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『あやかしフレンドパーク 』
本郷・源1108)&楓・兵衛(3940)&丹下・虎蔵(2393)

 「御免仕る」
 凛とした四角四面な声が響き、それに釣られて源が顔を上げると、そこには兵衛が真面目腐った顔で立っていた。
 「おお、兵衛ではないか。久しいのう。今日はどうしたのじゃ」
 「わざわざこの季節外れのおでん屋台にやってきて、郵政民営化の是非について話し合おう等と、馬鹿な事を抜かすとでも思っているのか」
 と答えたのは当然兵衛ではなく、屋台の傍らでしゃがみ込み、ポータブルテレビでテレビショッピングに夢中になっていた嬉璃である。
 「嬉璃殿には聞いてはおらん。…で?実際のところはどうなのじゃ」
 鼻に皺を寄せて文句を言った源が、視線を兵衛に戻して問い直す。意図せず絡み合う視線に、兵衛はさり気無さを装って目を逸らした。
 「あ、いや…拙者、まだ昼餉が済んでおらぬ故、ここで取らせて頂こうかと…」
 本当は、串焼き屋台は休みであるこの日に、恋焦がれる源の顔を見にわざわざやってきたのだが。そんな事を口に出して言えるのであれば、兵衛はこんなに苦労しないで済むし、嬉璃は揶揄いのネタが無くなって面白くなくなるだろう。それを分かっていて、嬉璃は二人に見えないようにニッと口端を釣り上げて笑った。そんな嬉璃の様子には気付く事無く、源は上機嫌でおでん鍋の蓋を開けた。もうもうとした湯気が立ち昇り、それに紛れる源の顔を、兵衛はうっとりしたような目で見詰めている。
 『源殿…湯気に見え隠れするその可憐な容姿…まるで、ついうっかり玉手箱を開けてしまった竜宮城の姫君のようでござるな…』
 いや、玉手箱を開けたのは浦島太郎だから。
 「そうかそうか。矢張り昼餉にはおでんじゃな。さすが兵衛じゃ、分かっておるの」
 源の思考回路内には、おでんを愛する者は須くイイヤツ、と言う図式があるからこその上機嫌なのだが、恋する兵衛にとってはそんな事は大した問題ではない。彼にとっては、源が、その天使の如き微笑(兵衛visionでは、だが)を己に向けてくれるか否かだけが問題だったからである。源は菜箸を手に、芯まで出汁が染みたおでんを物色しつつ兵衛に問う。
 「で、兵衛。まずは何から食うのじゃ?」
 「とんでもございません、わたくし如きが源様のお手料理を頂く等…」
 と言ったのも勿論兵衛ではない。いつの間にか兵衛の隣に、当たり前のような顔で座っていた虎蔵だ。虚を突かれた兵衛は、それでも本能的に素早く斬甲剣の柄に手をやるが、虎蔵が、その甲を立てた人差し指で軽く押さえ付ける事で動きをあっさりと封じてしまった。
 「…兵衛様、源様の御前でございますぞ」
 「…くっ、……」
 虎蔵の、兵衛に向けられる冷ややかな視線は、源を守護する者としての使命感だけではない事は明白だ。兵衛もまた、寅蔵を睨み付けるその視線に、剣を使う者としてのプライドを傷付けられた事以上のものを漲らせていた。
 が。
 「…虎蔵も兵衛も、何をそう力んでおるのじゃ。そんなに焦らずとも、おでんはまだまだ沢山あるから大丈夫じゃ」
 「………」
 兵衛も虎蔵も思わず黙り込む。屋台の影にしゃがみ込んだままだった嬉璃が、クックッとおかしげに喉で笑った。
 「どうした、嬉璃殿」
 「いや、なんでもない」 
 そう言いつつも、肩だけふるふる震わせて笑いを堪える様は、どこからどうみてもアヤしい座敷わらしそのものだったが。さすがの源もそれに気付いたのか、目を眇めて座り込んだままの嬉璃を眺め下ろす。
 「なんでもないようには到底見えんがな。嬉璃殿がそう言う顔をしている時は、何か企んでおる時と相場が決まっている」
 「その通りぢゃ。良く分かっておるの」
 「……」
 あっさりとそう認める嬉璃に、さすがの源も絶句した。
 「ぢゃが、企むと言うと聞こえは悪いが、それが悪い事とは限らんぢゃろ。もしかしたら、おんしらの為を思って、何か良い事を計画しておるかもしれんのぢゃぞ。わしが何かを企んで、おんしらが困った事があったかの?」
 源と嬉璃の傍らで、兵衛と虎蔵が同時に無言で『あるあるあるある』と、往年のクイズ番組の声援のようにこくこく頷いた。
 「…まぁよい。どうせ、こう言う時の嬉璃殿は、どれだけ問い詰めようが白状せぬからな」
 「当たり前ぢゃ。人が知りたいと思う事こそ、あからさまに内緒にするのが意地悪の極みぢゃろ」
 「……」
 ここまではっきりと言い切られてしまうと、いっそ小気味良いと言うか。尤も、それで被害を被るのは、このメンバーなら専ら兵衛か虎蔵なので、二人としては余り感心もしていられなかった。


