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『ある晴れた日の出来事 』
田中・裕介1098)&鬼無里・紅葉(4824)


 アパートの裏手にある庭の物干し台に布団を干した鬼無里紅葉(きなさ・もみじ)は大きく伸びをして空を見上げた。
 文字通り雲ひとつない青空。
 この分だときっと布団もあっという間にふわふわのほかほかになるだろう。
 こんな陽気の日には布団を干して、掃除をして、縁側でゆっくりと日向ぼっこというの良いかもしれない……と紅葉はやりたい事を指折り数える。
―――ちょっと、年寄りくさいかねぇ。
 どうもやりたい事としてあげたものを考えて紅葉は苦笑する。
「まぁ、いいさ」
 そう1人呟くと紅葉は一端アパートの中へと戻った。


■■■■■


 結局、陽気に誘われるようにして紅葉は少し遠くの大きな公園まで足を延ばすことにした。
 どこかの塀の上で眠る猫。
 家の玄関先でのびるように寝転がっている犬。
 たまにはこうやってゆっくりと歩くのも良いかもしれない。
 そうして、公園の入り口に差し掛かった時、紅葉の耳に、何か大きなものが落ちるような音がした。
 ばしゃん!と聞こえたかと思うと、更に続けてばちゃばちゃと水を叩くような音。
 なんだか嫌な予感がして紅葉は音がした方へ走った。
 公園に入ってすぐ正面にある大きな池。
 池の上にぽつんと取り残された手漕ぎボートのすぐ側で、ばちゃばちゃと音をたてていたのはおぼれた子供だ。
 紅葉は躊躇することなくそのまま池に飛び込む。
「?」
 紅葉が飛び込んだのと重なるように、もう1つ何かが池に落ちるような音がしたのだが紅葉の意識は溺れかけている子供に一心に向かっていた。
 水で重くぬれた服に手足を取られながらも溺れた子供の所までようやくたどり着いた紅葉は、ほぼ同時にもう1人子供のところにたどり着いたことに気付く。
 ただ、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「良く頑張ったね、もう大丈夫だよ」
と、子供を落ち着けるために紅葉は子供にそう声をかけて、同じ様に助けに来たらしい若い男と2人で子供の身体を後ろから抱え2人で近くの岸へと子供を運んだ。
 たどり着いた岸で、紅葉はようやく一緒に子供を助けた人物を見る。髪の長い若い男の子が自分と同じ様にずぶ濡れの姿で安堵の為か大きく息をついていた。
 当の子供はといえば溺れてはいたが水も飲んでいないようだが、ただ恐怖の為か半ば放心状態のようで助け上げられたままの様子で座り込んでいる。
「大丈夫かい?」
 紅葉がぺたりと座り込んだままの子供の顔を覗き込んだ時、一組の男女が慌てて紅葉たちの下へ駆け寄って来た。
 その顔を見るなり子供は、
「おかぁさん!おとぅさん!」
と、泣きながら駆け寄る。
 母親は自分も泣きそうな顔で腕の中に飛び込んできた子供をぎゅっと抱きしめた。
「本当にありがとうございます」
 子供の父親はずぶぬれの紅葉と男の子に頭を下げる。
 母親に抱き上げられようやく落ち着いたらしい子供は父親を真似て、
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう」
と同じ様に礼を言う。
「いえ、大したことにならなくて良かったです。水も飲んでいないみたいだし。ボウヤ、良く頑張ったねぇ」
と、紅葉がそう言って頭を撫でると子供は少し得意げな顔をする。
「でも、今度からは気をつけるんだよ」
と鼻の先を突付くと子供はようやく笑顔を浮かべた。
 何度も何度も両親は2人に礼を言うと親子が去った後、なんとなしに自然に目が合った。
 ずぶ濡れのお互いの姿を見て無性に可笑しさがこみ上げてくる。
「あんたヒドイ格好だよ」
「あなたもですよ」
 散々笑い合い落ち着いてからようやく、
「アタシは鬼無里紅葉ってんだけど、坊やは?」
と彼に名前を尋ねた。
「俺は田中ゆ―――」
 彼が改めて名乗ろうとしたその時だった。彼の声に子供の声が重なった。
「裕介にいちゃ――ん」
 そう言って大きな声で田中裕介(たなか・ゆうすけ)の名を呼んで子供が1人飛びついた。
 すると、彼をきっかけにしたように何人もの小さな子供達が裕介の周りに集まってきた。
「裕介兄ちゃんすごいね、ボク見てたよ」
 裕介の腰にまとわりつく子供がそういうと、俺もだの私も見ただの、周囲に集まっている子供達が次々に同意する。
「このお姉ちゃんも一緒に池に飛び込んだの?」
「あぁ、そうだよ」
「ホント?すげぇ」
 子供の興味はすぐ側に居る紅葉にもうつった。
「お姉さん女の人なのにすごいねぇ」
 興奮した子供達の何人かはそう言って紅葉にも懐き纏わりつく。
「ほら、あんまりくっつくとお前達の服も濡れしまうだろう」
と、裕介はまとわりつく子供をやんわりと自分と紅葉の体から引き離す。
 子供達と裕介のやり取りを微笑ましく見ていた紅葉に、裕介は少し困ったような照れたような顔で、
「手伝いをしている孤児院の子供達なんです。一緒に散歩をしに来た途中でさっきの子が溺れているのを見つけて」
 孤児院の子供でないことはすぐに判ったが、だからといって当然見過ごす事も出来ずに飛び込んだのだと裕介はいきさつを説明した。
「あの、差し出がましいようですけど服を乾かしに孤児院に行きませんか?ここからすぐ目と鼻の先なんで」
 そう言って裕介は木と木の間から見える屋根を指し示す。屋根の天辺には十字架が掲げられていた。
 確かに、これからこの濡れ鼠のままアパートまで帰るよりも孤児院に向かった方が良さそうであったので、紅葉は、
「差し出がましいどころか、有り難いくらいだよ。アタシの家までさすがにこの格好で帰るのはねぇ」
と苦笑いをした。


