▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ゆらゆらほろ酔い講義 』
狩野・宴4648


 心理学博士である狩野 宴は催眠研究家として有名だ。そんなことよりも特筆すべきは、その行動と考え方である。意味ありげな笑みの奥に隠された本心は決してストレートに放たれることなく、必ず甘い言葉でコーティングされて相手の心へ……特に女の子へと届けられる。が、本人は誰にでも声をかけちゃう無節操に加え、昆虫並みの記憶力で自分が大事に思ってること以外は覚えられないという困ったちゃんなのだ。一部の学生はもちろん、教師や教授からも変人扱いされてしまっている。今日はそんな愉快な宴のお仕事風景を覗いてみることにしよう。


 宴はいくつもの教育機関が同じ敷地に立ち並ぶ神聖都学園の大学講師を勤めている。ちなみに常任講師ではなく、非常勤講師としてだ。彼女は女の子スキスキなので、かわいい制服に惹かれて都内の高校の講師を掛け持っている。そんな彼女の一日は口説きに始まり、宴会に終わると言っても過言ではない。今日も宴専用の『講師室D』にはゼミの時間前から彼女を慕う生徒たちが押しかけ、早くも華やかな雰囲気満開になっていた。時間を持て余している女子大学生がたくさん訪ねてくる。女性なら来る者はオールウェイズオーケーな宴だから、下手をすると担当の講義の開始を告げるチャイムがなってもお喋りしている時もあるほどだ。しかも「ここに集まった人数が多いから」という理由で所定のゼミ室ではなく、何度かここでゼミをやってしまっている。他の講師に一言も詫びをいれないまま学生たちには隣の部屋から机と椅子を持ちこませ、いつものように催眠に関する卒業論文の進み具合や宿題に出した小レポートの発表を聞くのだ。その場のノリを大切にするワイルドな講師として、この神聖都学園でもとてもとてもとても有名だ。
 今日はそんなことはさせまいと、主に高等部で音楽の教師をしている響 カスミが講師室に顔を出した。彼女が扉を開けて中に見ると、なんと宴は自分で持ちこんだスパークリングワインですでに一杯やらかしているではないか。中にいるゼミ生たちは仕方ないとしても、後ろを通る学生に見られるのはマズいとすさまじい勢いで扉を閉めるカスミ。ところが当の本人はそんなことなどどこ吹く風。ワイングラスをどこからか取り出してカスミに一杯勧める始末だ。

 「まあまあ、カスミ先生もまずは一杯。ハハハハハ。」
 「狩野先生、まだ私は仕事中なので……」
 「ということはもっとムードのあるところでゆっくりと飲んでみたいってことかな?」
 「あーーーっ、今日はゼミのみんなで飲む約束でしょ〜?」
 「お誘いがお上手ですのね、狩野先生。それに関しては後からでも伺いますね。今日は従来のゼミの指導に加えて高等部の自習監督を事前にお願いしてましたけど、ちゃんと覚えてらっしゃいますか?」

 宴がグラスに残ったワインを喉に流しこんだ後、しばらくしてから「ああ〜」と言った。やっぱり覚えてなかったらしい……というか、この返事のニュアンスから行くとまだ思い出してないはずだ。そんなことは長い付き合いですっかりお見通しのカスミは、彼女の目の前にメモを置いて今さらながら詳しい説明を始めた。

 「社会科の先生が急用でお休みになられたので、その時間だけよろしくお願いします。相手は未成年ですからくれぐれも注意して下さいね。大学部ならいろいろやっても大丈夫ですけど、高等部となると話は別ですから。いくら教師免状を持ってるからって、無茶はいけませんよ?」
 「はいはい。あ、この時間ってゼミの先かな。それとも後かな。」
 「先です。それに休憩なしですぐゼミの時間になりますからお気をつけて。」
 「へぇ〜。だったら最初の10分だけゼミは自習ね。勝手に帰っちゃダメだよ……?」

 ゼミ生の女の子たちに甘い言葉と流し目を使って言い聞かせる宴。もれなく一番近くにいたお気に入りの娘には、自分の手をあごに当てて目前で囁くという大サービスである。彼女はウットリした目で「はい……」と答える相手に微笑みかけると、部屋に学生を置いて高等部の校舎へと歩き出した。ほのかに香るアルコールが香水のように広がっていく。


