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『 忍び寄る足音 〜 a fateful encounter 〜 』
鍋島・美寝子4696)&氷女杜・天花(3167)

Act1. 不気味な噂
  カツン カツン カツン

 衣料品店の中で唯一響き渡る音。
 午後10時も過ぎ、真っ暗な中で浮かび上がるのはカバーを掛けられたマネキンやワゴン。
 その足音は二階から一方向にまっすぐに歩いていく。
 そのあとを音も立てずに付いていく女性がいた。
 衣料品店の店員・鍋島美寝子(なべしまみねこ)である。
 彼女は怪しげな妖気を感じ取り、前を歩く人物の後をつけていた。

 前々からこの衣料品点には噂があった。
 誰も居ない筈の売り場から足音がしたり、話し声が聞こえたり…。
 従業員の中でその噂を知らない者はいなかったほどだ。

 美寝子がその怪しげな人物を見たとき、その噂がこの人物のことなのだと感じた。
 だから、美寝子はこの怪しげな人物をつけることにしたのだ。

  みなさんが1日でも早くこんな怖い思いをしなくてもいいように頑張るのです!

 そう決意も固くついては行くものの、その影が誰なのかわからない。
 スカートをはいてはいるが頭はスキンヘッド。
 いくら店がそこそこ大きいとはいえ、そのような女性がこの店で働いていたという記憶はない。
 ではいったい誰なのだろうか?
 答えは、すぐに出た。
 曲がり角で曲がった時、暗がりの中でも美寝子の目にはしっかりと見えたのだ。

 それは マネキン だった …。


Act2. 危機一髪
「えぇっと。この辺で妖気がしてたような気がするんだけど…」

 ――― 同日午後12時。
 しゃがみこみ懐中電灯で照らし出した床を見ながら、ふむっと考え込んだ銀髪の女性。
 顔にかかる髪を細い指で耳にかけると、床に手を伸ばした。
「…? これは…髪の毛? それにこれは…」
 細く長い茶色の髪の毛。
 その周囲にはなぜかプラスチックの小さな破片が散らばっている。
「このプラスチック…この塗料は…マネキンかしら?」
 ん〜…と考え込み、キョロキョロと懐中電灯を動かす。
 少し先にも同じような破片がポツポツと落ちていることに気がついた。

  なぁんかあるわね〜…

 第六感か、はたまた長年の職業経験によるものか。
 彼女はそのプラスチックの破片の先を探すことにした。
 照らし出された破片は、ある扉の前で途切れていた。
 途切れていた…というよりは、それは扉の中へと続いていた。
「関係者以外立ち入り禁止、ね」
 古ぼけた字と、ドアノブに積もった埃が一部分だけふき取られたような跡が見られた。
「ちょっと入ってみようかなぁ」
 そういうと、ハンカチを出してドアノブにかけ自分の手が汚れないようにしてから扉を開ける。

 中は、静かに横たえられたマネキンが何十体もその役目を終えて眠っていた。

 明るい光の元ならば明るい笑顔に見えるそれらの表情は、ただ今は不気味な笑みにしか見えない。
 そんなマネキンたちの中で、彼女の懐中電灯はあるマネキンを照らし出した。

「マネキン猫、ねぇ……ダジャレにしては、ちょっと寒すぎると思うけど?」

 招き猫とマネキン猫…。
 自分で言っておきながら、彼女はくすっと笑った。
 どうやらこのネコのマネキンは何か曰くありげだ。
 マネキン猫に向かい、なにやら小さく呟いた。
 すると、マネキン猫はみるみるうちにその姿を若い女性の姿へと変貌させた。

「まぁ、まぁまぁまぁ〜」

 美寝子が目覚めたのは、そんな素っ頓狂な声を聞いたからだった。
「にゃ、にゃんですか!? あにゃたは!?」
 思わずそう言ってしまった美寝子はハッとした。
「アタシは氷女杜天花(ひめもりてんか)。ここの店長さんから依頼を受けて調査に来たのだけど…まさかあなたが元凶さん?」
 にっこりと笑って天花がそう言ったので、美寝子はブンブンと頭を振った。
「わたくしがですか!? とんでもないです!」
 美寝子は一息おくと、事の経緯を話し始めた…。


Act3.美寝子・回想

 マネキンが歩いていた。
 だが、それは普通ではありえないことだ。
 つまりそれは、このマネキンに見えるものが実はマネキンの姿を借りた何か…妖怪であると美寝子は確信した。

  だけど、何をしているのでしょう?

 その答えを見つけ出すまで、尾行を続けることにした。
 マネキンは静かに歩きながら、ある時は曲がり、そしてある時は引き返してくる。
 その動きと店内の配置図を頭の中で照らし合わせる。
 美寝子は、重大なことに気がついた。

 マネキンの歩く進路は綺麗な魔方陣を描いていた。

 ただならぬ妖気をはらむ魔方陣。
 それは、おそらく邪気を集める為に描かれているものなのだ。

「お待ちなさい! それ以上の行いはわたくしが許しません!」
 考えるよりも早く、美寝子は体が動き出していた。
 ゆっくりと振り返るマネキンに、美寝子は左の金色の目を煌めかせた。
 途端、どこから現れたのか光に包まれた犬神がマネキンに向かっていく。
 だがそれはマネキンに到達することなく、弾かれる。
 室内全体がどことなく張り詰めている。

