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『ふたりのドリル・デンタリスト! 』
銀野・らせん2066)&ブラック・ドリルガール(2644)&ロルベニア・アイオス(1351)


 密室の中に響き渡る悲鳴と怒号。これはひとりが発する感情ではない。相手がいるからこそ心の底から湧き出るものである。しかしこれが患者と医者のやり取りであることを、あなたは信じることができるだろうか。これはオフィス街の入口にある小さな歯科医院のお話。
 清潔感あふれる白色を基調とした壁がまぶしい『らせん歯科医院』にはふたりの女性医師が存在する。まずは銀のドリルを操って患者の治療をするドリルガールこと銀野 らせん、そしてやることなすことかなりワイルドなブラックドリルガールこと黒野 らせん。まるで双子のようにそっくりなふたりで、その美貌は大したものだ。ほとんどの客が彼女たちの治療の腕よりもルックスやスマイルなどを優先して通院しているというのが現状で、診察日はそれなりに大忙し。そんなふたりのよきアシスタントとして活躍するのがロルベニア・アイオスだ。これがまた美しい少女であり、看護士としての仕事はもちろん会計やカルテの整理などをこなす無敵で素敵で万能な人なのだ。そして今日もドリルで客の歯を遠慮もなく穿孔する音が医院に響き渡る。

 そんな恐怖の治療室にひとりの男が入ってきた。身長は高めで色のついた眼鏡をかけている。どうやら待合室でタバコを吸ったらしく、その匂いがわずかに漂っていた。彼は空いている治療台に腰を下ろすと、すでに隣で加療中の患者が横たわる右手の治療台に目をやる。すると黒いナース姿の医者が普通の歯科で使うドリルではなく、恐ろしく巨大なドリルで作業している様子が目に映った。もちろん回っているのは先端だけでなくドリル全体。患者は常に大きく口を開けておかないと、唇が巻きこまれてたちまち血だらけになってしまう。客も目前に迫った兵器を目の前に声にならない悲鳴を上げながら必死に戦っていた。男は「こりゃダメだ」と言いながらその場から立ち上がって逃げようとしたが、運悪くロルベニアが医師を連れて隣にやってくるのに出くわす。時、すでに遅し。惨劇の幕は今まさにゆっくりと開かれんとしていた。

 「患者さんのお名前は草間 武彦さん、初診です。右下の奥歯が痛むとのことです。銀野先生、後はよろしくお願いします。」
 「はぁ〜い、じゃあちょっと見てみましょうね〜。椅子を倒しますよ〜。」
 「ちょっと待て。お前もあいつみたいにあのデカいドリルで治療するんじゃないだろうな?」
 「またまた〜、そんなことも知らずに来たなんて今さら言わせませんよ♪」
 「電話帳を適当に開いて選んで来ただけだから本当に何にも知らないんだ。できればこのまま帰してほしいくらいなんだが……」

 そんなやり取りの最中でも静かな音を奏でながら治療台はゆっくりと倒れていく。虫歯のある口から異様な光景に関して指摘する草間だが、とりあえずは銀野医師の指示に黙って従った。実はそれにはちゃんとした理由がある。銀野医師が持っていたのが普通の内視鏡だったからだ。もしかしたら医師としてのレベルは高いかもしれないし、もし隣で使ってるようなドリルを出してきたら、その隙に逃げればいいだけの話である。草間はよその歯科医院でここでの診察結果を伝えれば何かの足しにはなるだろうと思っていた。さっそく虫歯のチェックを始める銀野医師だったが、患部を見て「へぇ〜」と意外そうな声を上げた。草間の脚に自然と力がこもる。

 「あれぇ? たしか痛い所は下の奥歯だけですよねぇ?」
 「ああ、そうだが……」
 「今も涼しい顔されてますけど、ずいぶん痛かったでしょうね〜。ひとつ奥の歯も虫歯ですよ。」
 「何っ!」

