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『『メタルな奴ら』 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&シェラ・シュヴァルツ(2080)
(織り込むお題・・・『聖なる怒り』『メタルゴッド』『システム中毒』)


< 1 >
 店の前に、馬が停まったようだ。だが、あんな激しい嘶きは初めて聞いた。天馬かそれとも悪魔の馬かと、白山羊亭のウェイトレスはそっとドアから覗く。
「オーマさん!」
 店の常連のオーマ・シュヴァルツが、黒い金属の塊に跨がっていた。馬はどこにもいない。もしかしたら、この黒いでかい自転車のようなものが、オーマの馬なのだろうか。オーマは時々、『ぐげんか』とか言って、ソーンの人間の見たことも無いモノを出すのだ。
「どうしたんですか、その乗物?」
「マッスルハート炸裂の俺のマシンちゃんさ。ついに具現化して、ドリームがっつりゲットでライドオンだ。なかなかのカワイコちゃんだろう?欠点は、ソーンではガソリンは闇でしか流通してないから、高くてなかなか買えないってことかねえ。まあ、美人は高くつくぜ」
 相変わらず、よくわからないオーマのお喋りだった。それに、『がそりん』って何だろう?ウェイトレスは殆どを聞き流し、最後の『美人は高くつく』にだけ頷いた。
 オーマは今日はいつもの派手な着物の着流しで無く、鋲打ちの皮ジャン皮パンツにサングラスといういでたちだった。ジッパーを大きく開けた厚い胸板にタトゥーがのぞく。
 オーマはバイクから降りて、すらりと長い足を地に揃えた。
「ほんとに大きな自転車ですねえ」
 ウェイトレスは、ぽかんと口を開けている。二メートルを越す長身のオーマでなければ、倒れた時に起こすのも難しいだろう。実は自転車自体、ソーンでは珍しい。馬や牛の方がずっと人気がある。値段も自転車より安いし、荷物は運ぶ、農作業はしてくれる、移動の時だって漕がなくて済むのだ。

「ああ、ハラ減った。まだランチメニューはOKか?」
 狭そうに足を折り曲げテーブル席に座り、オーマはメニューを受け取る前にオーダーを告げた。
「あ、そうでした。お金が入り用なら、冒険の依頼がありますよ。っていうか、オーマさんの為に取っておいたんです。
 オーマさんに、ぜひ疑いを晴らしてもらいたいと思って」
「はっ?」
 疑い?
 オーマはサングラスをズラして隙間からウェイトレスを見上げた。

 強王の迷宮へ向かう途中の山で、方位磁石が狂うのだという。道に迷う者が続出し、その現象は『聖なる怒り』と呼ばれて恐れられているらしい。王の怒りに触れたという解釈なのだろう。そして、何人かの冒険者が、その付近で鉄の発砲タイプの武器を持った大きな男に攻撃された。冒険者の中には、オーマが似た武器を抱えているのを見たこともあり・・・。
「俺がやったと思われてるのか?」
 ウェイトレスは答えず、肩をすくめてみせた。
「しゃあねえな。今日は午後から休診だ。休診の札を下げて来てよかった」
 この話を聞く前からサボる予定だったわけだ。バイクで風を切りにでも行くつもりだったろうか。

「オーマがいるかい?」
 ウェイトレスの『いらっしゃいませ』の言葉より早く、探索の視線がオーマの背に突き刺さった。もっとも、店の前にあんな鉄の塊が置いてあるのだから、ソーン中でここが一番あやしい。見つかるのも当然だ。
「・・・やあ。奥さま」
「昨日もさんざん言ったハズだよね、真面目に仕事しろって。下がった札を見たけど、今日も午後休診だなんて、優雅なお医者さまだこと。よっぽど裕福なのかね?」
 ライトストーンで美しくネイルアートされたシェラ・シュヴァルツの指が、オーマの顎を撫でた。
「い、いや、そ、その。『聖なる怒り』の正体を暴くっていう、冒険依頼を受けて。いいバイトになると思ったんだよ」
「依頼?怪しいね。あたしも付いて行くよ」
「シェラ、ほんとだよ、店のみんなに聞いてくれ」
「とにかく、早く終わって遊びに行かれても困るし。あたしも行くから」
「・・・。」
 ガソリン代につぎ込もうと思っていた報酬は、これで全部シェラに持って行かれるわけだ。

 銃器類を扱っていたそうなので、敵はウォズの可能性もある。具現を必要とする戦闘も考え、オーマは皮ジャンの上からヴァレリを羽織り、バイクに跨がった。柔らかい素材の派手な着物に袖を通すと、まるでゾクのようだった。
「またこんな乗物を具現化して。まったく。・・・ほら、行くよ、オーマ」
 背中のシェラは、鉄パイプならぬ大鎌を手に握っている。これでは、『まるで』ではなく、完全にゾクだ。また病院の評判が下がりそうだった。

