから……しばらく、それをやってもらおうか)
 胸の内に、ふふふと不気味な笑いを漏らしながら、彼女は口を開く。
「そうだ、ちょうどいい。店の入り口の上に、どうもツバメか何かが巣を作っているみたいなんだ。客に、糞とかかけられたら困るから、移動させたいって思ってたんだけど、一人じゃ無理だし……手伝ってくれるか?」
「はい! 任せて下さい」
 ティレイラは、彼女の企みも知らず、大きくうなずいた。
「じゃ、こっちへ来て」
 シリューナは、カウンターから出ると先に立って歩き出した。ティレイラもその後に続く。
 店の外に出て、シリューナは適当に屋根の上を指差した。
「あのあたりなんだが……はっきりとはわからないんだ。ティレ、ちょっと行って、見て来てくれるか?」
「いいですけど、どうしてお姉さまが自分で見ないんですかー? だって、翼を出せば……」
 小首をかしげて尋ねるティレイラに、シリューナはにっこりと笑いかける。
「ティレは、師匠である私に、意見するつもりか?」
「え……。別に、そおいうつもりじゃないですけどー」
 一瞬、言葉に詰まってティレイラは返した。経験上、彼女がこういう笑顔を見せる時には、逆らわない方が無難だと知っている。
「わかりました。行って見て来まーす」
 うなずいて彼女は、紫色の翼と二本の角、長い尻尾の生えた、飛翔可能な姿に変じる。そして、背中の翼を広げた。その瞬間。魔法の呪文が低くシリューナの口から放たれた。
「……!」
 逃げる暇も、防御する暇もない。
 かくして、ティレイラは一瞬にして、翼を広げかけた、角と尻尾を持つ少女の彫像に早変わりした。
 大きな丸い目を見張り、口をぽかんと開けたその姿は、「驚愕の表情」というよりも、なんだか間抜けで、妙に愛らしい。
 ちなみに、シリューナが彼女をこんな姿に変えて遊ぶのは、今が初めてのことではない。時々、悪戯心を起こして同じようなことをして、楽しんでいる。
「いつもながら、可愛いな」
 口元に会心の笑みを浮かべて、シリューナは呟いた。
「頬のこの丸みとか、大きな目とか、この翼とか……何かこう、心をくすぐるものがある」
 手で、彫像と化したティレイラの頬や目のあたり、翼などにいちいち触れてみながら、彼女はクスクスと笑う。「食べてしまいたいほど可愛い」という比喩表現があるけれど、こんな時のシリューナの心情は、それにずいぶんと近いかもしれない。
 とはいえ、動いて話したり笑ったりするティレイラの方が、もっと可愛いのはシリューナにもよくわかっていることだ。
 かけた石化の魔法の効力は、ほんの三十分程度のものだ。
 彼女がそうやって、一人楽しげに笑いながら、眺めたりあちこち触ったりしているうちに、すぐにそれは解けてしまう。
 彫像から、もとの動ける体に戻ったティレイラは、しばし小さく目をしばたたいて、自分の体を見回したりしていた。が、やっとシリューナに騙され、魔法をかけられたことに気づく。
「お姉さまったら、もう。また、私で遊びましたね」
「すまない。あんまり暇だったからな」
 怒るティレイラに、シリューナは笑いながらも謝った。だが、これまでもそうだったように、少しも悪いと思っていないのは、一目瞭然だ。何度も引っかかるティレイラもティレイラなのだが……それはこの際、棚上げにしておいて、彼女はぷいとそっぽを向いた。
「知りません。いくらお姉さまが謝っても、私、ぜ〜ったいに許しませんからね」
 本人は、最大級の怒りをそれで表しているのだろうが、シリューナの目からは、ただ可愛い仕草としか映らない。それでも彼女は、笑み崩れそうになる口元を必死に抑え、謝るそぶりを見せた。
「本当に、すまなかった。そうだ。昨日、お隣さんからリンゴのタルトをもらったんだ。ティレが来たら一緒に食べようと思って、取っておいてある。今から、お茶にしないか?」
「え? 本当ですか?」
 途端にティレイラは、怒っていたことも忘れて、そちらをふり返る。が、すぐに我に返って、小さく咳払いした。
「し、しかたないですね。リンゴのタルトに免じて、許してあげます」
「ありがとう。……じゃ、中へ戻ろうか」
 優しい微笑を見せて、シリューナは彼女の背に手をやって、店の中へと促す。ティレイラも、すぐに笑顔になってうなずくと、そちらへ歩き出した。
 そんな彼女を見下ろして、シリューナはこんなところも可愛いのだと、小さな笑みを口元に零す。むろん、当のティレイラがそれに気づいているはずは、なかったけれども――。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2005年05月20日

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