 いつのまにか銀野医師はバイザーを着用して患部をチェックし、そのデータをロルベニアがカルテを作成するために使用するパソコンに転送した。それを見た彼女も、そしてさっきの患者の治療を終えたばかりの黒野医師も声を揃えて言う。

 「これはやられてるな。虫歯がかなり進んでいる。」
 「虫歯の部分は削って、応急処置として中に詰め物しないといけないですね。ボク、準備してきます。」

 草間が大きな口を開けながら「なかなか良心的な医院だな」と思ったが、その評価もそこまでだ。ここから恐怖の物語が幕を開ける。予想通りといえばそれまでだが、まずは黒野医師がご自慢のドリルユニットを装着して意味もなく回転させ始めた。あの歯科医院特有の気色の悪い音が部屋中に響き渡る。草間の好意的なイメージはまさに渦を巻いてどこかへ飛んで行ってしまった。

 「患部にドリルを突き刺して、そのまま引っこ抜こう。2本ともな……さて行くぞ。」
 「待て待て待てっ! 歯には神経があるだろうが! お前も医者ならそれくらいの知識はあるだろう?!」
 「男だろう。我慢しろ。」
 「ちょっと待ちなさいっ! ロルベニアちゃんが詰め物の準備してるんだから勝手に方針変えないでよ!」
 「ならば削って詰め物をして、そこにドリルを突き刺して引っこ抜」
 「おい、銀野とやら。こいつ、発想が貧困だぞ。虫歯は必ず引っこ抜くもんだと思ってやがる。」

 確かに草間の言う通りかもしれない。黒野医師はちょっとでも症状が悪い時は「よし抜こう」に思考が行くことが非常に多い。銀野医師と同じようにバイザー越しに画面を見ているのに、黒野医師の言ってることはまったくの正反対。これではさすがに銀野医師のご機嫌もよろしくなくなる。今度こそと草間が脚に力を入れて、ここからダッシュして逃げ出そうとした。しかし、なぜか脚に力が入らない。草間はここに来て一度も麻酔の類を嗅がされたり注射されたりしていないのに、気づけばいつのまにか全身の力が抜けているではないか。まさに『まな板の鯉』になった彼をよそに、ふたりの医師は口ゲンカが盛大に始めた。

 「あんたねぇ、抜かなくて治るものは治しましょうって昨日ミーティングで言ったばかりじゃないの!」
 「だがこれは削ったら相当な量の詰め物をしなくてはならない。生活に支障をきたすぞ。」
 「まーたもっともらしいこと言っちゃって〜。こっちのバイザーには『抜歯の必要なし』って出てんのよっ!」
 「もしかしたらこの患者の奥歯は乳歯かもしれない。」
 「……永久歯に決まってるじゃないの。もう、なんでもかんでも抜けば治るってもんじゃないんだってば!」

 不毛なやり取りが繰り返される中、草間は銀野が抜くことを決心しないことだけを一心に祈った。ここで彼女が妥協したら、草間はハードボイルドなのに奥歯が2本もないという聞くも涙、語るも涙の物語になってしまう。そんな時、彼にとっての女神が現れた。医院では恒例になっているふたりの言い争いを黙って見ていた看護士のロルベニアである。ふたりの間に入ってさっそく自分の書いたカルテを見せながら説明を始めた。

 「黒野医師は『拡大穿孔のカード』を使って大きめの穴を開けて下さい。もうひとつは銀野医師のドリルで十分だと思います。特に黒野医師の場合は深く掘ることになりますので、神経を傷つけないようにして下さい。そうしないとせっかく気力がない状態なのに患者さんが苦しみ悶えてしまいます。」