 高等部の廊下を悠然と歩き、該当の教室に入る頃に始業のチャイムが鳴った。ナイスタイミングだ。宴はたくさんの生徒がいる教室に入るなり、いきなりクラス全員の礼を遮った。「まーまーまー」と言いながら教壇に立ち、さっそくメモに書かれた内容を棒読みで伝える。

 「今日は自習だから。内容は今から配るプリントに書いてあるから静かにやって。提出は学級委員さんまでよろしく。」

 そういうとわざわざ女の学級委員を呼び出し、少し厚みのあるプリントを手渡す。一枚たりとも落とさないようさりげなく彼女の手を引き寄せる宴。もちろんその顔には穏やかな笑みを称えている。頬を赤くして戸惑う委員に軽くウインクすると、何歩か進んでどっかりと用意された椅子に座って真面目に監督を……いや、観察を始める。もちろん男子生徒は完全無視。狙いはかわいい女子生徒である。制服にさまざまなバリエーションがある神聖都学園の高等部はいつ授業を依頼されても飽きることはない。ブレザーやセーラー服に加え、年度別の違いがあるから堪らない。宴が教室を巡回する時、ごく稀に気に入った女の子に「それよりキミにはブレザーが似合うよ」とか囁くこともある。そんなことをしているから、宴の教師としての評判は「変な先生」で片付けられてしまうのだが、本人はそんなことなどまったく気にしない。自分が楽しければそれでオールオッケー。今日も高い場所から熱視線を送る宴であった。

 自習の監督を終えた宴は来る時よりもゆっくりとした歩調で講師室へと戻る。もしかしたら廊下でナイスな娘に出会うかもしれないからだ。彼女の高等部での観察はまだ終わっていない。大学部には制服がないというのも理由のひとつに挙げられるが、高等部だと休み時間に体操着姿の女の子たちが体育館へと急ぐ光景を目にすることができるのが非常にいい。彼女は今回、幸運にもそんな一団を見かけた。その中にお気に入りの娘をひとり見つけたが、周りの娘たちが急いでいるようなことを言っていたので今回はそのまま行かせた。今日は当たりの日なのだろうか。宴の機嫌はずいぶんとよろしくなってきた。

 予告した通り、大学のゼミ講義を10分遅刻してスタートさせた宴。学生の中に未成年がひとりもいないことをいいことに、彼女はさっそく愛用のバッグから今度は赤ワインを取り出した。そしてお気に入りの学生に注いでもらってひとりで乾杯。懸命にレポートの発表をする生徒の前で飲み始めた。レポートの発表を聞きながらグラスを回す宴だが、その間しっかり仕事はこなしている。なんといっても専門の心理学ゼミだから、そんなところで手は抜くわけにはいかない。ちゃんと学生たちには適切なアドバイスを送ったり、しっかりとした評価を下す。成績上での数字の男女格差はない。これは当然のことである。
 ただし態度に関しては男女間の区別が存在する。宴は女の子には熱心な指導を心がけ、相手がバッチリ勘違いしちゃいそうな笑顔やアクションで対応しまくる。ところが男の子には明らかにそれとわかる生返事と適当な空笑顔で済ましてしまうのだ。別に男のゼミ生を必要としてないとか嫌っているとか言うのではない。ただ純粋に『対応が違う』というだけの話だ。だからついていけない学生を無視したりすることはない。それが女子大学生であるのなら、なおさら。

 「狩野先生、ここがわからないんです……ちょっと難しくって。」
 「そっか〜。キミには難しかった? でも心配しなくていいから。ちゃんと教えてあげるね。」

 宴は助けを求める気弱な女子学生の声に応え、密着しそうなほど近くに寄ってその内容について説明する。男子学生はこの時とっさにレポート用紙を何枚か破って、今から始まる話を必死にメモするのだ。そう、彼らはこうやって狩野ゼミを生き延びているというわけである。実は男にもこのゼミはウケがいいのだが、その理由がこれだった。講師の話を聞いていればちゃんと卒業できるゼミの講師としても宴は有名だったのだ。そんなことは露知らず、狩野先生の女の子に対する情熱ほろ酔い指導は幕を開けようとしていた。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.