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『『友』のお見舞い 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&エヴァーリーン(2087)





 初めは骨には罅が入っており、あちこちから出血していた。
 今はまだマシになってはいたが、ジュドー・リュヴァインは、先日の戦いで負傷し寝たきりの生活を送っていたのだった。
 かなりの重傷だったというのに、普段から鍛え上げている事もあって回復も早かった。
 しかし、まだ黒山羊亭に出向く事は出来ない。
 日々鍛錬もしなければ身体が鈍ってしまうが、きちんと傷を癒さねばもっと酷い結果になるのは目に見えていた。
 きちんと骨を付け、筋肉を付け、蒼破を振るうだけの力を再び手にしなければならない。
 だから暫くは大人しく静養しようと思い、不服そうにしながらもジュドーはベッドに転がっているのだった。
 今回の事は本気の勝負をして、そして負けたのだからそのことに悔いはない。
 これだけの傷で済み、こうして生きている事が奇跡だ。
 ジュドーは自らの意志で戦いを挑み、そして今此処にいる事を誇りに思う。
 また傷が残るな、と思ったがそれも勲章の一つだ。
 傷を癒し修行を積み、また挑んでやろうとジュドーは思う。
 そう思うとなんだか元気が出てくるような気がした。

「しかし‥‥寝たきりというものは暇だな‥‥」

 ぽつり、とジュドーが呟いた時。
 上から言葉が降ってきた。

「全く、こんな大怪我して‥‥少しは加減をするってことを知らないの? 加減する事を覚えなさい、全く‥‥」

 呆れたような声音でそう告げるのは、いつの間にかやってきたエヴァーリーンだった。
 仕方なく手当をしに来てやった、と言わんばかりの表情。
 手には茶色の紙袋を抱えている。
 目を大きく見開いたジュドーだったが、すぐにむっとした表情になりエヴァーリーンに切り返した。

「加減なんかしたら戦いじゃないだろう」
「だから、相手を考えなさいってことでしょう」
「強い者と戦いたいと思って何が悪い」
「ジュドー‥‥身の程知らずって言う言葉知らないの?」

 ぐっ、と言葉を飲み込むジュドーに軽い溜息を吐きながら、エヴァーリーンが持ってきた紙袋の中から包帯などを取りだし告げる。

「ほら、包帯取り替えるから」
「あぁ‥‥すまない」
「すまないって思うなら初めから怪我をしないことね」
「誰が怪我を自ら進んでするんだ‥‥だから‥‥はぁ‥‥もういい」

 エヴァーリーンに口では勝てないのだ。
 ジュドーは諦めて大人しく従う事にする。
 背を向けたジュドーの血に染まった包帯を取り始めるエヴァーリーン。
 そんなエヴァーリーンにジュドーは呟く。

「でもさすがは神と呼ばれる者‥‥強かったなぁ」

 窓から見える夕日を眺めながら、ジュドーは瞳を輝かせる。
 それはまるで子供のような無邪気な表情で。

「私などまだまだだ‥‥」

 どうやったらあの域までいけるだろうか、とほんの少しだけ悔しそうに、そして夢を追う子供のように嬉しそうに呟くジュドー。
 そんなジュドーの背についた傷をじっと眺めるエヴァーリーンには気付かない。
 エヴァーリーンは包帯を取ったジュドーの背を見つめていた。
 夕闇の中浮かぶのは、背中と言わず、体中に縦横構わず走る傷。
 それはエヴァーリーンの身体も同じだった。
 互いの身体にたくさん付いている傷は、二人の今までの戦歴を現すものだった。
 それを二人は誇る事はしても疎ましく思った事はない。
 勝っても負けてもそれは今の自分の糧になっていた。
 こんな傷をたくさん負っても、なお生きてきた輝かしい勲章だった。
 エヴァーリーンはその傷を眺めながら呟く。
 思わず口をついて出た言葉。

