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『月の光は懐かしく 』
カーディナル・スプランディド2728

 聖都エルザード。ソーンの世界の中でも、最も活気あふれるこの都には、一攫千金を夢見る冒険者や、新たな知を希求する学者、自らの腕を試したい職人たち、そしてそれを相手によからぬことをたくらむならず者たちなど、世界中からさまざまな人が集まってくる。リンクスの魔石練師、カーディことカーディナル・スプランディドもその一人だった。成猫を機に故郷の師の元を離れて、独りこの聖都に出て来たのだ。
 が。
「あーつーいー」
 1度、2度、3度と寝返りをうった後で、ついにカーディはもう我慢できない、とばかりにベッドの上に起き上がった。
「どうして夜なのにこんなに暑いの……?」
 がっくりとうなだれると、いつもは元気な茶キジの尻尾もへなりと垂れ下がる。
 夜の暑さは昼の暑さとはまた違ったたちの悪さがある。動きのないじとっとした空気がぴったりと張り付いてくるようで、体温が全く逃げていかない。まるで体中に湯気がつまって、それがぐるぐる回っているかのようだ。窓から差し込む月の薄明かりに部屋の中がぼんやりと浮かび上がるその様が、うっとうしさに拍車をかけていた。
 ふさふさした毛皮に覆われた猫族のカーディにとって、いまだ安定しない魔石練師としての生活基盤に加え、この暑さは大きな悩みのタネだった。
「これじゃあ眠れないよ……」
 カーディは小さく溜息をついた。が、ここでいつまでもくさってはいないのがカーディだ。ふと思い直したようにぱっと顔を上げる。
「どうせ眠れないなら、次の魔石のアイディア考えよっと」
 つい先日もこの現状を打破すべく、一念発起して部屋に冷気を満たす魔石『涼風』の練成にとりかかったところだった。実際にはまだ完成してはいないのだが、だいぶイメージも固まってきたし、完成する日はもう間近と思われた。すでにカーディの頭の中では、完成することが前提になってしまっている。根っから楽天的なカーディのこと、考えだけはさらに先へ先へと進んで行く。
「『涼風』はたくさんの人が欲しがるものだったから……、今度は常連客がつくようなのがいいなぁ……」
 魔石練師にとって、他の商売以上に固定客の存在は大きい。収入を安定させるために欠かせないというだけでなく、相手の細かな要望に応える魔石を作り出せることは、その実力の証明にもなる。高度な技術を持つ魔石練師の中には、パトロン的な常連客を持つ者も多い。
「……となると、ある程度ぜいたくなもので、ここぞという時に必要そうなもの……かなぁ……」
 今回は、ターゲットを絞り込む必要がある。カーディは腕組みをすると小首を傾げて考えを巡らせ始めた。
 が。
「……暑いよ……」
 頭の中を埋めるような熱気に思考を遮られ、数分と経たぬうちにがっくりとうなだれる。こうも暑けりゃ、まとまる考えもまとまらない。
 カーディは一度考えるのをやめると、薄闇の中、ふらふらと玄関の方へと歩いていった。そして、その扉をほんのわずか押し開ける。開いた細い隙間からは、しっとりとした風がそっと吹き込んできた。
「あ、外は結構涼しいんだ……」
 カーディは安堵の声をもらし、そのまま大きく扉を押し開けた。少しひやりとした空気とともに、柔らかい銀色の光がさあっと差し込んでくる。
「あ……。お月様」
 真っ黒な夜空の真ん中に、真ん丸の大きな月がぽっかりと浮かんでいた。
「きれい……」
 思わずそう呟いて、カーディは家の外へと出た。
 月の光に照らされて、夜の聖都は昼の喧噪とは全く違った姿を現していた。静かに薄闇に沈んだその様子は、別の世界のようにさえ見える。今、よく知った家を訪ねたら全然知らない住人が出てくるのではないかと思う程に。
 そう見えるのもこの月の光のせいだろうか。
「そうだ!」
 小さく口を開けて月に見とれていたカーディは、おもむろに、ぽん、と手を打った。
 この月の光の下でしか活動できない種族というのも、このソーンの世界には存在する。そのような人のために、月夜を再現するような魔石を作れば売れるのではないか。
 都合の良い時に「夜」を作り出すのだから、一つ間違えれば悪用されかねないが、そのようなことを企む者には売らなければいいだけの話だ。猫には、相手の性質を直感的に嗅ぎ分ける鼻がある。
 ふわ、とカーディは大きなあくびを一つした。暑さからも解放され、アイディアが浮かんで満足すれば、急に眠気が湧いてくる。魔石の練成は明日に回して、今夜はそれに備えて眠ることに決め、カーディは再び月を見上げた。
「お月様って……、ハムに似てるよねぇ」
 おいしそう、と小さく呟く。成猫したとはいえ、弱冠15歳、まだまだ中身は育ち盛りのカーディだった。

