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『心の花 』
笹川・璃生(w3a395)&水鈴(w3a395)

 茜色だった。
 水鈴をともなってホームのベンチに並んで腰を下ろす。駅のフェンスの向こうから、伸び伸びと青葉を茂らせた枝がさしかかる。その上から夕方の橙が彼女たちに降りかかっている。見上げれば、頭上の鮮やかな色の若葉が茜の光を透かしている。
「璃生。きれいだねえ」
「そうね」
 そんな他愛もない会話を交わしながら二人ともしばし天上を振り仰ぎ、その錦絵のような光景を愛でた。
 ついこの間まであの木には桜の花が満開だったのだけど、いつの間に着替えてしまったのだろうと笹川璃生は不思議に思う。花屋という仕事柄、普通よりも季節の変化に触れる機会は多いけれども、それでも花や植物の変化の速さ、その生命力の強さにはときどき改めて驚かされる。四季が移り変わってしまうのはあっという間、特に桜咲き誇る早春から季節が深まって、若葉が育ちはじめるまでは本当にまばたきほど。例年通りならあと一月半ほどで梅雨が来て、線路やホームを濡らし暗い色に染めるだろう。
 ホームに電車がやってきた。通勤のラッシュには少し早い時間なのか、車内は思ったよりも混んでいない。乗り物・建物問わず水鈴はいつも窓際で景色を見たがるので、二人でドアのすぐ近くに立った。
 この路線が実は意外なほど花に恵まれているのだと、水鈴に教えたのはいつだったろうか。新東京の開発が進み、公共交通機関もそれなりに様変わりしたあとのことだから、そう遠い昔でもないはずなのだが。
 電車が出発してすぐ、もうほとんど終わりかけた八重桜。二駅ほど過ぎたところでつつじや花水木、しばらく住宅街が続いた後にまだ咲かない紫陽花、なぜか点々と植えられた梨の花、鉄橋から見下ろせる川原に菜の花など、通過するときに窓一面を花が埋め尽くす場所が数多い。
 都市化都市化と巷では騒がれているものの、目を凝らしてみると、花や木々は案外しぶとく生き残っている。
「きれいだねえ」
「ええ、本当に」
 水鈴は子供のように窓にはりついていた。先ほどと同じ感嘆の言葉に、すこしだけ苦笑い。



 途中でいくつか寄り道をしたので、「JackHammer」に着く頃にはすっかり夜になっていた。いると思っていた人は店内に見当たらず、出迎えてくれたウェイターに尋ねると、オーナーはどうやら今所用で外出しているらしい。そっと見てみると、いつもオーナーの定位置であるカウンターでは、代理らしいバーテンダーがシェイカーを振っていた。
 何度か顔をあわせたことのあるウェイターに案内されたのは、夜景がよく見える、やっぱり窓際の席で、店員さんにまで水鈴の窓際好きが把握されているのかと思うとなんだかおかしかった。
「何? 璃生」
「ううん、なんでもないわ。オーナーはすぐ戻るっていうから、それまで何か飲んでいましょう。水鈴、何がいい?」
「えーとね」
「ジュースでございますね」
 澄ました顔のウェイターに注文を先回りされて、璃生はついにこらえきれずに吹き出してしまった。水鈴が頼むのはいつもノンアルコールの飲み物ばかりで、そのことは窓際の席が好きなことと一緒に知れ渡っているらしい。

