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『■元気を出して■ 』
四方神・結3941)&東雲・峻之助(4200)
 新学期が始まり、一月近くが過ぎた。季節はそろそろ春から初夏に移ろうとしているが、ここ数日は花曇りの日が続き、すっきりしない。
 四方神結(しもがみ・ゆい)は、ベランダに面した窓を開け、大きく伸びをした。
「うーん、久し振りにいいお天気」
 気持ち良く広がる淡い水色の空には、所々白い雲が浮かんでいる。今日は一日良く晴れそうだ。
(そろそろ、庭の草むしりをしなくちゃ。でも、まずお洗濯からね)
 今週末は宿題が無かったし、ゴールデンウィークも近い。午後から本を読みながら、ゆっくりティータイムを楽しめそうだ。
 こんな日には、誰でもうきうきしてくるもの。それだけではなく、結は何か良い事がありそうな予感がしていた。
「クッキーでも焼いてみようかしら」
 ミニパーティー風に、いつものお茶の時間より、ちょっぴりこだわってみよう。そんな気にさせるほど、空も風も明るく穏やかだった。

 雑用や準備を済ませていると、ティータイムは少し遅めになった。
「これでよしっと」
 テーブルに早咲きのマーガレットを飾り、お気に入りの食器に焼きたてのクッキーを移す。読みかけの本や、春物のカタログを傍らに積み上げて、結は一口紅茶を含んだ。
「おいしい」
 一人でのんびり過ごせる時間が、この上なく幸せに感じられる。結には学業の他に、人には言えない特別な力で協力している事もある。ゆったりお茶を楽しめる時間は、意外に少ない。
「おっ、美味そうな匂い」
 一人しかいないはずの家で、不意に男の声がした。しかし、結は慌てない。
 背が高く、引き締まった体の青年がひょっこりと現れた。
「やぁ、久し振り。少し胸が成長したね!」
 他人に接する時の、クールな話し振りはどこへやら。東雲・峻之助(しののめ・りょうのすけ)は、キッチンに顔を見せるなり、ずけずけと言い放った。
「あのね、お兄ちゃん。玄関を開ける前に、インターフォンで『御免下さい』位言えないの!?」
「いやぁ、女性の家にお邪魔する時なら、ドアを開けてもらえるまで待つけどね。君には必要ないだろう」
 ぶん★ 結の拳が空を切る。
「ほらほら、おしとやかな女の子は、グーで殴りかかったりしないよ」
「うっるさーい!」
 物静かな優等生と、結をとらえているクラスメートが見れば、絶対に別人だと思うだろう。
「おおっと、危ない」
 結の鉄拳をひょいとかわし、峻之助はテーブルからクッキーの皿をすくい上げる。
「お兄ちゃんねえ、そんなに口が悪いと、彼女だってできやしないから!」
「あれ、知らないの? 女の人には優しいよ……っとっと」
 ひゅるるるるっ、カン!
 飛来するフライパンを空いている手で器用に掴み、泡だて器を軽く弾く。伊達に傭兵経験は積んでいない。
「素振りで鍛えているにしては、胸の成長が遅いね」
「失礼ね。お兄ちゃんには関係ないでしょ」
 最後にぱしっと、峻之助は結のパンチを受け止めた。
「ところで、これ食いたいんだけど。お茶入れてくれない?」
 うーっ。
 1秒。
 2秒。
 3秒。
 結は無言の唸りを発して峻之助と睨み合っていたが、やがて渋々離れた。
「全くもう。調子が良いんだから」
 ぶつぶつこぼしながらも食器棚に向かい、奥にしまってあった、峻之助専用の湯飲みを取り出す。
(やれやれ、相変わらずだな)
 日本茶を淹れ直す結を見つめて、峻之助はクッキーの皿をそっと戻した。
 年頃の女の子が、友達とショッピングに出かけるでもなく、彼氏とデートをするでもなく。自宅で一人でお茶を飲んでいるなど、落ち着き過ぎている。
 もちろん、結を案じる気持ちはおくびにも出さない。結が振り返った時には、峻之助はいつもの飄々とした笑顔で、クッキーをぱくついていた。
「今日は煎餅じゃないんだな。どういう風の吹き回しだ」
「うん、何となくお菓子を作ってみたい気分だったから。あ、お茶、紅茶の方が良かった?」
「いや、これで良いよ」
 峻之助は緑茶を啜って、再びクッキーに手を伸ばす。
「今日はどうしたの」
「こっちで調べ物があったんだ」
 アメリカ留学中の峻之助が、休暇でもないのに帰国しているのは、普通なら不思議だ。けれども、峻之助自ら「徘徊医学生」と名乗る通り、彼は世界各地で神出鬼没に現れる。四方神邸にも時々不意に現れるので、結はもうすっかり慣れていた。
「じゃあ、最近はちゃんと大学にいるのね」
「結、いつも言ってるだろう。医療は経験が大事なんだ」
 世界には、未だ紛争の火が消えない所がある。近代の医術が取り入れられていない、未開の地もまだまだある。医者が足りず、救えるはずの命が助からなかったり、治せる負傷や病が尾を引くケースが、ままあるのだ。
 そんな所では、まだ勉強中の学生医者でも、切実に必要とされる。
「卒業してからでもいいじゃない。その方が、お医者さんとしても、ちゃんと治療ができるのじゃないの」
「勉強中だからこそ、経験が必要なんだ。現場で働きながら学ぶ方が、実際に役に立つ知識と腕が、早く身につくからな」
 ふうん。と、曖昧に頷きながら、結もクッキーを齧った。言わんとするところは分かる。けれども、勉強に専念した方が、早く卒業できそうな気がしてしまう。