「さて、と」
 魔石練成用の部屋の中心に立ち、カーディは確かめるかのようにくるりと室内を見回した。今日も相変わらず暑いが、これから大事な魔石練成を始めるのだ、気にしてなどいられない。
 一つ大きく息をつき、カーディは魔力を凝縮すべく精神を集中させた。月の光を再現するため、闇属性と光属性を適度な強さで合わせなくてはならない。
 確かな手応えを感じて、カーディは目を開けた。結晶した魔石をさっそく解放してみる。
 インクを流したかのような黒い闇がさあっと流れ出て部屋中に広がり、次いで仄かな銀色の光が静かに差す。出来は上々に見えた。
 だが。
「……何か違う」
 淡い光を浴びながら、カーディは首を傾げた。闇と光のバランスはちょうど良いはずだ。けれども、何か物足りないものを感じる。
「うーん、もう1回やってみるかなぁ……」
 呟きとともに魔力はカーディへと戻ってきた。早速、もう一度魔力を凝集させる。
「……やっぱり違う……」
何度かの挑戦の後に、カーディは集中を解き、床に座り込んだ。
「何か足りないんだよね……。何だろう?」
 呟きながら、ふと窓の外に目を遣る。何度も「夜」にしていたので気づかなかったが、外には白い日が高々と昇っている。 
「ああっ! アルバイト行かなきゃっ!」
 午後の予定を思い出し、カーディは慌てて立ち上がり、バタバタと支度を始めた。未だ修行中の哀しさ、アルバイトなしには生活が立ち行かない。
 絶対魔石練成を成功させて、本業だけで生活できるようになるんだ、と再び心に誓いながらカーディは家を飛び出した。

 その夜。カーディは再び月を見上げた。
「やっぱりハムに似てるよね……」
 郷里で見ていた冴えた蒼い月よりも、聖都の月はすこしぼんやりとして柔らかい。だから余計にハムに見えるんだ、そんなことを考えたカーディの胸に、ふと郷里の人たちの顔が浮かぶ。
「みんなどうしてるんだろう……」
 小さく口に出すと、急に胸が熱くなってきた。気のせいか、月の光もじんわり優しげに見える。辛い修行中、郷里で見上げた月は硬くて冷たく見えたのに。
「お月様って、冷たくて優しくて、キンキンしててほわっとしてて、とっても懐かしくて……。まるでお師匠さんみたいだ……」
 ふと湧いて来た感情を口にすれば、胸にじんと響く。
「そっか、『心』だ」
 急に昼間の魔石練成に足りなかったものに気づいて、カーディは月を見上げたまま呟いた。月の光は、ただ薄明るいだけでなく、人に様々な気持ちを起こさせる。
「でも、お師匠さんはハムには似てないけどね」
 未だ胸に残る余韻をごまかすかのように、カーディは小さくそう付け足した。

「……できたぁ! 魔石『月光』」
 翌日。闇と光に心の属性を加えて魔石を練成し、カーディは喜びの声をあげた。
 部屋に広がる闇から差す光は、どことなく柔らかで、そして冷たくもあり、何よりも懐かしい。まさに月のそれだった。 
「これが、あたしの月……。『あたしの』?」
 満足げに呟いたカーディは、思わず口にした自分の言葉に気づいて、それを繰り返した。
 この「月」はカーディのイメージを形にしたものだ。魔石を相手に売る段になって、その相手にふさわしい形に調整するには他の魔石よりも手間がかかるかもしれない。
「……でも、ま、いっか」
 カーディは小さく笑みをもらしてそっと目を閉じた。今は、この心地よい月の光を浴びていたい。胸に広がる懐かしさをかみしめつつ、魔石が売れたらちょっと奮発して厚めのハムを食べたいなぁ、とか思いながら。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
沙月亜衣 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月18日

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