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『□■□■ 獅子『心中』の敵モドキ ■□■□ 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&ジュダ(2086)



 青い空が広がるエルザード城の中庭。無数の庭師達が毎日小まめな手入れをしているそこは、聖獣を象った木々が立ち並び、レンガ造りの瀟洒な小径が伸びている。噴水の近くは広場が作られ、それを見下ろすようなバルコニーが突き出す、優雅な風景。水の音が響くのどかな陽気の昼下がり、白いテーブルにティーセットを広げながら寛ぐエルファリアは、薄い微笑を浮かべながら庭を見下ろしていた。

 そこには決闘へと臨む二人の男がいる。
 己を賭けて勝負する男達が。
 片や寡黙かつ無表情の様子で。
 片や腹黒かつ命懸けの様子で。

 彼らはタライに向かい、洗濯板でもって勝負をしていた。

■□■□■

 お金が有りません。

 玄米と麦が混じった硬い飯の盛られた茶碗に向かいながら、オーマ・シュヴァルツはたらたらと汗を流していた。白米がまるで混じっていないことが問題なのではなく、子供用の小さなウサギ模様付きの茶碗が嫌だと言うわけでもなく、おかずが一切無いのが寂しいということもなく、それを作ったのが毒寸前料理に関しては著名作家の妻だと言うのが恐ろしいわけでもない。ただ単純に、自分以外の人間が台所に立ってしまったという事実が、大問題だった。
 にっこりと笑う妻はテーブルを挟んだ差し向かいに佇み、得物である鎌を肩に掛けている。自宅で凶器を振り回す趣味は無いはず、なのだから、理由があってそうしているのだろう。一体どんな理由かなど、考えるまでも、無い。

「夜勤明けで疲れてるだろうと思ったからねぇ、食事ぐらい作ってやろうかと思ったのさ。そうしたら、台所が見事にすっからかんでねぇ……一体どういうことなんだい、オーマ?」
「いや、これには深すぎる事情がありまして、むしろ落ち着け。鎌は痛すぎると激しく愚考」
「深すぎる事情? ぜひとも聞きたいところじゃないか。一体どういう事情なのかねぇ、見たところ昨日今日丁度材料が無くなった、って様子じゃないようだけれど?」
「いや、そのー、何と言いますか、はい」
「なんだい?」
「お金が無」

 テーブル切断。
 ご飯は死守。

「いや勿体無いから、テーブル切断されたらこれからメシの時間に凄く困るから! むしろそんな巨大な刃物を振り回されると怖いから! あんまり怒ると綺麗な顔に小皺が出来ちゃうんだぞ!」
「誤魔化すんじゃないこの甲斐性無し! こっちにソサエティが無いのは仕方ないとして、あんた一体何をやって暮らしてるんだい! 信用診療は許すけれどねぇ、借金こさえてるってのにぷらぷらしてんじゃないよ!」
「そ、そんな激しい愛情表現のお前もメラメラマッスル愛☆ だぞ!」
「誤魔化すなって言ってるだろう、が!」

 かきーん。
 投げられた大鎌がオーマの顔を掠め、壁に突き刺さる。
 避けなきゃ頭部粉砕必死だったその勢いに思わず冷や汗を垂らせば、艶然としながらも確かな殺気の込められた微笑が真っ直ぐに向けられる。今下手な言い訳をすれば、確実に彼岸に渡る――桃源郷で閻魔様と激しく握手になるだろうことを予測させる勢いに、思わず彼は黙った。

「実はねぇ、ちょ〜〜〜〜ど良さそうなチラシが回ってきてねぇ……。中々面白そうなイベントの話さね。優勝すれば景品が出るんだけれど、勿論出るだろう?」
「は、はい、出させて頂き……って、ちょっと待て。俺の灰色の脳細胞がムキムキと何かを訴えるわけだが、そう何だか同じようなことが過去三回ほどあったような気がするわけだが、いつまでも若々しい俺のワイフ様、イベントの詳細を伺いマッスルしたく」
「どっかで見た連中が食糧の手土産と一緒に持って来たもんだよ。ちなみにその食糧で料理を作ってやったら、眩暈起こして喜びながら去っていったけれど」
「さいですか……」

