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『そんな日もある 』
ユンナ2083

 不覚としか言いようが無かった。
 「…やられたわ…マズった……」
 いつもと違う、多少口汚いような呟きは、ほんの僅かな焦りの所為か。ユンナは、足元が縺れた拍子によろけ、咄嗟にすぐ傍にあった白壁に片腕を突いて身体を支える。そのまま、腰から折って上体を伏せ、軽く肩で息をした。苦しげに瞼を伏せて眉根を顰め、唇から忙しい吐息を吐き出す。その吐息は、淡く色に染まっているように見えた。
 「……き、………」
 き?
 「………気持ち悪いいぃ〜……」
 ユンナは二日酔いになっていたのだ。


 油断が生じていたと言われればそれまでだが、これまで、油断して困った事など一度も無かった。ユンナの言動は、ともすれば自信過剰とも捉えられそうな強気のものばかりだが、それは決して虚勢ではない。ユンナの自信は明らかな真実に基づき、本人も自覚している類いの事なので、ユンナにとって見れば、それは自信と言うよりは、ただ単に事実を正直に述べているだけに過ぎないのだ。
 だから、その敵を前にしてユンナが、『やれるものならやってみなさいよ』と言い放った事も、単純にそう思ったからそう言ったまでであり、事実、今まで、そう言われて実際にユンナに有効な攻撃を加える事が出来た奴など居た例がない。
 だが、もし、ユンナに反省すべき点があるとするならば、自分の予想の範疇を超える出来事が、まだまだこの世の中にはあるのだと知る事、だったのかもしれない。
 敵はたったのひとり。相手の持つ能力がどのようなものかは知らないし見当も付かないが、具現化能力だけに留まらず、ユンナの才能はありとあらゆるところで開花している。まぁ歌の才能がこの場合有効かどうかはともかく、武道にも長け且つ相手の具現能力をそっくりそのまま展開できるユンナには、ある意味、死角などないも同然だ。
 …が、今回に限って言えば、そのユンナの能力そのものが仇になった、のである。

 その男の存在には、以前から気が付いていた。これまでは、その男は何の障害にもならぬと感じていたから、言わば見逃していたようなものだった。だが、このところ、聖都で善からぬ噂が横行し、同時に何かしらの事件も起こってい、その大半にその男が関わっていたから、さすがにユンナも黙って見ていられなくなった訳だ。
 聖都自体に恩義がある訳ではなかったが…
 「そんなお馬鹿が、私の周りに居る、それだけで罪よ、罪。許されざる大罪よ」
 そうきっぱり言い放ったユンナに、旧知の者達は深―――い溜息を付いたと言う。
 ともかく、ユンナはそんなお馬鹿に痛い目を見せる為、その男の元に赴いたのだ。居場所など、そいつから発せられる馬鹿オーラを辿れば簡単に見つける事が出来る。ユンナを古くから良く知るある男が、鍛えられた筋肉のフェロモン(?)を感じる事が出来るのと同じように。
 そうしてその男と対峙したユンナは、男の不遜な態度に密かにむかっ腹を立て、先の台詞(『やれるものならやってみなさいよ』と言うアレだ)を吐いたのだ。

 ふぅん。そう呟くと言われた男の口端が持ち上がり、厭な笑みの形を作る。それをユンナは如何にも厭そうなしかめっ面で見詰めていた。男の片手が水平に上がり、指先がユンナの方へと向けられる。男の周囲の空気が、違う何かを孕んだ事で、ユンナには男が具体能力を使おうとしている事が分かった。
 「…甘いわね」
 まるで愛しい人に囁くかのような優しい声でユンナが囁く。が、その表情は猛々しく、勇ましかった。
 男がユンナに向けた指先、そこから眩い光が溢れ出した。実際に視覚に映る光ではない。精神力の塊と言ったところだろうか。ユンナだから感じる事の出来る、能力の迸る様子だ。それが、何かの形を取ろうと蠢き始めたところで、ユンナの攻撃の第一手が放たれた。その反応の鋭さに驚いた男は、そこに立ち竦んでユンナを見、目を剥いた。
 「あら、私が余りに美しくて、驚いてるのかしら?」
 嫣然と微笑むユンナが、驚き、立ち竦む男目掛けて走り出す。一瞬にして男の懐へと飛び込むと、下から上へと突き上げる拳で、男の顎を粉砕した。
 「ッんぎゃ―――ッ!」
 悲鳴と共に男が後ろにすっ飛ぶ。勢い余って男の身体は、そのまま地面を滑っていく。その向こうには、崖があった。
 「……あらら」
 ユンナが呟いたのとほぼ同時、男はそのまま、崖の下へとまっ逆さまに落ちていった。
 「……あーらら。…でもまぁいいわ。お馬鹿だもの」
 ふふふ、と口許で笑ってユンナが身体を起こす。んー!と背伸びをして帰ろうと踵を返したところだった。
 「!?」
 何かの違和感にユンナの歩調が止まる。異変を感じ、紫色の瞳が周囲の状況を探るが、何も変わったところはない。…とすると、この異変は。
 「…私の、中、……から……?」
 ぐらり。とユンナの視界が揺れる。思わず片膝を地面に突き、ぐらつく上体を片手をも地面に突く事で支えた。
 ユンナは、考える。これは一体、どうした事か。
 …そう言えば。物凄く今更だが、あの男の具体能力とは、どのようなものだったのだろうか。
 普通、その人のタイプによって、能力の具体化は一定している。ユンナほどの能力者であれば、ありとあらゆる具体化を操る事も出来たが、大抵は各個人の特色を備えた能力になっている筈である。
 あの男は、何をどのように具体化させる能力を持っていたのか。
 「…………」
 ふと、ユンナが自分の胃の辺りを手の平で押さえる。何か重くくどいものを丸ごと飲み込んだ時のよう、その辺りどんよりとしているような気がした。
 実は、あの男の能力とは、己の体内に僅かにでもある有機化合物をある物質に変化させた後、その物質を媒体として具体化させて、例えば毒ガスや毒薬を発生させる、と言った能力だった。【変化】とは言い換えれば【発酵】、そして【物質】とは【アルコール】そして、ユンナは、そんな能力の、【放出】の段階一歩手前までをそのままトレースした為、アルコール様のものが体内に取り残されたと言う訳だ。…つまり。
 ユンナの身体は、酒そのものになってしまった。と。