 蒼嵐の跡地で繰り広げられた、権天使タダイや大天使アタナエルとの決戦よりその後、日本を含む地球上の情勢は激変した。突然のテンプルムの出現、神帝の国外離脱、ミチザネ機関の台頭……完全な平和とはいかないまでも、それなりに情勢が落ち着いたのは比較的最近のことだ。
 一時閉店していた「JackHammer」もこうして再オープンを果たしたが、報せを受けて久々に来てみると、店周辺の様子が記憶とずいぶん違っていて驚いた。もちろん璃生の記憶にあやふやな部分もあったのかもしれないが、それよりも多分、新東京の再開発で街並みが様変わりしたのだろう。なにしろ、あれから三年だ。
「ほら見て璃生。きれいだねえ」
 コップを傾けながら、眼下で光る夜景を示して水鈴が笑う。
 その科白が今日三度目だと、本人は気づいているのだろうか。ふとした時に見せる表情に、自分もかつて通った年頃を感じることはあったけれど、言葉を飾らないストレートな物言いは出会ったころと変わらない。
 変わらないことにはもちろん安心もあるけれど、同時に心配の種でもあった。
 この子の季節は、止まったままなのだろうか。ずっとつぼみのままなのだろうか。
「ね、水鈴。大学とか、行きたくない?」
 するりと口をついた質問に、水鈴は不思議そうに首をかしげた。
「大学?」
「今は逢魔でも学校に通えるでしょう? 確か、神魔人学園だったっけ。学力別に学年が分かれるらしいからいきなり大学は無理かもしれないけど、勉強すればちゃんと大学部まで上がれるっていうし」
「うーん、でも、勉強したいことってないしなあ」
「なりたいものとか、ないの?」
 大きな目をしばたたかせて、水鈴は璃生を見返した。
「子供の頃一番なりたかったものには、もうなってるもん」
「なあに?」
「璃生のパートナー」
 ……ああ、ここにも変わらないものがあったと璃生は思う。
 出会ったころと同じ、自分をまっすぐに見つめる青い青い瞳。深みを湛えた水の色の双眸だ。
「璃生に会えたから、もうなりたいものにはなってるんだよ。璃生のそばで、楽しい時間を一緒に過ごして、苦しいときには助けてあげられれば素敵だなって、ずっと思ってた。そのために何かにならなくちゃいけないなら……今のまま、お店のお手伝いしてるのが一番いいな」
 今のままが一番いいよと、何の屈託もない顔で水鈴が笑う。
 季節は変わる。花は散り、葉もいつか枯れる。時代もゆるやかに流れていく。永遠にそのままの姿であるかのように思えた街の姿さえ、いつしか別の姿に変容してしまう。この子の成長はとてもゆるやかだけど、それでも多分いつか大人になるだろう。だけど。
 この子の心の中にある花は、子供の頃から抱いて大切に咲かせた夢は、今も変わらないのだ。
「どうしたの? 璃生」
「ううん、なんでもないの」
 もう一度首をかしげる水鈴の銀髪を透かして、夜の街の光が揺れている。あの光のひとつひとつに生活があるのだと、いつか考えたことを思い出す。生命の灯。地上に輝く星。生命とは皆大地を這う星なのだと、誰かが言ったことを思い出す。
 あのころと違う夜景を見て、あのころと同じように考える自分の中にも、変わらない何かがあるのだと。
「ほんとうに、綺麗ね。すごい景色」
「でしょう?」

 しばらく夜景に見入って目を上げると、いつのまにか戻っていたらしいオーナーと目が合った。いつから見ていたのだろうと思ったが、オーナーはただ目元に笑みを滲ませるだけで答えない。折よく空になった水鈴のグラスを優美なしぐさですいと取り上げると、
「次のご注文は?」
 尋ねた。
 結局水鈴が頼むのはいつだってジュースなのに、オーナーがわざわざ尋ねるのも、ええと‥‥と水鈴が考え込むのは毎回のこと。璃生は少し悪戯めいた気分になって、先ほどのウェイターの男の子と同じように、先回りして注文してやることにした。
 けれども、今度は、いつもと同じではない。
「オーナー。水鈴に……あのカクテルをお願いします」
 びっくりした水鈴をよそに、オーナーは了解と頷いた。手馴れた様子で氷を入れ、シェイカーを振り、ステアの仕上げとしてグラスに花びらをひとかけ上に浮かべる。それは璃生がこの店に飾った花のかけらで、目の前に置かれた澄んだ色のグラスを、水鈴は初めて見るもののようにじっと見つめる。
「いいの? 璃生」
「いいから頼んだんじゃない」
 璃生も自分のグラスを取り上げる。水鈴もそれに習って、壊れ物に触れるようにこわごわとグラスを持ち上げた。オーナーは笑みを湛えたまま、彼女たちを見守っている。
「これからも、よろしくね。水鈴」
 いつも愛らしい笑顔を見せてくれるパートナーの、その胸の裡にある心の花に、乾杯。
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宮本圭 クリエイターズルームへ
神魔創世記 アクスディアEXceed
2005年05月06日

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