 聞くまでも無く、考えるまでも無く。

 ともかく現状家計が苦しいのは事実なのだし、ウォズだのワル筋だのが関わっていようと、目の前の鉄アレイを奪取しないマッチョもいない。受け取ったチラシを見ながら溜息と共に玄米+麦の少なくも質素な食事を掻き込み、咀嚼する。
 吹きそうになった。
 吐くじゃなく、吹く。
 妻の料理は日々レベルアップ中だった。

■□■□■

「はい、本日は本当に良いお天気のお洗濯日和になりましたので……『ソーンラブラブ胸キュンシリーズ番外編☆タッグアニキ第二弾★伝説の聖筋界アンドゥトロワ筋ハーモニー青春ピュアバトル筋大会〜下僕主夫の大胸筋は永久に燃えよマッスル☆』、予定通りの開催と致しましょう」

 エルファリアの開会の言葉に、城の中庭へと集まった観衆が歓声で応じた。参加者と観客とで中々に狭苦しく暑苦しいのだが、広場は前回の爆発からまだ修復が済んでおらず、広い場所と言うと城しか無かったらしい。周りの男達を見回しながら、オーマはやれやれと息を吐く――毎回毎回、よくも客が集まるものだ。ここはやはり親父的神業を披露しなくてはならないだろう、燃え滾るサービス精神に笑みを浮かべれば、隣から向けられる冷ややかな視線に気付く。見れば、いつもの無表情をほんの少しだけ不機嫌に歪ませたジュダが佇んでいた。

「それで。どうして俺がここでお前とタッグを組まねばならない」
「一人だと参加資格が埋まらねぇからだろ? ほれチラシ、二人一組のタッグマッチッチとなっております、って書いてるじゃねぇか。誰を拉致ろうかなーとアミダくじのマッスル神にお伺いを立てたらお前が当たったんだ、神妙にお縄を頂戴しとけ」
「……前回と良い。お前に付き合わされるのは正直御免だ……爆発も炎上もマッスルも魚も」
「何をいう竹馬の友、俺達は老いも若くも酸いも甘いも健やかなる時も病める時も、マッスルの誓いと共に生き抜くとあの夕日に向かって――」
「覚えが無い」
「今から覚えろ」

 巨大な溜息に諦めを見、オーマはくっくと喉で笑う。確かに今の言葉は冗談だが、それは半分だ。後の半分は殆ど本気、否、祈りに近いものなのかもしれない――城の影が縁取る青い空をぼんやりと見上げながら、彼は思う。
 随分長い付き合いで、様々なことを経験してきた。一緒に過ごした時間は決して浅くないし、短くもない。数々をこなし色々を見た、楽しい思い出だけがあるわけではなくても、共有する時間を過ごすのにいつも笑顔はあったように思う。仏頂面で何を考えているのだか判らない所のある男ではあるが、それでも笑っていた。表情に出ないところで、きっと。
 だからこそこうやって、理由をつけて一緒の時間を過ごすのも――

「それでは本日の演目……お洗濯競争、と言う事になります」
「へ?」
「二人一組になって、出された衣類を出来るだけ早く洗って下さい。ニット、革製品、シルクなど、様々なお洗濯物がありますので、それぞれに適した洗い方で。もしも服が傷んでしまった場合には、一枚に付きタイムが十分が加算されます」

