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『きずな 』
守崎・北斗0568)&守崎・啓斗(0554)



 死戦という言葉がある。
 文字通り、死を賭して戦うという意味だ。
 サンシャイン六〇ビルでおこなわれたものも、まさしくそれにあたる。
 あの戦いに参加したすべての護り手が負傷したのだ。
 たとえば、守崎啓斗は全身を一〇カ所以上にわたって骨折した。しかもそれはまだ軽傷の方である。
 弟の北斗などは、無数の擦過傷と打撲傷と裂傷のほかに、左腕を切断している。
 処置が速かったこと、回復術を使える仲間がいたこと、彼が体力と回復力に優れていたこと。
 もしひとつでも条件を満たすことができなければ、接合は不可能だったろう。
 生きているのが不思議なほどのダメージ。
 だがそれは、最初から判っていたことだ。
 兄弟が‥‥護り手が戦ったのは真田十勇士。伝説にまで名を残す英雄たちである。
 負傷が完全に癒えていなかった守崎兄弟は、事前に覚悟をさだめていた。
 それは、性質の悪いギャンブル。
 相手の攻撃を避けず、常に相打ちの形でダメージを与え続ける。
 そうまでしなくては勝てない相手だった。
「ホント、よく勝てたと思うぜ」
 ベッドに寝転がった北斗が、ややぎこちない動きで左の掌を開閉する。
 よく勝ったという次元の話ではない。
 よく生き残れた、と、言うべきだろう。
 見慣れない天井。
 集中治療室から個室に移って、半日も経過していない。
「起きていたのか」
 不意にかかる声。
 視線を動かすと、双子の兄が戸口に立っていた。
 果物の入った篭を抱えている。
 啓斗もまた入院患者だが、経過は弟より順調で、すでに大部屋へとベッドを移していた。
「それは‥‥?」
「草間にもらってきた。食うか?」
 固形物を摂れるくらいには回復しているのだ。
「もちろん」
 にやりと笑う弟。
 入院していても、食欲魔神は健在なのである。


 サンシャインビルの戦いの後、護り手たちすべてが入院することになった。
 怪奇探偵が強力なパイプを持つ警察病院である。
 今の時世、銃創や刀傷の患者を一般の病院に運び込んだら大変なことになってしまうからだ。
 ただまあ女性陣は比較的軽傷で、一週間ほどでさっさと退院した。
 あとにはむくつけき男どもが残されたわけだ。
 色気のないことおびただしい。
 もっとも、病院に色気を求めてもしかたがないし、たとえば啓斗や北斗などは姉と慕う女性が自分たちより軽傷だったことを素直に喜んだものである。
「‥‥喜んでばかりもいられないんだけどな」
 熟した林檎の皮を剥きながら、啓斗が呟いた。
 彼らは辛くも勝利し、生き残ることができた。三好清海入道、三好伊三入道という難敵を相手に。
 ただ、それは結果が勝利だったということにすぎない。
 もし敗北していたらどうなったか。
 護り手の戦線の一部は崩壊し、戦闘力の低い女性たちに損害が出たこと、万に一つも疑いない。
 だから、
「だから‥‥この手はもう使えない」
 軽く唇を噛む。
 戦いは、まだ先があるのだ。
 サンシャインビルでは先兵を倒したに過ぎない。大物‥‥首魁がまだ残っている。
「兄貴。おかわり」
 ぬっと差し出される空の皿。
「あ、うん」
 啓斗は自分の手が止まっていたことに気がついた。
「あまり食い過ぎるなよ。まだ本調子じゃないんだからな」
 誤魔化すような言葉。
「わかってるって」
「どうせ剥いても、ぜんぶお前が食ってしまうんだけどな」
「ぅ‥‥」
 言葉に詰まる北斗。
 事実なだけに反論は難しい。
「でも」
 ふっと兄が微笑を浮かべた。
「でも、蜜の入っているやつは残しておいてくれるんだよな。お前は」
「ぅ‥‥」
 いつも弟がしている不器用な気遣い。
 ちゃんと判っているのだ。
「冷凍野菜のくせに‥‥」
 なんだかぶつぶつ言っている弟。
 まあ、なにかと照れくさい年頃なのだ。
 しゃりしゃりと、林檎を噛む音が病室に流れる。
「なあ、兄貴」
「なんだ?」
「こないだの戦い、やばかったな」
「‥‥そうだな」
 言葉の前に沈黙が挿入される。
 指摘されるまでもなく判っている。あの戦いは拙かった。
「俺たちは‥‥死ぬわけにはいかない」
 命を惜しむのではない。
 彼らが倒れたあと、仲間たちにかかる負担を考えたのだ。
 このままではいけない。
 啓斗は思う。
 だが、どうすれば良いのか、どうするのが最善なのか。
 答えは霧の彼方にあった。
 戦略的思考力に富んだ啓斗だが、なんといっても彼はまだ少年なのだ。
 負けるわけにはいかない。
 それは判っている。この国を、欠点だらけの日本を信長軍団の手に委ねるわけにはいかないから。
 一人の天才が一時間で考えついたことより、一〇〇人の凡才が一〇年の歳月をかけて学んだことの方がはるかに価値を持つはずだ。
 たしかにいま、この国の政治は腐敗している。経済は下降線をひたすら辿っている。若者の政治離れだって深刻だ。
 しかし、それに気づき是正してゆくのは、民衆でなくてはならない。
 少なくとも、過去の幻であっては、絶対にならない。
 やや深刻さを増した空気が病室を回遊する。
 窓の外。
 去りゆく秋の景色をぼんやりと眺めていた北斗。
「兄貴」
 不意に口を開く。
「俺は難しいことはよくわかんねぇ。バカだからさ」
「‥‥‥‥」
「けどよ。兄貴が死んで一人だけで生きていくってのはやなんだ」
「それは俺も同じだが‥‥」
「俺の頭じゃ作戦なんか立てられねぇけど、でもよ、絶対足手まといにはならねぇから。だから、作戦じゃなくて覚悟だけ決めておこうぜ」
 北斗のいう覚悟とは、死ぬ覚悟ではない。
 勝って、生き残る覚悟だ。
 どんなことをしても、たとえ石にかじりついたって。
 察した啓斗が微苦笑を浮かべる。
 未熟者で猪突者だと思っていた弟に、まさかこんなことをいわれるとは。
 この場合、成長を喜ぶべきなのだろうか。
「ああ。そうだな。絶対に勝とう。そして」
「生き残ろうぜ」
 言い合ってから、照れくさそうに頭を掻く双子。
 まったく。歳を取ると本音を口にするのが恥ずかしくなる。
 期せずして同じ感想を抱く。
 円熟どころか、まだまだ成長途上のくせに。
「歩けるようになったら、草間のところに見舞いにいこうな」
 不器用に話題を変える兄。
「あいつの方が俺より先に退院するんじゃねーか?」
 つき合う弟。
「や。お前の方が若いからな」
 回復も早いというわけだ。
 怪奇探偵が聞いたら、怒るか泣くかどちらだろう。
「それ、あんまり笑えねぇと思うぜ」
 言っておいて笑いながら、北斗が林檎を口に放り込んだ。
 秋が、更けてゆく。
 強さを増した風か窓ガラスを叩く。
 冬を誘うように。
 戦士たちの休息時間は、刻一刻と少なくなっていた。


















                         おわり

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水上雪乃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月16日

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