▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『桜色のたまご 』
琉雨2067)&エルバード・ウイッシュテン(1985)


 空が茜色に染まり、色白な琉雨の頬を照らす。
 しかし琉雨の頬は夕暮れ時の日の光を受けて赤いのではなく、もっと他の理由で赤みを帯びていた。
 ダルダロスの黒夜塔から無事に脱出した琉雨とエルバード・ウイッシュテンは、現在塔の近くに住んでいる少女の家へと向かう途中だった。

「あの‥‥やっぱり一人で歩けますから‥‥」
「却下」

 にこやかな笑みでエルバードは琉雨の言葉を遮った。
 琉雨は更に頬を赤く染め、俯く。
 先の戦闘で琉雨は力の全てを使い切っており、今はエルバードに横抱きにされている状態での移動だった。
 それを恥ずかしがった琉雨が無理だというエルバードの言葉を否定し降ろして貰った時のこと。自分自身の力で歩こうとしたのだが、力が入らずそのままぺたんと地面に座り込んでしまったのだ。
 先ほどそんなやりとりがあった為、琉雨は恥ずかしくてもエルバードの言葉に従わざるを得ない。
 しかしどうにも居心地が悪い。
 他人の温もりは時に安心出来るが、今の場合は心臓が早鐘を打ちそのまま破裂でもしてしまいそうな気がしてならない。
 琉雨の頬は火照りっぱなしで、心臓の音がエルバードに聞こえてしまっているのではないかと気が気ではなかった。
 しかしエルバードは何も言わず、琉雨を抱えたまま移動していく。
 ようやく少女の家へと辿り着いた時、琉雨はほっとした溜息を吐いた。

「おかえりなさい。‥‥琉雨さんどうかされたんですか?」
「ああ、ちょっとな」
「大変。でも今度はベッド用意してましたので平気ですよ。さぁ、どうぞ」
「へっ? だって今朝はベッドなんて‥‥」

 エルバードが素っ頓狂な声をあげると、少女はそのまま二人を中へと促しながら告げた。

「あるものはあるんです。こちらへどうぞ」
「へぇ。面白いな、後で種明かしなんてして貰えないかな」
「種も仕掛けもありませんから無理ですよ」

 少女はエルバードの問にさらりと返すと、客間へ案内する。そこには本当にベッドが置いてあった。朝この家を出て行く時には確かに無かったものだった。
 エルバードは琉雨を休ませる為に、少女に着替えを頼み、食料調達に行ってくると部屋を出て行こうとする背に琉雨の声が届く。

「あのっ、エルさん。ありがとうございました」
「礼には及ばないさ。それじゃ、嬢ちゃんはゆっくり休んでおくこと」
「はい」

 桜色の瞳がエルバードに向けられる。
 エルバードは安心させる様な笑みを琉雨に向け、今度こそ部屋を出て行った。
 琉雨は少女に服を着替えるのを手伝って貰いながら、礼を述べる

「昨日はありがとうございました。またお世話になります」
「いいえ。体調戻るまでゆっくり休んでいって下さい。それと何かあったら呼んで下さいね」
「ありがとうございます。少し‥‥休ませて貰いますね」

 少女が姿を消すと琉雨はそのまま、すうっ、と瞳を閉じる。
 身体が動かなくなる程疲労したのは久しぶりだった。
 精神的疲労で魔方陣も戻らず、精霊の気配も感じられない。
 これ以上エルバードにも少女にも迷惑をかけられない、と琉雨は思う。
 早く回復しなければ、と心に誓いながら琉雨は夢へと落ちていった。



 夢の中で琉雨は小さな卵を見つけた。
 なんだろう、と首を傾げながらそれを手に取る。
 それは掌の上に乗る程の小さな小さな卵。
 桜色をした小さな卵は重さもなく、振ってみても音はしない。
 琉雨はなんの卵か見当もつかず、ただ掌の上のそれを見つめていた。
 その卵は何も音もせず、温もりもないのに琉雨には何故か大切なものの様に思え、それを手放す事が出来ずにいた。
 ふとその卵に、ぴしり、と罅が入る。
 琉雨はその中から出てくるものを確かめようと目をこらした。
 しかしそれを見る前に琉雨の意識は浮上する。
 自分を呼ぶ声が聞こえ、卵の中身を確認できなかったことを残念に思いながら、その声を頼りに琉雨は眠りから覚めた。

「嬢ちゃん、目が覚めたか?」
「エルさん‥‥」

 目を覚ますと隣にはエルバードが居て、心配そうに琉雨の顔を覗き込んでいた。
 琉雨は寝顔を見られた事が気恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながら毛布を顔の半分まで持ち上げて覆ってしまう。
 それを見たエルバードは笑いながら外から摘んできたらしい花を窓辺に生けながら告げた。

「しかし昨日は大変だったなー」
「え? 昨日?」

 琉雨は毛布を下げてエルバードに問いかける。
 ほんの少しだけ仮眠を取ったつもりで居た琉雨だったが、どうやら違うらしい。
 琉雨は視線をエルバードの背後にある窓に向ける。外は暗い。琉雨が寝た時刻とさほど変わらない様に見える。
 それは琉雨が丸一日寝ていた事を指していた。

