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『ビフォア タクティクス 』
ジェミリアス・ボナパルト0544)&クラウス・ローゼンドルフ(0627)
 ウェイトレスは最近毎日訪れる客に、やはりいつもと同じ飲み物を同じ場所に運ぶ。銀髪の綺麗な女性に見とれながら、彼女は仕事へと戻っていった。

「……そう、有難う」
 ジェミリアス・ボナパルトはウェイトレスに告げると、静かに席を立った。殆ど口を付けていない飲み物はまだ湯気を立てていたが、構わずにカウンターへと向かう。
 同じ店に、同じ時間。同じ飲み物を注文し、同じ席から外を眺める。通うここ数日の風景はあまり変化のないものではあったが、並木道の木々の彩りは僅かに緑の割合を多くしている。季節は春から曖昧な季節へと移り変わり、風も温かく、時に涼しいものへと流れつつあった。だがそれは、変化とも呼べないような変化でしかない。
 カウンターでは先程のウェイトレスが保留中の電話を持って立ち尽くしていたが、ジェミリアスの姿を見ると笑顔で子機を差し出した。保留の解除の仕方を説明すると、ご丁寧にも私情に立ち入るまいとして奥へと姿を消していった。ということは、相手は男なのだろうか。
「……貴女とお話が出来て、光栄ですね」
 受話器越しからの聞き覚えのある声に、ジェミリアスは思惑通りに事が運んだことに喜んだ。
「本当ですね。声だけでですが、お久し振りね、クラウス」
「テロリスト専門の暗殺者『氷姫』とあろう者が自分の身も顧みず、毎日健気に私を待っていると風の噂で聞いてはね。お言葉に甘えて連絡させていただきました」
 「氷姫」というジェミリアスの軍時代の裏コード名を男が口にしていたことに、ジェミリアス自身は無言で苦笑した。……相変わらず、手の長い男。でもそれでこそ、この人らしいわ。クラウスと呼ばれた男はジェミリアスの反応をどう取ったのか、ただ電話越しに沈黙を返している。
 クラウス・ルーベンス・フォン・ローゼンドルフ。直に接触出来たことは予想範囲外だった。クラウスが代理人でも立てて接触を試みると思っていたのだが、そこまでするほどに頭が回らないのか、或いはジェミリアス自身と話せることを愉しみとしているのか。彼の場合、恐らく後者だろう。
 挨拶も早々に切り上げると、ジェミリアスは用件へと入る。
「貴方と取引がしたいのよ」
 取引ですか、と訝しげな声。ここで言葉の紡ぎ方を間違ってはいけない。下手に情報を提示し、そして逆に弱みを握られるという可能性もゼロではない。上手く相手の興味を引き出して、主導権を握るべきなのだ。それをクラウス自身が全く感じていない訳でもないはずなので、その采配は常に危ういものと化す。とはいえ、この話題にクラウスが惹かれない理由は存在しない。むしろ、自らその役目を買って出てくれるかもしれない。しかし、それはあくまで「可能性」の話だ。百パーセントではない以上、気を抜くことはできないといえる。
「母子の遺伝子が全く同一ということ、って、どう思う?」
「……そうですね。通常ならありうる話ではありえませんね。遺伝子の仕組みについての説明は貴女も承知の通りですから避けるとして、父親と母親との両方のDNAが子へと受け継がれていきますので、そういう可能性はない、と。クローンなら別ですが、それは今のところコピーというレベルですからね。『神』の御業。そう解釈してはどうでしょう?」
「らしくない解釈ね」
「かもしれません。ですが、興味のある話ではありますけど」
 目の前でクラウスが笑う光景が目に浮かぶ。彼のことだ。ジェミリアスの話そうとしていることに、およそ察しが付いたらしい。

 同一の遺伝子を所有している母子。

「話は早いわ」
 ジェミリアスはそれだけ呟くと、クラウスへ取引の内容を説明しに掛かった。謀ったように店員は彼女の周囲にはおらず、客も皆自身の会話に夢中になっている。難しい言葉を羅列しているジェミリアスの電話には、誰も耳を傾けることはしないだろう。それこそ、万が一でも。
 ジェミリアスと彼女の息子の遺伝子が同一であるというクラウスの知りえない事実に、彼はひどく興味を惹かれていたようだった。幾つかの質問にジェミリアスは深い部位を隠しつつも答え、一層クラウスの興味を惹きつける。
「それで、取引とはどういった内容で?」
 無関心に答えつつ、興味の色が濃いことにジェミリアスは一人笑みを浮かべた。全くもって、クラウスの性格はイマイチ把握しきれない。興味を持ったかと思えば、すぐに失う。かと思えば、同じ人物を執拗に追い続けたりもする。その感情はどこか子供のようで、ジェミリアス程の仲になれば色を読むことは可能になるのだが、どちらにせよ難しいことには変わりない。最も、色が出る程の感情の変化は滅多にないのだが。
「私の死体とあの子の保身。そう悪くないと思わない?」
 それが取引の内容。
 暫しクラウスは無言のままに黙り込み、口にしたのは疑問と推測に近い自己解決だった。
「……予知は貴女の能力にはなかったはずですが、『神』の遺伝子の影響ですかね」
 ジェミリアスは曖昧に返す。
「まあ、いいでしょう。そうですね、こちらも色々と手筈を整えなければいけませので、また後日連絡します」
「方法は?」
「直接、会いに行きます」
「貴方が?」
「はい。内容が内容ですし、直に話すべきでしょうね。厭ならそれで構いません。一度使いのものをやりますから、その人に答えてやってください」
「……その必要はないわ」
 クラウスの笑いがジェミリアスへと漏れてくる。知らず、彼女自身も笑みを零した。
「時期を見計らって、来て」
 仔細了解した、との答えを最後に電話は一方的に切れた。受話器をカウンターの上に勝手に置くと、ジェミリアスは席へと戻った。
 飲み物の湯気は、辛うじて立ち昇っている。ジェミリアスは立ったままそれを飲み干すと、小銭を少し多めに置いて店をあとにした。
 ……本当にこういう取引には最適な相手よ、貴方は。ジェミリアスは思い、雑踏に身をうずめた。





【END】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
千秋志庵 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年04月18日

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