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『痛ェほどクール 』
黒贄・慶太4763



「うわあちょっとなんだあれ」
 その視線と言葉なんざ、ちっとも痛かァねェんだよ。つうか快感? おマエらみんなオレを見ろ。そんでもってビビりやがれ。オレは身体はってこんなことしてんだ。どうよ、真似できねェだろ。他人がヤがって避けるコト、オレはすすんでやってんだよ。
 引けよ、ドン引けよ、それがオレにとっては賞賛だ。あアあ、ピアスもタトゥーもアレもコレも、まだ刻めるトコは山ほど残ってる。おマエら素人は言うんだろ、「どっこ次開けっかな」っつったら、「どこに開けるとこあンだよ」ってな。
 トーシロ!
 よく見やがれ。
 変えられるトコの方がまだ多いんだよ! 究極? ジグソウ男、知ってッか? あーゆーのを言うんだよ!
 オレは開け続けて変え続けてくぜ、おマエらがオレを「ちがう」って思ってくれる限り。
 おオ! オレはちがうんだ! おマエらたァちがう! 
 おマエらだってだれひとり、おんなじようにゃ見えやしない。
 似てる、っつうのさ、同じじゃない。
 けどオレは、
 誰かに似るのだって、カンベンなンさ。



 よほどの度胸があるか、或いは何も考えていない者でなければ、黒贄慶太に近づいて声をかけることなど出来ない。今日のファッションは素肌に黒革ベストと革パンツ。そのスタイルもさることながら、彼の容姿は『痛かった』。タトゥーが当たり前以下の存在として肌に刻まれ、ナベルとニップルではピアスが光っている。耳のピアスもまた、そこにあるのが常識であるかのようだ。唇と左耳が、チェーンで繋がっている。
 左腕には、ブランディングかスカリフィケーションか。どっちも同じか。ともかく、火傷のような芸術の痕がある。禍々しくも見える模様を、膨れ上がった赤が象っているのだ。
 左胸には十字傷。
 ベストを脱げば、背のトライバルがあらわになろう。
 彼が舌を出せば、彼の眼前に立つものはピアスつきのスプリットタンを拝むはめになる。
 彼はわざわざことばに表して「すげェだろ! どうよ!」などとはひとに問わぬ。何故なら、返ってくるのが「いたそー!」的なことばだと相場がきまっているからだ。痛そう、うわぁ、などという感想に、もはや彼は飽きていた。
 SAY! “It‘s so COOOOOOOOL!!!”

 3ケ月まえに開けたネイプがすっかり落ち着いて、慶太のこころは浮ついていた。たまらなくむずむずするのだ。自分の身体が何の緊張も痛みも持っていないと、逆に不安になってくるような気がする。それに何より、周囲が自分の姿に見慣れていくのが我慢ならん。また開けなくてはならないのだ。変えたくてたまらない。
 誰かが容易に真似できないオシャレをするのだ。クールに。カッコよく。有りなカンジで。
 だから彼は、今日も馴染みのピアススタジオに、ぶらりとアポなしで顔を出した。

「よォ、っと」
「おーオーお、K太じゃんかァ、ネイプどーよどーよ、出ちまってねえ?」
「出るわきゃねェだろネイプがよォ! オレぁこれでもちゃんと世話してんのよ」
「あーアーあ、カーブド入れたンだもンな、ちゃんとしてりゃ出ねーわなー」
「マディソンどーよ! そろそろ出るべ!」
「出ねェ、ってばよ! ナックルとワケ違うだろうがよ! 出てももっかい開けっけど!」
「そんでそんで? 今日どっか開け?」
「予約だいじょぶか?」
「今日はカンコ鳥」
「んじゃま、どっか開けますか」
「ハンドウェブいけや!」
「バーカ! 手ェ使えなくなったら仕事出来ねェよ!」
「根性なし! 超チキン!」
「うっせ! あんたァインプラントで泣いたンだろうが!」
「うはー、なんで知ってんのー!」
「こン辺りじゃもうみんな知ってるぜ!」
「そのハナシは置いといてー、マジどこ開けるって!」
「耳で痛ェとこ!」
「んじゃスナッグかぁ、ロックかぁ、ちげェや、耳の究極ッたら、ぢつはアンチトラガスなんだぜ」
「がー、トラガス辺りは開けっとイヤホン出来なくなっちまうなあ」
「おめ今さら何言ってんだ、ナンコツ開けたら音楽は捨てろ!」
「今さら? あーあー、マジで今さら。んじゃアンチトラガス、左で行くわ」