 「兵衛」
 源のおでん屋台からの帰り道、兵衛はそう声を掛けられて立ち止まる。驚いた様子が微塵もない理由は、常に周囲への注意は怠らない日々の鍛錬のお陰であり、そうなる事をとっくの昔に予測していたからである。
 「拙者に何用でござろうか、嬉璃殿」
 「まぁそう急くでないわ。…おんし、源に惚れているのであろ?」
 直球ストレートの嬉璃の質問は、そのまま兵衛の心臓ど真ん中をぶち破って外野席を越え、場外へとすっ飛んでった。
 「な、な、何故それを…」
 「そんなの、見ておれば誰だって気付くわ」
 気付かれていないつもりぢゃったのか、と呆れたように嬉璃が溜息を零した。
 「…まぁ良い。ところで兵衛、本郷家主催のダンスパーティの件は知っておるか?」
 「だんすぱーてぃ?」
 何と言っても、兵衛はまだ六歳で小学生。しかも硬派でストイックで堅物だ。その単語を聞いた事はあっても、具体的なビジョンが浮かぶ訳がなかった。
 「本郷家はな、毎年五月五日の端午の節句に、タンゴのダンスパーティを催しておるのぢゃ」
 「…端午のダンスパーティとは…それはまた風流でござるな」
 ちなみに、当然の事ながら兵衛が『タンゴ』の意味を理解している訳はない。端午もタンゴも発音は同じ『たんご』(勿論、嬉璃が意識して同じ発音を心掛けていたからでもあるが)、兵衛の頭の中では、武者鎧を着けた男女が楚々として舞う光景が浮かんでは消えていた。
 「で、そのダンスパーティぢゃが…実は、源の将来の伴侶を決めるパーティでもある訳ぢゃ」
 「な、何と!」
 驚愕した兵衛が目を剥く。神妙な顔で頷く嬉璃だが、そのお尻には、見えない真っ黒な鉤爪付き尻尾が、ちょろんと揺れていたに違いない。
 「勿論、そんな事は源は知らぬ。他の招待客も与り知らぬ事ぢゃ。それも尤もな話ぢゃ、そうとしっておると、本郷家の財産目当てで乗り込んでくる輩もおるぢゃろうからの」
 「…乗り込んでいってどうにかなるもんでもないでござろう」
 「ところがぎっちょん、そうでもない訳ぢゃ」
 にやり、嬉璃の口端が吊り上って笑みの形になる。
 「実はな、そのダンスパーティの会場には二種類の入り口があってな。一般客は普通に正面から入場するが、ある特定の者はその裏側からの入場となる。そして、その裏口から会場へと辿り着くまでには数多のトラップが仕掛けてあると言う話ぢゃ」
 「何故、そのような事を」
 「決まっておる。その者が源の夫として相応しいかどうかを試験しておるのぢゃ」
 「!!」
 声も無く驚く兵衛に、嬉璃は更に畳み掛けた。
 「一応、裏口から入場を許されるものは、本郷家が、伴侶候補として選び抜いた者ばかりぢゃ。ぢゃが、飛び入り参加も認めておる。つまり、誰よりも早くそのトラップを潜り抜け、源とその日最初のダンスを踊った者に、源の夫となり、果ては本郷家の莫大な財産を手にする権利が与えられる、と言う訳ぢゃ」
 「……」
 「毎年行われておるダンスパーティぢゃが、未だそのトラップを越えて来た者はおらぬ。それだけ、過酷であると言う事ぢゃな。勿論、苦労をしただけのものが与えられるからこその試練と言うべきかもしれぬが」
 「…源殿の将来を、そのような形で決めてしまってよいものでござろうか。源殿の意思は何処にもないではないか」
 「ぢゃが、それが本郷家のしきたりぢゃ。もし、おんしが、そんな源の境遇を不幸に思うのなら、当日、奴の元に辿り着いて最初の曲を共に舞うが良い。そのうえで、源と婚姻するも解放するも、それはおんしの自由ぢゃ。…そうであろ?虎蔵」
 嬉璃が不意にそう言うと、兵衛の背後でほんの僅か、空気が撓む感覚がする。はっと兵衛が振り返ると、背後の木の陰から虎蔵が姿を現わした。
 「おんしとて、考える事は兵衛と大差あるまい?」
 「ご尤も。しかし、些か疑問にも思うのでございますが?」
 「何がぢゃ」
 足音も無く二人の近くに歩み寄った虎蔵が、嬉璃の目を鋭く睨み付けながら言う。
 「わたくしは、長年、源様の御傍にお仕えしてきた身。そのようなダンスパーティの話など、聞いた事ございませんが」
 淡々とそう告げる虎蔵に、嬉璃は冷ややかな笑みを向けた。
 「おんし、源の影であろ?影如きが、源の伴侶候補になれるとでも思っておったのか?」
 候補にもなれぬ奴に、婿取りの詳細を明かす筈なかろう。ふふんと鼻でせせら笑う嬉璃の視線は、あからさまに侮蔑に満ちていた。悔しさに、虎蔵はくっと下唇を噛み締める。
 「ぢゃが、それは表立っての話ぢゃ。さっきも言ったとおりダンスパーティには飛び入り参加も認めておる。もし、おんしが、トラップを潜り抜けて最初に源の手を取ったのならば、影から婚約者へ、まさにシンデレラストーリーぢゃな」
 「……」
 「ま、無理にとは言わぬがな。影は影らしく、屋根裏で悶々としておれば良い。では兵衛、詳細について聞かせようかの」
 わざとらしく、嬉璃は兵衛の肩を抱いて何かを話しながら向こうへと歩いていこうとする。勿論、虎蔵も、こっそりとその話を盗み聞きしていたが。