 にこにこと説明をするエルファリアの言葉に、城の兵士達が籠一杯の洗濯物を配布する。女性物、子供用、男性用――成る程確かに、あらゆる種類の衣類が入っていた。城の使用人達から集めたものだろう、メイド服や騎士達の練習着等が混じっている。
 視線を巡らせれば、見覚えのある気配と姿があった。洗濯籠を抱えながら不適な笑みを見せている、ウォズやらワル筋達である。事あるごとに大会で勝負を挑んできた彼らだが、今回も負けるわけにはいかない。何と言っても命が掛かってる。妻に握り締められ今にも砕かれそうな命が。
 大体主夫技能、裁縫以外ならば、負ける気がしない。今日のパートナーであるジュダも、一般的な主夫スキル程度は備えているだろう。これならば確実に勝てる、優勝は取ったも同然――借金や生活費に廻せば消える泡銭ではあるだろうが、それでも状況の打破になるのならば構わない。むしろ、首の皮が繋がるのならばなりふり構ってなどいられない。

 水の張られたタライと洗濯板、そして洗剤代わりの様々な草のエキス。それらの前に座り、王女の合図を待つ。籠の洗濯物を吟味するように睨みながら、その瞬間を待つ。

「それでは……初め!」

■□■□■

「圧倒的ですわねぇ、オーマチームは」

 ほぅ、と息を吐きながら、エルファリアは日傘の下で紅茶のカップを傾けていた。バルコニーから見下ろす会場では、ごしごしと地道に籠の中身を減らすマッスル達があくせくしている。汗で光る上腕二等筋はあらゆる汚れを擦り落とし、だが生地を傷める事はしない。日頃働かされているだろう、悲しい男達の技能合戦が繰り広げられている。
 だが、それなりの難関も用意されていた。三日経ったコーヒーの染み、派手に汚されたテーブルクロス、果ては赤ん坊のオムツまで。それらの元にリタイアする者もいれば。腱鞘炎で救護テントへと運ばれる男達も出ている。
 だが、それらの障害をものともせずに、オーマ達はひたすら籠の中身を減らしていっていた。
 エルファリアの言葉通り、それは圧倒的だったが――。

「ッ……ちぃぃッ!」

 オーマは焦っていた。
 主夫技能ならば負ける事は無い、一部除いて。そしてその一部に洗濯など含まれてはいない、洗濯板だろうが全自動洗濯機だろうが二層式だろうが、どうすれば時間を短縮できるか、どうすれば汚れを落とすことが出来るか、その辺りの知識に掛けてはある程度精通すらしていた。だからこそ自分一人の力でも優勝は容易いだろう、ジュダを連れて来たのは、むしろ頭数を揃えるためと言う意味合いの方が強い。終わった後で連れ出し、酒場にでも連れて行こう。少し手伝ってくれれば良い、そのぐらいの気持ちで引き摺って来たのだと言うのに――。
 ジュダは手際良くテーブルクロスの汚れを落としていく、上着の袖は捲くってもいないのに濡れていない。さっさと絞っては叩き、係員へと渡して行く。僅かにではあるがその速さはオーマを凌駕していた。既婚者子持ち、下僕主夫歴も長い自分が、そのスキルで負けるわけには行かない。ピクピクと揺れる大胸筋、込められる力のままにスピードをアップするが、それでもジュダの顔色一つ変えずに淡々と付いて来る。

 何故だ。
 何故何の躊躇いも無く、漂白剤をぶちまける。
 何故だ。
 何故よく広げもせず、汚れの箇所を探り当てる。
 何故だ!!

 最後の一枚、シルクのドレスを取る手は、二人とも同時だった。

「…………」
「俺がやるから離せっての」
「……俺の方が早い」
「いーやッ俺の方が早いな、もうマッスル光年的に早い」
「…………お前の動きには無駄が多い」
「なにぃ?」
「いらん力を込めている……だから俺がやる」
「いーや俺だ」
「俺がやる」
「俺が!」
「俺だ」