 最後の一言はウルトラ余計だったが、彼女のおかげで方針が固まった。しかしふたり掛りで治療するとはいったいどういうことだろう。草間はロルベニアが用意した特殊な器具で口をいつもより大きく開かされ、大きく真ん中に穴の空いた布を顔にかぶせられた。それだけ削った物が舞い散るということだろうか。それとも勢い余って抜いちゃったをごまかすためだろうか……その証拠に黒野医師が「拡大穿孔のカードを使うとバキュームができない」などと不安な言葉を口にしていた。
 そして草間の窺い知らぬところで治療が始まった。黒野医師が腕の装置にカードを読みこませると、ドリルの先端にごく小さな針が2本出現する。これで侵食された部分を一気に削り取ってしまうのだ。そして銀野医師ご自慢の魔法のドリルもわずかに輝いた。実は草間が逃げられなかったのは、彼女のせいである。このドリルは物理的に物を削り取ることができる他に、精神的なダメージを負わせることもできるのだ。開業当初、初診の患者がこのドリルの大きさを見てビビって逃げてしまうことが多くあった。現在はその教訓を十二分に活かし、絶対に逃げられないように治療台に座った時点でこっそり気力を削っているというわけだ。なお同じようなことをカードで黒野医師もよくやっていることを補足として説明しておく。

 「今回はキミがしっかりしてくれないと困るんだから。しっかりやってよね!」
 「言われなくともわかっている。私はマックスハードで行くから、ドリルを入れる角度を計算しろ。邪魔はするな。」
 「じゃあ行くわよ〜〜〜っ! 名付けて、ラピッドサンダーストライクっ!!」
 「マックスハードクリティカル……はああああーーーっ!!」

  ガガガガガガガガッ、ガリガリガリガリ……!

 ふたりの医師は宙を舞い、絶妙なコンビネーションであっという間に悪性の患部を削り取ってしまった。その時間、実に5秒。あっという間の出来事だった。そして駆け足でロルベニアが銀色の皿に空いた穴に詰める素材を持って処置を施そうと患部を見る。必殺技、いや治療を終えて満足げな表情のふたりの耳に飛びこんできた言葉は仕事を終えた爽快感を簡単に吹き飛ばすものだった。

 「これは……銀野先生。削る場所が間違ってますよ。黒野先生は正しい場所を削ってますが、銀野先生はその奥を削るはずなのでは? でもこれ、手前の健全な歯に豪快に穴を開けてます。」
 「うっそ! えーーーっ、それまずいよぉ……!」
 「埋めるも何もこれではちょっと。」
 「人の説教に夢中になってるからだ。貴様、反省しろ。じゃあその失敗した歯は抜いてしま」
 「だからなんで抜こうとするのよっ! こっちも埋めたらなんとかなるって! その前に今度こそ虫歯の方を削らないと……」
 「銀野先生、今日は興奮気味ですからまた別の歯を犠牲にする可能性があります。止めておいた方がいいのでは。」
 「あーっ、ロルベニアちゃんは黒野の肩持つの!?」
 「そういうわけでは……ないですけど。」
 「回転抜歯カードを装填するぞ。」
 「だーかーらー、あたしの失敗はあたしがなんとかするからっ!!」

 声だけが聞こえるとはここまで残酷なことなのか。草間は話の途中で気絶してしまっていた。記憶を失う直前に浮かんだ言葉、それは「このヤブ医者め……」である。


 「それでまぁ、俺は命からがら逃げ延びたと言うわけだ。」

 草間がまるで武勇伝のようにそんな話を妹に披露していた。興信所の日めくりカレンダーは4月1日になっている。実は彼は妹にエイプリルフールというものを教えるのに、わざわざこんな冗談を作って話しているのだった。ふたつの巨大なドリルが唸りをあげる歯医者など現実にいやしない。つまり「ウソとわかるようなウソをつけ」と一年に一度しかないリップサービスについての説明しているのだ。しかし聞き手の表情は真剣そのもの。本当にそんな歯科医院があると思っているのかどうかは別として、とにかくふたりの頭の中にはドリルを構えた元気な医師が想像されているはずだ。自分の知っている人物を当てはめて。

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市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年05月06日

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