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『「のぞみも消えゆくまでに」 聖歌604番 』
ユンナ2083


 歌う事が好き
 歌を聴いてもらう事が好き
 それは、木々でも、風でも、もちろん貴方でも
 ねぇ、聞こえてる?
 聴いて、この声を
 感じて、この思いを――…






   ♪



 一冊のノートを手に、ユンナは湖の辺に来ていた。
 誰にも聞かれないように、誰にも知られないように。
 悩みに悩んだ最後の1フレーズを書き込み、そっとノートを地面に置くと、ユンナはゆっくりと息を吸い込む。
 書き上げたばかりの新しい詩。
 まだ聞かせられない。
 でもこれは貴方だけの詩。貴方のためだけに歌う詩。



   ♪



 新しい詩を書いたら、一番最初に聞いてもらう人が居る。
「ユンナの歌声は、凄く綺麗だね。それに、なんだか凄く幸せな気分だ」
 彼の「綺麗」という言葉に、ユンナは当然というように胸を張って、ふふんと笑う。
「詩を作る事も、詩を歌う事も大好きだもの」
 いつか、知りもしない場所で、知りもしない人達をこの詩で幸せになってくれたら。
 そう思って、ユンナは詩を書く。
「この歌声と、私の美貌があれば、世界一の歌姫だってなれるって思わない?」
「ユンナならなれるよ」
「あー無理無理」
 二人きりだったこの場所に、突然割ってはいるように一つの声が響く。
 ユンナはむっと頬を膨らませ振り返ると、にやにやと笑いながら悪友とも評せる青年がこちらへと歩いてきた。
 ユンナは腰かける二人の間に顔を覗かせた青年に、必殺正拳突きを喰らわせる。
「ぅぐふ!」
 ふ…と、ユンナは至極満足した表情でその桜色の髪をさらりと梳くと、
「私の歌をバカにしてると、そのうち手の届かない人になっているかもしれないわよ?」
 にっこりと、その顔に強い未来への希望を込めた微笑に、青年二人は顔を見合わせる。
 馬鹿にしてはいたが、この後から現れた青年も、ユンナの歌声がそれだけの力と思いを持っている事を分かっていた。
 分かっていて茶化していた。
 そういう性格だからと一言で表してしまえば、それで終わるかもしれない。
だからこそ、もしかしたらこの言葉は本当になるような気がしていた。
「おーおー、じゃぁ有名になる前にサインでも貰っとくかなー」
「いい度胸してるじゃない…」
 それでも飄々と茶化す青年に、ユンナな薄っすらと青筋を立てつつ口元を弓形月の形に吊り上げる。当然、目は笑っていない。
 まぁまぁ、と苦笑を浮かべながら宥める彼。
「はぁお邪魔虫はさっさと退散ってね」
 言いたい事だけさっさと言って、青年はその場を立ち去っていく。一体何しに来たのやら。
「大丈夫だよ」
 あいつが帰っていく背中を見つめ、彼が言う。
「きっとユンナの詩を聞いた全ての人が幸せになれるよ」
 そう微笑んでいった彼の顔に、ユンナは嬉しそうに微笑を浮かべる。
 でも、彼はそんなユンナから瞳を逸らし、視線を空へと泳がせると、「でも…」と、言葉を続けた。

「だからこそ、ユンナの歌を、僕だけのモノにしたいって思っちゃダメなんだ」

 どこか落ち込んだ声音ながらも、顔を真っ赤にして照れながらそう告げた彼の言葉に、ユンナは思わずグーの拳でスカイアッパーを食らわしていた。
(な…なななななな!)
 ドクドクと血を流しながら倒れている彼に背を向けて、ユンナは両手で上気する頬を押さえる。
「よ…要するに、私が書いた貴方だけの詩が欲しいって事よね!!」
 早口でまくし立てた言葉に、何時もより動揺している事が自分でも分かる。
「とってもレアリティ高いわよ!」
 そう叫ぶように彼に告げた言葉は、ユンナの精一杯の照れ隠しだった。


 それからユンナは彼のために一つの詩を書き上げる。
 でもそれは、永遠に歌われないまま、時の狭間へと消えていった。













 8千年という長き時を過ぎし後、美貌の歌姫として名を馳せるユンナという一人の『少女』が、まだ本当に少女だった時。
自分が本当に人々に詩を聞かせるようになるなんて思いもしていなかった時。

 そして、かの戦争が起こる、また少しだけ前――











 ねぇ、聞こえてる?
 聴いて、この声を
 感じて、この…思いを――…



fin.
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年05月06日

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