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『柔らかな口溶け 』
倉前・高嶺2190)&真神・毛利(2565)


 倉前・高嶺(くらまえ たかね)は、携帯電話をじっと見つめていた。ぱかっと開けて、電話番号を探し、通話ボタンを押そうとし、ぱかっと閉じる。その繰り返しを何度も行っていた。
(突然すぎるかな?)
 高嶺はそう考え、何度も携帯電話を収めようとした。そして、カレンダーと時計を交互に見た。金曜日、夜。ならば、相手は今ごろ自宅に職場から帰っているだろう。それは分かっている。だが、どうしても後一歩が踏み出せない。
(でも、それじゃあ何も解決しない)
 高嶺は暫く考えた後、何度目かにしてようやく通話ボタンを押した。ププププ、という発信音がし、相手に電話が掛かった。
『はい、もしもし』
「……毛利姉?」
 携帯電話の向こうからは、真神・毛利(まかみ もうり)の明るい声がしてきた。
『あら、高嶺ちゃん!どうしたの?』
「ええと……明日、時間空いてる?」
『ええ、空いてるわ。どうしたの?』
「うん、ちょっと……相談。というか、聞いて欲しい事があるんだけど」
 高嶺はそう言うと、毛利の反応を待った。どきどきと心臓が響く。
『勿論良いわよ。一人?』
「うん、一人」
『そう。じゃあ、明日うちにいらっしゃいな』
 携帯電話の向こうから、優しい声が返ってきた。高嶺はほっと息を漏らし、顔に笑みを浮かべた。安心感が、強い。
「分かった。明日、そっちにいく」
『待ってるわ』
 高嶺は「ありがとう」と言ってから、携帯電話の電源ボタンを押した。電話を両手で握り締め、大きく息を吐いた。
「……毛利姉なら、相談に乗ってくれるよね?」
 ぽつり、と高嶺は呟く。ぱかっという音と共に携帯電話を閉じると、カレンダーにきゅっとマジックで赤丸をつけた。毛利姉の家へ、と書き添える。
「うん」
 高嶺はその丸に満足したように頷くと、ベッドに身を投げ出した。早く明日になればいい、と願いながら。