「あの‥‥私丸一日‥‥」
「そういうことだな。でもまだ桜色の瞳のままだ」

 オレはそのままでもスキだけどな、と近寄ってきたエルバードが琉雨の髪の毛に指を絡める。

「いつもの漆黒の瞳もいいが、こっちの髪の色と瞳の色がお揃いなのも良い。あぁ、そうか。本当はこっちのが嬢ちゃんの素なんだろうな」
「あのっ‥‥指を‥‥」

 取って欲しい、との意味合いを込めて呟いた琉雨の言葉は、エルバードの悪戯な笑みによって別の意味へと変えられる。
 毛布を握っていた手を取られ琉雨は驚きの余り動きを止める。
 琉雨がまだ思う様に動けないのを良い事にエルバードはあくまでも自然に琉雨に迫っていた。
 その表情は優しげでからかっている訳ではなさそうだ。

「見てる分にはこのままでも構わないが、それだと嬢ちゃんが困るんだろうな。オレは燃やされなくていいんだが」

 苦笑気味にエルバードがそう告げると琉雨は、はっ、と気付いた様にエルバードに捕まった手を引く。
 するとすんなりとエルバードはその手を離して、ちょっと待ってろよ、と部屋を出ていった。
 琉雨は掴まれた手の熱さと、その手で触れた自分の頬の熱さに戸惑う。
 どうしてこんなにエルバードに触れられると心臓がどくどくというのだろうと。
 恥ずかしさを通り越して、これは異常だった。
 そんな事を思っている間に、エルバードは手にトレイを持って戻ってきた。

「嬢ちゃんの為に作ってみたんだが、口に合うかどうか」

 エルバードがサイドボードにそれをあげ、琉雨が食べやすいようにと枕を背に当て琉雨の身体を起こしてやる。
 お試し、と言いながらスプーンに乗せて差し出され、琉雨は戸惑いの表情を浮かべた。

「どうした? 食べれないか?」
「いえ、そういう訳では‥‥自分で食べれますから‥‥」
「いーや、ぜひともこのままぱくっ!と」

 はい、あーん、と促され困惑した表情を浮かべつつも琉雨はエルバードの押しに負け、ぱくり、と食べた。
 満足そうな表情を浮かべるエルバード。
 琉雨は口の中に広がる味に驚く。それは自分が作るよりも美味しくて。

「これ、エルさんが?」
「あぁ。ちなみに材料も現地直送。昼間は食材集めに行ってきたんだ。美味いだろ」
「はい、とっても美味しいです。口の中でふわっと広がる感じとか」

 得意げなエルバードはもっと食べるようにと琉雨に勧める。
 エルバードは一度自分の手から琉雨が食べた事で満足したのか、琉雨からスプーンを貸して下さい、と言われるとすんなりとそれを手渡した。
 そして、よしっ、とかけ声をかけて席を立つ。

「嬢ちゃんはゆっくり食べてな。俺は一仕事終えてくるから」
「お仕事‥‥ですか?」
「そ。残りは選択と掃除だったか? 一宿一飯の恩返しってやつだな」
「私も‥‥御礼したかったです」

 しゅん、と俯いた琉雨の頭をエルバードがくしゃくしゃと撫でる。

「そうだな。御礼は嬢ちゃんが早く復活する事じゃないか? 出来る事をする、ってのが一番だと俺は思うぞ」

 そう言われて琉雨は大きく頷く。
 確かに身体を元に戻さなければ御礼をしたくてもすることは出来ない。

「その為にもしっかり食べておくこと」
「はい」

 よろしい、とエルバードは言って残っている仕事を片付けに出て行った。
 エルバードの手料理を食べながら琉雨はエルバードの多才さに感心する。家事がこんなに得意だとは知らなかった。
 そう思った時、自分がエルバードの事をほとんど知らない事に気がついた。
 色々と手助けをして貰っているのに知らない事だらけだった。そして毎回新たな一面を発見する。
 そのことを何処か自分でも楽しみにしている事に琉雨は気付いていた。
 ぼんやりと考えながら口に運び、その口に広がる味を楽しむ。
 丁度琉雨が食べ終わった頃に、エルバードが琉雨の元を訪れた。

「よし、全部食べたな。これで少しは体力もつくだろ」
「美味しかったです。ご馳走様でした」
「お粗末様。‥‥さぁて、これを後は洗ってくるか」
「えっ? お掃除とお洗濯‥‥もう終えられたんですか?」
「あぁ。さっきな」
「どうしてそんなに家事が出来るんですか?」

 しかしエルバードはなんでもないことのように、昔ちょっとな‥‥、と微笑むだけだった。
 琉雨はその言葉に唖然としエルバードの手際の良さに感心しながらも、自分が寝ている間にもあちこちを飛び回ってくれていたエルバードに心からの感謝をし告げる。
 きっと朝から働き通しだったに違いない。
 少し位は息抜きをして欲しかった。