 むぎぎぎぎぎ。

 二人の勝利はほぼ確定的であって、今更どっちが洗ったところでそこに生まれるのはコンマの差程度だろう。だが、既にオーマにとっての目的はすり替えられていた。優勝ではなく、自身の主夫スキルの確認。ジュダよりも自分のスキルが上であるという、その確認のために彼はドレスの裾を引っ張っている。
 一方のジュダは何を考えているのか判らない、いつもの無表情のまま、それでもドレスを離そうとはしない。冷静な計算の元での行動なのか、それとも、競争心なのか。周りの男達が着々と洗濯物を減らして行く中、二人はドレスを引き合い、一歩も譲らない状態となっていた。

「ジュダ、ここは俺様に任せろ……ッてんだよ!」
「お前の力ではこの生地を傷めるだけだ。シルクは傷付きやすい……」
「この俺に説教かますつもりか、やもめの偽独身貴族が!」
「…………」

 ジュダが不意に強くドレスを引く。
 オーマも負けじと引く。
 暗雲が立ち込める、そんな気配に、観客と参加者達が二人を見る。
 そして――

「お前とはここで愛とアニキと友情の決着を付けてやろうじゃねぇか、ジュダぁぁあああ!!」
「……やると言うのなら、受けてやる」
「川原で殴りあうだけじゃ済まさねぇからなぁ、覚悟しろよコラぁ!」

 オーマの身体が光に包まれ、その形をゆっくりと失っていく。肥大して行くその気配に、人々が避難を始めた。ジュダは黙ってそれを見詰める。
 ドレスの入ったタライを抱えながら。

 中庭の爆発音に、エルファリアは苦笑する。

「また、中断と言ったところ……でしょうかねぇ」

■□■□■

「でぇ?」

 にっこー。
 微笑む妻の視線を一身に受け、針のムシロ気分を味わいながら、オーマは視線を反らす。
 妻の手に握られているのは、請求書。城の中庭を踏み荒らし、バルコニーを粉砕し、壁面に多数の亀裂を与えたのだから、その額はゼロの大行進である。広場の修繕費とタメを張る程度、つまり、借金増大二倍マッスル状態だった。構えられた鎌は確実に殺る気を発している、今訊ねられているのは、遺言だ。最後に言い残すことを聞かれている。

「あたしは一体何を言ったんだっけねぇ、オーマ?」
「……借金を減らせ、と」
「これはなんなんだい?」
「請求書、でございマッスル……」
「誰かに伝えたい事は?」
「娘には、父は勇敢に戦って果てたと――」
「よし来たそこへなおれ、介錯してやるよ」
「ぎゃあああ、桃源郷にはまだ早すぎると思ったりするってばー!!」
「ッと言いたいところなんだけれどねぇ」

 不意に鎌を下ろされる気配に、オーマは床に這い蹲って頭を押さえながらぎゅっと閉じていた眼を開ける。妻は指先の請求書をひらひらと振りながら、くすりと笑っていた。命拾いの気配ではあるが、しかし、油断は出来ない。何と言っても自分の奥方様、その性格はよく知っている。

「王女から連絡があってね。ジュダの奴が修繕してくれたんだとさ。人間に被害も無かったし、取り敢えず今回は不問だと――ったく、借りを作っちまったのは癪だけど、背に腹は変えられないからねぇ」

 言って彼女は請求書を破る。
 そして、懐から、違う紙を取り出した。

「と言うわけでこれ、白山羊亭と黒山羊亭の依頼。出てたの片っ端から取ってきたから、さっさと稼いで来な。三日以内に台所に食材を入れなきゃ、今度こそその首とはおさらばと思いうんだよ」
「そんな無体な! 下僕親父虐待禁止条約違反だ!」
「ほぉおおおぉぉう? 逆らうってぇのかい?」
「行って来ます」

 逃げるように玄関を飛び出せば、人面草に懐かれて動けない状態になっているジュダがいる。
 オーマはにやりと笑い、彼の首根っこを掴んだ。

「よし、丁度良い所にいたな、ちょっくら黒山羊亭まで拉致られろ!」
「…………つくづく懲りない男だな」
「やさしーお友達がいるもんでなぁ?」
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2005年04月13日

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