 次の日、毛利は朝から気持ちが浮かれていた。冷蔵庫には、朝一番、開店と同時に購入したケーキが二つ入っている。毛利の大好きな、チョコレートケーキが名物のケーキ屋だ。
「いつも行くたびに、どれにするか迷うのよねぇ」
 毛利はそう呟き、ふふ、と笑った。独断と偏見で買ったとは言え、二つ買ったケーキのどちらも美味しそうなのには間違いない。
 どのケーキも、大食いに挑戦したくなるような、チャレンジ精神を掻き立てるような、そんなものばかりだったが、その中でも毛利が「これは美味しいに決まってる!」と思えるものを買ったのだ。美味しくないわけが無い。
(それにしても、珍しいわね。高嶺ちゃん)
 毛利はふと考える。高嶺が一人で来る、というのは珍しい事だ。しかも、自分に相談をしたいからと。
 そこまで考え、毛利は再び「ふふ」と笑った。自分を頼ってくれた、と思うと自然と顔が綻ぶのだ。
「紅茶の準備もオッケー、ケーキもオッケー、掃除もオッケー!」
 毛利は指差し確認をし、にっこりと笑う。
「うん、万事オッケー!いつでも来ていいわね」
 満足そうに笑い、毛利は部屋を見渡した。お気に入りの紅茶の葉を、ポットに入れてある。お気に入りのケーキを、冷蔵庫に入れてある。お気に入りのクッションを、ソファにちゃんと置いてある。全てがばっちりだ。
 ピンポーン。
「来たわね、高嶺ちゃん」
 毛利は嬉しそうにそう呟くと、玄関へと走っていった。鍵を開けるのももどかしいと言わんばかりに、勢いよくドアを開けた。
「……こんにちは、毛利姉」
 ぺこ、と軽く会釈をしながら、そこには高嶺が立っていた。毛利はにっこりと笑い、スリッパを出しながら高嶺を誘う。
「ほらほら、上がって上がって」
「うん。お邪魔します」
 高嶺はそう言うと、スリッパを履いて毛利に続く。毛利は足取りも軽く、ソファのところに高嶺を案内した。
「座って座って。今、お茶を入れるから」
「何か手伝おうか?」
「ううん、大丈夫よ。すぐだから」
 毛利はそう言うと、紅茶ポットにお湯を入れ、砂時計をひっくり返した。冷蔵庫からは例のケーキを取り出し、皿に盛り付ける。お盆にケーキの皿と、紅茶ポット、そしてティーカップと砂時計を置き、毛利は高嶺の座っている前にそれらを置いた。
「はい、どうぞ」
「……チョコレートケーキ。美味しそう」
「美味しいのよ、ここ。お勧めよ」
 軽くウインクをし、毛利はそう言った。そうこうしていると、さらり、と砂時計の砂が全て落ち終わった。それを見計らい、毛利はティーカップに紅茶を注いだ。綺麗な紅色が、ティーカップに注がれる。
「いい匂い。なんていう紅茶?」
「ウバよ。いい香りでしょう?」
「うん」
 高嶺は頷きながら、そっと紅茶を口にする。暖かな紅茶の良い香りが、すうっと口一杯に広がっていく。
「美味しい」
「良かったわ。私は大好きだけど、高嶺ちゃんはどうかな?って思っていたから」
 毛利はそう言ってにっこりと笑った。高嶺はそっと笑い、それからふと真剣な顔をする。
「それでね、相談事なんだけど……」
「ええ」
「……あの子からね、憧れの人を聞いたんだ」
 高嶺は自分の従姉妹と話した時のことを思い返しながら、言葉を紡ぐ。
「それを聞いて以来、なんとなくもやもやして」
「もやもや?」
「うん。何でかな?」
 高嶺は思い返す。従姉妹が「穏やかな人でね」と、今までに見た事の無いような表情で話していた。可愛い、と素直に思ったのだ。
 だが、それと同時にもやもやとした感情が芽生えた。そしてそれは今も、持て余してしまっている。
「あの子がそう言う風に話す人なら、良い人だと思う。でも……」
「何となく、素直にそう思えないの?」
 毛利の問いに、こっくりと高嶺は頷いた。毛利は暫く考え、それからそっと微笑む。
「高嶺ちゃん、妬いているんじゃない?その人に」
「やっぱり、そうなのかな?」
「ええ。その人に対して、ちょっと妬いちゃったんじゃないかしら?」
 毛利の言葉を、高嶺は心の中で反芻する。それならば、妙に納得がする。だが。
「……でも、そんな子どもじみた事、思うなんて。……何か、認めたくなくて」
 高嶺はそう言い、俯く。毛利は「そうねぇ」と言いながら、そっと紅茶をもう一口飲んだ。
「私の、一番上の姉が結婚する時、私も同じように思ったのよ」
「え?毛利姉が?」
「そうよ。何だか、姉が遠くに行ってしまうようで寂しかったの」
「寂しい……」
 高嶺は毛利の言葉を反芻し、じっと考え込む。その感情が、身に覚えのあるものだったから。寂しい、という思いが実に的を射ていたから。
「だから、そう思うのは自然な事なんじゃないかしら?」
「おかしくない事?」
「そうよ。それに、あの子だって高嶺ちゃんに好きな人が出来たら、似たように思うんじゃないかしら?」
 毛利はそう言い、悪戯っぽく笑った。そんな毛利を見ていると、そんな気がしてくるから不思議だ。
「そうかな……?」
 高嶺はそう言い、小首を傾げた。ちょっぴり、笑みを浮かべて。
「そうよ。絶対に、そう」
 毛利はそう言い、にっこりと笑う。間違いない、と言わんばかりに。
 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。高嶺が好きな人が出来、その事で従姉妹が同じように妬いてしまっているところを想像してしまったのだ。
「私は思うんだけど。結局、遠くに行く事は無いのよね。どれだけ距離的に遠くなったとしても、私の姉は姉であることに変わりは無いわ」
 毛利はそう言い、チョコレートケーキを一口分切る。とろり、と表面のチョコレートクリームが程よくとろける。
「あたしも、あの子との関係は変わりないよね?」
 高嶺も毛利につられたようにチョコレートケーキを切る。毛利のものとは違った形だが、同じようにチョコレートクリームがとろりととろけた。
「勿論よ。変わる事は絶対に無いわ。距離的に遠くなったとしても、ね」
 毛利はそう言い、にっこりと笑ってチョコレートケーキを口に放り込む。口一杯に、カカオの甘い香りが広がる。
「ほらほら、高嶺ちゃんも食べて!凄く、美味しいから」
「うん」
 高嶺はそっとチョコレートケーキを口に運ぶ。程よい甘味が、カカオの香りと共に広がり、とろりと口で溶けて行った。
「……美味しいね」
「でしょう?私、頑張って朝一番に買いに行っちゃったもの」
 嬉しそうに、毛利はそう言った。高嶺も嬉しそうに微笑む。
 こうして流れる時間が、何よりも暖かく、愛しい。例え、互いに距離が遠く離れてしまう事になっても、今過ごしている時間に対する思いが変わる事は恐らく無いだろう。
 それは予感ではなく、確信だった。良い香りのする紅色の紅茶と、ほろりと溶けるチョコレートケーキ。それらと共に話した内容。全てが一つに交じり合い、大事だと思える時間となるのだ。
「毛利姉」
 高嶺はそっと問い掛ける。毛利は「ん?」と言いながら、そっと微笑みながら高嶺を見た。
「有難う」
「いいのよ。私だって、高嶺ちゃんとこうしてお茶が出来て、本当に嬉しかったんだから」
 毛利はそう言い、ふふ、と笑った。それにつられ、ついつい高嶺も笑ってしまう。
「また、話しに来ても良い?」
「当たり前じゃない!次は、また別のケーキにするわよ」
 嬉しそうに話す毛利に、高嶺は「うん」と嬉しそうに頷く。
「本当に、毛利姉に話せてよかった」
「すっきりした?」
「うん」
 高嶺が頷くと、毛利は満足そうに微笑んだ。暖かな空気がその場を包み込む。
「また、いつでも来ていいのよ。相談があってもなくても」
「毎日来ちゃうかもよ?」
「いいじゃない。それこそ、大歓迎」
 ふふ、と笑う毛利に、高嶺はそっと笑った。寂しく思っていた事が、嘘のようだ。
「有難う」
 もう一度、高嶺は礼を言った。毛利はそれに対し、にっこりと笑うだけだった。
 穏やかな午後、ゆるやかに時間だけが流れていった。紅茶とチョコレートの香りを、ほんのりと漂わせながら。

<とろりと全てが溶けていき・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月25日

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