「よろしければ、少しお話ししてくれませんか?」

 琉雨の申し出にエルバードは驚いた表情を浮かべたものの、すぐに笑顔になりベッドに腰掛けぽつぽつと話し出した。
 
「実は養子に引き取られてから間もなく、ヴァイオリン作成の工房に弟子入りする事になって。元々何かを作り出すってことが好きだったのかもしれない。ただ信じられない程に師匠が厳しくって厳しくって。何かを作るって事は元々簡単でないのは分かっていても、やれニカワがはみ出しただの、ヤスリのかけ方がなってないだの、象嵌やる気あんのか、と鬼の様に文句をつけられたな」

 エルバードは苦笑しながらも楽しそうに当時を思い出して語る。

「そんなに厳しかったんですか‥‥ということはエルさん、今でもヴァイオリン作る事が出来るんですか?」
「ん? あぁ、材料さえ調達すればな」
「ヴァイオリンって本当に色々な音色を出す事が出来て‥‥。自由自在に音を出す方も凄いと思いますが、そんな音を出す事が出来るヴァイオリンを制作する事が出来るなんて、もっと凄いと思います」

 そうか?、とエルバードははにかむ様に笑った。

「でも納得のいく音を出せる様になるまで本当にかかったな。自分で試したりしても本職じゃないからよく分からなくて」
「‥‥でも出来たんですよね?」
「あぁ、一応な。奏者に頼んでそれを使って演奏して貰って。その時は素直に嬉しかったな。師匠も喜んでくれたし」
「良かったですね」

 琉雨が微笑む。
 しかし今まで笑顔を浮かべていたエルバードが突然遠く視線を漂わせ語り始める。

「そう、俺の場合ヴァイオリン製作に関しては及第点だったが、当時は家事に至っては落第点を押されて死ぬ程辛い目にあったんだったな‥‥」
「でも今はこんなに‥‥‥」
「そう、これはその時にしごかれた結果だ。とにかく、家事に関してはヴァイオリン製作よりも力が入ってて。あれは拘りだったのか、タダ単に自分が楽して美味いもん喰いたいだけだったのか今となっては分からないけどな。俺はヴァイオリン制作に来たのか、花嫁修業に来たのか分からなくなる日がかなりあった。掃除すれば指先で埃のチェックが入り、飯を炊けば輝きが足り無いだのもう少し柔らかめが良いとかなんとか。洗濯してればもっと皺を伸ばして干せ、たたみ方が違うとかな。食料調達は気合いで狩りに行け、畑仕事はもっとしっかりやれと無茶苦茶なことを言われた。料理に至っては出汁の取り方から学ばせられたな」

 乾いた笑いがエルバードの顔に浮かぶ。
 焦燥しきったその顔。思い出すだけでこうなるとは‥‥。
 このまま話させておいたらどんどんと沈んでいく事は明らかだ。
 悪夢を見たかの様にどんよりとして、声をかけづらい雰囲気だ。
 何か不味い事を聞いてしまった様な気がして、琉雨は慌てて話題を変える。

「そんな過去があったんですね。エルさんのお料理の美味さや、お掃除の仕方など見習わなければならない事がたくさんあります。もうちょっと色々な事を出来る様になれば、師匠にもっと美味しいものを食べさせて上げれますし‥‥」
「なんなら俺が教えてやろうか?」

 ニッ、とエルバードが琉雨に笑顔を向けた。
 先ほどの落ち込みは何処へ行ったのか、完全復活を遂げている。

「お料理とかですか?」
「もちろん。俺はいつでも大歓迎だ」

 嬢ちゃん次第だな、とエルバードが言うと琉雨はほんの少し俯いて頷いた。

「よし、嬢ちゃんの体力戻ったらな」
「え? あ、はい。よろしくお願いします」

 一瞬顔をあげた琉雨だったが、ぺこり、と頭を下げるとその頭を優しく撫でるエルバードの手。
 エルバードとの約束が一つずつ増えていく。
 積み上げられていく約束に琉雨は嬉しくなって小さな笑みを浮かべた。
 やがて頭を撫でる手が止まり、琉雨は不思議に思いながらエルバードを呼ぶ。

「‥‥エルさん?」

 顔をあげてみると、ヘッドボードに凭れるようにして寝ているエルバードの姿があった。
 朝から本当に働き詰めで疲れていたに違いない。
 それでも琉雨のことを気遣い、食事の用意をしてくれたり、傍にいてくれようとしたエルバードに琉雨は小さく囁いた。

「エルさん、ありがとうございました。‥‥おやすみなさい」

 ふわり、とエルバードに毛布をかけてやり琉雨は微笑む。
 その時、脳裏に桜色の小さな卵が思い浮かんだが、直ぐに消えそのことを琉雨は忘れてしまう。
 夢の中の卵は割れた。
 中から出てきたのはどんな感情だったのだろうか。
 それは琉雨に少しの変化を導き出したに違いない。

 窓から差し込む月明かり。
 琉雨は少しずつ癒されていくのを感じながら、ゆっくりと眠りへと落ちていった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.