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『今、この場に在る私 』
アリステア・ラグモンド3002

 静かに思う、過去の事。
 日本に――この関東聖印教会に派遣される前の事。
 師父の事。

 教会三階、吹き抜けになっているメモリアル。
 ひとりの神父がそこに居た。
 まだ年若いその姿。背に流れる淡い金髪の長い髪。
 額には聖印。
 掛けている眼鏡の奥で、瞑目。
 左の耳にはピアスとイヤーカフスがそれぞれひとつ。
 右の耳にはピアスがふたつ。
 両の中指に、指輪。
 そして、ブレスレット。
 胸にはクロスを下げている。
 穏やかな雰囲気が、彼を包んでいる。優しい、穏和な人物なのであろう。他者を警戒させない何かを持っている。迷える小羊の導き手。それに相応しい、人物に思える。
 けれど。
 何だろうか、上手く言えない。
 …そう、そんな雰囲気だからこそ、余計に違和感があるのだろう。
 そんな雰囲気の彼だからこそ、上品でシンプルな形の物ばかりとは言え――今在るその立場でありながら装飾品を着けている事――それもその数の多さがどうも、しっくりこない。…彼がそれらを装っている事それ自体が、まるで、何者かの執念めいたもの――もしくは、切なる願いがこめられているように感じられてしまう、気もする。
 彼――アリステア・ヨハン・ラグモンドは、祈るように静かに、その場に佇んでいる。

 そしてアリステアは自分の手、両の中指に嵌めている指輪――その片方に、つ、と触れていた。
 無意識の内に。

 …思い出すのはあの時、の事。



 幼い頃。
 アリステアが引き取られたのが、師父の元。師父は――ずっと自分を導きつつ、護ってくれていた大切な大切な存在で。
 けれど、早くに、神に召されてしまった方で。

 アリステアには生まれつき、癒しの力がある。
 その事で、教会の方からも色々と、あったらしい。
 …持っているだけで自らの身体をも蝕んでしまう程、あまりにも、強過ぎる力だったから。
 奇蹟であるのか、悪魔の仕業か。
 当人を見ていさえすれば――疑うべくもないだろうが、上層からは存在自体を危険視する声も当然あって。
 逆に、聖者と言う看板を掲げ、利用するべきだと言う強かな声もまた、あって。

 そのまま放っておく訳には行かずとも、呪具を用い、封印さえしておくのならば――何とか制御可能な力。
 だから、アリステアの両の中指には指輪が嵌められている。
 封印の為の、呪具として作られた――指輪が。

 …師父が神に召される一年前の事。
 アリステアの力が、急激に増加した時が、ある。
 理由は、不明。
 ただ。
 何者かに引き摺られるような、そんな風にアリステアは感じていて。
 どうしようもなくて。
 両の中指に嵌めていた指輪――封印の呪具でさえも、抑え切れない、力で。
 暴走するのは時間の問題。
 自覚していた。
 …抑えなければならないと。
 思っても。
 出来なくて。
 どうしようもなくて。
 悔しくて。
 師父も、私の力を抑えようと。
 その身をもって、盾となって、尽力して下さっていたのに。
 …それでも、無理で。
 両の中指に嵌めていたふたつの指輪が破損した――砕けた事を感じたのが、最後で。
 それっきり、気を失って――…。

 ――…気付いた時には、ベッドの上で。
 どれくらい寝込んでいたのか、アリステアが薄らと目を開くなり、大丈夫ですか、と師父の優しい声が掛けられて。
 額に乗せられていた濡らしたタオルが、替えられて。
 倒れた私を、ずっと、看ていて下さった、ようで。
 アリステアがごめんなさいと何度も何度も謝ると、おや、と意外そうな顔をされ。貴方は頑張ったじゃないですか。貴方は自身が生まれ持った力と言う試練に負けずに、自分からこの場に戻って来れたのですから。何を謝る事があるのです、と諭すような師父の声。強くなりましたね、と微笑み、頭を撫でる。
 その手の、言葉のひとつひとつが、優しくて。
 嬉しくて。
 同時に、申し訳なくて堪らなくて。
 大切な師父に、自分の事で、負担を掛けてしまった事が。
 封印の指輪が砕けたその時、師父もまた、僅か痛みを感じたような表情をしていた事は――見えていたから。
 砕けたその瞬間、師父へと掛かる負荷が、各段に増えたのだと。
 …暴走し、力に翻弄されるその中でも。
 師父もまた指輪と同じその力で、私の力を抑えようとして下さっていた事は、わかっていました…から。



 …だからこそ、その一年後。
 師父が神に召された――亡くなってしまった事に。
 自分の責任もあるのではないかと。
 …自分の力の安定の無さが。
 あの時ばかりでなく、ずっと――師父に負担を掛けていたのではないか、と。

 思い詰め、沈んでいた事も少なくありませんでした。
 力の安定が、前にも増して不規則になっている、自覚もありました。
 それは、導いて下さっていた師父が居なくなってしまった事、もあったかもしれません。

 あの事件以降、アリステアの封印の数は、増えました。
 両の中指の指輪、当時の封印はそれだけだったのですが――最早それでは、もたないと。
 ピアスもブレスレットも…眼鏡ですらも、アリステアが装っている物は、すべて、同じ用途の為の物。

 それでも。

 不安は、残る。
 暴走した時の力を見れば。
 アリステアが師父と慕っていた者のようには、誰も、接する事はできなくて。
 上層としても――思惑は多々あっても、単純に扱いに困りはする訳で。

 やがて、白羽の矢が立てられたのが、アリステアが師父と慕っていた者の、親友である日本人。
 それはアリステアの呪具の製作者でもある人物。その事実もまた、格好の理由になったか。アリステアが師父と慕っていた彼が亡き今、代理が出来るのは、その男のみだろう、と。
 そして、彼が主任司祭を務める教会が日本にあるから。
 …師父と慕っていた者を亡くして以来、拍車が掛かっているアリステアの力の不安定さ。環境が変わればそれだけでも少しは、好転するかもしれない。気晴らしにもなるかもしれない。

 だから。
 色々と、問題視、されないように。
 アリステアはそこへ『派遣』と言う形で、修行に出される事になる。



 そして日本に来て。
 それから、一年が経って。

 …私は今、フランスより遠く離れた地、日本に居ます。
 今では、師父の親友である方を始め、この教会の皆さんとも。
 その周囲の――教区の皆さんとも。
 その他の――信じるものは違っても、御近所の、皆さんとも。
 アリステアは何とか、やっています。

 …むしろすっかり、馴染んでいます。
 この日本では甘いものが多種多様に揃えられているのも嬉しいです。…デパ地下などに行けば全国各地どころか世界各国の甘味までよりどりみどりですから♪
 周囲の皆さんも、とても良い方ばかりで。
 救われる事も、多いです。

 …蓬莱館で師父にお会いした時も、驚きましたしね。

 師父。

 貴方が示して下さったように。
 …これからも、私は私の道を、歩んで行きます。
 どうか神の御許で、見守っていて下さいね。

 …見ていて危なっかしいかも、しれませんけれど。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月19日

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