「ジュドーは、どこまで戦うつもり‥‥‥?」

 それはジュドーに向けた言葉だったのか、己に問いかけた言葉だったのだろうか。
 エヴァーリーンは自分でもよく分からずにその言葉を紡いだ。

 自分たちは何処へ向かおうとしているのだろうと。
 このまま戦い続けてどうなるのだろうと。
 本能に導かれるまま、強い者と戦いを求めて。

 しかし尋ねられたジュドーは突然の問いに驚きながらも、真っ直ぐな瞳で応える。

「そうだな。‥‥倒れて立ち上がれなくなるまで」

 きっぱりと言い切るジュドーの言葉にエヴァーリーンは、やっぱりね、と胸の内で思いながら小さな笑顔を浮かべる。
 背を向けているジュドーにはその表情は伝わらない。
 ジュドーがそう言う事は分かっていた。
 それはエヴァーリーンの心の中にもある言葉だったからだ。
 しかしそれとこれとは別問題だ。
 ジュドーが無謀な戦いを挑んでいるとは言わないが、勝手に居なくなる事は許さない。
 こうして手当てしに来ているのもなんだと思っているのだと。
 せっかく『友』と呼べるような人物を見つけたと思っているのに、目の前から勝手にいなくなってもらっては困る。
 それはエヴァーリーンには恥ずかしくて絶対に口に出せない単語だったが。
 だからその感情を込めてジュドーがその言葉を放った瞬間、エヴァーリーンは思い切り部屋にその音が響き渡るくらい力を込めて掌でジュドーの背を叩いた。
 バッシィ!、と激しい音が鳴る。
 音が鳴る程痛くはない、とよく言うがエヴァーリーンの場合は違う。
 音と比例して痛みがある。更に言えば、現在ジュドーの骨には罅が入っている。痛みは倍以上だ。
 声にならない叫び声をあげ、その場で悶えるジュドー。
 罅が入っている事を知っていながらエヴァーリーンは加減をしなかった。
 涙目でジュドーはエヴァーリーンを恨めしげに見つめる。
 痛みで声はまだ出ない。
 そんなジュドーを横目に、悪い事をしたとは全く思っていない表情で、エヴァーリーンは告げた。

「ジュドーは止めても戦うんでしょうけど‥‥私へのツケを払い終わるまで、勝手に死んだら許さないわよ」

 ふんっ、と鼻を鳴らしエヴァーリーンは、分かったらさっさとあっち向きなさい、とジュドーを急かす。
 そんな様子を見て、ジュドーはにんまりと笑みを浮かべた。

「ジュドー‥‥今の痛かったわよね? ‥‥‥そんな趣味があったの?」
「馬鹿なことを言うな。私にそんな趣味はない。本当に痛かったに決まってるだろう」

 しかしそう言いながらもジュドーは痛みを堪えながら微笑む。
 今の言葉がエヴァーリーンなりの優しさだと気付いたからだった。
 いつもは口でなんだかんだと言ってくるエヴァーリーンだったが、こういった肝心なことは口にしない。
 照れとかそういうことが関係しているのだろうとジュドーは思うが、それを言ったらまた叩かれそうだから口にするのは止めておく。
 でもそんなジュドーの思いはエヴァーリーンの神経を逆なでしてしまったようだ。
 いつまでもにやけているジュドーを見てエヴァーリーンが、ニヤリ、と笑みを浮かべ言う。

「ねぇ、ジュドー? ‥‥もう一発欲しい?」

 それは本気の声だった。
 ジュドーは、ぶんぶん、と必死に首を左右に振りながら後ずさる。
 いくらなんでも今のをもう一発喰らったら、本当に気絶してしまうような気がした。
 怪我をしていようとエヴァーリーンは容赦ない。

「エヴァ、私に止めを刺す気かっ!」

 エヴァに本気で叩かれたら骨が砕ける、とジュドーが告げるとエヴァーリーンが引きつった笑みを浮かべてみせる。

「そういうこと言うの? ジュドー‥本気でくらいたいみたいね。それに普段馬鹿力なのはジュドーじゃない」
「ほら、今私は怪我人なんだから、な?」
「な? じゃないわよ。せっかく林檎も剥いてあげようと思ったけど止めたわ」

 包帯も外したままエヴァーリーンは帰ろうとする。

「包帯取るだけ取って私はこのままにされるのか」
「寝てれば治るんでしょ」
「エヴァ‥‥その‥‥ありがとう」

 背に投げかけられた言葉にエヴァーリーンは柔らかな表情になる。
 そして嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 それはジュドーには見えなかったけれど。
 くすっ、ともう一度笑ってエヴァーリーンはジュドーを振り返る。

「その言葉に免じて、特別手当してあげるわ」

 あくまでも、仕方ないわね、と呆れた表情でエヴァーリーンはジュドーの元へと戻る。
 しかしエヴァーリーンの心は軽い。
 ジュドーも、すまない、と苦笑しながらエヴァーリーンに背を向けて微笑んだ。

「エヴァ、林檎買ってきてくれたのか?」
「えぇ‥‥私が食べるの」
「なっ‥‥! 私には?」
「そうね、分けてあげない事もないわ」

『特別に‥‥?』

 二人の声がはもる。
 二人は夕闇の中、苦笑しながら穏やかな時を過ごしていた。
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聖獣界ソーン
2005年04月22日

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