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『ブランチ 』
ジェミリアス・ボナパルト0544)&アルベルト・ルール(0552)&シュワルツ・ゼーベア(0607)

 唐突にやってきた目覚めは、いささか気味の悪いものだった。
 夢か現かの判断すらできない。額には薄っすらと汗が滲み、シーツに覆われた胸元が忙しなく上下している。
「ここは………考えるまでも、ないわね」
 ジェミリアス・ボナパルトは呆とする視界を瞬きで回復させ、見慣れた天井を見つめた。
 ここは夢か現か――それこそ考えるまでもない、ここは現にして自宅であり、自分はベットの上にいるのだ。
 瞼を閉じれば思い出されるのは最後の記憶でもあるビジターキラーの構えた銃口だけ。
 本当に気味が悪い。こういう時は珈琲の一杯でも飲んでスッキリするのが一番だ。
 隣で眠っている息子のアルベルト・ルールが起きないようにそっと腕を外し(心配されていたのだろうか、ずっと手を握っていてくれたようだ)起き上がる。
「……飽きれた。三日も寝ていたのね私は」
 ふと溜息が漏れたのは全身に圧し掛かる倦怠感のせいではない、壁にぶら下がっているカレンダーを見て、自分が三日も寝込んでいたことを知ったからだ。
 能力の使いすぎでひっくり返るなんて何年ぶりだろうかと、苦笑を浮かべながらベットから這い出る。
「ぅん…母さん…」
「……アルベルト?起こしちゃったかしら?」
 ベットが軋んだ音がして振り向けばアルベルトが寝返りを打っていた。どうやら寝言だったらしい。苦笑を笑みに変えて金髪を指ですくってやり、もう一人の住人を探すように視線を巡らせる。
 彼は常人離れした巨躯をソファーの上に横たえていた。お世話ロボットのシュワルツ・ゼーベアだ。通称は黒丸で、こちらの方が自分としては呼び慣れている。
 スリッパをぺたらぺたらと鳴らしながら近寄って、起こそうかとも思ったが思いとどまり、ESPを発動させ状況を確認する。
 寝込んでいるうちに支障が出ているのかとも思ったが、すぐに杞憂だったことに気く。
「うん……問題はないみたいね」
 ハード的にもソフト的にも良好。むしろ以前よりも調子がいいとさえ言える。
 ふと脳裏に浮かんでいた情報の中に、忽然と姿を現したものがあった。それは普段ならば決して見えることのない、封印したはずのプログラム。
「……おかしいわね、この能力はあの時に」
 あの時――コード名「シュワルツゼーベア」と「氷姫」、つまりWコードと呼ばれる人間で構成される特殊任務部隊に、息子が生まれて退役するまで所属していたのだが、退役と共に軍が保険としてこの能力を封じたはずだ。
 ついでに脳内には忌まわしき爆弾を埋め込まれ、記憶操作と共にESPの一部を封じられたのだが――
 それらが全て蘇っている。
 氷解するように記憶が脳裏を渦巻く、不快感のない軽い眩暈を覚えながら、口元がかすかに緩むのがわかった。
「ビジターキラーに感謝しないといけないわね」
 脳裏に渦巻く記憶の中には、それこそ“非日常”でこそ効果を発揮する能力が数多にある。
 これから自分が歩んでいくのは非日常であって日常ではないのだ、これを行幸といわずになんと言えよう。
 意識しない笑みを浮かべたまま、右手をすいっと動かした。
 すると澱みのない念動力によって、カーテンが小気味のいいを音をたてて開かれる。曇りのない窓ガラスから差し込んでくるのは眩しいほどの朝日。
 それがこれからの幸先を暗示しているかどうかは分からないが、気分は上々だった。
 もはや寝起きの気味の悪さは消え去っている。瞼を閉じれば見えるのは銃口ではなく、揺ら揺らとゆらめく朝日だけで。
「とりあえず最初にすることは――珈琲を飲むことかしらね?」
 アルベルトと黒丸が目覚める気配を察知し、ジェミリアスは心底愉快げに笑みを浮かべた。

