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『桜の紡ぎ出す物語 』
安藤・結世2773)&九重・蒼(2479)


 花びらが舞い散る様に胸の中に降り積もった思い出
 その欠片は何処にある?



 都会にありながらも、静かな佇まいを見せる高級料亭。
 そこは上流階級の集う隠れ家的存在で、名だたる要人や起業家がよく訪れている場所としてその手の者達には有名だった。
 そこの売りは季節によって様々な花を楽しむ事が出来る日本庭園で、今の季節ならば離れから見える大きな桜の木が見頃だろう。丁度満開の桜の木は遠くから見ても堂々としていて見事だった。青空の下、美しく咲き誇っている。
 そして今日、その離れでそう大きくはないが春の宴が催される事となった。ただし規模は大きくはないが、そこに呼ばれた者達にとっては重要な意味合いを持っている。
 現在、あまり関係の良くない方向へと向かっている安藤家と九重家そして他にも名家と名高い家が集まる。
 こういった宴は互いのパイプを繋ぐということにも一役買っている。
 それと相手の現在の動向を知るという上でも、重要な宴であると言えた。業界では情報が一番の武器になる事が多い。相手を生かすも殺すも、そして自分が生き延びる為にも情報は不可欠だった。
 しかし腹の探り合いとも言える場所だったが、宴は宴だ。
 美しい花には、隣で微笑む花もあるに越した事はない。
 安藤家から出席したのは、安藤・結世だった。

「こちらでございます」

 そう言って案内された離れに向かう渡り廊下を歩きながら、結世は花曇りの中咲き誇る満開の桜を眺めた。
 聞き及んではいたが、庭園の中心近くの満開の桜は素晴らしい。
 しかし結世はその桜に埋もれる様にもう少し奥まった所に咲いている桜に目を奪われた。満開の桜よりも少し赤みを帯びている桜もこの料亭では有名なものだった。少し淋しげに咲く花。こんな場所でひっそりと存在に気付いて欲しいという様に笑顔を振りまき、声を上げる自分の様だ、と一瞬脳裏を掠める思考。
 結世はその片隅に咲いている桜には触れず、満開の桜にのみ感想を述べる。あまり余計な事は言わないで良い、と学んだのは何時の事だったか。結世はもうそれを思い出せないでいた。

「桜の花、噂には聞いておりましたけど本当に見事ですわね」
「ありがとうございます。今年は春の宴に丁度良い頃に満開になりまして。お嬢様の到着を待ち望んでいたかのようございます」

 まぁ、と微笑んで見せた結世に笑顔で返す女中。

「それではどうぞごゆっくり」

 軽く会釈をした女中は結世を座敷に残し去っていった。
 結世は先に来ている者達に、床に手をつき挨拶をする。

「本日はこの様な素晴らしい席にお招き頂き、誠に有り難うございます」
「いやいや、堅苦しい挨拶は抜きにして、さぁこちらへ」
「ありがとうございます。皆様お元気そうでなによりですわ」

 手招きをされ、結世は与えられた席へと座る。するとあちこちから結世に向かって声が飛んできた。

「結世さまもますますお美しくなられて」
「あら、嬉しいお言葉ありがとうございます。でも本日のメインは春の名物ともいえる桜でございましょう? 渡り廊下から拝見した桜、本当に見事でございました。ご覧になりました?」
「あぁ、見たとも。今年はいつになく素晴らしい花を咲かせている様だ」
「あれを肴に酒を飲むのは美味いぞ。だが、お嬢様にはもう少し先の話か」
「そうですわね。ぜひ、お酒を飲める様になりましたら、お相手して下さいませ」
「あぁ、忘れないとも」

 部屋に響く笑い声。
 結世は年配との会話にも臆することなく返答を返し、人々の笑顔を勝ち取っていた。
 ここまで来るのには長い道のりだった様な気もするが、今ではもうそれが自然になってきている。
 そろそろ開始時間になると結世が思って辺りをさりげなく見渡すが、未だにまばらに席は空いている。
 しかしその場を牛耳っている男が、時間になった事だから先に始める事にしよう、と告げ、桜の見える離れでは宴会が始まった。
 皆、当たり障りのないたわいのない話で盛り上がる。
 挨拶周りをし終えた結世は、少し外の空気に当たってきますね、と近くの人に告げ庭へと降り立った。
 間近で見る満開の桜には圧倒される様だったが、その前を通り過ぎ結世は奥まった所に咲く桜の元へと向かう。
 こちらも桜は美しく咲き誇っていた。
 ほんのりと赤みを帯びた桜の花びらは、結世が手を伸ばせばすぐに届きそうな位の高さにある。
 すっ、と手を差し伸べた結世は近くに一人の青年の姿を見つけ動きを止めた。
 離れに来ているという事は青年も宴へ呼ばれた者の一人という事だろう。すらりとした長身の青年は整った顔立ちをしており、身につけている衣服もかなり上等な品物のようだった。
 結世はそこまで自分と歳が離れているとは思わなかった。自分と同じように、行ってこい、と言いつかってやってきたのだろうと予想する。
 ここは気を抜けない、と結世はいつもの笑みを浮かべて軽く会釈をした。
 すると青年もにこやかに微笑んで、結世の隣へとやってくる。