■■■■■


 なんだかすっかり孤児院の子供達に懐かれてしまった紅葉は、両方の手を何人もの子供に引かれながら孤児院を訪れた。
 孤児院に着くとすぐに裕介がタオルを紅葉に渡す。
「今お風呂を入れてきたんでどうぞ」
と、紅葉に先に入るように勧める。
「いや、服さえさっと乾かせてもらえばすぐにお暇するからそんな気を使わなくてもいいんだよ」
 家は、孤児院ほど近くはないがそれでもあの公園からそんなに遠くないからと説明するが裕介は頑として譲らない。
 何度か押し問答を繰り返していたのだが、女性のしかも客人よりも先に入るなんて出来ないだの、そんなことをしたら自分がこの孤児院の主に怒られるだの言われて結局紅葉は先にお風呂をちょうだいする事になった。
「お姉ちゃんが入るならあたしもいっしょにはいりたいー!」
「あたしも!」
 紅葉がお風呂に入るのを耳聡く聞きつけた子供が一緒に入ると騒ぎ出す。
「こら。お客さんに迷惑だろう」
 騒ぎ出した子供達を諌める裕介に、
「いいよ。アタシも子供は嫌いじゃないからね。じゃあ、皆で一緒に入ろうか」
と言うと、紅葉は子供達に微笑んだ。

 風呂から上がり服が乾くまでの間、裕介が変わりに用意してくれた洋服を着て子供達と遊びながら紅葉は孤児院の中を眺めていた。
 なかなか大きい孤児院の中にはいくつもカトリック系らしく聖母マリアやキリストの像などが見受けられた。
―――本当に縁ってのは不思議なもんだね。アタシがこんな所で子供と遊ぶなんて。
 子供自体は大好きだが、本来の自分を知っているからこそこんな場所で風呂まで入って子供と遊んでいることが場違いな気がした。
 だが、それは嫌な意味ではなく、何となく可笑しくて―――そして楽しかった。
「すみません、お待たせしました」
 くすくすと小さく笑っていた紅葉の服を持って裕介が現れた。
 それを受け取って奥で着替える。
 いつの間にか表は少し陽が傾き始めていた。
「えぇ、お姉ちゃん帰っちゃうの?」
 すっかり紅葉に懐いた子供達はひどく不服そうな顔をして紅葉を引き止める。
 紅葉はそんな子供の視線に合わせるように屈んで、帰ってくれるなと引き止める子供の頭を撫ぜた。
「そろそろ帰らないとねぇ。でも、また遊びにくるよ。ね?」
 そう言ってそっと小指を差し出す。
 小さな小指が紅葉の指に絡められた。


 先ほどの公園の前まで送ってもらった紅葉は別れ際、と改めて礼を言う。
「坊や、手間を掛けたねぇ」
「いえ、こちらこそ子供達の相手をしていただいてしまって。助かりました」
 そう答えながらも、裕介は何か言いたそうな顔でいるのに気付いた紅葉は、
「何だい?」
「……裕介です」
「え?」
「坊や、じゃなくて、裕介です」
 紅葉から見ればまだまだ“坊や”と言ってもおかしくない年齢であるのだが、一端の男の目をしてそう言う裕介が好ましく思えて、紅葉は、
「ありがとう、裕介」
と言い直す。
 満足気に微笑む裕介に別れを告げて、紅葉は帰路についた。
「帰ったらまず布団を入れないとねぇ」
 ぼやくように呟いた紅葉の顔は、台詞とは裏腹に楽しげな笑みを浮かべていた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月16日

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