*******************************************************

 「……嬉璃殿」
 「なんぢゃ」
 「本当にここがダンスパーティの会場なのでござるか?」
 半目で尋ねる兵衛に、嬉璃は自信を持って頷いた。
 五月五日の昼過ぎ、ダンスパーティまであと数時間と言う時刻。準備万端の兵衛と嬉璃が立っているのは、紛れも無くあやかし荘の裏口である。
 「嬉璃様、ダンスパーティはお屋敷で開催される、と仰ってたではありませぬか」
 と、これは虎蔵。勿論、こっちも準備万端である。
 「わしは「本郷家が」とは申したが「本郷家で」とは申しておらぬぞ」
 「………」
 そう言われてみればそうかもしれない。
 「おんしら、四の五の抜かしておる暇はないぞ。あと数時間でダンスパーティの幕が開く。それまでに源の元まで辿り着かねばならぬのぢゃ。…ほれ、おんしらを待つのは、かような姿の源ぢゃ」
 そう言って嬉璃が見せた写真に、兵衛も虎蔵も心臓を打ち抜かれる。それは、去年、源が勘違いの上に習得したタンゴを華やかな衣装つきで踊っているショットであった。
 「か、可憐だ…」
 「源様…なんとお美しい…」
 「はいはい、それまで」
 うっとりと見惚れる二人を尻目に、嬉璃は素早く写真を没収する。アー、等と名残惜しげな声を漏らす二人であったが、目が合うと、互いに睨み合い、フン!と同時にそっぽを向いた。
 「では、早速向かうのぢゃ。おんしらを待ち侘びる試練どもに!それを潜り抜けてこそ、真の男、源に相応しい男と言えるのぢゃ!」
 びしっと指差す嬉璃の声を合図に、二人は同時に駆け出す。その後を嬉璃も追うが、その表情は何やら楽しくてしょうがないといった顔であった。