 消毒薬の香りがたちこめる、いつもと変わらぬピアッシング・ブースに、ふたりの男は入っていく。サウナにでも入るような気楽さで、身体に穴を開ける拷問部屋にみずから入っていく。
 慶太が贔屓にしているピアッサーは、口ぶりはバカだが、腕は確かだ。本場アメリカで5年ちかく修業を積んでいる。マスクと薄手のゴム手袋を、慣れた調子で身につけていく。慶太も慶太で、背もたれのついた黒い革張りのチェアに腰かけた。
 はあ、ふう、
 一応深呼吸。身体に穴を開ける痛みは、何度味わっても慣れることはない。ナイフで指先を切る痛みを、ひとはいくつになっても恐れるものだ。
「K太、おまーさん、なんで左ばっか開けんの?」
「特に理由ない、つーことにしといてくれ。実はあるんだが」
「んー、んじゃ、理由なしっつーことでー」
 アンチトラガスに顔料インクのマジックでマーキング。ペンをゴミ箱に投げ捨て、ゴム手袋を投げ捨てる。新しいゴム手袋をはめ、オートクレーブからニードルを取り出す。
「ピアス、色つきチタン? キレーなの入ったよ」
「うんにゃ、ふつーので」
「ラヂャ」
 サージカルステンレスのバーベルも、オートクレーブからひょいと取り出す。ゴム手袋を捨てる。また新しいゴム手袋参上。
「アンチトラガス、貫通距離ナンコツん中ダントツな。いつも通り息吸って吐く。吐いたらおれっちニードル刺すよ。よろしくお願いします」
「あいよ、よろしく」
「あい、いいよ」
 耳の軟骨に確かに感じる、ああ、14ゲージのニードルの冷たさ、鋭利さよ。
 慶太は息を、
 すううと吸って、
 はああと吐いた。


 ゴリッ!!


 痛みは痛み!
 あア痛い!
 骨を切り開いてステンレスの針が進む進む。早く進め、早く早く。耳が燃える、汗が浮いてくる、ゴリゴリゴリゴリいう音は、耳で起きている音だから、もうものすごい騒音だ。
 がるるるる、慶太は唸り声を漏らしかけた。
 いつもそうだ。アンパラングを開けたときは唸っていたかもしれない。
「ピアス通すよ」
 頷けない。
 なので、勝手にピアッサーはピアスを通すのだ。ニードルの尻にバーベルのシャフトを押しつけて、ぐいぐいぐいぐい押していく。耳を縫う針だ。ニードルがアンチトラガスを通り抜けた。
 腕がいい! やっぱり腕がいい! 血が一滴も流れていないぢゃないか!
「も少し辛抱。ビーズはめます・す」
「うー」
「痛かった? どーよアンチトラガス、強敵だろ」
「うーうーう」
「熊みてーに唸らない。完治まで1年な。かわいがってやってつかぁさい」
 ピアス代込みで1万5000円、パタパタ飛んでいく、動悸と興奮とともに。
 ぽいぽい、ニードルとゴム手袋とマスクはゴミ箱の中へ。


 痛い……熱い。熱い熱い。
 ――ここ、ドコだっけな。あ、原宿か。やっべぇ、道間違えた。
 頭の中には、赤い霧がかかっている。痛みと満足感が、どくどくと脈を打ち、慶太の中のケモノを押しつぶそうとしている。
 ふらふらと、意識ははっきりしているのに朦朧と、黒贄慶太は原宿を横切った。
 アンチトラガス。
 強敵だった。
末永くお付き合いできますように。




 わかるヤツだけわかってくれや! うはは、
 んじゃな!




<END>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月20日

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