(そうすれば、早く日本に帰れるのに)
 ぼんやりと、そんな気持ちが浮かんで消えた。
 大学から離れる間は休学しているのか、それとも要領良く最短で卒業できるように、調整しつつ飛び回っているのか。結には分からないのだが、あまりにひんぱんにあちこちで目撃されると、学校に行っていないようで心配になる。
 もっとも、在学中からこれだけあちこち、うろつき回っているのだ。卒業をしたら自由になったとばかりに、ますます世界を飛び回り始めるかもしれない。
 危険や不便を顧みず、必要とされる場所へ行こうとする志は尊いと思うのだけれども。
「あちこち行ってみるのも、良いもんだぞ。この前行った所は、皆こう、ぼん、きゅっ、ぼんって感じでな。結もせめてあの半分くらい、セクシーボディだったらなあ」
 両手でボディラインを描きつつ、峻之助は盛大にため息をついた。
「もうっ。またそういう事を言うんだから」
 見直しかければ、すぐこれだ。
 きっと睨む結の視線を受けたが、峻之助は微塵も動じない。
「お兄ちゃん、絶対セクハラ親父になるわね。そういうお医者さんって、訴えられるから」
「平気平気。お茶おかわりくれる」
 峻之助は空になった湯飲みをずずっと押しやった。
「結の方は? クラス替えはどうなった」
「あ、うん」
 結は仲の良い友人数名の名を挙げた。
「その人たちは今年も一緒。あとは、離れちゃったけど」
 ポットから急須に湯を移す手つきを、峻之助はぼんやりと見つめる。
「花見には行かなかったのか。寺巡りは好きだろう」
「お寺ではないけれど、お花見には行ったわ。お兄ちゃんも行った事があるでしょう。あの、あまり人が来ない公園」
 穏やかな春の一日は短い。
 学校生活や、最近起こった出来事など、とりとめもなく話している内に、いつしかすっかり日が暮れていた。
「おっ、もうこんな時間か」
「えっ?」
 慌しく立ち上がろうとする峻之助を見上げる結の瞳が、微かに揺らいだ。
「もう帰ってしまうの」
「ああ、今日の最終便で戻るから」
「そっか」
 結は、ティーカップからゆるやかに立ち上る湯気に、目を落とした。
 荷物らしい荷物を何も持っていないので、てっきりまだ数日は滞在するのかと思っていた。調べ物に戻ってきたとは言っていたが、この様子では今朝早くに着いて、そのままこちらに来たのだろう。
(学年が変わったばかりだから。心配してくれたのかしら)
 友達が出来ないのではなく、あまり進んで人付き合いをする気になれないだけである。普段はそれでも滅多に不足を感じない。
 けれども、時折ふと人恋しさを感じた時に、まるで計ったように峻之助は現れる。留学先のアメリカからとは限らずに、聞いた覚えがない土地からでもやって来る。
 峻之助の方が予知能力か、瞬間移動能力とテレパシー能力でも持っているのではないかと、疑いたくなるくらいだ。
 どんなからくりを使っているのか、始終あちらこちらに出没するとはいえ、移動は大変に違いない。
(元気付けに来てくれて、ありがとう)
 結が感謝を口にしかけた時。
 峻之助がニヤリと笑った。
「結を見ているより、グラマーなお姉さんを眺めている方が、目の保養になるからな。君も、次に来るまでにもっと胸を成長させておくように」
「もうっ!!」
 しるしるしるしるしるしる★
 スリッパが見事な回転で飛ぶ。
「真剣、スリッパ取り!」
 ぱすん。峻之助は難なくスリッパを両手で挟み、そのまま軽く数回投げ上げる。
「さーてと。お姫様の機嫌が悪くならない内に退散するか。腹出して寝るなよ」
「一言余計なの!」
 結はぷんすか怒っていたが、やがて気を取り直した。
「空港まで見送りに行かなくて良い?」
「ああ、荷物も無いし。帰りに迷われたら困る」
「酷いわね。私、そんなに方向音痴じゃないわよ」
 いーっと舌を出す結に、峻之助は快活に笑って手を挙げる。
「じゃあな」「またね」
 別れの挨拶は素っ気無く、数軒先のマンションに帰るような調子で、峻之助は扉を閉めた。
 キッチンに戻ると、空間が広く感じられるが、不思議と寂しい印象はなかった。峻之助のセクハラ口撃は、思い出しても腹が立つ。だが、それも心から憎らしい感じはしない。
 大人しい結が、あんなに大騒ぎをするのは峻之助が来た時くらいだろうか。案外、良いストレス解消になっているのかもしれない。
 だからと言って、花も恥らう乙女に向かって、言って良い事と悪い事があろうというものだが。
「いけない、洗濯物」
 湯飲みを流しに入れて、慌ててベランダに出ると、冷やりとした夜風が頬を掠めた。名残り惜しさを感じる暇も無く、素敵な予感を運んできた一日は終わろうとしていた。

■ライターより■
 ご発注ありがとうございました。お二人の関係が兄妹なのか、兄妹のように仲が良い他人なのか迷い、このような形になりました。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
なにわのみやこ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月27日

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