 「……ここは、…?」
 「ここは【ワルツ】の間ぢゃ」
 最初に辿り着いたのは、何故か壁が三枚しかない奇妙な部屋である。つまり、床自体が三角形なのである。
 「ワルツとは、ゆったりとした三拍子のダンス、バレエの基礎的な動きを基にしておるだけあって、それは優美なダンスなのぢゃ」
 なので。と嬉璃が廊下の端に垂れていた何かの紐を引っ張る。ちなみに、虎蔵と兵衛は勿論三角形の部屋の中だ。
 「その優美さ、ひいては身体の身軽さ、俊敏さを試験するのが、このワルツの間ぢゃ。…おのおの、覚悟は良いか?」 
 「覚悟はよいでござるが、一体何を……って、おぉ!?」
 兵衛も虎蔵も驚いて己の足元を見る。急に覚束なくなった足元に驚いたのだがそれもその筈、三角形の部屋が、それごとぐるぐると回り始めたのだ。最初こそゆっくりであったが、そのうち物凄い勢いで回り始める。兵衛と虎蔵は、遠心力で吹き飛ばされぬよう部屋が回るのとは逆の方向に、必死で走り始めた。
 「な、これは!?」
 「質問しておる暇などないぞ。必死で走らねば……」」
 「ぎゃー!」
 遠心力は、円の形に働く力。だが、この部屋は三角形。円の大きさが大きくなれば、当然、三角形からはみ出る訳で。油断をし、外側へと吹き飛ばされかけた兵衛が、ナナメの壁にぶち当たり、しこたま顔面を打ち付けたのだ。
 「くっ…常に部屋の中心近くを回らねばならぬのか……」
 「あ、ちなみに言っておくが、部屋のまん真ん中にはデカい剣山を仕込んでおいたからの。回転の少ない中央で休もう等と言う姑息は手は使うでないぞ」
 「……」
 なんとも用意周到な嬉璃を咎める暇もなく、兵衛と虎蔵はひたすらに走り続けた。

 膝を突いてぜぇぜぇ言っている二人を眺め下ろし、嬉璃が鼻で笑う。
 「二人とも情けないの、この程度で根を上げるとは」
 「根は上げていないでござる」
 兵衛が嬉璃を見上げてそう抗議すると、そーお?とか明らかに揶揄する返事が返ってきた。
 「まぁ良い。ともかく二人とも最初の部屋はクリアぢゃの。では、次はここ、【クイックステップ】の間ぢゃ」
 その名前を聞いただけで空恐ろしい何かを感じてしまったのは、やはり本能だろうか。
 がらりと襖が開くと、そこは何の変哲も無い六畳ほどの和室であった。
 「クィックステップの如き、軽快な身のこなしを見せて貰おうか」
 ぽちっとな。嬉璃が壁のスイッチを押す。部屋の中にいた二人は何やら感じる不穏な空気に、産毛が逆立つほどの緊張感でもって周囲に注意を払った。
 その時。
 「…!?むんっ!」
 虎蔵が、後ろ飛びにジャンプする。ついさっきまで虎蔵が立っていた場所には、鋭い刃先が下から突き出ていた。
 「なんと!?…ていっ!」
 それに驚いた兵衛だったが、足元からの殺気に気付いて同じように飛びすさる。兵衛の足裏を狙った刃先は、ただ白銀の光を弾き、そのまま静かに床下へと戻っていく。それを見届ける間もなく、兵衛と虎蔵は、次から次へとモグラ叩きの様に現われる刃先を避け、畳の上でどたばたと飛んでは跳ねる羽目となった。
 「いやはや、なかなか見事なものぢゃのぅ」
 ずずず…と、音を立てて嬉璃がほうじ茶を啜った。

 「………」
 「………」
 「おや、もう疲労困憊かえ?」
 身体が疲れたと言うよりは精神的に疲れたような顔で、虎蔵と兵衛は廊下の板の間に座り込んでいた。
 「…で、嬉璃殿。次なる試練は何でござるか」
 斬甲剣を杖に立ち上がり、満身創痍の兵衛が問う。勿論、その隣で立ち上がった虎蔵も似たようなものだ。
 「次か?次はお待ちかねの【スローフォックストロット】の間ぢゃ」
 そう言って嬉璃が襖を開けようとする。が、手を掛けた状態で動きを止めた。
 「如何なされた、嬉璃殿」
 「良いか。わしが襖を開けたら、間を置かずに飛び込むのぢゃぞ。…逃げられると困るからの」
 逃げる?
 尋ね返す間もなく、嬉璃が素早く襖を開ける。反射的に部屋の中に飛び込んだ二人であったが、背後でぴしゃりと襖が閉まってしまうと、中は塗り潰したような真っ暗闇であった。
 「…これは、…」
 「しっ!何か聞こえぬか、虎蔵殿」
 鋭い兵衛の声に、虎蔵も息を潜める。その時二人は、ヴ…と言う低い、微かな唸り声を確かに聞いた。自分達以外の、何か生き物らしきものの気配に気付いたのだ。暫くすると、二人は闇に目も慣れてくる。そんな中、視界に映ったものはと言えば。
 「ヴ…ヴギャアァア―――!」
 「こ、これは!?」
 「スローフォックストロットの間ぢゃからな。狐ぢゃ」
 嬉璃の声が襖の向こうから聞こえた。
 「狐!?狐と申しますか、これを!!」
 虎蔵の叫びも尤もである。二人の目の前で、鋭い牙を剥き出して唸り声を上げるその獣は、確かに形こそは狐のものであるが、その大きさたるや、牛かと見間違えそうな程の巨体であったのだ。
 「ああ、言い忘れておった。フツーの狐では物足らぬぢゃろうと思って、妖かしの世界から所謂化け狐を呼んでおいたのぢゃ」
 まぁ、飯の途中で無理矢理連れてきたから、少々気が荒くなっておるかもしれぬな。事も無げにそう言い放つ嬉璃の声は、最早二人には届いていなかった。

