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『レースのカーテンが揺れる時 』
ユンナ2083





 そよぐ風に揺れるカーテン
 柔らかな日差し
 心地よい空間がそこにはあって



 レースのカーテンの間から差し込む柔らかな日差しがユンナの顔を照らす。
 長い睫が頬に影を落とし、形の良い唇が薄く開かれていた。
 桜色の髪が白いシーツの上で豊かにうねる。
 まるでお伽話に出てくる眠り続ける姫君の様な美しさ。
 外から聞こえる小鳥の囀りも朝の優雅なシーンを演出している。
 そんな中、軽く寝返りを打ったユンナは揺れる光に眩しそうに目を開けた。
 目に入ってくる柔らかな光。
 軽く目を擦り、ユンナはベッドの中で大きく伸びをする。
 口元に手を当てながら、ふわぁぁぁ、と欠伸をし起きあがった。

「なかなか良い感じの朝ね」

 美を追求するユンナの部屋は、ゴージャスな内装になっており、家の他の内装よりも格が一段上だった。
 天蓋付きのベッドはどこかの王宮にあるようなものだったし、家具も美しい細工がなされている。
 そんな空間でしゃなりとベッドから降りたユンナは自室についているシャワーを浴びる。
 その間にたっぷりと湯船に湯をはり、薔薇の花びらを浮かべバスコロンを数滴垂らしておく。
 シャワーを浴びている間にもバスルームにはコロンの甘い香りが漂い、ユンナの心を軽くする。
 身体が温まり気分が良くなってくると、自然と漏れる歌声。
 歌姫として最高の実力を持つユンナの声はバスルームに響き渡る。
 とぷん、と湯船に浸かりながら窓から見える景色にユンナはうっとりと目を細めた。
 草木の萌葱色が目に鮮やかに映る。
 外の世界は輝きに満ち、朝が訪れたのを喜んでいるかの様に見える。

 そんな世界を眺めていると、長い時を生き続けてきたユンナだったが自分がまるで幼い少女の気分になったかのような気分になってくる。
 その位、世界は大きくて広いものだった。
 この世界も、異世界である自分が居た世界も。
 全ての者を包み込む様な大きさを持っていた。
 普段は高飛車で傲慢に見える態度を取るユンナだったが、一人きりの時はただひとりの女性に過ぎない。
 広い世界でユンナはしがらみも重荷も何もかも捨てて、ぼんやりと時を過ごしていた。

 ちゃぷん、と水音が響く。
 掌で水を掬っては指の間から零れていく水を眺めて。
 それは自分を置いて時が過ぎ去っていくのに似ていた。
 老いも何もかもが自分を置いて過ぎ去っていく。

 ふぅ、と軽い溜息を吐きユンナは湯船から出る。
 その時にはいつもの『ユンナ』に戻っている。
 皆に見せる自信に満ちた表情を浮かべ、衣服を身につけると髪を乾かし結い上げる。
 念入りに化粧をして準備完了。
 今日のメイクもバッチリだった。
 指の先から髪の毛の先まで一寸の狂いもなく決まっている。

「完璧ね」

 鏡で自分の全身を確認し、ユンナは鏡の向こうの自分に向かって笑みを贈る。
 鏡の向こうから自信たっぷりに笑みを返してくるのを確認し、ユンナは、パチン、と指を鳴らした。
 するときちんと躾けられた霊魂達が、ユンナの為にきびきびと食事の用意を始める。

「なんていうか‥‥毎朝思うけれど美しくないのよね‥‥」

 ちらり、と朝食を用意する霊魂軍団に視線を向けたユンナの呟きは霊魂軍団の身体を硬直させる。
 霊魂にそれを求めるのは酷な話だろう、と毎度その言葉を発する度に一緒に暮らす者達から言われるが、実際本当にそう思うのだから仕方ない。
 確かにそれだけが全てではないが、美しさはやはり何処までも追求すべき最高のものであり、自分の身の回りは美で埋め尽くしたいとユンナは思う。霊魂になったからといって美を追求する事を放棄するのはいけないというのがユンナの持論だ。
 しかしとりあえず腹が減ってはなんとやら。
 ユンナは自らの美貌を保つ為の食事を取る事に決めたのだった。

 バルコニーに柔らかく吹く風が心地よい。
 小鳥の囀りを聞きながらの優雅な朝食。
 そこでこれまた優雅な仕草で食事をするユンナ。
 その空間は、ユンナの美貌と空腹を満たすものだけではなく、見る者にその組み合わせの美しさをアピールする為の空間でもあった。
 しかしその美しさで固められた空間が一気に崩壊する。
 屋敷に響き渡る魔窟とも言える某場所を守るマッスル兄貴の愛ある抱擁に悲鳴を上げる声。
 悲痛な叫び声はユンナの元まで届いた。
 一気に現実という枠に強制的に戻されるユンナ。

「一体なんだっていうの‥‥人のこの楽しみとも言える時間を台無しにしてくれる声は‥‥」

 ぴしり、と空間に罅が入ったかの様なユンナの周りに立ちこめる絶対零度の空気。
 その時、怒り心頭のユンナの視界に鼻歌交じりにフリフリのエプロンをした主夫が目に映る。
 そもそも諸悪の根源ともいえる人物は目の前の主夫だ。
 朝の清々しい気分をぶち壊してくれたのも、元を正せばあの物体を作った主夫である。筋肉ムキムキマッスル抱擁の犠牲になり大声を上げた者はこの際無視だ。
 そう考えたユンナの行動は早かった。
 バルコニーから一気に庭へと降り立ち、怒りを主夫へと向ける。
 あっという間に間合いに入り、ユンナは鋭い蹴りを食らわせた。ユンナの前で主夫は軽く吹っ飛び、背後にあった木へとへ激突する。

「朝から全くもって美しくないのよっ! 程よい筋肉は美しさになっても無駄に筋肉だけあるのは私の目には毒なの、分かってる? あと朝っぱらからものすごい声を上げさせてるんじゃないわよ。せっかくの『わ・た・し』の優雅な一時が台無しじゃない」
「ちょ‥‥それ俺に関係あるのかね?」

 瀕死状態で主夫はユンナへと尋ねる。

「当たり前じゃない。自分で生み出した者に責任があるのは当然でしょう? それとこの際だから言っておくけど、私が生活する空間において美しくない声が響くのも頂けないの。小鳥の囀りや柔らかな歌声。それらが私の周りにはあるべきでしょう?」
「いや‥‥なんつーか、全く美しくねェ、スプラッタギリギリの阿鼻叫喚図が周りに見えンのは俺だけか?」
「当たり前じゃない」

 私の周りには美しさが溢れてるの、とユンナは腰に手を当て、情けなくも地に倒れる主夫を見下ろす。
 主夫はがっくりと項垂れた。
 自分の周りにいる女性達の優雅とはかけ離れた力強さに涙しながら。

 その主夫の様子に満足したユンナは、本当に疲れるわね、と再びバルコニーへと戻る。
 桜色の髪が風に揺れ、緩やかに舞う。
 ユンナは気を取り直し、再び席に着く。
 すると待ちかまえていた霊魂軍団が、冷えた紅茶を下げ新しく淹れ直した紅茶を運んでくる。
 そしてテーブルにはフルーツの盛り合わせ。
 ユンナは先ほどの続きとばかり、新しく淹れ直された紅茶に口を付け優雅な一時を満喫し始めた。

 白いレースのカーテンを揺らし花びらを伴いバルコニーから中へと吹き込む春風。
 ユンナの髪と同じ桜色の花びらがベッドの上へとピンクの色を落とした。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月09日

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