「結界!? もうこの建物全体に張ってあるというのですか!?」

 もう一度美寝子は犬神を出そうとするが、今度はその姿が現れることなく結界に阻まれてしまった。
 マネキンは、そんな美寝子へと鋭いその指先をまっすぐに伸ばして突き刺そうとする。
 美寝子はそれを敏捷にかわしながら、いつの間にか壁際へと追いやられていた。
「お願い!!」
 刹那の願いを込めて、美寝子はもう一度だけ犬神を呼び出そうとした。
 しかしその願いは届かず、美寝子の胸にマネキンの指が突き刺さった。

     コロン

 そして、美寝子のいた場所に一体のマネキン猫が転がったのだった…。


Act4.天花の秘策

「…って、聞いてますか!?」

「聞いてますよ〜?」
 走りながら語り終えた美寝子の問いに、こちらも走りながらにこやかに答える天花。
 何故走っているかといえば、先ほど美寝子を襲ったマネキンが後ろを追いかけてきているからだ。
 自分の仕業じゃないことが証明されたのだが、美寝子としては今のこの状況は非常に不服だった。
 天花は何を思うのか、ただ走り回って逃げているだけなのだ。

  そもそも、天花さんは一体何を調べにきたのでしょう?
  この店の噂話のこと…でしょうか?

 少し後ろを一緒に走りながら、美寝子は天花について考える。
「なぁに? アタシの顔に何か付いてる? あ、さっき食べてきた天むすの海苔が付いてるとか!?」
「そんなものは付いてませんから」
 走り回っているとは思えないほど優雅な会話をしつつ、微妙に方向を替えて天花たちは階上へと上がっていく。

  天花さん、もしかしてわざと上へ向かっている?

 軽やかに走る天花の横顔からは、何をしようとしているかまでは読み取れない。
 後ろを見ると、マネキンも変わらぬスピードで細かな攻撃を仕掛けつつも着かず離れずで追ってきている。
 美寝子は前を向いた。
 天花が何かをしようとしている気がした。

  ガチャン!!

 けして軽くはない扉を開け、とうとう屋上まで走ってきてしまった。
 屋上からの逃げ道は、今はマネキンが塞いでいるから既に出口はないのと一緒だ。
 天花は屋上の真ん中辺りで走るのを止め、深呼吸を始めた。
「ふ〜…走った後の夜風は気持ちいいわね〜」
 そんな天花を見て、美寝子は思わず叫んだ。
「そんなこと言っている場合ではにゃいです!」
「うふふ。そんなに怒らないの」
 天花がゆっくりと振り向いた。

 その肩には、白銀の龍がいた…。


Act5.美寝子と天花
「ご苦労様、玻藍(はらん)。準備は済んだのね?」
 天花がそう聞くと、白銀の龍・玻藍は小さく頷いた。
「こ、これは…」
 美寝子が尋ねようとした言葉をさえぎり、天花は先ほどまでの口調とは違うしっかりとした語尾で制止した。
「話は後でゆっくりしましょう。今は仕事をしなくちゃいけないわ」
 美寝子は天花を見守ることにした。
 いや、下手に動けばきっと邪魔になるのだと悟ったのだ。

 「t…a…w…」

 断片的に聞こえる声がどこの言葉だか美寝子にはよくわからなかったが、後から聞いたところ『ルーン魔術』というものらしかった。
 天花の言葉が続く中、マネキンは玻藍に行く手を阻まれて苦戦している。
 が、玻藍の少しの隙をつき、天花の方へとその矛先を変える。
「いけません!!」
 とっさに美寝子は犬神を出そうとした。
 出てこなかったことなどすっかり忘れていた。
 だが、それは美寝子の呼びに応じて、マネキンへと襲い掛かった!
 マネキンはそのまま美寝子の犬神と格闘している。

「ありがとう」

 そんな言葉が聞こえた。
 と共に天花は、全ての言葉を言い終えていた。
 そして、マネキンは光に包まれた。
 いや、街全体が光に包まれていた。
「この店に結界が張ってあるだろうと思って、玻藍に街全体に結界を張ってもらっていたのよ。大きな結界は小さな結界を打ち消す力を持っているから…。でも、貴女に助けられちゃったわね」
 そういうと、天花はもう一度「ありがとう」と言って頭を下げた。
「そんな。こちらこそマネキンにされたところを助けていただいて。ありがとうございました」
 美寝子は深々とお辞儀した。
 結界の中で小さくなっていくマネキンは、そのまま小さな白い塊となった。
 天花はそれを拾い上げた。
 街全体の光は少しずつその強さを弱めていった。
「アタシの仕事はね、こういう曰くつきの土地を調べて使える様に交渉することなの。あ、さっきみたいに有害なモノだと封印したりもするんだけどね」
 美寝子は突然始まった天花の説明に、ただ「はぁ」と相槌を打って聞く。
「結構大変な仕事なのよ〜? 普通の人じゃこなせないんだもの」
 天花はため息をつくと、美寝子に言った。

「ねえ、貴女……アタシのトコで働いてみる気、ないかしら?」

 天花がそういって微笑んだ。
 屋上をかすかに朝日が照らし始めていた。
 美寝子は天花の笑顔がとても眩しく見えた。

 ――――― それから
   鍋島美寝子が中堅土木設計事務所・弥益邑(ヤマムラ)建設で働くのはもう少し、先の話…。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月06日

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