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 あやかし荘の廊下に、屍が二体、転がっていた。何とかして化け狐は倒したものの、その後も【チャチャチャ】の間だの【パソドプレ】の間だのと、そのダンスとは何ら関係のない試練を受けさせられ、二人は、まさに昇天する一歩手前であったのだ。
 「…やはり六歳の身には厳しい試練であったかの…ぢゃが喜べ、二人とも。これが最後の試練ぢゃぞ」
 え?と傷だらけの面をあげて二人が前を見る。前方、廊下の突き当たりは扉になっており、そこに嬉璃が嫣然と微笑みつつ立っていた。
 「兵衛、虎蔵、この向こうに源がおる」
 嬉璃の片手が、扉の取っ手に掛かった。
 「ここからは、おんしら二人の闘いぢゃ。いち早く、源の元に辿り着き、その手を取ったものが勝者、つまりは」
 源の生涯の伴侶(候補)。
 括弧内は意図的に口に出さなかった為、二人の脳髄には『伴侶』の二文字しか響かなかった。痛んだ身体も何のその、二人はガバッと身を起こすと、一気に走り出す。嬉璃が、扉を開けた。
 扉の向こうは、広い広い板の間であった。煌びやかなシャンデリア、眩いばかりの光の洪水、そして、その中央に佇むのは、愛しい源。可憐な桃色のドレスを身に纏い、優しげな微笑を浮かべたままで、兵衛と虎蔵に向けて片手を差し伸べている。
 あの手を先に取った方が!
 「うおぉぉお―――!」
 二人にしては珍しく、猛った咆哮をあげながら全速力で走っていく。小さかった源の姿も、互いの距離が縮まるにつれて次第に大きくなっていく。輪郭がはっきり捉えられるようになり、髪の毛の一本までも見えるように、そして果てには見上げる程に……
 って、大きくなり過ぎ!
 バチコ―――ン!!
 兵衛と虎蔵は、ほぼ二人同時に、何かにぶち当たって停止する。それは、大きな大きな源の写真を貼り付けた、分厚い板ッ切れであった。
 「………」
 「………」
 勢い余って叩き付けられた二人は、真っ平らになって板に張り付いている。そのまま、重力に引かれるままにずるずると下にずり落ちると、吹き込んだ風に煽られてひらり、飛んでいってしまった(お約束)

 「……何じゃ、騒がしい…折角、気持ちよく昼寝をしておったのに……」
 奥から、源が欠伸を噛み殺しながら顔を覗かせる。丁度、嬉璃が巨大立て看板を片付け終わったところであった。
 「騒がせてすまぬな。いや、ちょっとした余興をな?」
 「楽しそうではないか、嬉璃殿。水臭いの、わしも仲間に入れてくれれば良かったのに」
 そう言って源が拗ねて唇を尖らせる。すまぬ、と謝りつつも嬉璃がにやりと笑った。
 「おんしがおっては、楽しさも半減ぢゃからの」
 その呟きは、源には聞こえなかったらしい。何じゃ?と聞き返す源に、なんでもないと首を振る。それでも訝しがる源は、とっておきの柏餅で誤魔化せば良いわ、と内心で笑った。


おわり。


☆ライターより
 いつもいつもありがとうございます!お待たせして申し訳ありません、へっぽこライターの碧川でございます。
 しゃるうぃだんす記念…の筈でしたが、ダンスのダの字もないのは何ででしょう(聞くな)とまぁこんな感じですが…楽しんで頂ければ幸いです。
 ではでは、またお会いできる日を、心より楽しみにしています(礼)
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月18日

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