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『知られざる記憶を手に 』
レピア・浮桜1926

「いいお湯だったわね」
 エルファリアと二人きりで入浴を楽しんだレピアは、髪の水分をタオルでふき取りながらにこりと笑顔をうかべた。
「そうね。とてもよく暖まれたものね」
 ばら色に頬を染めたエルファリアはレピアの言葉に柔らかな笑みをうかべる。
「それに……レピアのことをまた一つ知ることができたのだから嬉しいわ」
 自室の扉を開けたエルファリアはそう言ってレピアを振り返った。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとうエルファリア」
「何もしてあげられていないのだけど……どういたしまして」
 夜空の見えるテラスに出た二人は、爽やかに吹く風に髪をなびかせながら眼前に広がる景色を眺めた。
「ソーンだけでもこのように広いのに……世界というものはソーンの広さなど比べものにもならないぐらいに広大なのですね」
 ふわりと綺麗な金髪の髪をなびかせながらエルファリアはあちらこちらに灯っている明かりに目を細めた。
「そのような広大な土地に人々は住み、そして生活をする……私の知らない日々を送っていく……。なんだか不思議なことに思えますわ。だからかしら……」
「……?」
「私の知らないことはとても多い……だから私の知らないことを少しでも知りたいと、私の身近にいる人の事だけでもよく知りたいと思ってしまうの……」
「エルファリア……」
「レピアのことをもっとよく知りたい……それがレピアにとって辛い過去だとしても……駄目かしら?」
 エルファリアの顔を見なくても、彼女が本気であり真剣であることはレピアにはわかっている。
もちろんいいわ。あたしに昔何があったかエルファリアには知ってほしいし……それに聞いてもらえるのは嬉しいわ」
 レピアはにこりと笑ってエルファリアへと答えを返す。
 エルファリアはレピアの笑顔に安心したのか、いつもの穏やかな、しかし嬉しそうな笑みをうかべた。
「ありがとうレピア」
 風に髪を遊ばれるままエルファリアはレピアを振り返ると、そうですわと両手を合わせた。
「別荘内の図書室に古い文献があるでしょう?あの中に詳しく書かれている書物があるかもしれないわ。これから探してみませんか?」
「ええ、いいわ。今日あの話を思い出したのも何かの縁かもしれないし、あたしも本当のことを詳しく知っておきたいから」
 エルファリアの提案で二人は早速図書室へと向かうことにして、テラスへのガラス扉を閉めた。

「ごめんなさい、なかなか本の整理ができなくて……お掃除を始めても手にとった本を読み始めてしまうからなかなか終わらないの……」
 エルファリアは図書室へとレピアを案内すると、図書室への扉を開ける手を一瞬止め、彼女にしては珍しく苦笑をうかべて言った。
「だから……とても本が散乱しているのだけど……」
「大丈夫よ。あたしは気にしないわ」
 恥ずかしそうに顔を俯かせてしまったエルファリアの姿に、レピアはポンと彼女の肩を叩くと、早く探してみましょうと笑いかけた。
 レピアの言葉を聞いてほっと一息ついたエルファリアはそうですわね、と言うとレピアを図書室の中へと誘った。
 別荘とはいえ……エルファリアの所有している書籍の数は物凄い量であった。窓を抜いた壁一面には書架が。部屋の中央部分には人が通りやすいように配置された本棚が。本棚に入りきらないのだろう書籍の数々はあちらこちらの床に積み上げられていた。
「すごいわね……一体何冊ぐらいあるの?」
「何冊と言われても……わかりませんわ。でもここにあるものは大半は読んだものなのよ」
「……」
 蔵書量にも驚かされたレピアであったが……この蔵書、全てをエルファリアが読んだことがあると聞き、あまりの凄さに驚きすぎて声も出なかった。
 レピアが目をまるくして驚いているのを見たエルファリアはくすりと笑った。
「全部といいましてもここにあるのはほんの一部ですわ。城にはここよりもたくさんあるのですから」
 それでもここにある本の数は半端じゃないと思うけど……とレピアは思ったが、今は本を探すのが目的だし、言わないでおこうと言葉をしまった。
「本を探すと言ってたけど……どこを探せばいいの?こんなにあったら探し出すのにどれだけかかるかわからないわ」
「ふふふ、そのことなら安心して。適当な位置に本を置いてあるように見えるけれど、実はジャンル別に揃えて置いてあるの」
 書籍の山を見て苦笑をうかべているレピアに、エルファリアはこっちよと声をかけるとレピアを連れて歩き出した。
「レピアが先ほど話してくれた話は数百年前の話なのでしょう?でしたら歴史書を追っていけば良いと思うの」
 古びた書籍から比較的新しめの書籍が順番に並ぶ書架の前にレピアを連れて行くと、エルファリアはその中の一冊を取り出した。
「本の最後のページにキーワードがまとめてあるの。レピアが話してくれた国は……」
 書籍を裏返し、総索引のページをめくっていき、該当する語句があるかどうか調べていく。その中に果たしてレピアの話に出てきた小国は……
「……ありましたわ。これで間違いはないかしら?」
「……ええ、間違いないわ。その国よ」
 総索引を指でなぞっていたエルファリアは、レピアから聞いた小国の名前をみつけると、そこに指定されていた番号のページを開いた。
 そのページには城の絵、そして……
「……本当にレピアと同じ顔でしたのね……」
茶色で描かれたその国の王様と王妃様。
 あまりのそっくりさにエルファリアはその絵とレピアの顔を比べてぼそりと呟いた。
「あたしも初めて見たけど……本当にそっくりだったのね」
 エルファリアの横から書籍を覗きこみ、レピアも頷く。
 ページをめくり読み進めていったエルファリアは、先程レピアが話してくれた内容が書かれている部分をみつけると、レピアを振り返った。 
「……レピアの話してくれたことが表現は違うけれど本に書いてありますわ。レピアの知らない部分の詳細も書かれているようね……」

