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『台所入室禁止令の由来は何処か。 』
アリステア・ラグモンド3002

 アリステア・ヨハン・ラグモンド。
 フランスより関東聖印教会に派遣されてきた、甘いものと紅茶が大好きな大好きな神父様。
 けれど。
 紅茶が大好きなのに――お茶も満足に煎れられないくらい、台所との相性が悪いのです。
 甘いものが大好きなのに――お料理の類もまったくと言ってもいいくらいできません。
 台所のみならず調理器具との相性も最悪です。

 …そんなアリステアは悩み、一応、自分でもひっそり考えてみています。
 何故ここまで――台所に立ち入ると、何もできないのだろうかと。
 そして思うに、台所に足を踏み入れるとそれだけでどうにも落ち着きが無くなり、注意力が散漫になってしまうようだと気が付きました。
 …台所で何かしようとすると三回に一度は怪我をしてしまう為、台所入室禁止令が出される事もしばしばあります。寂しいですが、教会の皆さんの御迷惑にもなりますし、自分が気遣って頂いているのも有難い事だと思っています。仕方の無い事なのだとわかってもいます。

 ですが、何故、私はこうなのでしょう?
 …アリステアには心当たりらしい心当たりはありません。
 そして結局、ただ、自分が壊滅的に不器用なだけなのだろうかと悩むだけなのです。

 が。
 それには――実は、ちょっとした理由がありました。
 …ちょっと、で済むかどうかは謎ですが。



 今よりも、遠い遠い遥かに遠い昔々の異世界で。
 …その時は、創造神に仕える巫女の――鈴を転がすような美しい声が高らかに響いていました。
 そう、こんな風に。

「創造神様っ! いいかげんになさって下さいましっ!!」

 …ちなみに、高らかに響いたその声が創造神を称える声であったかどうかは――取り敢えず定かではありません。
 場所はと言うと台所。
 そして辺りを見回せば――室内、何やらジャングルの密林状態で。しかも現在進行形でその緑の葉が茎がぐんぐんと伸びています。花まで咲いているのは気のせいでしょうか。どうやら、じゃがいものような野菜――らしい花です。が、その花が可愛らしいと言ってられるような呑気な話ではなく、その野菜が元と思われる植物は一秒刻みで伸び、台所内を埋め尽くして行きます…。

「あ、あのえっと…すみません」

 巫女に叱られ、そそくさと台所から顔を引っ込める創造神。その時点で各種植物の成長は停止。
 …つまり、台所内ジャングルの密林状態の原因はこの創造神と言う訳で。

 創造神の力は言葉通り『創造』。
 ものを創り、生かし、育む――生命の源。
 平常時は制御が必須の破壊神とは対極にある力。
 …創造神の場合は逆になる。
 そう、平常時は、どちらかと言えば――無意識下でごくごく自然に、力を解放していて当たり前、なのである。
 創造の力が滞っては困るのだ。

 ………………休眠状態の玉葱やらじゃがいもと言った類の――具体的には名称が違うのかもしれないがそれに類する野菜の――料理されるのを待っているものが仕舞い置かれた、台所と言う場所でさえなければ。

「どうぞそのままこちらに顔を出さずに、大人しく待っていて下さいましね!」
「…はい。余計なお仕事を増やしてしまい申し訳ありません…大人しく待たせて頂きます…」

 ややしゅんとした様子の創造神。
 とぼとぼと台所から離れていきます。

 創造神は――実は、甘いものに目がありません。
 今の世界の何処かのぽややんっとした神父様と同じです。
 …即ち、前世から同じだった模様です。
 そして――特に今この創造神をぴしゃりと叱り付けた、台所を任されている巫女の手料理がとても大好きだったりしました。
 彼女が何かお菓子を作っている――と言う時になると、時々、台所まで見に行く始末で。
 ただ。
 そうすると、少々困った事が起きるのです。
 創造神様が顔をお出しになると、休眠状態の野菜がここぞとばかりに芽吹き、伸び始めるのです。それもただ普通に生えている程度に伸びるだけで済むならまだ幾分良いのですが、創造神様の御力が直接作用するとなると――常識外れに伸び過ぎます。
 その結果が、台所内局地的ジャングルの密林状態と言う訳で。

 創造神は巫女に言われた通りに、別室で大人しく待っています。
 …が。
 それも暫くの間だけの事。
 台所から甘い匂いが漂って来ると、そわそわと落ち着きません。
 まだかなまだかな、と。

 そしてまた――創造神様は甘い香りに誘われて、台所へとふらふらと。
 で、再び台所を預かる巫女からのお叱りの声が轟きます…。



 と、まぁ…台所に入ると騒ぎになったり叱られたり…前世ではそんな事が日常茶飯事だった訳です。

 台所に創造神様が顔を出す――巫女の手料理を楽しみにしている――必然的にそこにある休眠状態な食材の皆さんの活きがあまりに宜しくなってしまう――台所内がジャングルの密林状態になり収拾が付かなくなる――創造神様が顔を引っ込める――成長は止まるがジャングルを片付けなければならないので手料理の完成が遅れる――でも結局作ってくれる――料理再開したところで甘い匂いに誘われ再び創造神様がまた顔を出す――ジャングル再来――堂々巡り。

 そんな訳で、アリステアの中では台所は色々と気遣わなければならないスペースである、と…無意識下に刷り込まれてしまっているようなもので。
 甘い匂いの美味しいものを作ってもらえる自分にとって最大の誘惑がある場所、同時に自分が入っては大変な事になる場所、顔を出しては毎度のように巫女に叱られていた事実…それやこれやとあって――どうしても、落ち着かなくなってしまうのです。

 …ですが、それは遠く遠く遥かに遠い昔々のお話で。
 その頃の記憶も何もない今のアリステア神父様に、そんな理由が思い至る訳もありません。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月14日

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