< 2 >
 シェラが握った磁石がくるくると回り始めた。磁場ができているのか。
「停めて、オーマ」
 背中の声を聞いて、オーマは峠の途中でバイクを停止させた。
「殺気ってほどじゃないが。銃の気配を感じる。どこかで俺達に狙いを・・・」
 その時、トントンと肩を叩かれた。手で無く硬いものの感触だ。振り向くと、髭面の巨躯の親父が、ライフルの銃口でオーマの肩を叩いていた。
「おまえら、ここへモノ捨てに来たんかい!そのでかい自転車、もう捨てるかい」
 素肌に皮ベストを着たその男は、腰ベルトにドライバーやらスパナやらを下げている。歳は50を過ぎたぐらいだろうか。黒髪で肩までの長髪、頬髭・顎髭・鼻髭、顔にはすべての髭が生えていた。
『もしかして俺・・・このクマと間違えられたのか?』
 オーマは頭を抱えたくなった。
「冗談ナッシング、このラブマシーンを捨てるなんてとんでもない」
「ゴミ捨てに来たわけではないな?」
 男は銃を降ろした。
「ここを通る冒険者たちを撃ったのは、おまえさんか?」
「撃った?とんでもない。
 使用済みのカンテラ、折れたナイフ、煤けたテント。不要になったもんを、ぜーんぶ、わしのすみかに放り込みおった。そういう奴らを脅かしただけだ。銃は撃っとらんよ。だいたい弾など無いしのう」
「エルザードでは、俺がこのあたりで銃をぶっ放してることになっててな。それで・・・」
「わしと間違えられたってわけか。そりゃあ、すまんかった」
「ここに住んでるの?」
 シェラが、ただの山道に見える、この辺りを見回して尋ねた。
「そこの洞窟ん中にな。茶でも煎れる。まあ、入れ」

 中と外。どこが違うのかオーマにはよくわからなかった。湿気が無く、陽が照っている分、まだ外の方が快適な気もする。苔むした壁が所々削られ、ランテラが置かれていた。オーマとシェラは、勧められて土に敷かれた敷物に座った。捨てられたテントの布の再利用のようだ。鉄板の上に、縁の割れたカップが置かれる。
「わしも昔はエルザードに住んどった。ベランダも作ったが、鍋も作った。剣も作った」
「おまえさん、あの『メタルゴッド』か?噂で聞いたことがあるよ」
『鍛冶屋』の呼び名で済ませてしまうわけにはいかない伝説の人物だ。どんな金属をも自由に操り、何でも作り上げたという。武器から調理用具まで。建物の骨組みから、繊細な細工のキャンドル・スタンドまで。その匠の技は“神”の名で呼ばれた。
「都会の生活で『システム中毒』に陥ったわしは、聖都を出て、ここで隠遁生活を始めた。そう悪くない生活だよ」
『システム中毒』というのは、都会でのマナーを守ろうという意識が強すぎて、何をどうしていいかわからなくなり、ノイローゼに似た状態になった症状を言う。オーマも何度か診察したことがあった。
「だが、最近、この辺りにゴミを捨てて行く奴らが増えてな」
 エルザードはゴミ廃棄についてはうるさい。
「そうか。聖都は、有料でゴミを業者に引き取ってもらうことになったんだよ。ものを買う時には平気で金を払うが、捨てる時にまで取られるとなると、ズルする奴もいるんだろう」
 オーマは、静かに茶をすすった。
「ある場所を美しく保つ為に、どこかがゴミ溜めになる。人間世界の性かしらね」
 シェラも、両手で白いカップを握り、ため息をつく。
「って、おい、人ごとだと思って!わしんちがゴミ溜めになっとるんじゃーーー!」
 男は、怒りで声を荒らげ、部屋を仕切っていた布を力任せに引っぱった。現れたのは、金属ゴミの山であった。ヤカンやら金タライやら、自転車のハンドルやら馬車の車輪やら、鳥カゴやら門の柵やら。サーベルもシミターもナイフもあった。
 磁石が狂ったのは、この鉄屑たちのせいらしい。
「これらのもんは、土には還らん。草や樹の毒にこそなれ、栄養にもならん。時がたち、風化して、土を侵していく。錆に触れた小鳥や虫が死んで行く。
 わしは、ここに捨てられたものを、手作業で少しずつ直し、作り替え、聖都へ売りに行っとる。だが、追いつかん」

「その銃も、捨ててあったのか?見せてくれ」
 オーマは、男が肩からかけていたライフルを受け取る。見覚えがあった。オーマが具現化したものなのだ。闘いに使用した後は、しかるべき業者に金を払い、処分してもらったのだが。
「ちょっと、オーマ、見て!」
 シェラも、ゴミ山の一画を指さして叫んだ。
「あの大鍋。あたしがオーマを殴ってへこませたヤツだよ。なんだろうね、ちゃんとお金を払って捨てたのに・・・」
 確かに、オーマの目鼻の形にへこんでいる。忘れもしない、あの大鍋だ。本当に痛かった・・・。
「業者の不法投棄か。
 鍛冶屋、ゴミはどんな奴が捨てに来る?冒険者が一つ二つ捨てるだけでなく、リヤカーか馬車で大量にどどっと来るだろう?」
「どどっとも何も。巨大なペリカンがプァープァー鳴きながら来て、クチバシからゴミ吐き出して」
 プァープァープァー・・・・。
「・・・あん?」
 洞窟の外で聞こえるのは、都合よくまさにそのペリカンの鳴き声のようだ。