 「……幾ら私が酒好きでも……自ら酒になりたいとは思わないわよ……」
 ある意味、全身酒漬けのユンナは、生まれてはじめての二日酔いに苛まれているのだ。未だ嘗て、何をどれだけ呑もうとも、二日酔いどころか酔った事すらない。余りに粗悪なアルコールで、共に呑んだ者達がバタバタと倒れ、周囲で屍累々としていた時でも、ユンナだけは平気な顔で飲み続けていたものだ。だが、さすがに体内でアルコールを精製したとなると、それは話が違うらしい。こみ上げてくる何かに眉を顰めて耐えながら、ユンナは何とかしていつもの居酒屋に辿り着いた。
 「いらっしゃーい。おや、今日は早いお出ましだねぇ」
 顔馴染みの店主が、揶揄うするようにまだ日の高い窓の外を眺めて笑う。そんな呑気な様子にぎろりと一瞥くれておいて、ユンナはカウンターを拳で叩いた。
 「……酒」
 「え?」
 「酒って言ってるでしょ、聞こえなかったの?だったらもう一回言ってあげましょうか、その耳元で大音量で!」
 何やら凄い剣幕で要求され、さすがの店主も慌てて酒の用意をする。ユンナ専用のバカでかいジョッキに、なみなみと琥珀色の酒を注ぎ込む。大の男でも全て飲み干せば撃沈するような、そんなキツくて量の多い酒を、ユンナは一気に飲み干した。
 「……うわぁ」
 「…ふ。舐めるんじゃないわよ」
 手の甲で濡れた唇を拭いながら、ユンナが挑戦的に笑う。小動物のようにビクビクしながら店主が尋ねた。
 「ど、どうしたの、今日は…」
 「決まってるじゃない。迎え撃ってるのよ」
 何を?
 「この私を誰だと思ってるの……?」
 呟くその目が、僅かに据わっている気がするのは気のせいだろうか。ユンナは、お代わり!とジョッキをカウンターに叩きつけた。
 二日酔いには迎え酒。そう、どこかで聞いたような気がする。ユンナは、二杯目のジョッキを高々と上げ、己に、経験したくない初体験を喰らわせた、あのお馬鹿に向かって乾杯をした。


 「…………」
 確かに二日酔いは治った。…ような気がする。
 でもその代わり、いろいろなものの反動か、妙に疲れてしまった。 
 ユンナはカウンターの上に突っ伏し、空ろな目で周囲を見ている、あれから何回ジョッキを空にしただろう。気持ち悪いのは吹っ飛んだし、ましてや酔ってもいない。だが、身体はだるいし気分は最悪、身体は平気だが精神が二日酔い、そんな感じだった。
 …こんな姿は彼らには見せられない。ユンナが心の中でそう思った時だった。
 「んあ?どうしたんだ、一体?」
 背後から聞き慣れた声がした。自分の肩越し、顔を覗き込もうとする男が居る。大柄な男の身体で出来た影に、ユンナの身体はすっぽりと入ってしまう。じろり、とユンナの片目が男を見上げた。
 ガツ!
 ものも言わず振り上げたユンナの拳が、男の鼻っ柱に直撃する。不意打ちを喰らった男は、そのまま緩やかに背後へと倒れ込み、大木が根元から切り落とされた時のように地響きを立てて床に仰向けになった。
 わーっ!と店内が騒がしくなる。それと相反して、ユンナは心地良い脱力感に身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。


 同じ発酵物でも、チーズじゃなくて良かったわ。そんな事を思いながら。


おわり。


☆ライターより
いつもありがとうございます!ケヅメリクガメ並みライター(何が)碧川です。シチュノベの発注、本当にありがとうございます(礼)
普段、初めてのPCさんは、既に納品された他クリエーターさんの作品を流し見て何となく雰囲気を掴ませて頂いているのですが、今回は、キャラ設定等だけを見て書きました。ライター個人の色を、と言う事でしたので、先入観なしで書いてみよう…と思いまして。
…で、結果、とある2つの設定に注目する事にし、こうなった訳でございます(汗)
こんな訳わかめな色ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
ではでは、またお会いできる事を、心からお待ちしております!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年04月22日

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