*****

 アルベルトの目覚めは上々だった。
 三日も寝込んでいる母親が、目覚めてみれば見慣れた笑みを浮かべて佇んでいたのだから無理もない。
 一気に眠気を払いのけて「おはよう」と声をかければ、凛とした声が返ってきて、いよいよもって気分が晴れやかになる。
 黒丸といえば、なんというか、いつも通り。
 テキパキと朝食(すでにブランチの時刻だけれど)の準備をしている。
 そういうところだけを見れば、やはり執事なのだと思える。普段はボディガードにしか見えないのが嘘のようだった。
 アルベルトはサラリとした金髪を手櫛ですきながら、ベーコンエッグとトーストが並んだテーブルに腰掛けた。
 すでにジェミリアスはテーブルについて珈琲を啜っている。洗練された香りからして黒丸が淹れたのだろう。自分の分もお願い、と黒丸に言いながら窓から差し込んでいる陽光に目を細めた。
 そんな仕草に小さく笑う母を見て、わずかながらの気恥ずかしさを覚えながら口を開く。なんともない口ぶりで、だ。
「母さん、良い夢は見れた?」
「ええ、良い夢を見れたわ。アルベルトのおかげね」
 暗に手を握っていたことを示して、もう一度小さく笑うジェミリアス。
 いよいよもって気恥ずかしくなったアルベルトは軽く焦げ目のついたトーストをかじって誤魔化す。
 そこでようやく黒丸(エプロンが酷く似合わない。彼らしくていいけど)がサラダと珈琲を持ってキッチンから出てくる。
 それはいつもの朝食風景。
 
*****

 黒丸の目覚めはいつも通りだった。
 ただ久しぶりに、眠っていないジェミリアスの姿がそこにあった。
 真っ先に頭に浮かんだのは、とびきりの珈琲を淹れようという決心。
 なぜそんな思いつきが真っ先に浮かんだのかは、自分でも分からない。
「おはようございます。すぐに朝食の支度をしましょう」
 心中で首を傾げながらも挨拶はしっかりとする。そうプログラムされているし、それが自分の仕事だ。
 キッチンに入り、エプロンをして、慣れた手つきでベーコンエッグを作りながらコーヒーメイカーに視線をめぐらせる。
 この日のために特上の豆を買い込んでいたのだ。これもまた、何故かはわからなかったが――
 ベーコンエッグとトースト、そしてとびきりの珈琲をもってテーブルに歩み寄る。
 恭しく珈琲を差し出せば、ジェミリアスは長く香りを楽しみ、口をつけて「とても美味しいわ。ありがとう」と言った。
「恐悦です」
 そこで、自分はこれが聞きたかったのだと思い至った。すでにその一言は自分の生活のルーチンワークに合致していたらしい。
 部屋一杯に香ばしい匂いがたちこめ始めたところで、ようやくアルベルトも目を覚ました。
 親子で笑みを交じらせる。それが酷く微笑ましい。それが酷く懐かしい。
 目を細めながら、自分は仕事をまっとうすることにした。仕事とはつまり、アルベルトのためにとびきりの珈琲を入れるということで。

*****

 ジェミリアスはちらりと横目でアルベルトを見た。
 アルベルトはそれが気恥ずかしくて、黒丸にこの間のTVはどうだったか等と世間話を振る。
 黒丸は丁寧に返答しながら、冷める前にどうぞ、と二人に食事を勧めた。

 さあ、ブランチの始まりだ。

−FIN−




◇ライター通信◇
この度はご依頼ありがとうございました。北城ナギサです。
長くに渡ってお待たせしてしまい申し訳ありません。
ジェミリアス様にいたっては二度目の邂逅になりますが、またこうして動かせたことを心から喜んでいます。
今回は、ご子息様と執事様を交えてのノベライズ――今後の色々な可能性が見えてくるようで楽しかったです。
またお会いできる日を楽しみにしております。
遅延申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございます。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
北城ナギサ クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年04月19日

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