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『+ 消えない光輝 + 』
ルヌーン・キグリル2656)&ナーディル・K(2606)


■■■■



 懐かしの光に出会う瞬間。
 きっと私は声をあげるでしょう。

 それでも一人で?
 それでも独りで。

 その光に触れた瞬間、私は微笑むでしょう。



■■■■



「き、もち……わ、るぃ……」


 水を含み口元を押さえる。
 乾いた口内をやっとの思いで潤し、そして吐き出すと僅かに細菌が繁殖したような唾液の糸が伸びた。それを手の甲で拭き、もう一度喉の奥から洗浄する。ぐっと痙攣し、横隔膜が震える。咽る勢いのまま身体を前のめりにさせる。胸が激しく上下に動いているのが分かった。


 ここ数日、嫌な夢を見る。
 しかし、その内容は覚えていない。本来夢とは毎日見るもので、それらは記憶しているかしていないかで『今日は見た』、『今日は見なかった』と分けられる。そして自分が見ているものは後者だ。記憶出来ない夢なのだ。
 だからこそ起きた瞬間に思うこと、そして感じることは唯一つ。


 嫌な夢を見た。


 割り切ってしまえばいいのだろう。
 これは夢だ。夢以外の何者でもない。気に病むことは何もない……と。最初の内は確かにそうだった。しかしそれが何日も続けば流石に精神にも負荷が掛かり、肉体的にも支障をきたす。
 だからこそ、するべきことは気持ちを切り替える。


「……」


 扉の方に視線を向ける。
 外は明るい朝方。太陽の光が燦々と辺りを照らし始めた時間帯。私は濡れた手、そして口元を確認する。毎朝、汗に滲んだ状態で起きるのはもうたくさん。
 細かな荷物を手に足を踏み出すまでの時間は僅か。


 外は、やはり目に痛い光で満ちていた。



■■■



 心の中に在る優しい思い出が。
 今の私を支え。
 そして。
 柔らかく包んだ。



 嫌な予感がした。
 外に出て聖都に伸びている道に出た瞬間、自分と対するようにやってきた人影に本能的に警鐘が鳴ったのだ。この予感が的中しなければ良い。目を軽く伏せ、なるべく視線を合わさないように努力する。元々歩みが遅い自分。それはマンドレイクになってしまった弊害の一つ。討伐隊で生き残った私の背負った苦しみの持続の素。


 右手で左腕をぎゅぅっと掴み、すれ違う時間を待つ。
 歪んだ服の皺が深く刻まれる。自分から向かい、相手が通り過ぎる瞬間が……酷く怖い。
 だが、害悪なモノに対する警鐘は、嫌でも当たるもの。


「……お前、マンドレイクじゃねえかッ 」


 偏見。
 魔物に対しての偏った悪意のある見解。一瞬にして相手は持っていた剣をその手に携える。そこまで影が動いてからやっと私は顔を持ち上げた。頭の上に生えている葉っぱがかさかさ音を立てる。ゆっくりと見つめたその先には、ぎらっと光る剣の刃。
 足が揺らぎ、次の瞬間地面に刺さったのは剣先。よろけた身体を安定させると、相手の観察を始めた。


 目が覚めたばかりのためか、思考が安定しない。
 一方的に相手が自分に対して敵意を抱いているのが分かる。其処に宿っている意思など無視し、『其れ』であると言う事だけで殺戮対象に変えてしまう愚かな思想の気配が痛々しい。
 戦士、だ。そして男性。嫌なタイプだと思う。少なくとも自分にとっては害にしかならない性質の持ち主だ。その証拠に向かってくる相手は私を見ていない。


 悪夢に侵された身体が足元を揺らがせる。
 それでも何とか避け続け、逃げようと思考を巡らした。しかし、体力と行動のスピードが元々違う。


 縺れる足。
 不幸にも転がってしまった身体。
 自分の上に大きく広がる……黒い影。


「ちょっとッ!! 貴方何してるのっ!?」


 そして聞こえてきたのは、声。


「ああん? 見て分かんねえか。この世界に有害なモンを殺そうとしてんだよ」
「何言ってるのッ! そのマンドレイク、全く殺意や攻撃心ってものがないじゃない。貴方がやっていることはただの虐め、低レベルなことだわ」
「何ぃッ!? 手前、行き成り出てきてくだらねえことぺちゃくちゃ言いやがって……そっちの肩を持つなら手前も俺の敵だっ!!」
「ああ、やだわー。低脳、って!!」


 影が二つ揺れる。
 上方から零れ落ちてくる言葉の欠片を耳に入れながら、ひくっと喉を震わせる。恐怖のために喉が凍りついたのか、悲鳴すら上手く出なかった。元々口調が緩慢過ぎるほど遅いが、完全に出ないとなるとやっかいだ。
 目の前で始まったのは戦闘。
 剣を組み合い、そして跳ね返る金属のような音が乱反射して森の中に響く。