「帝王様、ご命令通り生きたまま捕えて参りました」
「うむ。ご苦労であった」
 娘を乳母に託し、走ること十数分……。本当なら特に問題も無く元気な身体のレピアなのだが、魔法で記憶を上書きしてあるために意識はは出産直後の母親のものに、よって体力も同じく出産直後の母親のものになっていた。
 レピアが追っ手をひきつけて逃げた時間は十数分という短い時間であったが、乳母たちが逃げるには十分な時間であったのだろう。城の近くに張られたテントにレピアは連れてこられたのだが、何の騒ぎも聞こえない。
 レピアを連れてきた兵士はびしっと敬礼をすると、テントの外へ出て行った。
「まあそうかたくなるな。こちらに座って話をしようではないか」
「……」
 きっと鋭い視線を向けるレピアに帝王は笑みをうかべると、奥に配置されていたソファへとレピアを座らせた。
「ほぉ……隣国の王妃は美人だと聞いていたが……近くで見るとより一層美しさが際立つのだな」
 レピアの目の前に立ち満足そうな笑みをうかべた帝王は、彼女の顎をくいっと上に向けて顔を眺めた。
「これほどの美人もなかなかおるまい。どうだ?我が妾になるならば何不自由ない生活を約束してやろう。悪い条件ではあるまい」
「悪い条件であるかどうかの問題ではありません。私の夫は生涯ただ一人……私はあの方だけに愛を誓います。他の人に何を言われようと揺らぐことはありません」
 帝王の手を払うと、レピアはソファから立ち上がりテントを出ようとした。が、帝王はそれを許さなかった。
「ほお……立派なものだ。だが……我にまつろわぬものはどうなるか、その身をもって知るが良い」
「!?」
 帝王がそう言った瞬間。レピアの手の先が石へと次第に変わり始めた。
 自分の手が石へと変わりだしたのを見たレピアはその瞬間、顔から血の気がざあぁっと引くのがわかった。このままでは……自分は助からないと。
 レピアは無意識に入り口に向って走りだした。ここにいてはいけない、逃げなくてはという恐れに似た考えが頭の中でぐるぐると巡る。まるでサイレンのように何度も何度も……。
「ふっ……無駄なことを。追わなくていいぞ、好きにさせてやれ」
 逃げるレピアの姿を見て笑い声をあげると、帝王はマントを翻して椅子へとふんぞり返った。
「はぁ……はぁ……」
 レピアが外に出ても追ってくるものはいなかった。だが、代わりに身体の自由がきかなくなっていき、石化していく自分の身体の重みが時を経るごとにのしかかる。それでも……走ることは、諦めることはしなかった。

「失礼します。隣国の王妃の石像を持って参りました」
「随分時間がかかったものだな……」
「はっ、それが随分と遠くまで逃げましたので……」
 レピアが逃げて数時間後……。帝王の元には完全に石化したレピアが運ばれてきた。
「石化しながらも尚走るとはな」
 持って来られたレピアの像を見て楽しそうに帝王は笑う。
 レピアの姿は走り逃げる姿そのままに石化していた。
「その功績を称えて美術館を作ってやろう。この国の見せしめとして皆の目にさらされるがいい」
 嫌な笑いをうかべて石像となったレピアに告げると、運んできた兵士に向かって制圧した城へレピアを運ぶよう命令を下した。

