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『『37番目のアイツ』 』
ユンナ2083


< 1 >
『××に注意』
 池の淵に立った看板の文字は、泥で汚れて読めない。これでは何に注意していいかわからない。
 だが、ユンナにとっては、何と書いてあっても同じだった。カナヅチの彼女は、絶対池には近寄らないのだから。
 王立魔法学院の庭園を、事務長の跡を付いて歩きながら、気持ち彼より外側を歩く。彼が急にユンナを突き飛ばす可能性はとても低い。だが、世の中は油断がならない。とにかく水に関しては念には念を入れなければ。
 女王様に欠点などあってはならない。泳げないことは人に知られたくなかった。

 もう初夏と呼んでいいような気持ちのよい天気だった。陽に焚きつけられ、庭の芝も灌木も緑を薫らせた。
「有名な歌姫のルンナさんに特別講師として参加していただけて、とても嬉しいです」
「・・・ユンナですが」
 微妙に腰が曲がりかけた事務長は、「ああ、失礼」とペタンと自分の禿頭を叩いた。
「ヨンナさんはすばらしい美声の持ち主だそうで」
「ユンナです」
「おっと失礼。アンナさんの歌を聞けば生徒達も喜びます」
 せっかく一度ヤ行に近づいたのに、今度はア行へと遠ざかってしまった。このままどこまで間違えるか試してみたい気もしたが、校舎に到着してしまったので、この不毛な会話は打ち切られた。それにしても、三文字しかない名前を覚えられないとは、相当な記憶力である。
 事務室に通され、今回の講師の仕事について簡単な説明を受けた。1階A教室へ行き、詳しいことは担当の音楽教師と打合せしてくれとのことだった。
 契約書にサインをする際、「あら、これ、間違っていますわ。金額、0が一つ少ないです」と突き返してやった。書かれていたのは聞いたのと同じ金額だったが、名前を何度も間違えられたことへの嫌がらせだった。だが、事務長は用紙を見もしないで「おお、失礼」と0を書き加えた。かえってユンナは慌てた。
『そ、それでいいのっ?』
 言葉は、形のいい唇の先に引っ掛かり、そしてごくりと飲み込まれた。
『まあ、いいわ。貰っておくわ』
 
 廊下に断固としたピンヒールの音が響く。ユンナが颯爽と歩くと、膝丈のシルクドレスの裾が揺れた。贅肉の無い美しい足を惜しげもなくさらし、A教室へ向かう。高い講師料もゲットできたし、あとは若くてハンサムな未来のヴィジョン使いに美貌を振り撒いて楽しむとしようか。
 教室は南の一番端にあった。引戸扉を「失礼するわ」と言いながら開けた。
 歓声。それも小さな子供達の。
『え?』
 教室には、小さな机と椅子が並ぶ。席に座るヴィジョン使いの卵たちも、当然、小さい。
「うわあ、ほんとに歌姫のユンナ(スターなので呼び捨て)だ!」
「うそー、すごいー!」
「ほんものーっ!」
 みんな、5、6歳だろうか。肩にかかるマントの制服も、殆どの子がサイズが大きいらしく、片方の肩が抜けていたり、袖で指が見えなかったりしている。
 歌姫の到来に興奮し、席を立ち上がる男児、両手で頬を抑える女児、抱き合っている女の子たちもいる。嬉しい歓迎ぶりではあるが・・・。
『どういうこと?』と教壇に立つ教師に助けを求める。長袖のワイシャツを腕まくりした30歳位の男性音楽教師は、口のマスクをズラして「今日はありがとうございます」と礼を述べた。唐がらしジュースを飲んだような、嗄れたひどい声だった。
「幼年部クラスへようこそ。当学院は年齢職業など関係なく学べるシステムですが、子供たちに大人と同じ難しい言葉の授業は無理なので、こうして別に教えているのです」
 幼年部クラスの音楽教師が風邪で声が出ないから、代わりに子供達に歌を教えて欲しいということだった。
「今日は天気がいいですし、外で授業をやろうと子供達と約束していまして。よろしいですか?」
 いい、わかったから、貴方はもう声を出さないで。
 ユンナは教師の声に耳を塞ぎたくなった。ユンナまで喉がキリキリ痛くなりそうだ。

< 2 >
 手風琴を抱えた教師が先導し、訪れたのは、よりによってさっきの『××に注意』の池の畔だった。確かにここなら芝が広がり、二十数人の子供達が悠々座ることはできるが。
『子供達に池の畔で授業なんて!危険じゃない!』と、小声でブツブツ言いながら、子供達を淵側に座らせ、自分は安全な方に座るユンナだった。
 しかも、芝に直接座るとドレスが汚れる。わかっていたら、敷くものを持って来たのに。
「ユンナ先生、どうぞ」と、男児の一人が、気障な仕種で自分の上着を脱いで下へ敷いた。金髪を撫でつけたお洒落な少年で、ブルーアイの綺麗な顔をしていた。
 ただ、残念ながら、彼が提供した上着は小さすぎて、ユンナの足の裏くらいしか乗せられない。
「新品の上着が汚れてしまうわよ。気持ちだけいただくわ、リトル・ジェントルマン」
 すると、生徒達がノートをビリビリと破り、一枚ずつユンナにくれた。二十枚のノートの切れ端は、十分な敷物になった。
「みんな、ありがとう。じゃあ、授業の前に、お礼におねえさんがみんなに歌を歌うわね。
 いいかしら、先生?」
 教師は頷き、手風琴を構える。