 ぎゅぅっと目を硬く閉ざし、二人の様子を見ないようにする。
 思い出したくもない戦争の情景が吹き出そうで慌てて記憶の蓋を閉めた。


「ちっ、覚えてろよッ!! 今度あったらただじゃおかねえ!」
「はん、逃げる奴ってどうしてあそこまで似たようなセリフしか吐かないのかしら」


 駆けていく足音が段々と遠ざかる。
 終わったのかと瞼をそっと開ける。風に触れる木々の葉の音が優しく鼓膜を振るわせた。
 視界には女の人が一人。黒衣に身を包みすらりとした体格の女性だ。白い肌に腰下まで伸ばされた綺麗な黒髪が良く映える。
 人間……いや、何かが混じっている気配。


 助けて貰ったのならばお礼を言わなければいけない。
 情けないながらも地面に転がっていた身体をゆるぅりと持ち上げる。立ち上がると当然視界の高さも変り、相手のことが良く見えた。
 お礼を言うために唇を開く。
 そして。


 凍った。


「貴方、大丈夫?」


 信じられなかった。


「あーあ、綺麗な服が汚れて……何処か怪我はない?」


 心が異常に喜び、そして動揺していた。


「あら、膝を擦り剥いているわね。怪我の手当てしましょうか」
「……あ、ぃ……い、いえ……へい、き……です」
「そう? 一応水で洗っておいた方がいいと思うのだけど」
「これ……くらい、なら……す、ぐ……に治り、……ます、から」


 手を顔の前で左右に動かす。
 それすらも人よりかは遅い速度。呪いの事を悟られないように出来るだけ身体には近付けたくなかった。それだけが理由ではないのだけれど、それでも自分はマンドレイクで、相手のような人には受け入れられにくい。


「じゃあ、私はもう行くわね。もうあんなのに引っ掛かっちゃ駄目よ?」
「あ……あ、の」
「……?」


 それでも助けてくれたことが嬉しくて使いにくい顔の筋肉を必死に動かす。引き攣っているかもしれない。でも、笑いかけたくて動かした。


「あ……りが、と……う……ご、ざ……いまし…………た。あ、の……おなま、えい……いです……か?」


 くっと頭を傾ける。
 ざわざわ音を立ててしな垂れる葉。それらはまるで心の中のざわめきを現すかのように騒いでいた。
 ざわざわざわ。
 萎縮し、そして安堵する感情。


 くすっと柔らかな笑みを返されて嬉しくなる。
 ああ、この人は変らない。外見は年嵩の分だけ変えてもあの頃の記憶のままの雰囲気を身に纏っている人。黒い髪、青瞳。やや長い耳はハーフエルフの証。


「私はナーディル。ナーディル・Kよ。ふふ。Kはね、キグリル・クイーン・キルの略よ。長いから略しているの」


 私にそっと乗せられたその手は昔、自分と繋がれていた。
 そして今、ふわりと笑いかけてくるその笑顔は温かく。


「じゃあね、マンドレイクのお嬢さん。本当に気を付けなさい」


 髪が風に靡き、去っていく背中を見た。
 小さくなっていく輪郭に胸が締め付けられて呼吸が苦しくなる。口元に手を持ち上げ、震える唇に触れた。確認のように口内で呟く名前。繰り返し呼び、馴染んだ単語。


 ああ、ああ。
 貴方の背中を追いかけ、走っていた日々を思い出す。丘での追いかけっこ。花畑で作った冠。覚えているわ、全部。こんな姿になっても忘れないもの。


 私は嬉しい。
 貴方に逢えてとても嬉しい。自分に掛かっている呪いを伝えることは出来ない。そして真実を言葉にすることは出来ない。
 でも此処よ。
 私は……ルヌーン・キグリルは此処にいるの。気が付いてなんて他力本願で浅ましい願いは言わない。


 嬉しい。
 逢えて嬉しい。


「……お、ね……ぇちゃ……ん…………っ」


 この声が届くことはない。
 けれど震えた唇は何度も呼ぶ。そんな私を見ていたのは森の木々達だけ。聞いていたのも風達だけ。流されて消える声は何処にも届かない。


 でも。
 嬉しい気持ちは、消えないのよ。





…Fin






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 こんにちは、蒼木裕です。
 思慕を表現するには一人称の方が表現出来ると思いましたので、今回はルヌーン様の視点で進ませて頂きました。少しでも心情が表現出来ていると嬉しいのですが……;;
 丁寧な発注文章でとても嬉しかったですv本当に有難う御座いましたっ。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月18日

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