 王を殺され、王妃は石像とされ……隣国に征服された小国は二十数年の間、横暴な君主の下に支配をされることとなった。
 王妃の石像……石化したレピアは城内に作られた、女王の石像だけを飾る美術館を造られ、支配の象徴として飾られた。素足でいたことから『素足の女王』と名をうたれて。
 その美術館では見せしめの意味を込めて晩餐会等の行事を開いたり、国民を連れてきては見せしめに無料で見せたり……ということが頻繁に行われた。
 そして、二十数年が過ぎていった……。
「父の敵、討たせてもらうっ!」
「や、やめ……っ!?」
 玉座にふんぞり返っていた人の首が、まるで玩具のように空を舞った……。そして、ごろりと討ったものの後ろに転がる。
「やりましたな、王女様!」
「ああ……ようやく、この国を取り戻すことができた」
 血糊を払い剣を収める王女の元に、一人の老将が駆け寄った。
 目の端にうっすら涙をうかべ、笑顔をうかべて振り返るその王女の姿はまさに母親のもの……生き写しと言っても過言ではなかった。
 さらりと茶色の髪をなびかせ振り向いた王女は、老将に行くぞと言うと、城内に造られた美術館へと向かった。
 美術館に入った王女は真っ直ぐに石像の元へ歩いていくと……嬉しそうにレピアの顔を見て微笑んだ。
「お待たせしました、お母様……」

 さああぁぁっ……という水の音が聞こえてきたのはいつからのことであったか。
「……?ここ、は……?」
「おはようございますお母様……このときをお待ちしておりました」
「……?」
 ゆっくりと目を開けたレピアの目に写ったのは、自分とそっくりな顔の、女性の姿であった。
 理由がわからずにしばらく目を瞬いていると、自分の傍にいた女性が抱きつき、泣き出すのがわかった。
 訳もわからずに抱きしめられ泣かれて……という状況に呆然としていたレピアであったが、とりあえずぎゅっと女性を抱き返すと辺りを確認した。どうやらここは……浴場のようである。しかも、どこからどこまでか浴場かわからないほどに広い。そして、自分はとても大きな浴槽に、服を着たまま入っている。
 レピアは女性を離してから問いかけた。
「どういうことか状況がわからないんだけど……?」
「覚えていらっしゃらないのですか?」
 レピアの話に女性は途端に驚いたような悲しそうな表情をうかべる。
「えーと……」
なんだか気まずくなってしまい、レピアは女性から視線を外し、他に誰かいないかと辺りを見回してみた。すると……近くに瞳を潤ませて控えている、年の頃なら五十代か六十代ぐらいの女性をみつけた。
「あの……」
 レピアの視線と声を受けたのがわかったのか、そこに控えていた女性は二人の近くに歩いてきて言った。
「仰りたいことはわかっております。今までのことを説明いたしますのでお召しかえなさってください。姫様も、濡れた洋服をお着替えになってください」

 広い浴場を出たレピアと女性は、調度品の整えられた部屋に案内された。そして、先ほど控えていた女性が口を開いた。
「どこから話して良いのかわかりませんが……事の起こりから話していくことにします」

「今まで済まなかったな……まさかそのような事があったとは思わなかった……。父に代わり謝罪する」
「いいのよ、もう終わったことだもん。それに王女は悪くないわ」
 王女の乳母から話を聞き、事情がわかった二人はしばし沈黙していた。
 今までレピアが身代わりにされていたことを知り、王女は我に返るとすぐにレピアへと頭を下げた。
 そんな王女の行動にレピアは頭をあげるように言う。
「本当のことはわかったし、記憶も戻ったわ。それに……わたしはもうここに必要ないこともわかったから」
「レピアさん……」
「また前みたいに旅をすることにするわ」
 元気のなくなってしまった王女にレピアはにこりと笑いかけると、さっきの反対に王女をぎゅっと抱きしめた。
「あたしは行くけど元気で頑張ってね。応援してるわ」
「……はい!」

「……というわけよ」
「そうでしたの……」
 エルファリアが内容を読み、途中でレピアが詳細を補充し……と話を読み進めていった二人は、事の真相がわかりどちらからとでもなく溜息をついた。
「今あの国はどうしてるのかしら?ここからは随分と離れてる国だから噂も流れてこないけど」
「きっと上手くやっていると思いますわ」
 エルファリアは書籍を閉じて元の場所に戻すと、ふわりと微笑んだ。
「あら?もうこんな時間ですわ……戻りましょうかレピア。夜が明けてしまうわ」
「そうね。またここで石化してみんなに迷惑かけたくないし」
 外の様子を見ながら言うエルファリアに賛成すると、レピアはにこりと笑った。
「話を聞いてくれてありがとね、エルファリア」
「いいえ、こちらこそ。話してくださってありがとうございました」
 お互いにお礼の言葉を述べた二人は、仲良く手を繋いで図書室を後にしたのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
月波龍 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年04月19日

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