「あなたもこの桜を見にいらしたのですか?」
「あぁ、あの渡り廊下から見えたので」
「私と同じですね。あちらの満開の桜も本当に見事だと思いますけど、こちらの慎ましく咲いていている桜が気になってしまって‥‥」
「色があっちよりも少し濃いから‥‥という訳でもなさそうだけどな」
「なにか惹かれるものがあったのかしら?」
「さぁ、どうだろう。でも春は本当に桜が綺麗だ」
「えぇ。‥‥そうそう、こちらの桜にまつわる話をご存じ?」

 当たり障りのない会話をしていた二人だったが、小首を傾げながら結世は青年に尋ねる。
 この桜には様々な言い伝えや昔話が残っていたが、どれも悲恋絡みでとても哀しい結末ばかりだった。
 桜の前で愛を誓い合ったものの、無惨にも引き裂かれ一生出会う事の出来なかった男女の物語やそういった類の話が色々と囁かれ、今に至っている。
 桜の根元には死体が埋まっているだの噂には事欠かないが、この料亭の桜は悲恋ばかりが伝わり、そしてそれが語られているなど寂しい事この上ない。中には楽しげな話題があっても良さそうだったが。
 そんなことを考えていると、青年が結世の問いに答える。

「なんでも悲恋で終わる話が多いとか」
「えぇ、そうなんです。だからかしら。さっきからこの桜が寂しげに見えて‥‥」

 そう呟きながら再び結世が桜の花びらに手を伸ばす。
 しかし再びその手が途中で止まった。青年が紡ぎ出す言葉によって。

「桜は人の心を映す鏡だから。哀しい気分で見ればそうなるのかもな」
「哀しい気分?」

 結世は桜から視線を青年へと移した。そして考える。
 青年の言う通り、自分は哀しい気分で桜を見上げていたのだろうかと。
 ぽつん、と片隅で咲く花を哀れだと思ったのだろうかと。
 しかしすぐに先ほどこの桜をまるで自分の様だと思ったということを思いだし、青年の言葉が本当かもしれないと結世は思った。
 
 桜の花びらがゆらりと二人の間を舞う。

「けど、幹はどっしりしているし、内に秘めた生命力を感じるよ。二人で楽しい桜の話でも考えようか? そうすればきっとこの桜も楽しげに見えるんじゃないかな」

 屈託なく笑い結世に笑顔を向ける青年が、記憶の中の少年の笑顔と重なる気がして結世は瞳を瞬かせる。
 胸の中に積み上げた記憶の欠片の断片と重なり合う様な気がした。
 しかし確証は何処にもない。
 青年がいつからこの世界に足を突っ込んでいるのかも分からず、ましてや結世は初めて見る顔だと思ったのだ。
 それでも自分の心の支えとなった少年と目の前の青年の姿を重ねてしまう。
 結世の口をついて出る言葉はそんな想いが発させたのかもしれない。

「あの‥‥お名前は‥‥?」

 そう結世が聞きかけた時、突然強い風が吹いて庭の桜の花を散らす。
 それを、風に巻き上げられた髪の毛を押さえながら結世は見つめる。青年も同じように舞う桜の花びらを見つめていた。
 満開の桜とそして目の前の桜の花びらが混ざり合い、まるで紅白の様に揺らめいて二人の間を通り過ぎていく。
 緩やかに、けれど二人の間をどこか楽しげに舞う花びら。
 寂しさなど消されてしまう様な艶やかさがあった。

 風に乗り遠くで誰かを呼ぶ声が聞こえる。ぼんやりとしか結世には聞き取る事が出来なかったが、青年には聞こえていた様だ。
 振り返りその人物に軽く手を挙げた青年は、じゃあ、また‥‥と結世に背を向ける。
 名前‥‥、と胸の内で結世が呟いた声が聞こえたのか、青年はくるりと振り返り告げた。

「あぁ、そうだ。俺の名前は九重蒼」
「私は安藤結世です」
「‥‥また、会えるかもしれないな。その時には楽しい桜の話でも」
「はい」

 にこり、と笑みを浮かべた結世に蒼も微笑みを返し、今度こそ立ち去る。
 その背をずっと結世は見つめていた。

 ひらり、と桜の花びらが一枚結世の目の前へ降りてくる。
 それを掌で受けながら、結世はその花びらに乗せる様にもう一度名前を呟く。

「九重蒼‥‥」

 ふぅっ、と軽くその桜の花びらに息を吹きかける結世。
 その花びらは風に乗り、蒼の遠ざかる背中を眺める結世の視界をゆっくりと舞った。

 次に会う時には楽しい桜の話を。
 桜は心を移す鏡。
 それならば楽しいことを考えられる自分で居られる様にと結世は願う。
 春の日溜まりの中で結世は、遠ざかる蒼の姿を見つめていた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月16日

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