 ユンナは、初夏の空を歌い踊る雲雀の飛翔を描いた、楽しくてテンポのある歌を歌い始めた。豊かな声量は木の葉に震えを起こさせ、想い溢れる美声が花壇の花を涙ぐませた。蝶も蜂もユンナの歌に身を委ねて動きを止めた。もちろん子供達も、感動で口を半分開けたままユンナに見とれている。
 池の水も、波立った。
『あ?』
 ××に注意・・・。
 波立った場所に、その顔が突き出された。それは、緑の鱗で満ちた腕を三掻きして淵に辿り着き、体を持ち上げ上陸した。そして、看板に気づき、濡れた掌で看板の泥を払った。
『河童に注意』。
 手に水掻きがあった分、泥もきれいに剥がれた。
 
「うわあ、ほんとに河童だ!」
「うそー、すごいー!」
「ほんものーっ!」
 ユンナが登場した時と子供のリアクションが同じなのも腹が立つ。
 頭上に白い皿、くちばしのような口。背中には亀に似た甲羅。OMC規定で腰には紺のビキニタイプの水着を装着していた。横に立つとユンナが見上げるほど長身で、水泳選手のように胸板の厚いマッチョな体型だ。
「俺はソーンの第37の聖獣・カッパー族の王子。エルザード王に謁見を求めたいのだが」
「喋った!」「すげえ!」と、子供達が歓声を挙げる。中には、「カッパー・キック、見せろ〜!」「カッパー・ジャンプ!」など、勝手なことを言う子もいた。
「城ならあっちよ。王様は誰にでも会ってくださるわ。でも、パンツ一丁だと門で止められるかもね。何か着て行った方がよくてよ?」
「ご忠告、傷み入る」
 河童は生真面目そうに頭を下げた。バンツ一丁で礼儀正しくされるのも妙な気分だった。
「王に何の用なの?」
「近々、カッパー族がこの国を征服することを予告しに。水源を解放し、聖都を水に沈め、カッパー達の都にするつもりだ。今いる世界は、川も池も汚れ、住みにくくなった。突然洪水が起きると住人達は困るだろう。人死にが出ないようにという、カッパー族の配慮だ。
 では・・・」
「ちょっと待ちなさいよ!」
 城へ向かおうとする河童の腕を、ユンナはむんずと掴んだ。伸ばした赤い爪が数枚鱗を剥がした。
「エルザードを水に沈めるって?冗談じゃないわよ!」
 他の方法での世界征服ならまだいい(そうなのか?)。泳げないユンナにとっては、絶対に阻止しなくてはならない出来事であった。
「だいたい、あんた達の考え方って、自分の家が汚れたから、隣の家の人を追い出して住もうってことでしょ。どうして自分で掃除しないのよ!」
 そう言うユンナも、もう一カ月も部屋を掃除していなかったが。
「川を汚したのは俺たち一族では無い。
 離してくれ」
 河童はユンナの手を振り払うと、庭園の外、学院の正門へ向かって歩き出した。

「看板が立ってたってことは、時々出て来てたわけっ?」
 ユンナは音楽教師の襟首を掴んで詰め寄る。
「と、思います。私は初めて見ましたが」
 外で第37聖獣なるものを見たという噂は聞かない。この池が河童の世界に繋がっているのだ。
「埋めてやるわ、こんな池!」
 ユンナは、掌を空にかざした。
「みんな、池から離れて!」
 瞳を閉じ、意識を集中させる。人間の体ほどもある大石が、空からぼこぼこと降って来た。子供達は肩を寄せて見守った。
 岩は、どぼーん!どぼーん!と鈍い音をさせ、池に吸い込まれる。次々に竜の首のような高い水柱が上がった。
 底が全て岩で敷きつめられ、池の水位が淵まで上がった頃、空から注がれるのは砂に変わった。空は、巨大な計量カップからボウルの池に砂糖を流し込むように、白い砂をさらさらと降らせた。砂達は水分を吸収し、黒い泥に変化していく。石を具現化させ、次には砂を呼んだのだ。学院の池は、今では泥粘土の沼と化した。
 ユンナは肩で息をして膝をついた。二つに結った愛らしい髪形、薄桃色の髪が汗で頬に張り付いた。久しぶりにパワーを使った感じだ。
 石や砂が落ちるのを、例によって「すげー」「うわぁ」と喜んで眺めていた子供達は、今度は泥団子を作って遊び始めた。
「エルザードの危機を、私が救ったわ」
 ユンナは仁王立ちになり、ガッツポーズを決めた。

 その後、当日の授業も無事に終えて講師の報酬を受け取り、学院を出ようとしたユンナは、門で河童とすれ違った。
 ユンナのしたことも知らず、「やあ、さっきはどうもご親切に」と、どこまでも紳士な河童である。彼は、見たような虹色の着物を羽織っていた。
「ああ、これか。親切な人が貸してくれて。謁見の為だけに服を買うのはもったいないだろうって。
 あ、そうだ、帰る前に先に返して来ないと」
「王に会えたの?何て?」
 王は、外見は穏やかだが、政治的には非情で厳しい。征服を宣言するこの王子を、普通に帰したのは信じられない。
「もう少し間際になってから、また来てくれと言われた。せめて百年前くらいにって」
「え?」
「いや。俺たちにとっては近々なのだが。7億8千年後だ」
「・・・。」

 河童に服を貸した男が、帰れなくなった彼を引き取ったという噂を、ユンナは後日、酒場の噂で聞いた。

< END >

PCシチュエーションノベル(シングル) -
福娘紅子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年04月20日

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