 三人が急いで外へ出ると、ちょうど巨大ペリカンの喉袋から金属ゴミの山が吐き出されたところだった。背には腰まで長髪のブロンド中年が乗っている。奴が黒幕なのだろう。
「やば。見つかった。逃げろ!」
 グリフォンと見紛うほどのペリカンは、白い翼をはばたかせて浮上した。
「お待ちっ!」
 シェラが大鎌で翼を斬りつけた。土にしがみつく短い草も、びゅうとなびいた。血しぶきが飛び、シェラの白い頬にしみを作る。鳥は翼を赤く染めてキィィィィと悲鳴を上げた。
「おい、シェラ、殺すな!」
 オーマが思わず叫んだ。シェラはそのセリフにジロリと睨み返す。
「・・・『おい』?・・・殺す『な』?」
「シェラさま、殺さないでおいてください・・・」
「翼を斬られたぐらいじゃ、死にやしないよ。何ならあとでオーマが手当てしておやり」
 シェラはさらに大きく鎌を回し、反対の翼をも斬りつける。だが、今度は明らかに手加減していた。刃でなく鎌の背が翼を打った。金髪親父が背から滑り落ち、土の上で鈍い音をたてた。ペリカンの方はバランスを崩しながら、エルザード方面へ飛んで行く。
「ち、バレたら仕方ない。全員の口を塞いでやる」
 男は懲りずに立ち上がった。毛糸をほぐしたようなブロンドの手入れは行き届いているが、肌の手入れはそうもいかないようで、目の下にはクマがあり、剃り残しの髭も濃い。肩幅が細くピタリとしたシャツは体に張り付いている。ただ、悲しいかな、皮パンツのウエストからは肉がはみ出ていた。
「誰に向かってものをお言いだい?命が惜しいなら、大鎌の前に土下座したらどうだい?」
「馬鹿言うな、おいらの通り名はメタルマスター。この血ぞめの鉄槌(ハンマー)の餌食になりたいのか」
 男は腰から下げた金槌を握った。別に、血もついていない、ごく普通の、鉄板をならすハンマーであった。
「おや」と、シェラは小馬鹿にしたように片方の眉を上げた。
「こっちには『メタルゴッド』が付いてるんだよ。どう考えてもマスターよりゴッドが上だねえ?」
 シェラの背後から進み出た鍛冶屋が、右手にスパナ、左手にドライバーを構えた。
「わしは、『殺人機械』と呼ばれたこともある男。『復讐の叫び』を受ける覚悟はあるか?」
 こちらも、握るのは、普通に六角を絞めるスパナと普通にボルトを絞めるドライバーだった。通り名だけはすごいが、たいして強くなさそうだ。単に屑鉄屋の親父同士が睨み合っているだけという感じだった。
 ここはシェラに任せて大丈夫だろう。オーマは、停めてあったマシンにキィを差し込んだ。怪我をしたペリカンが心配だ。
「メタルマスターさんよ、とっとと降参しちまえば、心もピーカン、ラブラブ晴々だぜ?俺は、あんたのペリカンを保護しに行ってくるから」
 オーマが排気量1400のエンジンをふかしたのと、男が諦めて膝を付いたのは、ほぼ同時だった。

 エルザードの、工場や倉庫が点在する地域に、その金髪中年の廃材工場もあった。オーマに治療をしてもらったペリカンは、広い工場の中で安心して羽を休め眠っていた。
「鉄屑・廃材は再利用するんですが。職人がいなくて再加工がままならず。素材はたまっていくし、廃材も処理しきれなくて。敷地内にゴミの山ができて、近所から苦情が来やしないかと、毎日ビクビクして、つい・・・」
 男は、ペリカンの傍らで、肩を落とし両手で顔を覆った。
 この男も『システム中毒』の症状だ。男は自首すると言うし、オーマが診断書を書いてやれば罰金で済むだろう。
「職人なら、ここにいるぜ、なあ?」
 オーマが鍛冶屋の背中をぽんと叩いた。
「聖都の生活が厭なら、洞窟の家からここへ仕事に通えばいいんじゃない?」と、シェラも口添えする。
「・・・この工場で、仕事をしてもらえますか?」
 男の頼みに、鍛冶屋もこくりと頷いた。彼も、洞窟での廃物利用の作業に限界を感じていた。自分の仕事が好きだし、何より鉄屑を愛していた。ここで働くのは楽しそうだ。

 今、鍛冶屋は、洞窟とエルザードの距離を苦もなく通っている。オーマがバイクを譲ろうと言ったが、結局彼にとっても闇ガソリンは高い。バイクは、どこかの金持ちに譲渡された。
 廃棄された自転車を修理し、それで通勤しているようだ。オーマに、「牛や馬に轢かれるなよ〜」とからかわれながら。
 風を切って峠を走る“神”は、きっといい顔をしていることだろう。

< END >
 
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聖獣界ソーン
2005年04月14日

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